第三章 王の希望
「よくやってくれた」
いつもの広場の噴水。そこにアフィンとマクルスは仲良く待っていた。
辺りには真夜中のせいか、人っ子一人いない。
簡単な回復なら出来るよ、と自信満々に答えたアフィンが隣でロフティの傷の手当てをしている。
何やら禍々しい空気が流れているけど……。『ロフティ、ゾンビで復活』とかになったら恐いぞ。
「で、ガリアスの言った言葉だな……」
「マクルスさんは知っているのか? ガリアスの親父が誰なのか」
考え込んでいるマクルスに俺は聞いた。
「アラーム軍の軍事参謀長……それが今の奴の肩書きだ……」
ロフティの回復が終わったのか、アフィンが会話に入り込もうとしている。辺りに充満していた異様な雰囲気はいつの間にか消え、ロフティは無事に人間として復活したようだ。
「ガリアスさんのお父さんって、マクルスさんの知り合いなんですかぁ?」
相変わらずの気の抜けた声でアフィンが聞いた。
「ふむ……。昔、奴とワシはアラーム騎士団の双龍と呼ばれてな。数々の戦場を二人で渡り歩いたもんだ」
遠い目をしながら、マクルスが思い出すように話し始めた。
ガリアスの親父の名前はガル。マクルスと同じホビット族らしい。という事は、その息子であるガリアスの背が極端に低いのも頷ける。
そして、マクルスが若い頃、ガルと二人で作ってもらった剣がキング・オブ・ジェミニという事だった。今はガリアスが一人で二本使っているが、昔は一本ずつ、マクルスとガルが使用していたらしい。
それから何年かが経ち騎士団を引退する時、ガルは王宮に残り、マクルスは町で武器屋を始めた。
キング・オブ・ジェミニは二本とも王宮に残ったガルのものとなった。
それから、二十五年……。
「大体事情は分かった。で、どうするんだ?」
俺は話し終わって一息ついているマクルスに聞いた。
「黒幕が分かったところでワシの目的は変わらん。早速、ホープキング山の牢屋目指して出発しよう!」
夜の森をひたすら駆け抜ける黒い馬車。
俺は居心地の悪い荷台で揺られていた。広場の時計で二十二時だったのを確認したのが最後だ。今は何時なのだろう。
木々の間から見える三日月がこれからの出来事を嘲笑っているかのようだ。
馬車はホープキング山にあると言われている牢獄目指して一直線に突き進んでいた。
深夜の森にはモンスターが多く出没する。俺は荷台から外の様子を窺い、馬車を襲おうと近づいてくるモンスターをネマーとネカーで撃退していた。
時折馬車の前からは異様な空気が流れ、暫くするとモンスターの断末魔が聞こえてくる。恐らくアフィンが不気味な術でモンスターを蹴散らしているのだろう。あまり想像はしたくない。
唯一遠距離攻撃の出来ないロフティは、馬の手綱を握り馬車を操っている。
「マクルスさん、娘が囚われている牢獄の位置は大体分かっているんだろう?」
俺はモンスターの気配が辺りになくなった事を確認すると、マクルスに聞いた。マクルスは一人荷台でインスペクターを両手の平に乗せて眺めている。一刻も早く娘に会いたくてウズウズしているのが手に取るように分かる。
「この先にあるホープキング山には、アラーム国専用の金鉱がいくつかあるのは知っているな?」
今は辺りに危険がない事を悟ったのか、アフィンも荷台の方に来て会話を聞いている。
俺とアフィンは小さく頷くと、マクルスは再び話し始めた。
「その中で一箇所だけ、金塊が取れる筈のない位置にアラーム国専用の金鉱があるんだ」
「そこは怪しいねっげっ!」
その時、突然馬車が止った。その勢いで喋りかけていたアフィンが舌を噛んだようだ。
俺達は急いで外へ出ると、天を見上げているロフティの視線を追う。
「き、金色のドラゴン……」
夜空には三日月の弱い光に照らされた金色のドラゴンが飛んでいた。ここからでは距離感が掴めなくて、金色のドラゴンの全長が分かりにくいが、時々見かけるグリーンドラゴンよりは何倍もありそうだ。
「なんだろぉ〜、綺麗なドラゴンだねぇ」
アフィンは空を見上げながら悠長な事を言っている。ホープキング山の麓で見かけたドラゴン……。
マクルスの話では、生贄を差し出している相手はドラゴンという事だった。まさか、あの巨大なドラゴンが。最悪のシナリオが俺の頭の中に生まれた。あのドラゴンとは戦闘になりませんように……。
「とりあえず、そろそろ歩いて行った方が良いだろうな。あまり近くまで馬車で行ったら、見張りの兵士に見つかる恐れがある」
アラームの城下町を出発してから五時間位は経過しただろうか。辺りはなだらかな斜面になっていることから、既にホープキング山に入っているのだろう。
マクルスの提案により俺達は馬車から荷物を降ろし、牢獄目指して歩き始めた。馬車と馬は見つからないように茂みに隠しておく。
俺が先頭になり辺りの気配を窺いつつ進む。すぐ後ろにはマクルスが続き、俺に進むべき方向を指示。マクルスの後ろがアフィン、最後尾にはロフティがついている。
マクルスの言う通りに暫く進むと兵士を発見した。左手に持った松明で辺りを照らしている。
俺は後ろからついてくるメンバーに待ての合図をすると、一人気配を消して兵士の後ろに回り、素早く口を押さえた。と同時に兵士の持っていた松明は素早く取り上げる。
右の手の平には、睡眠薬を染み込ませたタオルを持っていた。
兵士は二・三秒抵抗すると、その場に崩れ落ちた。俺は兵士をロープで縛り近くの茂みに隠した。そして松明の火を消し、後方の茂みで待機している仲間に向かってオーケーの合図を出す。
「見事な手並みだな」
マクルスは感心して言った。俺は少し照れながら再び前進を始める。
それにしても辺りにモンスターの気配が無さ過ぎる。こんな真夜中の森の中ならモンスターの一匹や二匹平気で出てきそうなものだが……。
やはり軍事参謀長ガル……。奴がドラゴンに生贄を差し出して取引をしているためだろうか。
「見えてきたようだな」
後ろからマクルスが言った。盗賊の俺の眼には大分前から、兵士六人が見張りをしている洞窟に気づいていたけど。
「さて、見張りは六人だな。どうする?」
俺は後ろを振り向き、仲間に意見を求めた。
アフィンは腕を組んで考え、ロフティは頭を掻きながら夜空を見上げている。
「僕のダニーを出してもいいけど、兵士全員が持ち場を離れる事は考えられないよね〜……」
「全員に眠ってもらうか」
アフィンの言った意見に対して、ロフティが言った。やはりそれしかないか。
牢獄は目前。兵士にバレたとしても人質を助け出せればそれで良い、という考え方も出来る。
「それしかなさそうかな?」
俺もロフティに賛成した。他のメンバーも異論は無さそうだ。
「危険ですので、兵士達が片づくまでマクルスさんはここで待っていて下さい」
そういうと、ロフティは馴れた手つきで目から下を黒い布で隠し始めた。アフィンと俺も正体がバレないように目から下を隠す。
準備が終わると兵士達の近くまで茂みに隠れながら進んだ。洞窟の左側の茂みにはアフィン、正面の茂みにロフティ、右側の茂みに俺が隠れている。
俺達はタイミングを見計らって、同時に茂みから飛び出した。
目の前にいた兵士が俺に気づいて、慌てて右手にもった槍を構えようとしたが既に遅い。俺はその兵士の口を右手で押さえて、腹に膝蹴りを喰らわした。
兵士は口を押さえられて声を出す事が出来ないまま、その場に倒れる。ズボンの下に装備している鉄の膝当ては想像以上の威力のようだ。
その倒れた兵士の左側に立っていた別の兵士が口に笛を咥えているが、その笛には小さなナイフが突き刺さっている。俺が茂みを飛び出た時と同時に投げたナイフだ。
兵士の吹いた笛からは、プヒュ〜という情けない音が出ただけだ。
音の出ない笛をくわえたまま唖然としている兵士の後ろに素早く回りこむと、今度は首の後ろを手刀で打った。笛をくわえたまま兵士は豪快に倒れる。
俺に割り当てられた兵士二人を片づけて、周りを見渡すと、ロフティが二人目をレイピアの柄で殴って気絶させているところだった。的確に人間の急所を突いている。
その向こう側では、アフィンが身体の周りに異様な空気を纏いながら、兵士二人を同時に失神させていた。一体何をしたんだろう……。
「一先ず片づいたな」
俺は辺りで伸びている兵士全員を縄で縛り終わると、茂みに隠れているマクルスを呼んで言った。
「この中に娘がいるはずだ」
マクルスは鉄で出来た牢獄の入り口を睨みながら答えた。俺は懐から鍵を取り出すと、牢獄に取りつけられている錠の鍵穴に静かに挿した。乾いた音と共に錠が外れる。
外れた錠前を少し眺めてみる。やはり生贄を閉じ込めておく牢屋らしく複雑な作りをしている。これは俺の開錠の腕でも無理だっただろう。
「洞窟の中には人の気配は無さそうだけど……」
俺は中の様子を窺って言った。洞窟は結構長いらしく薄暗いせいもあり、奥まで見渡す事が出来ない。
「まだ兵士が残っているかもしれない。マクルスさんは俺の後について来てくれよ」
「ああ」
返事をしたマクルスの肩にはインスペクターがちょこんと腰を下ろしていた。人質が捕まっている所を証拠として映像に残すつもりだろう。
俺は長い洞窟の所々についている松明の明かりを頼りにしながら、洞窟の奥を目指した。
思ったより深くない洞窟だった。二分程歩いたところで更に鉄の牢獄が作られており、その中のベッドに女性が一人横になっているのに気づく。辺りに兵士はいないようだ。
「おお、サニ! 助けに来たぞ! 大丈夫か?」
マクルスは牢獄の鉄柱を握りながら、ベッドで横たわっている女性に向かって小さく囁いた。
サニと呼ばれた女性はベッドから身体を起こして、こちらを確認しているようだ。頭からスッポリとフードを被っており顔を確認する事は出来ない。
「…………」
サニは緊張しているせいか声を発する事が出来ないようだ。
俺は目の前の錠前を確認した。
やばい。
まさか鍵がもう一つ必要だったとは。俺は試しに砦で盗んできた鍵を鍵穴に差し込もうとした。全然大きさが合わない。
「え? 開かないの?」
アフィンが心配そうに俺の手元を覗き込む。
「いや、心配するな」
外側にあった錠前よりは大分簡易的な鍵だ。これなら「頑張れば」なんとかなりそうだ。
俺は腰から針金を取り出すと鍵穴に差し込んだ。
手に神経を集中する。
……。
……う〜ん。
この先が曲がっているのか。
俺は鍵穴の形を確かめると針金を一度引き抜き、手先で器用に針金を鍵の形に折り曲げた。
「へぇ〜」
何にでも興味を示すアフィンがさっきから手元を覗き込んでいる。
「企業秘密だぞ」
「うん〜」
「よし開いたぞ」
俺は錠前を誇らしげに掲げた。嫌な汗を大量にかいたが結果オーライだ。
マクルスは扉が開け放たれたと同時にサニに抱きついた。親子の感動の対面だ。
アフィンが鼻を啜る音が聞こえる。感動して泣いているのだろうか。
「他の兵士に気づかれると面倒だ。早くここから脱出しよう!」
ロフティが辺りの様子を窺いながら言った。
俺達はマクルスとサニを守るように陣形を組み、洞窟の出口目指して進み始めた。
「マズイな……。洞窟の出口に何者かの気配を感じるぞ」
暫く進んでから、俺は気づいた。相手は二人。足音からして、四足歩行の獣ではないようだ。
「ここは僕に任せてよ」
そう言うとアフィンは先頭に立ち、怪しげな呪文を唱え始めた。
すると、みるみるうちに辺りの空気がどんよりとし始めた。先程兵士を失神させた術を向こう側からやってくる二人に使うつもりのようだ。
確かにこの狭い洞窟内では剣を振り回したり、素早く動いて敵の後ろを取る事は難しい。ここは、アフィンに任せるか……。
しかし、俺の考えは甘かった。
アフィンの呪文が完璧に唱え終わる前に、この怪しげな空気に気づいたのか、二人のうちの一人が凄い勢いでこちらに向かって突進して来た。
虚を突かれたアフィンは呪文を中断して杖を身体の前に構える。
派手な打撃音が洞窟内に響き、同時にアフィンの身体が後ろに吹き飛んだ。
敵の攻撃が止った瞬間を狙って、俺は右手に構えていたナイフを相手の右手目掛けて振り下ろす。
しかし、それを察知してか、相手は不安定な体勢から俺に蹴りを繰り出してきた。その攻撃に素早く反応した俺は、後方に飛び退りかわす。
俺の動作の間に相手は既に体勢を立て直し、剣で突きの構えを取っている。剣には鞘がついているようだが、この一撃を喰らったら痛い!
「でやっ」
敵の突きの攻撃に合わせてきたのは、後ろから飛び出してきたロフティだった。俺の目の前でロフティの剣と敵の剣とが交錯する。
その間に、俺は更に後方に下がって、体勢を立て直した。左手にはネカーを構えている。
豪快な音を立てて、傍の洞窟の壁が砕けた。敵の振るった剣が洞窟の壁に当たったようだが、その砕けた石の破片が俺の方へと飛んでくる! こいつ、狙っていたのか!
俺は後方に丸腰のマクルスとサニがいる事もあり、腕を十字に構え、石の飛礫を防いだ。
「ブ、ブレイブ! こいつ、強いぞ!」
目の前で剣を交じ合わせているロフティが叫んだ。俺は防御を解き、再びネカーを構える。
「え? ブレ……」
暗くて確認出来ないが、一瞬聞こえた声はカリューの声。
その一瞬だけ放ったカリューの言葉が終わる前に、今までマクルスの後ろにくっついていたサニが突然走り出した。
「サ、サニ! どうした!」
マクルスが叫んだが、サニは止る気配を見せない。
「あんた達が馬鹿な事している間に、奴らが来ちゃったよ!」
突然喋ったサニの言葉に誰よりも驚いたのはマクルスだった。
「サニじゃない!」
サニを追い洞窟を出て真っ先に目に入ったのは、鎧を纏った一匹のモンスターだった。それは豚を人型にしたようなモンスター『オーク』だ。しかも金色に輝く毛並みをしている。普通、オークは茶色の毛並みのはずだが。
洞窟出口の脇には俺達がサニだと思い込んでいた女性が立ちすくんでいる。
「今回の生贄は粋が良いみたいだな」
信じられない事に目の前のゴールドオーク(勝手に名前をつけた)が喋った。
モンスターは普通、言葉を発する事は出来ないはず。ほとんど見たことはないが、これが動物が進化したという獣人だろうか?
「金色のオークだぁ! 綺麗だな〜」
一人アフィンが寝ぼけた事を言っている。言葉を発するモンスターには驚かないのだろうか。
「ちょっと黙ってて!」
謎の女性の一喝によりアフィンは黙り込んだ。なんて気の強い女性だろうか……。
「まずは、自己紹介をするわ! 私の名前は秋留、アラーム国の王ラディズにホープキング山の調査を依頼された冒険者よ!」
そういう事か。マクルスは自分の娘を助けるために俺達三人に依頼し、王様は軍事参謀長ガルの悪事に気づいて秋留という冒険者に依頼した……。ブッキングしてしまったという訳だ。
「名乗ったところで状況が変わる事はない。お前は我らが王、ゴールドドラゴン・バルバロス様の餌となるのだ」
オークはそう言うと、巨大な三叉の槍を構えた。
「いや、不味そうな生贄が何匹かいるみたいだが……」
オークが俺たちの顔を眺め回して言った。失礼な奴だ。俺の肉はきっと美味いに違いない。
「分かってないみたいだね。王様にガルの悪事が判明すれば、人間の生贄を捧げる事なんて打ち切りだよ!」
「ぬっ……」
「私が帰らなければ生贄を捧げていたのは真実だったと王様に証明出来た事になると思うけど」
オークがたじろく。秋留がニヤリと笑って、ここぞとばかりに続ける。
「貴方達モンスターにとって倒されるかもしれない危険を冒して人里に下りてくるよりも定期的に提供される生贄の方がリスクがないはずよね」
先程から聞いていると、色々と強気な事を言っているが、秋留は可愛い声をしている。
「ぬううう!」
醜い豚のような顔が一層、醜く歪んだ。
「どうするの? あんただけの判断で私達をどうにかするつもり?」
秋留は尚も強気な発言でオークを睨みつけているようだ。依然、フードを被っているせいでどんな顔で凶暴なモンスターに怒鳴りつけているのか分からない。
「そ、そこで待っておれ! 人間共!」
オークはそう言うと、のっしのっしと歩きながら、森の中へと消えていった。言葉を話すモンスターというのは珍しいが頭はあまり利口ではないようだ。
暫く俺達はその場で凍りついていた。秋留と名乗った冒険者の迫力に唖然としているのである。
「それじゃあ、全員集まって状況を話し合いましょうか」
俺達は洞窟の目の前で小さな焚き火を囲んで腰を下ろした。秋留は近くの切り株に腰を掛けている。
オークが去った後、秋留が目深に被っていたフードを外した時に、俺は虜になってしまった。秋留から目が離せない。秋留の事が気になって仕方がない。一体どうしてしまったんだろう。
秋留は腰位まであるピンクの髪の毛をしていて、可愛らしい顔をしている。歳は俺と同じ位だろうか。大人っぽい面もあれば、子供っぽい面もある。そんな不思議な女性だ。
真っ白な長いマントを装備し、短めの茶色のスカートを穿いている。上着はマントでほとんど隠れてしまっていて見えないが、クリーム色のセーターのようなものを着ているみたいだ。
冒険者のはずだが、装備がほとんど無いに等しいのは、敵に自分の正体がバレるのを防ぐためだったのだろう。まぁ、こうなってしまってはモンスター側に正体を隠す必要もなくなったが……。
「おい! ブレイブ! 何ぼけ〜っとしてるんだ?」
突然、話し掛けられて、焚き火の反対側に座っている秋留から目線を外した。隣に座っているロフティが俺の顔を見ながら話し掛けてきたようだ。
「な、何でもない……」
俺は曖昧に答えると、焚き火を見るフリをして、チラチラと秋留の方を観察した。
「サニは無事なんですか!」
今まで気になっていて仕方が無かったのだろう。突然立ち上がって秋留の方を凝視しながら、マクルスが言った。
「心配ないですよ。山の麓の小さな町で国王直属の兵士に保護してもらっていますから」
秋留はモンスターと駆け引きしている時とは正反対の優しい口調でマクルスに答えた。
「う、うむ。分かった。感謝する……」
マクルスは安心したのか、再び地面に腰を下ろした。
「お姉さん、秋留って言うんだよねぇ? 亜細李亜大陸の人?」
アフィンはいつもと変わらぬ口調で秋留に話し掛けた。その性格、少し見習いたいものだ。
「そうだよ。亜細李亜大陸にある小さな村で育ったの」
秋留は朗らかに答える。その笑顔が眩しい。
「さっきのオークが戻って来る前に、状況の説明をした方が良さそうね」
秋留はカリューの隣で怯えている爺さんの方を見ながら言った。
見慣れない爺さんだが恐らくカリューの雇い主で、黄金で一攫千金を狙う貧乏人だろう。
状況を察したのか、カリューが話し始めた。
「このご老人はターキンさん。俺の雇い主で、この山で黄金を掘り当てるのが目的だ」
カリューは怯えて声も出せない老人の代わりに答えた。
「ターキンさん、安心して下さい。すぐに安全な場所に連れて行きますので」
秋留はまたしても優しい口調で言った。すると、今まで震えていたターキン老人は、安心したのか秋留を聖母を見つめるような眼差しで見た。
その汚い眼で秋留を見るな……と、俺はどうしてしまったんだろう。今までこんな気持ちになった事などない。まさか……。
「で、剣士さん? 結構腕が立つようだけど、名前は?」
秋留が聞く。早く俺にも聞いて欲しいものだが。後どれ位で俺の順番が回ってくるのだろうか。
「俺はカリュー。剣士ではなく、勇者だ!」
カリューは厳しい目線で秋留を睨みつけた。余程勇者という職業を強調したいらしい。しかも、カリューの眼は、深く詮索するなと言っている。
「あれぇ? 勇者って金色の瞳をしてるんじゃなかったけぇ? カリューさんは僕と同じ黒い瞳だけどぉ?」
アフィンには睨みつけ攻撃など聞かないという事を知らなかったようだ。露骨に聞かれてカリューは戸惑っている。
「まぁ、細かい話は後にしようよ。オークが戻ってきちゃうかもしれないし」
秋留は先を促した。隣でカリューも力強く頷いている。秋留は続けてカリューに質問した。
「何で洞窟に入って来たの?」
「洞窟の入り口を見ると、兵士が五・六人倒れていたんだ。気になって洞窟に入っていったらブレイブ達と鉢合わせになった、という訳だ」
そう言ってカリューは俺の方を見た。
ナイス、カリュー! これで俺の話す番がやってきた。秋留と会話が出来るぞ。
「そこの黒い人がブレイブ?」
う……。黒い人か……。確かに頭も黒ければ格好も黒いけど……。
「初めまして。ブレイブです。年齢は二十一歳。職業は盗賊でレベルは三十です。武器は二丁の……拳銃です!」
同時に両手に愛銃であるネカーとネマーを構えて言った。
うん、決まった!
「そ、そうなの? ふ〜ん。それより、もっと肩の力を抜いて喋ったら?」
た、確かに……。俺は緊張のあまり肩に力が入り、訳の分からない『ですます調』で話していた。
「で、予想するに、そこのホビットの人に『牢獄に捕まっている娘を助けてくれ』と依頼された、っていう感じかな?」
秋留は言った。正にその通りだが、そんなに完結に言われると秋留と会話する言葉がなくなってしまう。
「マクルスです。娘の事は本当に感謝しています。まさか、アラーム国王殿も同じ事をお考えになっていたとは……」
マクルスは突然話し始めた。俺の出番はもう終わりか? 俺は構えていた拳銃を静かにホルスターに戻した。
「先代のラディズ国王は金を安全に採取するために、ホープキング山の長であるゴールドドラゴンと取引をしたの」
秋留はまるで教師のように俺たちに説明を始めた。その話し方は分かり易く優しい感じがする。
「でもそれは人間の生贄を捧げるような取引ではなかった。最近になって生贄を捧げ始めたのは軍事参謀長のガルだ……ラディズ国王はそう考えているわ。私はその事を確認しに来たの」
マクルスが「やはり」と小さく呟いて頷いている。これで俺たちは騎士団の砦に侵入しただけの犯罪者ではなくなったという事だ。
秋留は思い出したかのように俺の方を見ると会話を続けた。
「で、ブレイブの隣の陽気な長髪の人と細い人は?」
「僕はアフィンだよぉ〜。ネクロマンサーなんだぁ!」
「俺の名前はロフティ。剣士だ」
二人は簡単に挨拶を済ませた。
「そう、ありがとう。随分頼もしいメンバーだね。当初は私一人で頑張る予定だったけど、随分楽になりそうだよ」
うん? 頼もしい? 頑張る? 楽になる? 一体秋留は何をしようとしているんだろうか。
「な、なぁ、秋留さん? 具体的にラディズ国王には、どんな依頼を受けたんだ?」
俺は秋留に聞いた。
「秋留、で良いよ。ブレイブのが年上だし」
そうか。少し大人っぽい感じがしたが、秋留の方が年下だったか。
「とりあえず詳しい話は後ね。これからモンスターと戦闘になるかもしれないから、マクルスさんとターキンさんは山を降りた方が良いわ。麓の町でサニさんも待っているだろうし」
秋留が言った。まさか、あの巨大なゴールドドラゴンと一戦やらかすつもりだろうか。秋留の事は気になるが、戦闘は少し遠慮したい。
「ロフティとアフィンには、二人と一緒に山を降りてもらおうかな。モンスターが出るかもしれないから、マクルスさんとターキンさんの護衛よ」
秋留は的確に指示した。パーティーのリーダの素質があるようだ。
「秋留。悪いんだが、雇い主を見ず知らずの冒険者に預ける事は出来ない」
カリューは言った。どこまでも頭の堅い奴だ。やはり、こいつとは上手くやっていけそうにない。
「依頼人を連れて怪しげな洞窟に入る事は出来ても、他の冒険者に雇い主を預ける事は出来ないと?」
秋留は少し強めの口調で言った。秋留の言葉には魔力が篭っているようだ。その言葉を聞いたカリューは黙って、「任せたぞ」とロフティに言うとターキンさんを預けた。
「ブレイブ、念のためインスペクターを預かっておいてくれ」
マクルスが俺のところまでやってきてインスペクターを渡してきた。俺は黙って頷くとロフティ達を見送る。
親父二人組みを連れたアフィンとロフティは馬車の止めてある道へ戻って行った。その姿はすぐに見えなくなった。
「で、聞かせてもらおうか。俺とブレイブを残した訳を」
俺達三人になった後、カリューは秋留に聞いた。それは俺も気になっていた事だ。
「カリューはロフティより腕が立つと思ったし、持っている剣は魔法剣でしょ? アフィンはネクロマンサーって言ってたけど、私もネクロマンサーの術は使えるしね」
そこまで話すと秋留は俺の方を見た。まともに眼が合う。ど、ドキドキするぞ!
「ブレイブは何かしてくれそうだから残した」
俺は頭を落とした。不確定要素な訳だ、俺は。その期待を裏切らないように張り切って仕事をさせて貰おう、って……仕事?
「そう言えば、これから何をするつもりなんだ? まださっきの質問の答えを聞いてないけど」
俺が聞くと秋留は空を見ながら静かに答えた。そう、俺も気づいていた。山の頂上の方から、何か巨大な物が空を飛んでくる気配に……。
「王様から頼まれた内容……。生贄になりすまし直接ゴールドドラゴンと交渉する。生贄は今後捧げないと……」
空を羽ばたいてくる気配は勢いを増して、こちらに近づいてくる。
「そんな事、許してくれなかったら?」
カリューもようやく気配に気づいたのか、青く輝く剣を両手に構えながら聞く。
「ラディズ国王には交渉に失敗した場合は逃げるようにって言われているけど……逃げさせてくれなければ倒すしかないよね。国王は考え方が甘いのよ……」
秋留は静かに答えた。目の前に降り立った巨大なゴールドドラゴンを前にして。
普通のドラゴンが人間の身長の約二倍、目の前のゴールドドラゴンは俺の身長の四倍程はありそうだ。山の麓で見たドラゴンは、やはりこいつだったか。
「誰を……倒すって?」
ゴールドオークに、バルバロスと呼ばれていたモンスターの王は、威圧感のある声で言った。バルバロスが喋るだけで軽く吹き飛ばされそうだ。その口からは大量の涎が垂れてきている。
「私達の会話が聞こえていたなら、すぐに答えてくれるかしら?」
秋留はゴールドオークにも言っていたような強気な口調でバルバロスに話し掛けた。
「グアッハッハッハ!」
バルバロスは豪快に笑った。辺りの木々が軋み、大地が揺れているような印象さえ受ける。
「ゴリアスの言っていた通り、面白い人間のようだな、娘よ!」
秋留の頭の高さまで首を下ろし、人間の頭の大きさほどもある眼で秋留を見つめながら言った。迫力があり過ぎるが、本当にこいつと戦わないといけないのだろうか。
「臭い口を近づけないでよ! で、答えはどっちなの?」
相変わらず秋留は強気な口調で答えている。最早、笑うしかないか。あはは……。
「答えは……」
と同時にバルバロスは大きく息を吸った。まさか!
「ノォォオオオオオオオオオだぁぁぁああああああ!」
答えと同時にバルバロスの口から炎が噴出される。それを予想していたのか、秋留はどこから取り出したのか、折りたたみ式の杖を取り出し、呪文を唱えた。
「ヴィント・ヴァント!」
秋留の言葉と同時に俺達の目の前に突風が吹き荒れた。襲い来る炎は、その風の壁によって、四方に散る。
「ほぅ! 面白い!」
血走った眼でそう言うと、バルバロスは巨大な羽を広げた。炎の次は風か!
「だりゃあああ!」
隣で襲い来る炎とそれを防いだ秋留の魔法に唖然としていたカリューが叫びだし、巨大なバルバロスの足を駆け上っていく。
それに気づいたバルバロスは右手でカリューを払いのけようとする。
俺は両手に構えた銃から硬貨を連射した。ドラゴンの強固な身体はそう簡単には傷がつくはずもないからだ。
俺の放った硬貨はバルバロスの右手から突き出た爪をことごとく砕いていく。その間にカリューはバルバロスの肩に乗り、巨大な翼目掛けて飛び出した。バルバロスの広げた翼だけで、小さな宿屋位の大きさがある。
「ヌオオ!」
バルバロスは巨大な雄たけびを上げた。
カリューは空中で剣を振り回し、バルバロスの左翼をズタズタに切り裂く。一方、俺の方もカリューの動きに見とれるだけではなく、ネカーとネマーを一直線上に連射し、右翼を横に切り破いた。
その状態で大きく動かした翼からは、威力の落ちた風が吹き荒ぶ。
しかし、そこは巨大なドラゴンの羽ばたき。威力が落ちたからといって、簡単に防げるようなものでもなかった。
二メートル程吹き飛ばされた俺は一回転して体勢を立て直した。
隣では、秋留が可愛く尻餅をついている。あまりの威力に唖然としているようだ。この化け物を一人で相手にしようとしていたんだから度胸が相当据わっているのか後先を考えていないのか……。
「小癪な人間共めぇええええ!」
雄たけびに近い声を発し、左手を空中で振った。
俺の眼にはその左手から空気を切り裂いて何かが飛んでくるのが見えた。
咄嗟に右側にいた秋留を突き飛ばし、その何かを避ける。
俺達がいた場所が豪快な音と共に三本の爪の形に削れた。その攻撃で俺は左足に軽いダメージを受けた。
「あ、ありがとう」
突き飛ばして俺の腕の下にいる秋留が言った。俺は慌てて秋留から離れると、再び銃を構えた。若干左足が痛いが、気にしている場合ではない。
バルバロスの足元では、爪での攻撃の隙を突いたカリューがバルバロスの左足を剣で切り裂いていた。真っ赤な血が辺りに舞った。
「グオオオオオ!」
何度目の雄たけびだろうか。バルバロスは突然、凄い勢いで身体を反転させた。
俺の視界の端でカリューが森の中へと吹き飛ばされた。
「尻尾だ!」
俺は叫んだが既に遅かった。思いっきり近くの大木に叩きつけられる。しかし俺の叫び声のお陰か、秋留は地面に伏せて尻尾の攻撃を防いでいた。
「岩山の巨人ジャイアントロックよ!」
秋留が杖を構えて立ち上がりながら、呪文を唱え始める。
一方バルバロスは更に半回転し、その勢いで左手の爪で秋留を襲う。しかしその動きを予測していた俺は、懐から小型の火薬瓶を取り出し素早く火をつけてバルバロスに投げつけていた。丁度、左腕の肘関節目掛けて。
小さな爆発音と共に、バルバロスの左腕から血が吹き出た。元々、小さな火薬瓶如きに巨大な腕を吹き飛ばす事は出来ないと判断していた俺は、バルバロスの左腕の関節を狙っていた。
腕の関節を攻撃されて腕が曲がったバルバロスの攻撃は、秋留の遥か頭上を通り過ぎた。憎悪の眼差しが一瞬俺に向けられる。
「我の前にその力を示せ! ジャイアント・アーム!」
秋留が更に呪文を唱えると、同時に秋留の目の前の空間が歪みバルバロスの腕と同サイズの岩で出来た腕が飛び出してきた。
「ヌオオオオ!」
秋留の正面を向いていたバルバロスは、突然の巨大な腕の攻撃をまともに顔面に受けた。鼻の穴から血飛沫が上がる。
バルバロスの頭がのけぞった瞬間、森から飛び出してきたカリューは再びバルバロスの身体を駆け上った。
「グハッ」
丁度心臓の位置。カリューは剣を突き立てた。同時に血を吐くバルバロス。しかし、まだ終わっていない!
「このバルバロス様を舐めるなよぉおおお!」
バルバロスは左手で胸に剣を突き刺しているカリューを掴み上げると、地面に叩きつけた。カリューが二・三度地面を転がった。
バルバロスの胸には剣が突き刺さったままとなっている。カリューの腕と剣でもドラゴンの厚い皮膚を突き破る事は出来なかったようだ。
「グオオ、グオオ、この人間共めが……」
バルバロスは息を切らしながら、俺と秋留を睨みつけている。
「バルバロスさん、元々、先代アラーム国王の時代から賢者の石を貰っていたそうですね。その代わりにホープキング山での金の採掘を許可していた……」
賢者の石?
確か凄い力を秘めた石だと聞いた事があるが……。詳しい事は知らなかった。盗賊の中にはレアで高価なアイテムを知っている者も多いのだが、俺にはそういう知識はない。
「で、そこに現れたのがガル軍事参謀長……。金を更に採掘するために、人間の生贄を差し出そうと言い出してきた……」
秋留は尚も続ける。それを黙って聞くバルバロス。まるで自分を落ち着かせようとしているようだ。
「そうだ! あの人間が余計な事を言ってこなければ、こんな事にはならなかったんだ!」
バルバロスの顔が憎悪で歪む。ようやく真実が見えた。俺の肩に必死にしがみついているインスペクターも狂気に歪んだバルバロスの姿と証言を撮影し続けている。
「俺は知らなかったんだ! 人間を喰らうと止められなくなるという事を!」
「中毒性があるのよ……。だから魔族はいつまでも人間を襲い続けなくてはいけない。人間と魔族の争いは終わる事はないのよ」
秋留は悲しそうな顔をしている。元々争いごとなど好きではないのだろう。心の綺麗な秋留は無理をして戦闘をしているに違いない。可哀想だ。俺が守ってやりたい。
ん? それにしても……。
「なぁ、バルバロス……。どうして城に降りてきて、人間を襲おうとはしなかったんだ?」
俺が聞くと、バルバロスの顔が更なる恐怖で歪んだように見えた。
「ガルだ……。あいつには敵わないぃぃぃぃいい……」
バルバロスが首を大きく振る。
バルバロスの中で何かが壊れ始めているようだ。
「なぜ?」
秋留が今までとは打って変わって、優しい口調で聞いた。
「それは……」
バルバロスの顔が恐怖に引きつる。いつの間にか焦点も合わなくなって来ているようだ。
「奴の眼だ……あの眼には逆らえない……」
バルバロスが急に静かになる。
土ぼこりの舞う戦場に暫しの沈黙が流れた。
「どうしたの? バルバロス?」
秋留はバルバロスに一歩近づき、尚も優しい口調で語りかけているが、俺は嫌な予感がした。
静かになったバルバロスの内側から発せられる何か強い感情により、身体を動かす事が出来ない。
それは秋留も同じ様で、顔に冷や汗をかきながら必死に動こうとしている。
目の前でバルバロスが大きく息を吸う。
「喰わせろぉぉおおおお!」
あらぬ方向にバルバロスが右手を振り上げて攻撃を繰り出した。巨大な大木が木っ端微塵に吹き飛ぶ。
「俺様の我慢の限界に近づいた時にぃぃぃぃ……生贄はいつもやってくるぅぅぅ!」
口を開いて近くの大木を噛み砕く。
荒れ狂うバルバロスに恐怖していて俺たちは動くことが出来ない。
もう駄目か! そう思った瞬間、俺の脇を通り抜けてカリューがバルバロスの身体を再三登り始めた。
どうやらカリューはバルバロスからの威圧感を跳ね除けて動けたらしい。
そしてバルバロスが炎を吐くのと同時に胸に突き刺さっていた剣を抜き出し、バルバロスの顎へと勢い良く突き刺す。その衝撃でバルバロスの顎が宙を向いた。
「ゴガアアアア!」
一発目に放った炎よりも二倍の威力はあろうという炎の柱が天に向かって立ち上る。薄暗い空が、パッと明るくなった。
「うおおおおおお」
俺は大声を出して気力を振り絞った。全身から汗が噴出したが何とか動けそうだ。秋留も隣で何とか精神を集中させて動こうとしている。
突然目の前の地面が二メートル程先から削れ始めた。
俺はネカーとネマーを盾代わりに目の前で十字に構える。気づくのがもう少し遅ければ、バルバロスの爪の攻撃で即死していたかもしれない。盗賊の動体視力があってこそ防げたのだろう。
そんな事を宙に舞いながら考えた。バルバロスの攻撃により、俺は十メートル程宙に吹き飛ばせれていたからだ。ダークスーツの胸の所は大きく裂け、胸を少し斬られているが致命傷ではない。問題はこのまま地面に落ちたら結構痛いという事だ。生憎バルバロスの攻撃で身体を動かす事が出来ない。
「ヴィント・ヴァント!」
俺が地面に落ちようという時、秋留が魔法を唱えた。一回目のバルバロスからの炎の攻撃を防いだ風の壁。しかしそんなものを喰らったら、俺は再び宙を舞ってしまう。
だが取り越し苦労に終わった。威力を弱めた秋留の魔法は、俺の落下の速度を落とすだけに収まっていた。軽く地面に尻を打ちつける。
地面に腰を下ろしながら、横を見上げて秋留に礼を言った。
「助かったよ」
「和んでいる場合じゃないぞ!」
いつの間にか目の前で剣を構えていたカリューが言った。その向こう側では、バルバロスが狂気の眼でこちらを睨んでいる。
最早話し合いなどで解決出来る問題では無さそうだし久しぶりの獲物を逃がす気もないらしい。
「生贄が万が一反撃に出てもどうにもならないような状況にバルバロスを置いているんだな」
俺は体勢を立て直しながら、秋留に言った。
「許せねぇ野郎だな! 同じ人間として恥ずかしいぜ」
カリューに話し掛けた訳ではなかったが、振り向いてカリューが答える。
「可愛そうだけど……ゴールドドラゴン……、倒すよ!」
秋留がバルバロスの方を向いて言った。
ゴールドドラゴン……。秋留はそう言った。意思のないモンスターと認識するためだろう。そうでもしないと、目の前の利用されたドラゴンに止めを刺す事をとまどってしまう。
ゴールドドラゴンが大きく息を吸う。その攻撃は隙が多いぞ! 俺は心の中で叫ぶとネカーとネマーを構え、トリガーに指を置く。と同時に目の前から突風が吹き荒ぶ! しまった! 翼の攻撃か!
攻撃態勢を取っていた俺はドラゴンの攻撃により、後方にある茂みに吹き飛ばされた。カリューと秋留も突風により攻撃出来ないでいるようだ。
「ガアアアアア!」
ドラゴンの叫び声、そして吹き荒ぶ突風の中に吐き出された炎が交ざった。
燃え上がる木々。熱を帯びた空気。辺りは一瞬にして火の海と化した。辺りを炎で囲まれた俺は近くの燃えていない木々を駆け上り、高い位置から、比較的炎の回っていない地面へと飛び降りる。
と、同時に目の前にいるドラゴンに対して、硬貨をぶっ放す。しかし、予想通りドラゴンの堅い皮膚に弾かれてしまった。
「グオオ?」
今の攻撃でドラゴンに気付かれたようだ。こちらを向いたドラゴンは左手で宙を凪ぐ。同時に、襲い来る風の爪。それを寸前のところで前転してかわす。背中に痛みを感じた。避け切れなかったようだが、痛がっている暇は無い。
前転の途中でネカーとネマーに硬貨を補充した俺は、更に近づいたドラゴンの胸を目掛けて狙いをつける。狙いはズバリ、カリューが剣で突き刺した傷。
「グガアアア!」
見事に心臓の傷に命中した。と、安心していると、ドラゴンの左足が俺目掛けて飛んできた! こ、これは避けられない!
「ジャイアント・フット!」
突然聞こえてきた秋留の声と同時に、俺の目の前に巨大な岩の足が飛び出てきた。
その岩の足は、勢い良くドラゴンの左足を踏みつけた。再び叫ぶドラゴン。
そして追い討ちを掛けるように、カリューが反対側の足から駆け上る。
俺はカリューの援護をするべく、ネマーとネカーのトリガを引き、心臓の傷へと打ち込んだ。ドラゴンは止め処なく叫び続ける。その叫びが悲しく聞こえる。後少しで楽にさせてやるからな。
「だりゃあ!」
カリューは叫び声と共にドラゴンの胸まで駆け上がった。まさか、先程傷つけた胸の傷に再び剣を突き刺すつもりだろうか? しかし、その傷には俺の放った硬貨が詰まっていて奥まで突き刺す事は出来ないはず。
俺の不安とは裏腹に、カリューはそのままドラゴンの身体を駆け上り、顔の目の前までやってきた。
カリューは、そこから頭上に剣を振りかぶる。
「はぁっ!」
気合と共にカリューは、ドラゴンの顔面目掛けて剣を振り下ろした。額からは大量の血が飛び散ったが、傷は浅い。怒り狂ったドラゴンは息を吸わずに炎を吐き出す。そんな事も出来るのか!
まともに炎を喰らうカリュー。しかしドラゴンの額に剣を突き刺したまま、その攻撃に耐えた。何て奴だ。
「止めだぁ!」
カリューはそう言うと突き刺していた剣を一度引き抜き、再び同じ傷へと勢い良く剣を振り下ろした。
一度目は剣のつばの部分までしか突き刺さらなかった剣が、今度はカリューの二の腕位の深さまで、額の中へと突き刺さった。
声にならないドラゴンの絶叫。辺りの空気が振るえ、大地が揺れる。その振動により辺りの炎は一層強く燃えた。まるで森の主を送っているかのように。
ゴールドドラゴン・バルバロスの最期だった。
ドラゴンの巨体がカリューごと地面へと倒れる。その衝撃で燃え盛っていた大木がバルバロスの動かない身体へと倒れこむ。
ギリギリのタイミングでバルバロスの身体から離れたカリューは引き抜いた剣を鞘に収めた。カリューの身体はバルバロスからの返り血で真っ赤になっている。
炎の上がった森からはモンスターの鳴き声が無数に聞こえた気がした。
主人がこの世を去ったのが分かったのだろうか……。
倒す事でしかバルバロスを救う事が出来なかった俺達は、燃え上がる炎がバルバロスの身体を包み込むまで暫くその場に立ち尽くしていた……。