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第二章 奪取

 俺達三人は喫茶店にある個室に案内された。既に二時を回っていたため、アフィンを含めて、ロフティから事情を説明してもらう事にした。アラーム騎士団長ガリアスの話は後回しとする。

 人気のない裏道で起こった事件については、俺からアフィンに大まかな説明をした。

「それにしても、そのザムという奴は危険だねぇ。一般人を殺したら最重要指名手配として、全国に通知されるのを知らないのかなぁ」

 ロフティもザムを殺し兼ねない勢いだったが、大丈夫なのだろうか。ロフティも熱くなってしまい、冷静さをなくした事は反省しているようだが。

「話してくれるか?」

 俺は言った。アフィンもテーブルの反対側の席に座り、ウンウンと頷いている。

「ザムは、俺の両親を殺したんだ」

「ええぇ?」

 アフィンが気の抜けた声で真っ先に驚いた。

「じゃあ、ザムは最重要指名手配犯なのぉ? すぐに行って捕まえなきゃ駄目じゃぁん!」

 相変わらず、『すぐに』という内容が伝わってこない喋り方だ。

「いや、俺の両親を殺したのは、モンスターという事になっている」

 アフィンが頭を傾げている。

「どういう事なんだ?」

「町に現れたモンスターを退治しに来たのが、ザムだったんだ。ザムはモンスターが手強いと見ると、突然俺が住んでいた家に押し入ってきたんだ。家には俺の両親と俺を含めた六人の子供いた」

「ロフティのご両親、随分頑張ったんだねぇ」

 アフィンがデリカシーのない事を言っている。ロフティは苦笑すると、再び話し始めた。

「ザムを追って家に入ってきたモンスターに俺の両親は殺された。ザムはその真新しい亡骸に魔法をかけたんだ」

「直接手を下したのは、モンスターという訳だな」

「ま、そういう事になるな……」

 ロフティもそこのところは分かっているようだ。苦しい顔をしている。

「ご両親の亡骸に対して魔法を使ったのぉ? ネクロマンサーの術なのかなぁ?」

 ネクロマンサーとは死者を操る魔術を使う職業で、俺はそのドロドロした内容が大嫌いだ。

「分からない。俺の親父とお袋の亡骸から飛び出た骨が見る見るうちに姿を変えていって、最後はザムの身体を守る鎧となったんだ」

「ひ、酷い……」

 俺とアフィンは同時に言った。

「治安維持協会には、報告したのぉ?」

 アフィンが聞いた。魔族討伐組合が魔族やモンスターを対象としているのに対して、治安維持協会は主に人間を対象としている。悪い事をすれば、この治安維持協会のお世話になってしまうことになる。

「ザムという奴は、世間の評判が良いらしいんだ。当時十八歳だった俺の意見なんて、聞いちゃくれなかったよ」

 アフィンが暗い顔を見せた。いつもニコニコしているあいつが……。

 まぁ、確かに酷い話ではあるが世間なんて所詮そんなものだ。

「ま、俺の話はこんなものだ。今まで黙っていて悪かったな。今後は奴を見かけても突然襲い掛かったりはしないようにするよ」

「そのうちザムの件はなんとかしようねぇ。次は、騎士団長の話かな? 誰から発表する?」

 俺もロフティも無言のままだ。ろくな情報収集は出来なかった。

「しょうがないなぁ、二人ともぉ……」

アフィンが机に頬杖をつきながら言った。

「明日の夜、お城の闘技場で騎士団長から城下町に住む子供に対しての剣術指南があるみたいなんだぁ」

 と、いう事は……。

「明日の十六時位に、いつもの噴水前で待ち合わせだねぇ」

 アフィンが気の抜けた声で言った。


 俺が宿屋に戻ってきたのは、大きな振り子時計が十七時を告げている時だった。

 宿屋ゴージャスの一階は一般客も入れる定食屋となっていて、少し早めの夕食を取る人で賑わっている。

「よお!」

 俺は見知らぬ剣士風の男に突然話し掛けられた。

 タコール達のパーティの事もある。急に襲われでもしたら困るので、いつでも逃げられる準備はしておいた方が良さそうだ。

「ひ、久しぶりだな……」

 俺は精一杯のフレンドリーな態度で話掛けた。

「久しぶり? まぁ、久しぶりという言い方も出来なくはないかな……」

 透き通るような青い髪をした男は曖昧に返事をした。この返事の内容からでは、目の前の剣士が何者なのか検討がつかない。一体、俺は何を『預かった』のだろう……。というか、こいつは誰だ?

「一緒に飯でも食わないか?」

「あ、ああ、そうだな。久しぶりだし、あれからどうしたのか聞きたいもんだ」

 人見知りの俺にしては最高の返事だったはず。この問いに対する返事により、こいつの正体が分かるはずだ。

「あれから? 昨日風呂出た後は、若干疲れていたせいもあって、すぐに寝ちまったよ?」

 昨日? 風呂……。透き通るような青髪……。

「はぁ……、あの時の野郎だったのか……」

「ん? なんか言ったか?」

「い、いや、なんでもない」

 俺は半ば飽きれながら答えた。まさか、風呂場で一緒になっただけの奴を捕まえて、一緒に飯を食うのを誘う馬鹿がこの世の中にいるとは……。

 俺が青髪の男の前の席に着くとすぐに、宿屋の主人兼定食屋の主人が注文を取りに来た。

「ああ、ブレイブさんですね。本日の宿屋客メニューは唐揚げ定食になりますが、どうします?」

 俺は目の前の男が唐揚げ定食を食べているのを見る。

「海鮮丼セット一つ」

「宿屋メニュー以外ですと、追加料金が発生しますが……」

「構わないよ」

 はぁ……。唐揚げ定食食べたかったなぁ。

 俺は心の中でそう呟くと、目の前で俺の事を観察している男を睨みつけた。何となく、こいつと並んで同じメニューを平らげるのは嫌だった。

 男は青を基調とした鎧で全身を固めている。まぁ、昨日は風呂で出会ったのだから、その時と同じ格好では多少問題があるかもしれいないが。それにしても、中々高そうな装備だ。

「ブレイブって言うんだな」

 さっきの宿屋のジジイのお陰で名前がバレてしまった。

「ま、まぁな」

 俺は曖昧な返事をすると、他の客を観察しようと辺りをキョロキョロ見渡し始めた。

「俺の名前はカリューだ。風呂場では名乗らなくて悪かったな」

 誰もお前の名前なんか聞いてないんだが。またしても、くだらない情報で俺の記憶容量を埋めてしまった。早々に忘れ去りたいが、こいつの印象は悪すぎて中々消えてくれそうにない。

「俺も改めて名乗った方がいいよな。ブレイブだ。よろしく」

 一応、礼儀という物はわきまえているつもりだ。俺は簡単に自己紹介すると、今度こそ、辺りをキョロキョロ見渡し始めた。

「ブレイブの職業はなんなんだ? 昨日は銃を風呂場に持ってきてたみたいだけど。銃士か何かか?」

 いきなり呼び捨てとは、人見知りを知らない人間はこれだからイヤだ。

 童顔な俺の顔を見て、確実に年下であると判断したのだろうか。俺はこう見えても、二十一歳なのだが……。

「職業は盗賊だ」

「盗賊?」

 カリューが、露骨にイヤな顔に変わったのに俺は気づいた。

「なんで盗賊なんだ?」

 相変わらずのイヤそうな顔で聞いてきた。こいつは俺にケンカを売っているらしい。

「どの職業に就こうと俺の勝手だろ? それより、カリューさんの職業は何なんだ?」

「カリューで良いよ。俺の職業は勇者だ!」

 『勇者だ!』の台詞と同時にガッツポーズをしながら、カリューは叫んだ。何て恥ずかしい奴なんだろう。

 それにしても……。勇者に選ばれた者は、金色に輝く『眼』をしていると聞いた事があるが、目の前のカリューの眼はどこでも見かける白地に黒目だ。

「な、なぁ……」

「いや! 言うな!」

 俺が何を言おうとしたのか察したのか、カリューは突然叫んだ。

 まぁ、予想は大体つく。『自称勇者』のカリュー、と言ったところだろう。風呂場で思った通り、こいつの腕は大したこと無さそうだ。

「言っておくがブレイブが今、頭に描いているような理由ではないからな」

 カリューは念を押したが、俺は運ばれてきた海鮮丼セットの味噌汁をすすって無視した。

「職業の話なんて止めよう! うん! そうだな! 止めような!」

 少し話してみると、こいつも中々楽しそうな奴だな。カリューは必死で話題を変えようとしている。

 その時、どこかの窓ガラスが割れる乾いた音が聞こえた。やたらと近そうだが……。

「おい! ここの宿屋の二階から不審な男がガラスを突き破って出てきたぞ!」

「なんだって? そいつはどこ行ったんだ?」

「広場の方に行ったみたいよ?」

「泥棒かしら?」

「物騒なもんじゃ……」

「宿屋の二階の角部屋か? あそこに泊まっている人は不運だったな。ま、俺じゃないから良いや」

 宿屋の外で沢山の人が騒いでいるのが聞こえる。当然、目の前のカリューや定食屋の中の客はほとんど気づいてないだろう。

「外が騒がしいな」

 カリューが定食屋の窓から外を眺めながら言った。宿屋の外には既に人だかりが出来ているようだ。

 それにしても、今はまだ十八時前……。こんな人通りの多い時間に盗みを働くとは……。

 余程自信があるか、大馬鹿者のどちらかに違いない。恐らく後者だと思うが。

 ……………気になる。何か重要な事を忘れているような気がする。

「どうやら、この宿屋に泥棒が入ったみたいだぞ!」

 目の前の熱血漢丸出しのカリューは席から立ち上がり、今にも定食屋を飛び出しそうな勢いだ。

「あああああああああああああ!」

「うわぁ! なんだよ! ブレイブ! 急にでかい声出すな!」

「に、に、に……」

 俺は右手に持っていた箸を放り出すと、一目散に宿屋兼定食屋の入り口を飛び出した。

 宿屋の二階の角部屋……。

「二階の角部屋は俺の部屋だぁぁぁぁぁ!」

 俺は大声を出しながら、辺りの気配を探った。

 宿屋の部屋には大した物は置いてなかったが、全部売れば結構な額になるはずだ。タコールたちがとうとう実力行使に出たのだろうか。幸いネカー&ネマーは装備しているが、部屋の中に置いてあった荷物の中には高価なアイテムがいくつか入っている。

「落ち着け、落ち着け……」

 俺は自分に言い聞かせながら五感を研ぎ澄ませた。辺りの雑音は消え、微かに聞こえる足音を追う。

 盗賊である俺の足に敵うはずはなく、暫く走ると前方を走る男の姿が見えた。

 驚く事にすぐ後ろにはカリューもついて来ている。足はそれなりに速いようだが、逃げ足で培ったものだろう。

「すごいな、ブレイブ。よく遠くにまで逃げた泥棒の居場所が分かるなぁ」

 後ろで関心しているカリューは無視して右のホルスターから、愛銃のネマーを取り出し構えると、前方の盗人に照準を合わせた。

 一思いに心臓を打ち抜こうかとも思ったが、俺は盗人の右足目掛けてネマーのトリガーを引いた。

「ぐあっ!」

 盗人は叫び声を上げて、その場に転がった。右手には茶色い布袋を握り締めている。

 俺は盗人の目の前まで来ると胸倉を掴んで引っ張り上げた。

「盗賊の俺の部屋に盗みに入るとは、不運だったな」

 目の前の鬚面の男はキョトンとしている。タコールに雇われたのだろうか?

「と、盗賊の部屋? 俺様が入ったのは、そこの青髪の間抜け面の剣士の部屋だぜ?」

「え?」

 俺は思わず間抜けな声を上げてしまった。

「おい! 泥棒! 間抜けとは何だ!」

 間抜けなカリューが反論した。

「おい、カリュー、お前、自分の泊まっている部屋が被害にあったっていうのは、すぐに気づいたのか?」

「え? 俺の部屋が荒らされたのか?」

 俺と目の前の盗人は呆れた。こいつは……。

「とりあえず、手荷物拝見……」

 暴れようとする盗人はカリューに預け、俺は布袋を広げた。中には金目の小物や短剣などのアイテムが色々詰め込んである。中でも一番目立っているのが、そのほとんどが布袋に納まりきれていない、立派な剣……。

「あ、その剣、俺のだ」

 こいつ想像以上にアホだ。布袋から半分以上飛び出した剣は、逃げる盗人の背中にも見えていたはず。

 しかも自称勇者のくせして、剣を部屋に置きっ放しにしているとは信じられない。

「!」

 気づくと辺りは濃い霧に包まれていた。盗人を追って何も考えずに走っていたが、どうやら人気のない路地に入ってきてしまったようだ。

「何かいるな……」

 隣で真剣な顔をしたカリューが言った。こいつも気づいたか。まぁ、まがりなりにもレベル二十五以上はあるのだから、当たり前か。

 俺は両手に銃を構えた。隣のカリューも盗人の布袋から剣を抜き出した。

 鞘には華美過ぎない装飾が施されていて、その高価さを表している。

 カリューは静かに鞘から剣を引き抜いた。その刀身は濃い霧の中でも目立ち過ぎな位に青く輝いている。どうやら魔法の力を秘めた剣のようだ。

「剣に見とれている場合じゃないぞ、ブレイブ」

「ああ……」

 俺は路地の先から邪悪な気配を振り撒いて、隠れようともせずに近づいてくる人影を睨みながら答えた。

 周りには俺とカリュー以外には誰もいない。

 さっきの盗人は、この不気味な空気を感じてあっという間に逃げてしまっている。あいつが置いてった布袋は後で俺が預かっておこう。

「あ、ありゃあ、人間か?」

 暗闇から出てきたのは、全身を無数の骨で作ったと思われる鎧に身を固めた、人型の何か……。

 中身は人間かモンスターか……、魔族だろうか。

「おい、止まれ。貴様何者だ」

 剣を構えつつカリューが叫んだ。相手はまだ二十メートル程離れた場所を平然と歩いている。相手からの応答はない。

「ちょっと脅かしてみるか」

 俺はネマーのトリガーを引いた。路地を歩いて来る骨野郎の足元で軽い破裂音と共に石畳が砕けた。

 しかし、骨野郎は何事も無かったかのように、ただ平然と歩いて来る。

「ありゃあ、バーサーカーか?」

 カリューが言った。バーサーカーとは狂った戦士という意味で、普通は呪われたアイテムを装備してしまったり、魔法で操られてなってしまったりする。

「まーさーかー……」

 俺は下らないギャグを飛ばした後、骨野郎の足に向かってネマーのトリガを引いた。

 ガコッという音と共に、骨野郎の右足の鎧らしきものが吹き飛んだ。

 俺の愛銃から放たれる硬貨の威力は相当な物のはず。いくら鎧を纏っているからといって、身体が無事な訳はない。今ので足の骨は粉砕したつもりだったのだが……。

「駄目そうだな」

 カリューが隣で呟いた。確かに骨野郎は歩みは全く止る気配がない。しかもいつの間にか、奴は右手に真っ白な幅の広いサーベルを構えている。あのサーベルも骨で出来ているのだろうか。

「んじゃあ、まぁ、小手調べと行くか!」

 そう言うと、カリューは地面を蹴って十メートル程にまで近づいてきた骨野郎目掛けて突撃した。

 踏み込みの速さは相当なものだ。さて足以外はどうなのか、とくと拝見させてもらおう。

「てりゃあ!」

 カリューの最初の一太刀は、縦一閃に振られた。全く避けようともしない骨野郎の骨兜が真っ二つに割れる。そこから出てきた顔は俺の見覚えのある顔だった。

「パッシ……」

「え?」

 俺の声に一瞬、カリューが隙を見せた。その瞬間パッシのサーベルが空を斬る。

 横薙ぎに振られたサーベルをカリューは上体を反らしてかわした。

 そのままサーベルは向きを変えて、身動きが取れないカリュー目掛けて振り下ろされた。

 それは正に一瞬の出来事だった。

 その辺にいるような一般の剣士にはとても真似の出来ないような動きで、カリューはパッシの後ろに回った。

 反らした上体を腹筋の力で瞬時に戻し、パッシの上げた両腕により空いた脇の空間を素早く移動した。サーベルが振り下ろされる速さと同じ速さで。いや、それ以上かもしれない。

 パッシの後ろに回ったカリューは、剣の腹の部分でパッシの背中を強打した。

 鈍い音と共に骨の鎧が砕け、パッシの身体は狭い路地の壁に叩きつけられた。

「知り合いだったのか?」

 全く緊張感のない声でカリューが聞いた。

 こいつ、強い。

 あれだけ危険に見えた太刀筋が、こいつにはスローに見えているのではないだろうか。

「ま、まぁな」

 俺は曖昧な返事をしながら、パッシの様子を窺った。

 右足は有り得ない方向に曲がり、顔の額の所からは少し深めに傷がつき血が流れ出ている。

 誰かに操られていたのだろうか……。

 だとしたら一番怪しいのは、骨の鎧を着て戦ったという奴だが……。一体何のために、俺達を襲ったんだ……。

「とりあえず、病院に連れて行った方が良さそうだな」

 気を失っているパッシをカリューに担がせ、俺達三人は昨日ロフティが世話になった高橋診療所目指して歩き始めた。

 勿論、俺の右手にはカリューにバレないように預かった茶色の布袋が握られている。



「ふああああああ」

 俺は喫茶店の席に座りながら大きな欠伸をした。

「眠そうだねぇ、ブレイブ」

 隣にはいつも元気なアフィンがいる。

 結局昨日は、あの後パッシを診療所に連れて行って色々治安維持協会のおっさんに事情聴取されて、解放されたのが真夜中一時……。それから宿屋に戻って、風呂に入って、簡単に夜食を食べて、布団に入ったのが三時……。

 昨日のことがあった手前、警戒して朝から起きていたから、今日は四時間しか寝ていない。

「まだ少し明るいが、これからどうするんだ?」

 隣に座った相変わらず痩せ細っているロフティが言った。

 今は十六時半。俺達三人はいつもの噴水で待ち合わせた後、この喫茶店にやって来ていた。

「十二時位かなぁ? ガリアスって人が騎士団の砦を出発して、お城の方に向かって行ったよ」

「え? ガリアスを直接見たのか?」

 俺は仕事熱心なアフィンに問い掛けた。

 どうやらアフィンは本当に城に剣術指南に行くのかを確認していたらしい。

 アフィンの話によると、ガリアスの特徴は逆立った金髪を風に揺らし全身真っ白の鎧に身を包んでいたらしい。俺が昨日見たカルシウムの塊の色とは明らかに違うんだろうな。

 ちなみに、ガリアスの他の特徴は背が極端に低いらしいという事だった。遠くから見ただけだから、正確な身長は分からないが、見た目で百四十センチメートル位という事だ。ホビット族だろうか。

「あんまり悪い事をしているようには見えなかったけどねぇ」

 とすると、ホープキング山のドラゴンに生贄を差し出している首謀者は誰なのだろう……。

「じゃあ、辺りが暗くなるまで、ここでノンビリしてようかぁ〜」

 アフィンは伸びをすると、机に突っ伏して寝る体勢に入った。

「俺は新しい剣でも買って来ようかな」

 ロフティが言った。そういえば、昨日のザムとのイザコザで剣を折っていたな。

「ブレイブ、付き合わないか?」

「う〜ん、俺も眠いから、アフィンと一緒にここで寝てるよ」

 ロフティは残念そうな顔をすると、喫茶店を出て行った。



「ぉぃ……」

「ん、ん……」

「おい、おきろ」

「うん?」

「寝坊助だなぁ、ブレイブはぁ!」

 眠い目を擦りながら前を見ると、ニコニコ笑っているアフィンの顔があった。すぐ傍にはロフティも立っている。

「……………………」

「おい! ブレイブ! 寝るな!」

「あ、ああ。冗談だよ、冗談。ちゃんと起きてるよ」

「ブレイブぅ。眼を瞑ったまま言っても説得力ないよ」

 俺は渋々頑張って、眼を開けた。

 喫茶店の窓から外を見渡すと、辺りはすっかり暗くなっていた。喫茶店の時計は十八時四十分を指している。二時間ちょいも寝ていたのか。

「ロフティは良い剣、手に入ったのか?」

「マクルスさんに剣を格安で売ってもらったよ」

 そういうと、ロフティは腰につけた真新しいレイピアを握り締めた。

 格安で売ってもらった割りには、それなりに高価なように見える。

「それじゃあ準備も済んだことだし、お宝目指してレッツゴ〜!」

「その前に顔を洗わせてくれ」

 俺が言うと、アフィンは掲げた手を恥ずかしそうに下ろした。



「いるねぇ、この前とは違う見張りが門の前に二人〜」

「さて、忍び込むにしてもどうするかな……」

 遠くから騎士団の砦を眺めながら、アフィンとロフティが話している。

 辺りはすっかり暗くなり、砦の門を照らす松明がユラユラと揺れている。少し風が吹いているようだ。

「ここは無難に、一人がオトリをやって後の二人が屋敷に忍び込む、っていうのが良いんじゃないかな」

「さすが、盗賊ブレイブだねぇ」

 アフィンは首を縦にウンウン振りながら言った。盗賊じゃなくも考える事だと思うが。

「で、誰がやるんだ? そのオトリは」

 ロフティが言った。

「盗賊のブレイブと剣士のロフティには、砦に潜入して鍵を探してもらった方が良いんじゃないかなぁ?」

「じゃあアフィンがオトリ役をやるのか? 大丈夫か?」

 ロフティが心配そうな顔をしながら言った。俺もアフィンにオトリが務まるのか少し心配だ。

「ふふふ、安心してよ、ちょっと離れててねぇ〜」

 そういうとアフィンは袖の中から小さな瓶を取り出した。中には、灰色の粉が入っているように見える。

 周りに聞こえないようにアフィンは小さな声で呪文を唱え始めた。

 アフィンの職業はネクロマンサー。死者を操る呪文だ。とすると、今唱えている呪文は……。

 呪文を唱え終えたアフィンは、小瓶の蓋を開けて粉を辺りに撒き散らした。

 暗闇の中で、それは突然姿を表した。

 茶色の犬……。暗闇の中で目を凝らしてみると、その犬の身体のあちこちから白っぽい骨のようなものが見えているのが分かった。

「紹介するよ。僕の愛犬のダニー。とっても賢いんだよ」

「うん? 犬か? いつの間に連れてきたんだ?」

 ロフティは、犬の頭の高さまで屈んで頭を撫でた。ロフティ、気づいているのか? その犬は……。

「俺の田舎でも犬を飼っているんだよ」

「へぇ〜、そうなんだぁ。ちなみにダニーは動物実験で殺されたところを僕が助けてあげたんだよぉ」

 アフィンの言葉が大分おかしな感じになっている。俺の嫌な予感は当たったようだ。

 ロフティはアフィンの言葉を理解しようと頭をフル回転させている。その手がダニーの空洞になった腹を撫でた。

「ぎっ」

 俺は盗賊自慢の手捌きでロフティの口を抑えた。こんなところで叫ばれたら、たまったもんじゃない。

「ネクロマンサーだったよな。アフィンは」

「うん、そうだよぉ。ダニーを使って見張りを簡単に襲わせるから、その間にブレイブと涙目のロフティは、砦に忍び込んでよ」

 隣を見ると、俺の手で鼻と口を未だに抑えられているロフティが涙目でもがいていた。

「はー、はー、殺す気か、ブレイブ」

「ごめんごめん、そのうち何か奢るから勘弁してくれ」

「ま、まぁ、良いだろう、そういう事なら……」

 最近こいつらとも気軽に喋れるようになったと感心する。人見知りも青髪の単純馬鹿のせいで変わってきたのかもしれない。

「それじゃあ、俺とロフティは砦の東側に回るから、アフィンは反対側に見張りを引きつけといてくれ」

「任せてよ、じゃあ、ダニー! 行くよ!」


 そして……。

 ここは騎士団の砦の中の薄暗い廊下の途中。俺とロフティは無事に砦に忍び込んでいた。

 俺達のすぐ後ろには、侵入して来た窓がある。鍵は俺が開けている。方法は企業秘密だが、ガラスに穴を開けるなどという、すぐにバレてしまうような真似はしていない、とだけ言っておこう。

「ロフティは左、俺は右だ。まずは二階への階段を探して、ガリアスの部屋に辿り着こう。ただし、ガリアスの部屋に確実に鍵がある訳じゃないから、怪しそうな部屋には、侵入してみてくれよ」

「難しい事言うな……。怪しそうな部屋ってどんな部屋だよ」

「見張りが一人は立っている部屋かな。邪魔な見張りが居たら、気絶させちゃってくれ。バレないように、気絶させた兵士はどっかの部屋にでも放り込んでおいてな」

 俺は色々説明したが、ロフティがそこまでスムーズに出来るとは思っていない。

「止むを得ずに戦闘になった場合は一対一を心がけてな」

 ロフティ位の腕があれば複数人相手をしても大丈夫かもしれない。城下町を見回る兵士達を見ても分かる事だが、ここの兵士達は平和ボケしている。捕まってしまったら作戦失敗のため念には念を入れておく。

 まぁ、何が起きても最終的には全員捕まらずに鍵が見つかれば良いのだ。

 後は鍵が盗まれた事がバレてホープキング山の牢屋の鍵が取り替えられる前に、俺達が牢屋に行ってマクルスの娘を保護すれば、とりあえず任務はクリアといったところだろうか。

 その後マクルスのおっさんはどうするつもりなんだろう。

 俺はロフティと離れると、廊下の角まで行き辺りの気配を窺った。とりあえず近くに人の気配は感じられない。

 廊下の角を出ると目の前にT字路が現れた。

 さて、どちらに行くか。ロフティに左を任せたから、ここは右に曲がった方が良いと思うけど。T字路の右からは兵士二人の話声が聞こえてきている。

 あの足音の間隔だと、このT字路に差し掛かるまで十秒。T字路を右に少し行った所にある部屋まで、俺の足なら三秒で辿り着く事が出来る。

 俺は頭の中で考えながらT字路の右にある部屋を目指して走り始めた。勿論、足音など立ててはいない。

 部屋の前まで辿り着くと、俺は音を立てずにドアを開け部屋へと侵入した。あらかじめ部屋の中に人の気配が無い事は確認している。

「暑さも大分和らいできたよな」

「そうっすね。この暑苦しい服を着ての見回りも、少しは楽になって来たっす」

 俺のいる部屋の眼の前のT字路で兵士二人が話している。俺は息を潜めて、二人が通り過ぎるのを待った。

 俺は念のため自分のいる部屋を見渡した。どうやら物置のようだ。

 物音を立てないように部屋の中を物色してみたが、目的の鍵は見つからない。

「じゃ、俺はこの部屋の見回り担当だから、お前は先に二階に行って見回りを続けてくれ」

「了解っす、ミゲル隊長」

 ミゲル隊長と呼ばれた男は、俺の潜んでいる部屋に入って来た。

「はぁ〜、見回りなんて退屈な仕事だよなぁ。第一、誰が騎士団の詰め所になんて忍び込むんだよ……」

 ミゲルは部屋の棚の影やカーテンの裏を左手に持った松明で照らしながら、愚痴をこぼしてる。

 よし、ここだ!

 俺は身を潜めている暗闇から右足を突き出し、ミゲルの足を引っ掛けた。

「う、うわっ」

 ミゲルは軽く叫ぶと、目の前の棚に豪快に激突した。

 砦の外にまで響くくらいの派手な音を立てて、棚にあった壺や食器がミゲルに当たり床に落ちた。

 高価な物はなさそうだが、あれだけ沢山砕けたとなると補充が大変だろう。

 俺はミゲルが砕けた食器の下で唸っている間に、音を立てずに急いでドアから出ると、T字路の右の通路の影に隠れた。

 暫くすると反対側の通路から、先程二階の見張りに行ったと思われる二十歳前後の若い騎士が走ってきた。

 俺はその若い騎士がミゲルの倒れている部屋に入ったと同時に、部屋の前を素早く横切り、二階への階段があると思われる奥の通路へと進んだ。

 遠くでミゲルと若い騎士の話声が聞こえる。

「ミゲル隊長! 大丈夫っすか?」

「ああ、スナーフか。何かに足を躓いたようなんだが……」

 会話が聞こえるだけで状況は見えないが、スナーフと呼ばれた若い騎士は辺りを手に持った松明で確認しているに違いない。

「隊長、きっとこれっす。ホウキが斜めに立て掛けてあるっすよ」

「イテテテテ……、そうか。そうすると、掃除担当のサライの仕業だな。あいつはいい加減だからな」

「全くっすね、あっはっは」

 俺は遠くなるミゲルとスナーフの会話を聞きながら、目の前に見えた階段を上り始めた。


 二階には、見張りの兵士の気配を何人か感じる事が出来る。階段を上りきった目の前は長い直線の通路となっており、もう少し明るければ隠れる場所など無い程だ。

 俺は通路にある柱の影に身を潜めると辺りの気配を詳しく窺った。一人、こちらに向かってきている気配がある。相手を気絶させて近くの部屋に放り込んでも良いが、あまり危険は冒したくない。

 俺は廊下の天井が少し高くなっているのに気づくと、柱に取りつけてある火の灯っていない燭台を使って天井近くに蜘蛛の様にへばりついた。

 懐から取り出した盗賊用のアイテムで、足場を多少固定する。

「何か下が騒がしかったなぁ。全く、あの新米騎士だなぁ……」

 俺の真下を通り過ぎて、階段を下りていく兵士が呟いた。騒がしくしたのは隊長だぞ、と俺は小さく囁く。

 兵士が通り過ぎるのを待って俺は廊下に再び舞い降りた。

 この通路は二十五メートル程あり、部屋が左右に二・三個ずつ並んでいる。突き当たりは左に曲がっているようだ。

 俺は一つずつ部屋の中の様子を探りながら通路を進んだ。時折見回りに来る兵士は、通路の天井に張りついてやり過ごす。

 その後、廊下を何回か曲がり、兵士が二人見張りに立っている部屋に行き着いた。この場所はこの砦を外から眺めた時に見えていた二階中央の部屋だな。

 俺はまたしても天井に張りついて様子を窺った。そろそろ足と腕が疲れてきたが、どうやらあれが騎士団長ガリアスの部屋のようだ。

 さて、どうやって忍び込むか……。

 俺はいくつかあるプランの中から一番安全な物を選ぶと、ガリアスのものと思われる部屋の近くの柱に身を潜めた。

 見張りの兵士達は目と鼻の先だが、気配を消しているためそう簡単には気づかれない。

 俺は手袋の縁にくくりつけてある腕輪から小さな小石を二つ取り外すと、俺の右方と左方に向かって同時に投げつけた。丁度、扉の両サイドで見張りをしている兵士を扉から離す方に対して。

「ん? 何か音がしなかったか?」

「そうか? まぁ、気にすることはないだろう」

 俺の予想は外れた。こいつら見張りの素質はゼロに等しい。いや、実際に一人の盗賊から、団長の部屋を守ったのだから、素質があるのかもしれないが。

 その時、俺が上ってきた階段を勢い良く駆け上ってくる足音が聞こえた。

「榊さん! 和馬さん! 下で賊が暴れてるっす! ミゲル隊長が足止めしているので、手を貸して欲しいっす!」

 大声で事態を知らせたのは、先程の新人騎士のスナーフだ。

「分かった、今行く!」

 そう言うと、榊と和馬は二人共持ち場を離れ、スナーフの後について走って行った。

 こういう時は最低一人は持ち場に残るものなのだが。

 それにしてもロフティは派手にやっているようだ。お陰で俺の仕事がやり易くなったけど。

 俺は見張りの居なくなったガリアスの部屋へのドアに手を掛けた。しかし鍵がかかっているようで開かない。俺はベルトの後ろにつけた小さな鞄から針金を取り出すと、部屋の鍵穴へと突っ込んだ。

 暫く動かしていると軽い音と共に、ドアの鍵が外れた。

 部屋の中は外からの月明かりを浴びて見やすくなっている。

 大きめのベッドに大き目のタンス。大きな姿見までついている。

 アフィンの話では、ガリアスはホビット族くらいに背の低い男だと聞いているが……。相当な見栄っ張りのようだ。

 俺は部屋を物色し始めた。鍵と言えば、普通、壁に掛かっているものだが……見当たらない。

 タンスを全て開けて確かめたが、やっぱり見当たらない。

「隠し扉とか隠し宝箱とかは……」

 俺は冷静に考えられるように言葉に出して辺りを再度調べ始めた。鏡の裏、ベッドの下、天井……。

「ない……。本当にただの住居みたいだな……」

 という事はガリアスは生贄を捧げている件に関与していないという事だろうか? だとしたら、この砦に鍵があるということ自体、ガセネタだったのだろうか……。

「ちっ」

 俺はガリアスの部屋を出て再び部屋の鍵を閉めた。

 この二階で他に怪しい部屋を当たってみるしかない。一階で騎士達を引き付けているロフティはまだ持つだろか。

 俺はガリアスの部屋から順番に奥の部屋を確認していった。

 倉庫……。

 仮眠室その一、その二、その三……。どれも鍵が隠されていそうな感じはしない。

「?」

 俺は二階の奥の角を曲がった。その先には別の騎士が見回りをしているが……。随分としっかりと警備をしているものだ。一階で賊が暴れているというのに、こいつは「何も無さそうな」この通路を警備している。

 通路の突き当たりはトイレのように見える。臭いで分かった。

 俺はバレようにその騎士を暗闇から観察した。

「賊って何だよ〜……まさかここまでは来ないだろうなぁ」

 目の前の騎士はブツブツと文句を言いながら通路をウロチョロしている。時折、何も無さそうな壁をチラチラと見ている。

(バレバレだな)

 俺は心の中で突っ込むと騎士との距離を一瞬で詰めてみぞおちに膝蹴りを食らわした。勿論叫ばれないように一瞬で騎士の口は塞いでいる。

「よしっと」

 俺は騎士の口をテープで塞ぎ両手両足をロープで縛ってトイレに放り込んだ。勿論外側から鍵をかけて「使用中」にする事を忘れない。

 邪魔者が消えた通路で俺は騎士がチラチラと見ていた壁を調べる。

「……」

 手袋を外し両手の皮膚の感触を確かめる。こうした方が何か仕掛けがあった場合に分かり易い。

 俺は微妙に出っ張っているレンガを両手で掴むと思いっきり引っ張った。

「ビンゴ!」

 レンガが外れて小さな棚が現れた。その棚には小箱が入れられている。

 罠がない事を確認して小箱を取り出し中身を確認した。

 そこには一本の頑丈そうな鍵が入っていた。

「これだな」

 俺はその鍵を無くさないように懐にしまって、小箱は隠し棚に戻しておいた。すぐにバレないように似たような鍵を入れておく。

 盗賊はこういった鍵を入れ替えるための偽物の鍵をいくつか持っていたりする。

 再び通路を戻り窓を開けて階下を確認する。どうやらロフティは裏側で暴れているようだ。

 俺は静かに窓を開けると、縁に立ち出てきた窓を閉める。そして隙間から特製の金具を差込み外側から窓の鍵を閉めた。

「んじゃ」

 俺は音を立てずに二階から地面へと着地した。盗賊ならこれくらいの高さは問題ではない。

 外に出ると丁度砦の裏からロフティが出てくるところだった。身体のあちこちが切られているようだ。

「タイミングが良かったな、全部片付けたのか?」

 ロフティは辺りを確認した。どうやら戦いながら騎士達を撒いてきたようだ。

 俺とロフティは砦から離れるように走り始めた。

「鍵はあったのか?」

 左腕を抑えながらロフティが言った。

「まぁな。一応、第一ミッションはクリアかな」

 俺はそう言うと、持っていた頑丈そうな鍵をロフティに見せた。

 その時、目の前に誰かが立ちはだかっているのに気付いた。

 身長の高さからいうと子供か?

「お前ら……砦に何のために侵入した?」

 暗闇にいるため見えないが両手に持った長い剣を攻撃的に構えている。薄明かりの下で長い髪が金色に光ったのが見えた。

「もう剣術指南は終わったんですか? ガリアスさん……」

 暗闇から子供、いや騎士団長が姿を現した。

 金色の長い髪を逆立て残りの髪を腰まで垂らし、全身を白い鎧で包んでいる。アフィンが目撃した通りの姿をしている。

 そして不恰好な二本の巨大な剣……。いや、ガリアスが小さいせいで巨大に見えるだけで実際には、普通の長さの剣だろう。両手に構えた二本の剣からは、淡い黄色の光が放たれている。これが噂に聞くキング・オブ・ジェミニか。

「子供はもう寝る時間だ」

 見た目に似合わない渋い声でガリアスは答えた。まるで俺たちに言っているかのようだ。

「こんな砦に何のようだ? 腕試しか?」

 こいつ、本当に知らないのか? 嘘をついているようには聞こえない……。それじゃあ黒幕は一体誰なんだ。

 鎌をかけてみるか。

「鍵だよ。牢屋の鍵……」

 俺は盗んできた鍵を振って見せた。

「牢屋の鍵? 罪人を逃がそうって訳か?」

 ガリアスの小さい身体から危険なオーラが噴出し始めた。どうやら正義を貫こうとする気持ちが強いらしい。

「牢屋の鍵がこの砦にあるのか?」

 ロフティも剣を構えて答える。ナイスフォロー!

「……知らん! どちらにしろ侵入者を逃がす訳にはいかん!」

 そう言ってガリアスが剣を構えて飛び出してきた。それをロフティが迎え撃つ。

 やばい!

 俺はネカーをぶっ放して、ガリアスが繰り出そうとしていた連撃を阻止した。

「ぬっ」

 ガリアスは右手に持つ剣の衝撃に唸り声を出す。それでも剣を手放さなかったのはさすがだ。

「気をつけろ、奴は二刀流だ」

 俺はロフティに注意した。

 ロフティは額の汗を拭うと剣を構えなおした。疲労しきったロフティでは荷が重過ぎるか?

 逃げよう。

 そもそも鍵を奪った今となってはあまりノンビリもしていられない。

 俺はネカーとネマーを連射した。ガリアスには行動不能になってもらわないと困る。

 しかし俺の考えは甘かった。

 ガリアスが咄嗟に構えた両方の剣により硬貨が弾かれた。ガリアスの小さい身体は二本の剣でほとんどカバー出来ているようだ。

「時間が無いんだ! 邪魔すんな!」

 俺は更に銃を乱射しようとした。

「!」

 一瞬のうちにガリアスの姿が消えている。

「ぬおっ」

 ロフティが俺の下方にレイピアを繰り出した。静かな砦周辺に剣同士がぶつかり合う甲高い金属音が鳴り響いた。

 ガリアスは体勢を低くして俺に突進して来ていたらしい。低すぎて視界に入らなかった。

 攻撃を阻まれたガリアスは再び俺たちから距離を取る。

 遠くから複数の足音が近づいてくるのが聞こえた。他の騎士達に気付かれたようだ。

「……時間? 何を焦る必要がある?」

 ガリアスが言った。

 色々詮索してくる奴だ。問答無用で斬って捨てることも出来るはずだが、それをしないのは己の正義感のためだろうか。

「お前らが差し出した生贄を助け出すんだ!」

 ロフティがあまり考えずに叫んだ。

 まぁ、台詞を考えている時間も無かったな。もうどうにでもなれだ。

「い、生贄だと! 何の話だ!」

 明らかに目の前のガリアスはうろたえている。

 何かを知っている。

 しかし確証はないといった雰囲気だ。

「生贄を閉じ込めている牢屋の鍵が砦に隠されていた。俺たちはそれを奪いに来た」

 俺は再び盗んだ鍵を振った。

「そ、そんなの嘘だ!」

 ガリアスが攻撃をしかけてくる。

 しかしその動きには迷いが生じている為キレがない。

 俺は慎重にトリガを引いてガリアスの両腕を狙った。二本の剣が宙を舞った。

「ぬぅ!」

 空になった両手をガリアスは唖然として見つめた。

 俺はガリアスに近づいた。ここは情報を得られるチャンスと踏んだからだ。まだ騎士達の足音は遠い。少しは時間があるはずだ。

「お前は知らないのか? 騎士団長ともあろう奴が何も知らない?」

「五月蝿い!」

 そう言ってガリアスは腕を振り上げた。

 しかし子供のような体格のガリアスの拳は俺に届くはずもなく、空しく宙を舞った。

「……」

 ガリアスは抵抗する事をやめたようだ。

「やはり父上なのか……」

 ボソリと言ったガリアスの台詞を俺は聞き逃さなかった。ガリアス自身も俺に聞かれたとは思っていないに違いない。

 俺はロフティに目配せをすると、同時にその場を走り去った。

 父上……。どうやら、ガリアスの素性をもう少し調べる必要がありそうだ。

「マクルスさんに報告に行こう。アフィンはどこだ?」

 ロフティはキョロキョロ辺りを見渡した。恐らくいつもの噴水で待っているのだろう。

 俺とロフティは追っ手が来ていない事を確認すると、噴水目指して走り出した。

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