第一章 出会い
翌日、眼を覚ました時には既に九時を回っていた。俺は宿屋で朝食の目玉焼きの乗ったトーストを手早く食べ終えると武器屋アームズに向けて出発した。
外は曇り空のためか少し薄暗い。俺は雨が降らない事を祈りつつアームズを目指して歩き始めた。
城下町の通りは昨夜とは違い、沢山の人で賑わっていた。路肩には果物やアクセサリーを売る露天商が所狭しと並んでいる。
昨日魔族討伐組合で教えられた通りに城下町の西に向かって進む。俺が泊まっているゴージャスは城下町の東に位置するため、正反対へと歩かなくてはいけない。
これだけ大きな城下町だと通りを走る馬車もあるのだが、辺りの風景を観察するのが好きな俺はノンビリと歩いて進んでいるところだ。
中央に巨大なアラーム城のあるこの城下町は端から端まで歩くと二時間位かかるだろうか。ゴージャスから武器屋アームズまでなら一時間ちょっとで到着するはずだ。
四季にほとんど違いが無く一年中暑いゴールドウィッシュ大陸だが、今日のような天気なら散歩には丁度良い。辺りの店や道路脇の花壇を見ながら歩いているとアラーム城下町西地区の案内図が見えてきた。
「あっちかな……」
暫く進むと武器屋アームズが見えてきた。四角い二階建ての建物で、灰色の頑丈そうな石で出来ている。
木製の扉の上には事務的な文字で武器屋アームズと記されていた。
その扉を左手で押し開け店に入ると、冒険者らしき人が数人いるのが眼についた。
「いらっしゃい」
突然俺の右側から声が聞こえてきた。右にあるカウンターの向こう側に座った身長一メートル位の老人の姿が目に入る。
「ホビット族か……。ここの主人のマクルスっていうのはあんたかい?」
「すると、お主が魔族討伐組合に紹介されてきたブレイブかい」
目の前のずんぐりとしたホビット族のマクルスは俺の姿を上から下へ舐めるように眺めた後で言った。
「一見若くて格好もスーツ姿で頼りないが、常に気を張り詰めている辺りはそれなりにレベルの高い冒険者らしいな」
「職業は盗賊でレベルは三十だ」
俺はマクルスの偉そうな態度に不快感を抱いたが、金のために我慢する事にする。マクルスは顔半分を埋める程の豪快なヒゲを撫でながら俺の姿を眺め続けた。
「ほほぅ、それにそのスーツは普通のスーツではないな。鉄の糸が編み込まれているようだ」
どうやらマクルスは武器屋としての腕は高いようだ。しかし、残念ながら俺のスーツに編み込まれているのは、鉄の糸ではなく更に丈夫な鋼の糸だ。
「むぉっ! そ、その二つの銃はなんだ?」
「おい! オヤジ! ファッションチェックなんてしなくていいんだ。依頼の内容を教えてくれ」
俺は話題を変えた。この銃について詳しく教えてやる事は出来ない。なぜなら俺も詳しい事は知らないからだ。
この銃が俺の実家の納屋に眠っているのを発見した時は胸が躍った。売ればかなりの額になると判断したからだ。既に冒険者になろうと心に決めていた俺は旅の資金が必要だった。
そこで知り合いの武器屋にこの銃を持って行ったところ、こんな銃は見た事がなくて値段もつけられないと言われた。
途方に暮れた俺は、試しに銃のトリガを引いてみた。発射音と共に木に命中した弾丸を見てみるとそれは硬貨だった。
それ以来、ネカー&ネマーは俺の愛銃となった。盗賊を目指していた俺の武器としてはピッタリだった。
目の前ではマクルスのオヤジが俺の愛銃を見つめていた。俺が冷ややかな視線を送っている事に気づいたマクルスは咳払いをすると、依頼について話し始めた。
「とりあえず依頼内容をこの場で話す訳にはいかない。今日の夜十時に城下町中央の噴水前に来てくれ。装備は念のため整えてくるようにな」
マクルスはそういうと、俺の後ろで待っていた客の相手をし始めた。俺は仕方なく武器屋アームズを出た。
今夜、マクルスから依頼内容を聞いて受けるかどうかを判断する事になりそうだ。
俺は夜遅くなるまで、城下町を散策して装備等の準備をする事にした。ホビット族のオヤジの言い方だと、今夜、何らかのアクションを起こそうとしているからだ。
俺は城下町の大通りから少し外れた所にあるシーフグッズ専門店バルグ・カンパニーに入った。
「……」
カウンターに立つ陰気な店員は店に入ってきた客に対して何の反応も示さない。
なぜか盗賊グッズを扱っている店はこのように陰険な店が多い。店内は薄暗くてアイテムや武器・防具が分かりにくく乱雑に置かれている。それも特徴の一つだ。
俺は適当にロープや投げナイフ等の消耗品を購入すると装備を整えるため宿屋に戻る事にした……が、宿屋のある通りの角を曲がろうとしたところで、後をつけられている事に気づいた。盗賊をつけるとは良い度胸だ。
俺は角を曲がり宿屋のある通りに出ると、すぐ脇にあったゴミ箱の陰に隠れた。少し臭うが我慢することにする。
ちなみに俺はマヌケな追跡者とは違い、気配を完璧に消している。
熟練した盗賊にもなれば、人を追跡したりモンスターに気付かれずに目の前を通り過ぎる等、気配を消す術が上手くなっていく。俺をつけている奴は少なくとも盗賊でも無ければ冒険者でも無いかもしれない。
……俺をおっかけている冒険者マニアだろうか?
「あれ? あいつ、どこに行きやがった……」
俺は思わず気が抜けて集中力が途切れてしまうところだった。
俺をつけて通りから出てきたのは、茶色の髪の毛を栗のようにトゲトゲに固めた盗賊のパッシだった。あいつは盗賊に向いてないんだろうな。いや、冒険者に向いていないに違いない。
それにしても昨夜は厄介な連中に見つかってしまったと今更ながらに思う。
俺はパッシに気づかれないように静かにゴミ箱に上り、そのまま建物の屋根へと駆け上がった。人通りのあまりないこの通りでは俺の行動に気付いている者はいないようだ。
あいつがどういうつもりで後をつけていたのかを確かめないといけない。場合によっては、奴ら三人共、再起不能になってもらう必要がある。
俺を見失った事により追跡を諦めて仲間の元へ戻ろうとするパッシの後を逆につけた。
奴は酒場ブルーバードに入って行く。
俺は気づかれないように少し経ってから酒場へと進入した。酒場は夜とは違い客の入りはまばらだったが、どうにか気づかれないようにタコールのパーティから離れた席に座った。
盗賊として鍛えた俺の耳は、中規模の飲み屋位ならギリギリ会話を盗み聞くことが出来る。あくまで集中すればの話だが……。特にタコールのような馬鹿でかい声で喋っている声やパッシのように特徴のある声は聞き取りやすい。
「追跡しているのをブレイブに気づかれたか……」
「す、すんません」
どうやらパッシはタコールに文句を言われているようだ。俺が奴を好きになれない理由の一つは、恩着せがましくてやたらとしつこいところだ。
「クチャクチャ……俺達の目的まではバレてないだろうな?」
タコールが口の中の食べかけのサラダを辺りに飛ばしながら喋っている。俺がタコールを好きになれない理由その二は食事の汚さだ。
「大丈夫だ、後をつけられないように慎重に帰ってきた」
パッシは自信タップリに答えていたが、俺は既に同じ店内にいる。
確かにパッシはこのブルーバードに到着するまで、辺りをキョロキョロと見渡していた。だが、そんなにあからさまに警戒していては、追っ手も慎重になってしまうだろう。
「なんとしてでもあいつの銃を奪うんだ」
眼には眼を、という考え方だろうか。タコールは意気込んでパッシに向かって言っている。相変わらずザムは隣にいるが、まるで関心がないようだ。
俺はその後も三人組の会話を盗み聞きした。ボソボソと喋るザムの会話は聞き取りづらかったが、他愛も無い世間話をしているようだ。
俺は時間が経って氷で薄くなったコーラを一気に飲み干すと、手早く勘定を済ませ店を出た。
「ふっ、あいつらのような未熟者に盗れるような代物じゃないぞ」
俺はベルトの両方に下がっているネカー&ネマーの感触を確かめながら言った。
酒場を出るとそのまま宿屋に向かった。ブルーバードからこの宿屋まではそれ程離れていないが、問題ないだろう。
昨日は夜遅かったせいか、眠気が襲ってきている。俺は宿屋の自分の部屋に着くと装備は外さずに、そのままの格好でベッドに倒れ込んだ。
気がつくと部屋の時計は五時前を指していた。少し焦ってカーテンを開けて外を確かめたが朝の五時ではないようだ。足りなかった睡眠時間を昼寝で補って体調も万全となった。
俺は宿屋で出された夕食の焼き魚定食を食べ終えると、眠気を覚ますため共用の風呂場へ向かった。
念のためネカー&ネマーはホルスターごと風呂場に持ち込んだ。酒場で余計な話を聞いてしまったばっかりに、若干落ち着きを無くし始めている。
風呂場には同じ宿屋に宿泊していると思われる体格の良い男が頭を洗っていた。全身泡だらけになっていたため顔を確認する事は出来なかったが、体格から判断すると俺と同じ冒険者らしい。
「風呂場に銃を持ってくるなんて物騒だな」
泡だらけの男は言った。
人見知りをする俺はシドロモドロになって答えた。
「ま、まぁな……」
俺は曖昧な返事をすると、頭を洗い始めた。
隣の男はシャワーで頭から泡を洗い流している。髪の毛は短髪で透き通るような青色だ。生まれてから一度も髪の毛を染めた事のない俺は、天使の輪が出来る程の漆黒の髪をしている。
男は自分の性格を表しているような吊り上った眉毛をしていた。
「この大陸は長いのか?」
こいつの辞書に人見知りという言葉は無さそうだ。俺は勢い良く髪の毛を洗い、その音で奴の声が聞こえなかったフリをした。
俺は髪の毛を洗い終わると、次はタオルで身体を洗うことにした。この瞬間を待っていたかように隣の男が話し掛けてくる。
「この大陸は長いのか?」
さっきと全く同じ質問だ。こいつは人見知りなど全くしない、恐ろしくクソ真面目な奴だという事が分かった。
「まだ一週間も経ってない」
「そうか。俺は今日で丁度一週間だ」
俺の少ない記憶容量をそんな特に意味もない情報で埋めたくなかったが、男は尚も喋り続けた。
「実は明日から大きな冒険に出るんだ」
「報奨金は?」
俺は真っ先に聞いた。すると相手の男は初対面の俺に対して、明らかな敵意の顔を見せて言った。
「世の中金じゃないぞ。依頼者はこの大陸で一攫千金を夢見ている老人だ。俺はその老人の護衛を引き受けたんだ」
隣でほぼ一方的に話し掛けてきている男は俺が最も好きになれないタイプだと分かった。俺にとって金は命を掛けるに値する価値あるものだ。
ただし金のために死ぬのは御免だ。俺が本当に好きな事は稼いだ金を使う事だからだ。
「世の中金じゃないと言ったが、依頼者は望みが叶ったら、俺に千万カリムを支払うと言っている」
と、男は続けて言った。
魔族討伐組合で一度聞いた事のある依頼だ。俺は胡散臭くて引き受けなかったが、あの依頼はレベル二十五以上という指定があったはずだ。
つまり俺の隣にいる男は少なくともレベルが二十五以上はあるという事になる。こんな真面目な性格の男じゃレベル二十八位が限度だろう。
俺は身体を洗い終わり湯船に浸かった。その間も隣の男は色々と話し掛けてきたが、俺は適当に返事をして、そそくさと風呂を出た。
マクルスの指定通りに今日買ったアイテムも含めて装備を整えてから、夜の九時になったのを確認すると、城下町中央の噴水目指して出発した。噴水はアラーム城から伸びる十字型の大通りの南側にある。
外は生憎の雨だ。俺は部屋を出る時にカバンから黒いフードつきのマントを取り出して身体を覆っている。
待ち合わせ時刻は夜十時だったな。ここから中央噴水広場まであっという間だろう。
俺は少し遠回りをしてから噴水広場へと到着した。こうやって少しずつ知らない道を歩いていけば方向音痴な俺でもそのうち城下町を自由に歩き回れるようになる……に違いない。
城下町中央の噴水に着くと既にホビット族のマクルスが噴水の端に腰を掛けて座っていた。
その傍には意外にも見知らぬ冒険者が一人いる。
髪の毛は俺と同じ黒色で腰位までの長さだ。冒険者にとって雨をしのぐ物はフードつきのマントと相場が決まっているのだが、俺の目の前にいる男は透明のビニール傘を差していた。右手には髑髏の杖を持っている。魔法系の職業だろうか。
「雨の中をご苦労だったな」
紺色の傘を差しているマクルスが言った。
「随分、変わった格好をしていますねぇ〜」
魔法使いらしき男が力の抜けるような弱々しい声で言った。いつ襲われるか分からない冒険者にとって、片手が封じられてしまう傘を差すのは自殺行為だ。こいつは未熟な冒険者に違いない。
「早速依頼内容について教えてくれ」
「もう一人来る予定なんだ。後少し待ってくれ」
マクルスは辺りを見渡してから言った。冒険者を三人も雇うつもりなのだろうか。
更に待たされる事を知って場の雰囲気を和ませたいのか、魔法使いらしき男が近づいてきた。
「初めまして、アフィンと申します〜」
最近人見知りという言葉を知らない人間が増えてきたようだ。俺はアフィンと名乗った男に向かって自分の名を名乗った。
「俺はブレイブだ」
「ブレイブ……。勇敢とか勇気っていう意味でしたよねぇ?」
「ああ、そうだ」
俺はアフィンの間延びした話し方に少しウンザリしながら、もう一人の冒険者が来るまでお互いの自己紹介をさせられた。
男の名前はアフィン。年齢は俺と同じ二十一歳で職業はネクロマンサーだ。ネクロマンサーという職業は死者を操る術が使える。オカルトな話が嫌いな俺はこの職業自体を好きになれない。レベルは十四という事だ。俺のレベルの約半分か。どういう条件でマクルスはアフィンを雇ったんだろう?
アフィンとの自己紹介が終わるのを見計らったように、噴水の周りの街灯の下に男が現れた。
「待たせたな」
街灯の明かりに照らされた身長が二メートル以上はあると思われる男が低い声で言った。
男はその高い身長の割に身体が痩せていた。まるで街灯が一本増えてしまったような感じだ。茶色の髪の毛を後で縛り、腰には細身の剣であるレイピアを装備している。それ以外には装備らしいものは身につけてなく、ほとんど私服と言って良い程だ。まぁ、見た目は人のこと言えないが。
しかも雨を凌ぐような物は何も身につけていない。全身ずぶ濡れだ。
「それでは全員揃った事だし依頼の内容を教えよう」
今まで俺とアフィンのやりとりを黙って聞いていたマクルスは話し始めた。あのノッポの自己紹介が済んでないが、どうせアフィンが後で聞きに行くだろう。
「単刀直入に言おう。まず君達には泥棒をしてもらう」
「ど、泥棒ですか?」
アフィンが言った。無表情なノッポも困惑しているようだ。
当然俺も悩んでいた。報奨金が貰えるならどんな依頼でも行うと言ったが、後々命を狙われるような面倒な依頼は受けたくない。
「アラーム騎士団の中央砦にある、鍵を盗って来て欲しい」
「……相手は国という事だな」
暫く考え込んでからノッポが言った。
その後、マクルスからこの国についての裏の姿を聞いた。
山に囲まれたゴールドウィッシュ大陸にはいくつもの金山がある。その中でも一番大きな山がゴールドウィッシュ大陸の中心より少し南、このアラーム城下町からは北にそびえるホープキング山だ。
ホープキング山はアラーム国が直接取り仕切っている山で、他の山に比べるとモンスターの数などは少なくて安全なのだが、山の至る所に国専用の金鉱が作られている。
マクルスの話によると、アラーム国はホープキング山に住まうドラゴンに、毎月一人の若い女性を生贄に捧げる事で安全に金を採掘する権利を得ているらしかった。
「その情報は確かなのか?」
半ば信じられない気持ちで聞いた。
「城に仕える司祭の一人に聞いた話だが……つい最近、死体で発見されおったわい」
俺たちは黙り込む。
こんなにも栄えた国にも人には知られたくない影の面があるという事だ。いや……モンスターや魔族が横行するこの世の中でこれだけ栄えたからこそ、邪悪な影があるのかもしれない。
「まぁ、死体で発見されたってことは、その話には信憑性がありそうだよね〜」
アフィンが言うと信憑性が薄くなるのはなぜだろう。
「で、盗もうとしている鍵は何に使うんだ?」
俺は聞いた。
「……今回の生贄に選ばれたのが、ゴールドウィッシュ大陸の辺境の田舎で暮らしていたワシの娘なんだ……」
マクルスは苦痛に顔を歪めるようにして言った。
またしても言葉を失う俺たち。
「所詮は少数民族であるホビットの血を引く者の定めなのか……」
マクルスが俯き震えだした。
「砦から鍵を盗んだら、その鍵で生贄が囚われている牢屋を開けて、あんたの娘を助け出すまでが依頼の内容か?」
「ああ……そうだ」
「俺達は国を敵に回す事になる。その見返りがたった六百万カリムか?」
ノッポは言った。どうやらノッポは俺と同じ『お金大事』な考えを持った性格らしい。
さすがに俺は落ち込んだマクルスに金に関する話は持ち出せなかったから、ありがたかった。
「モンスターに人質を差し出していた、なんていう事実が明るみに出れば犯罪者扱いなどされんはずだ。逆に英雄として銅像なんかが造られるかもしれないな」
マクルスの話の行方が怪しくなってきた。娘が生贄にされるという事実から、少し頭がイッてしまっているのではないだろうか。そんな事実など国という権力があればいくらでも揉み消せそうだが。
「それなら安心だね〜! ねぇ? ブレイブ? 僕達の銅像が出来るかもしれないしぃ〜!」
アフィンは事の重大さを理解していないらしい。こいつの能天気さには呆れてしまう。
「そっちのノッポの人もこの依頼に乗ろうよ!」
「俺の名前はロフティだ」
「あはは! 高いっていう意味だね! ぴったりだよねぇ〜、ブレイブ?」
アフィンは初対面の相手でも気にすることなく気軽に話し掛ける事が出来る能力を持っているようだ。
笑いものにされたロフティだったが、怒る訳でもなく、ただ顔に苦笑を浮かべている。このアフィンという男は憎めない性格をしていた。
「ポーズはこうかな!」
アフィンが杖を頭上にかかげて微笑んだ。
「質問して良いかな」
俺はハシャぐアフィンを押しのけてマクルスと対面した。
「モンスターに生贄を差し出している事実があったとしてだ……国によって揉み消されてしまう、なんてことにはならないのか?」
俺の質問にロフティも頷く。どうやら同じ疑問を抱いていたようだ。杖を掲げたままのアフィンは俺の質問に唖然としている。
「凄いね! ブレイブ! よくそんな細かい所まで気が付くねぇ〜!」
アフィンが眼をウルウルさせて感動している。俺は命とその次に大事な金の事ならどこまでも神経質になれる。
「ふむ。揉み消されない程の証拠が必要だ」
「ああ、そうだな」
「そこでワシはインスペクターを極秘に入手した」
そう言うとマクルスは横に置いてあった箱を取り出すとフタを開いた。
中から透明な羽を持つ、一匹の妖精が飛び出した。
インスペクターとは手のひらに乗れる程の大きさで、頭の部分がカメラのようになっている妖精だ。元はどこかの森で暮らしていたのだが、人間が捕獲し都合のいいように改良したものだ。元々頭がカメラなのかどうかは定かではない。
そのカメラの映像を他の遠隔地にあるカメラへと転送できるという優れもので、魔族討伐組合などで広く使われている。
一般人は扱うことを許されていないはずだが……。
「お、おい……」
「企業秘密だ」
俺の疑問を察したのかマクルスが即答してきた。
「まぁ、後はあんたを信じるかどうかだが……」
今まで沈黙を保っていたロフティが口を開いた。
「嘘つきの眼ではないな。娘を必死に助けようとしている気持ちが感じられる」
ロフティがマクルスに近づいて続けた。
「いいだろう。俺は依頼を受けよう。国規模の犯罪を間近で暴いてみたいもんだ」
ロフティは言った。
それを聞いたマクルスは、持っていた小さな鞄から銭袋を取り出してロフティに渡した。
あれには前金の百万カリムが入っているのだろう。大金を目の前にした俺は冷静な判断が出来なくなったのかもしれない。口から勝手に声が出た。
「俺もその計画に参加させてもらうぞ」
俺は言ったと同時に百万カリムを奪うように受け取った。その後すぐに、アフィンも悩む事なくマクルスから金を受け取った。
「決行は早ければ早い方がいい。まずはこの城下町にある騎士団の砦から鍵を盗って来てくれ。娘がモンスターの生贄になってからでは遅いからな」
マクルスは更に続けた。
「騎士団の砦から鍵を盗って来たら、即行でワシの所に来て欲しい。その日のうちに、ホープキング山の牢屋に行って、娘を助け出す。盗まれた事がバレて、鍵を取り替えられたら、やっかいだしな」
マクルスは肩に乗っていたインスペクターを箱に戻した。
「鍵を盗む場面は映像に収める必要はないだろう。色々不都合もあるかもしれんしな」
今まで噴水の淵に腰を掛けていたマクルスが立ち上がって言った。
「騎士団の砦に鍵があるんだろ? 何か他に情報は無いのか?」
俺は立ち去ろうとしているマクルスに聞いた。
「? おお! 忘れておった」
そう言うとマクルスは懐から小さなメモ帳を取り出して読み始めた。
「鍵は中央砦二階のどこかにあると言っておったな」
二階か……。まずは見に行く必要がありそうだな。
「細かい計画は君達に任せる。頼んだぞ」
最後に念を押すように言うと、マクルスは武器屋アームズのある方へ消えていった。噴水の周りには初対面の冒険者三人が残された。
「じゃあ、早速これからの作戦を練ろうよ?」
明るくアフィンが言った。初めて会った三人組の中にアフィンのようなキャラが居て助かった。もし三人共俺のような性格だったら、いつまで経っても話し合う事なんて出来ずに月日が経過していたかもしれない。
「まずはロフティさんの自己紹介から〜」
ロフティは渋々、簡単にだったが自己紹介を始めた。
年齢は二十八歳で職業は剣士。レベルは二十五という事だ。
「本来なら一番レベルが高いブレイブがリーダーになると思うんだけど……」
「ちょっと待て! 俺はリーダーなんてやりたくないぞ。柄じゃないしな」
何より、リーダーなんかになって責任を負わされたくない。
「そう言うと思ったよ〜。じゃあ、一番年上なロフティがこのパーティのリーダーでいいかなぁ〜?」
アフィンは勝手に話を進めていった。
「いいだろう。俺がリーダーをやる」
ロフティは言った。
「それじゃあ、これから敵情視察と参りますかぁ〜」
アフィンはそう言うと、スキップしながら南の大通りに向かって行った。一人先に進んだアフィンは遠くから振り返り手招きしている。
俺とロフティは眼を合わせるとお互い苦笑いを浮かべ、アフィンの消えていった通りに向かって歩き始めた。
目指すアラーム騎士団の砦はアラーム城を囲む城壁のすぐ近くにあった。城を囲む城壁とは別に、ぐるりと城下町を一周する頑丈な城壁に囲まれており、東西南北それぞれに強固な城門が設置されている。そしてそれぞれの城門の目の前にアラーム騎士団の砦がある。敵に攻め込まれた時に真っ先に迎え撃つ事が出来るようにだろう。
俺たちが忍び込もうとしているのは一番侵入が難しそうな城傍の中央砦だ。
中央砦は二階建ての大きな建物だ。俺達は少し離れた場所から砦を観察しているが、アラーム国の兵士が二十四時間松明の明かりを灯しながら交代で見張りに立っているようだ。
城も近いせいで辺りを歩く騎士達の姿も目立つ。
「侵入するのは一苦労だぞ」
隣で見ていたロフティが言った。
「とりあえず情報が必要だ。兵士の交代の時間や何人見張りがいるのかとか……」
俺は声を潜めながら言った。
「見張りの人数と交代の時間の他に必要な情報は?」
あまり声を潜めようとしないアフィンが聞いた。
「建物内の警備の状況も必要だな。後重要なのは鍵のある場所だ」
「ふんふん、そんなところだね。じゃあ、ちょっと行ってくる」
そう言うとアフィンは突然建物の陰から飛び出し、騎士団が駐留している砦に向かって一人で歩きだした。
「い! あ、あいつは何をやってるんだ?」
俺は思わず大声を出してしまった。しかし、離れた所にいる見張りの兵士には気づかれなかったようだ。
隣ではロフティがアフィンの行動を固唾を飲んで見守っている。
俺は会話を聞くためにアフィンに意識を集中した。三十メートル程離れた所で見張りをしている兵士に向かって歩いて行く。あいつは自分の性格を生かして、兵士から直接情報を収集しようとしているらしい。確かに城下町に住む住人に話を聞くよりは確実だが……。
「おい! 待て、お前!」
予想通り見張りをしている兵士に見つかり槍を顔の目の前に突き立てられた。
「こんな遅くまでご苦労様です」
アフィンは槍に臆することなく話し掛けた。
「名を名乗れ!」
「私は冒険者のアフィンです。ここで傭兵を雇っていると聞いて、一刻も早くこの国の役に立ちたいと思いまして参上しましたぁ」
アフィンの気の抜けた喋り方に兵士の方も拍子抜けしてしまったようだ。
「今は傭兵は募集してないんだ。ここのところ平和だからな」
毎月生贄を捧げているのだから平和なのは当然だ。アフィンはそのまま話し続けた。
「なんだぁ、そうなんですか」
アフィンは暫く考え込んでから聞いた。
「じゃあ、ここの見張りとかやらせてもらえないですか?」
「人数は十分足りている」
別の無愛想な兵士が答えた。
「へぇ、こんな大きな城下町を守っている位なんだから、相当な人数なんでしょうねぇ」
アフィンは辺りを見渡しながら言った。
「この中央砦だけで三十人もの兵士がこの城下町の平和を守るために見張りをしているんだ」
見張りは三十人という事か。しかし大きな城の見張りで三十人とは少なすぎる。余程、良い生贄を捧げているに違いない。
「おい! 喋り過ぎだぞ!」
無愛想な方の兵士が若いお喋りな兵士に注意した。
「あ、ああ、すんません」
若い兵士が頭を掻いて謝る。アフィンの情報収集もここまでか。
「ごめんなさい〜。僕が余計な事を聞いたばっかりにぃ」
「いや、良いんだ。気にするな」
若い兵士が言った。
「ふあああああ」
次は無愛想な兵士が大きな欠伸をした。そういえばそろそろ深夜の零時になる頃だろうか。
「眠そうですね。大丈夫ですかぁ?」
「ふあああ……零時に交代要員が近くの兵士宿舎からやってくるんだ。そろそろ帰れそうだよ」
無愛想な兵士も意外と口が軽そうだ。
交代時間は深夜零時。俺は忘れやすい性格だったので、頭の中で復唱した。
「僕には深夜零時まで仕事するような根気はないなぁ」
「はははは、それでは見張りの仕事など無理だな」
「僕なら石で出来た涼しそうな砦の中でサボっちゃうだけどなぁ」
アフィンが砦の二階を見上げて言った。確かに木製の建物よりは石で出来た建物の方が若干涼しく感じる。
「残念ながら、砦の中でも見回りしている兵士がいるぞ。サボっているところを見られたら懲罰ものだ。もう二度と王宮に仕える事は出来なくなる」
またしてもペラペラと無愛想な兵士、いや既に無愛想とは言えない位喋っているが……見張りなんていう暇な仕事をしていると会話が無性に恋しくなるのかもしれない。
ましてやアフィンのように話易い相手だと自然と口が開いてしまうのだろう。
「誰も使ってない部屋とかないんですか? あるなら、僕はそこに住んじゃおうかな」
「宿屋じゃないんだし空き部屋はなんてないなぁ。砦の中は武器庫や兵士の休憩所などがあるだけだよ。二階にはあの有名なアラーム騎士団長のガリアス様がお住まいになっているし」
無愛想な兵士が二階を見上げる。
う〜ん……。大分離れているし薄暗いので分かりにくいが二階の中央辺りを見ているのだろうか? 騎士団長とやらの部屋はその辺りか?
兵士は続けて言った。
「まぁ、空いてたとしてもこの砦に住むのは許可されないだろうな」
「ガリアス様って?」
アフィンが聞いた。俺も心の中で兵士に聞いていた。
「なんだ? 知らないのか?」
兵士の説明によると、ガリアスは二十歳という若さで騎士団長に任命され、それから三年間で数々の武勲を上げているらしい。キング・オブ・ジェミニという二本の剣を装備しているという事だ。
生贄を閉じ込めている牢屋の鍵はガリアスの部屋だろうか。
暫く兵士と話し続けていたアフィンは信じられない行動に出た。
「そうそう、さっき酒場でこの鍵を酔っ払いから売ってもらったんですよ」
アフィンは懐から金色に輝く鍵を取り出しながら言った。
「酔っ払いの話だと、この鍵はホープキング山の牢屋の鍵らしいんですよ」
それを聞いた二人の兵士は余程ポーカーフェイスが得意なのか、その鍵を無関心そうに眺めた。
「ホープキング山の牢屋? 聞いた事ないなぁ」
「え? 本当ですか?」
「その酔っ払いに騙されたんじゃないのか?」
アフィンは予想外の反応にも動じる事なく話し続けた。
「ちくしょう! 牢屋の中には財宝があると聞いて、十万カリムも払ったのに!」
「はははは、何事も楽をしようと思ってもうまくいかないぞ」
「逃げられないうちに酒場に戻って金を返してもらいます」
「無理だと思うけど気をつけろよ!」
アフィンは踵を返して、俺とロフティのいる建物の影に戻ってきた。
俺はアフィンが近づいてくる間、長い事兵士を観察していたが、誰かに報告に言ったり、追跡してきたりする様子はない。
「む、無茶するな……」
ロフティは隣で青い顔をしている。
「で、どうだったんだ?」
ロフティは聞いた。盗賊の耳でない限り、この距離で会話を聞くのは無理だからだ。
「一般の兵士にはホープキング山に牢屋がある事自体、知らされてないみたいだな」
俺は言った。
「そうだねぇ、そうすると一部のお偉いさんが勝手にやってるだけみたいだね」
俺とアフィンの会話を隣で聞いているロフティは全く意味が分からないようだ。
「怪しいのはやっぱり騎士団長の部屋か?」
「う〜ん……どうだろうねぇ」
アフィンが眼をグルグルと回している。一体、どういう思考をしているのだろうか。
「とりあえず、明日は騎士団長のスケジュールを調査する必要があるな。奴がいない間に砦に忍び込もう」
俺とアフィンは話をまとめると、その場を立ち去った。後からはロフティが「おい〜」という情けない声を出しながらついて来た。
翌日も朝から雨だった。俺達三人は午前十時に昨日の噴水前で待ち合わせをした。
相変わらずアフィンはビニールの傘を差し、ロフティはずぶ濡れで噴水前で待っていた。
俺達は午後二時に再び噴水前で待ち合わせをして、それぞれ情報収集のため別行動を取る事にした。
俺が最初に立ち寄ったのは馴染みの酒場ブルーバードだ。店に入る時にタコール達のパーティーがいないかどうかを確認したが、どうやら大丈夫そうだ。
俺はいつも通りカウンター席に座るとコーラを頼み店内を観察した。さすがに昼間から酒を飲んでいる者は少なかったが、一攫千金に失敗したと思われる中年の男数人が半狂乱になって酒を飲んでいる。
俺は目の前で、別の客から注文されたカクテルをシェイカーを振って作っているマスターに向かって話し掛けた。シェイカーを振る時のシャカシャカという音が気持ちを落ち着かせてくれる。
「マスター、ちょっといいか?」
シェイカーを振る手を止め、グラスにカクテルを注ぎ始めた。黄色の液体がグラスに注がれていく。パイナップルの爽やかな香りが漂ってきた。
マスターはカクテルを店員に渡すと、こちらを向いた。
「どうしました? お客さん?」
「ガリアスさん、って知ってるか?」
俺は聞いた。普段は人見知りをする俺だが、いざ仕事のためとなると割り切って気軽に話し掛ける事が出来る。いや、いざ金のため……だな。
「ガリアス? ああ、アラーム騎士団長のガリアス様の事かい」
「そうだ、実はあの人に弟子入りしたいと思ってな」
間違っても騎士団の砦に侵入したいからスケジュールを教えてくれと聞けない俺は、嘘をついた。
しかし俺はポーカーフェイスが苦手で嘘をつくのが下手だ。マスターに嘘だと気づかれなければ良いが……。
「弟子入りか? ガリアス様はまだ弟子を取るような歳じゃないぞ。確かまだ二十三歳だったはずだけどな」
アフィンが昨日したようにうまく情報を聞き出す事が出来ないと感じつつ、俺は尚も話し続けた。
「弟子を取るのに、歳は関係ないだろ? 俺はガリアスさんを尊敬しているんだ」
俺は握り拳を作り、力いっぱいの演技をして見せた。
「確かにガリアス様は尊敬出来るお方だ。ガリアス様は常にこの城下町の住人の事を第一に考えて下さる」
どうやらガリアスは表向きの顔は良さそうだ。裏では、女性の生贄を捕まえているかもしれないが。
「とりあえず、会ってみたいんだ。ガリアスさんには、どこに行けば会えるんだ?」
「日中はアラーム城で仕事をしているだろう。一般市民には何をしているかなど理解出来ないけどね」
という事は、日中はあの砦にはいないという事か。それでも、確かな情報がない限りは安心する事は出来ない。
俺はマスターに礼を言うとブルーバードを後にした。
外は相変わらず雨が降っている。
俺はここ一週間程で何か特別なイベントの開催等がないかを確認するため、町の中に何箇所かある掲示板へ行く事にした。
情報収集をする相手は大抵酒場の主人やその客なのだが、人見知りをしてしまう俺は物を言わない掲示板へ向かう事にしたのだ。
昨日の夜、俺はマクルスと会った噴水の前に掲示板を見つけていた。どちらかというと方向音痴な俺は、少し離れた掲示板のある噴水に向かって歩き出した。遠くても迷子になるよりはマシだ。
ふと気づくと、目の前で背の高い男がずぶ濡れになって歩いていた。
それが剣士のロフティである事に俺は気づいたが、まだお互いほとんど面識がないため俺は声をかけられないでいた。
すると突然、ロフティの身体がユラユラと揺れ始めたかと思うと俺の方へ倒れこんだ。
「お、おい! ちょっと待った!」
俺は叫んだが、既に遅かった。急な事でロフティの体重を支えられなかった俺は、雨が降る中、城下町の通りで仲良く倒れた。
アラーム城下町にある『高橋診療所』はしきりに咳をしている男や百歳を迎えていそうな老人などで混み合っている。
大きめの町などには、このような診療所や病院といった建物がある場合が多い。
身体の怪我などは回復系の魔法で癒す事が出来るのだが、風邪などの病気は、魔法で回復する事が出来ないため、このような施設が必要になってくる。
俺は診療所にある病室のベッドで静かに眠っているロフティを眺めていた。その右手には、点滴が繋がっている。
高橋医師の診断によれば、栄養不足と疲れによる貧血という事だった。ロフティの痩せ型の体系は栄養を十分に摂っていないからのようだ。
俺はロフティを病室に残して、外に出ようと病室のパイプ椅子から立ち上がった瞬間、ロフティが眼を覚ました。
「うう……、ここは?」
ロフティは意識が朦朧としているようだ。
「診療所の病室だ」
再びパイプ椅子に腰を下ろして俺は答えたが、ロフティは俺の顔を見て固まっている。
「ブレイブじゃないか。どうしたんだ?」
俺は、目の前で俺を巻き込んで倒れた事と、ここが城下町にある診療所である事を短く説明した。
「そ、そうか……すまなかった」
「ここの医師の話だと、栄養不足らしいけど? ちゃんと飯食べてるのか?」
俺が聞くと、ロフティは俯いた。何か訳がありそうだ。
「とりあえず、もう歩けるだろ? こんな辛気臭い所はとっとと出て、飯でも食べに行こうぜ? そろそろ十二時だからな」
人見知りをする俺としては、精一杯の誘いだったのだが、ロフティは悩みながらも断った。しかし盗賊の俺の耳は、ロフティの腹が鳴り続けているのを聞いている。
マクルスからの依頼を達成させるためにも、ロフティには色々と働いてもらわなければならない。こいつは何かを隠しているし、戦闘中にさっきのように貧血で倒れられたら困る。
「パーティーを組んだ記念に昼飯くらい奢るぞ」
こいつが栄養不足で倒れたと聞かなければ、ここの診療代も払ってもらうつもりだったが、俺は何も言わない事にした。ロフティは俺の提案を渋りながらも結局はついて来た。
診療所の病室にいる間に雨はすっかり止み、地面には大きな水溜りが出来ている。俺はマントのフードの部分を背中に下ろした。
診療所を出て、城下町の大通りを北に向かって歩き出した俺達は、二階建ての定食屋を発見し、店内に入った。
店内は昼時とあってか、客で賑わっている。店員に二階の窓際の席へ案内された。窓からは、城下町の大通りを見る事が出来る。
俺はハンバーグ定食、ロフティはサバの味噌煮定食を頼んだ。料理を待っている間に色々とロフティに聞きたい事があったが、まだロフティに対して慣れていない俺はいつまでも話し掛けられないでいた。
暫くして店員が料理を運んできたが、俺達の重苦しい空気に耐えられなかったのか、そそくさと退散していった。
俺は早速料理を食べ始めた。俺が食べるのを確認してから、ロフティも食べ始める。その食べっぷりは豪快そのもので、俺が半分を食べ終わる前にロフティの皿は空になっていた。一体どれ程飯を食べていなかったのだろう。
「なぁ……」
俺は思い切って話し掛けたが、ロフティは俺の質問を聞く前に言った。
「すまん、聞きたい事は分かるが、話す事は出来ない……」
そう言うと、ロフティは席を立った。
「飯、旨かった。助かったよ……」
俺はロフティの後をついて店を出た。勿論料金は俺払いだ。
城下町の大きな通りは人で溢れかえっている。定食屋に入る前と比べると、三・四倍になったように見えた。
「これからどうするんだ? アフィンとの待ち合わせの時間までは、まだ一時間程あるけど?」
俺はロフティに積極的に聞いた。どうやら俺は、自分よりも社交的ではない相手に対しては、少しは気軽に話せるようだ。相手が自分よりも劣っていると思うからだろうか。
「とりあえず掲示板を見ようと広場に向かっているところで、ブレイブに会ったんだが……」
やはりロフティも人に聞き込む事については、得意ではないようだ。俺も目的が同じ事をロフティに告げると、一緒に噴水のある広場に向かう事にした。
城下町にある大通りは人でごった返していたため、ロフティは裏道を通って広場に向かおうとした。俺はどんな性格の人間であっても、方向感覚のある奴は多少なりとも尊敬してしまう。
大通りとは違い裏通りには人影がほとんどなかった。ゴミを漁る犬や虚ろな眼で空を見上げる蹲った男などがいるせいだろう。
「どんな栄えた街でもこんな場所があるんだよな」
「そうだな」
俺の他愛無い世間話にロフティが答えた。
暫く人通りの少ない裏道を歩いていると、向こう側から最も会いたくない三人組がやってくるのが見えた。俺はロフティに警戒するように伝えようとした瞬間、ロフティは十五メートル程先に見えている三人組に向かって走り出した。
「お、おい、待て!」
俺は叫んだが遅かった。ロフティは腰に下げてあった鞘からレイピアを抜き出し、三人組に向かって尚も走っている。
「な、なんだ? あいつは?」
タコールが隣を歩くパッシに聞いている。俺はネカー&ネマーを構えると、ロフティに続いて走り出した。
「誰だか知らんが、襲ってくる奴は迎撃させてもらうぞ」
タコールはそう言うと持っていた斧を構えた。あの台詞から判断すると、まだ俺の姿は見えていないらしい。
ロフティの目の前でタコールの斧が空を斬った。あいつの馬鹿力を示すように、俺の所まで空気を切り裂く音が聞こえてきた。あいつは力は強大なのだが、驚く程動きが鈍い。
ロフティは余裕でタコールの攻撃をかわすと、ザムにレイピアを繰り出した。
金属同士がぶつかり合う音が人気のない裏通りに響く。ロフティのレイピアが見事に折られ、ザムが不気味な紫色の刀で今にもロフティの首を飛ばそうとしている。
俺はザムに照準を合わせ、ネカー&ネマーのトリガを連続で引いた。
ザムは俺の方へ顔を向け怪しげに笑ったかと思うと、右手の刀で硬貨を全て弾いた。
「タカール! ブレイブがいますぜ!」
パッシが言ったが、盗賊にしては気づくのが遅すぎる。俺は既に奴らの五メートル程の距離に近づいていた。
ロフティを殺そうとしたザムは、俺の攻撃により後方に下がっている。俺はロフティとザムの間に立ちはだかった。後ろにはタコールとパッシがいる。
「ロフティ、どうしたんだ、一体?」
俺は振り返ってロフティを見た。ロフティはまるで俺が見えていないかのように、ザムを鬼のような形相で睨みつけている。
「ザム……、やっと見つけたぞ!」
ロフティは言った。ザムの事を知っているのだろうか。
「これは、これは、お人好しロフティさんじゃないですか? お久しぶ……」
「ふざけるな!」
ロフティはザムが言い終わる前に叫ぶと拳を握り締め、ザムに向かって走り出した。しかし目の前では、ザムが刀を構えている。『刀』対『拳』では結果は見えている。
俺は再び銃を構えたが、後ろにいたタコールの攻撃に邪魔された。俺は前方に転がりながら避けると、そのまま回転した勢いに乗ってザムの前に出た。
「おや、ブレイブさんも一緒でしたか」
俺はザムの顔の目の前に右手に持ったネマーを構えていたが、同時にザムの刀は俺の首筋で止められている。
一方、左手のネカーはロフティに向けている。ロフティは荒い息をしているが、どうやら少しは落ち着いたようだ。
「お前、ロフティを殺すつもりか?」
俺は言った。ザムはその冷たい眼で俺を見ている。
「何を言うんですか。これは正当防衛じゃないですか。襲ってきたのはロフティさんの方ですよ」
俺とザムが睨み合っている所へ、タコールとパッシがやってこようとしていた。
俺はロフティに向けていた銃の照準をずらし、タコールとパッシの足元に一発ずつ弾丸を放った。
「お前らは来るな。話がややこしくなる」
俺はタコールとパッシに向かって言った。やはりロフティからは色々と事情を聞く必要がありそうだ。
「まぁ、いいですよ。ここはブレイブさんの顔に免じて、なかった事にしましょう」
ザムはそう言うと刀を下ろし、俺とロフティの向こう側で右往左往している馬鹿コンビの元へ歩いてった。
「この野郎! ブレイブ! この借りは必ず返すからな!」
去り際にタコールが言った。負け犬の遠吠えにしか聞こえない。
俺は立ち上がると、後ろで呆然としているロフティに向かって言った。
「いい加減、事情を説明してくれ」