表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アトライア;VRMMOにおける水棲生物の生態観察記  作者: 桔梗谷 
第一の節 トカゲ落ちる
6/39

6

 ベスタさんと話し終えた後、私は棒のようになった足を引きづりながら訓練場を出ると、ロビーにある椅子へと腰かける。

 「うぇぇ、足が棒の様だ。もう無理、テンカ達とフレンド登録したらログアウトしよう……」

 スタミナ値が底値を這っているのだろう、動ける気がしない。

 足の疲れを少しでもとるため、ふくらはぎのあたりを指でぐにぐにと揉んでみる。……硬い。鱗だ。リザードマンは全身鱗なせいなのか、マッサージの効果が薄い気がする。結構な力を入れて揉んでいるはずなのに……。どうやら、マッサージではスタミナ値は回復しないようである。うむむと唸っていると不意に背中から人の気配がした。振り返るとそこにはテンカが立っていた。今、訓練が終わったのか、若干息を弾ませている。

 「テンカですか。もう訓練は終わりなのかい?」

 そうテンカに問いかけると彼女はこくんと首肯することで答えた。

 「お疲れ。訓練は如何だった?私は始終走り込みと構え方の練習をさせられたよ。おかげで足がもう動かない。テンカは大丈夫かい?」

 「ええ、なんとか。私は人形遣いですから、訓練と言っても魔法の使い方や、藁人形を操って戦う訓練でしたね。兄さんとは違ってそんなに体を動かしたわけじゃないですから。でも、人形を操りながら戦えと言われたときは何とかできましたけど……正直いっぱいいっぱいでしたね」

 「人形遣いはとても難しいジョブって聞いたよ。それだけでもすごいと私は思うけどなぁ」

 私は素直にテンカを称賛する。

 テンカの選択した職業である「人形遣い」。これはその名の通り、意志の無い人形を操って相手を攻撃させるというジョブである。ファンタジーではメジャーではないにしてもそこそこ登場頻度の高いジョブである。当然、このゲームにもこのジョブは搭載され、βでも多くのプレーヤーたちがこのロマンあるジョブへと挑戦していった。そして、そのあまりの操作難易度に撃沈していった。このジョブの操作難易度を引き上げている要因として、人形への指示があまりに煩雑であり、複雑であることがあった。プレイ初期時は人形による攻撃と自身の持つ攻撃スキルによってゴリ押し戦法をとることで何とかなったのだが、そのような戦法が通用するのも初期の頃だけであった。人形にも耐久値が存在する。ただ、攻撃指示を繰り返すだけでは人形は相手に突っ込むだけであっという間に行動不可となり、人形の指示に徹すれば、棒立ちのところを襲われて、デスポーンする。この仕様に心がおられてしまうプレイヤーも多数いたという。つまるところ、この人形遣いというジョブを使いこなすためにはきっちりとした指示を的確に与えつつ、人形と連携しながら、攻撃を加えていけるよう広く視野を保つ能力が必要とされたのだ。幸い、レア度の高い人形はある程度柔軟に指示に従うため、そこまで我慢すれば、と考え手このジョブを選ぶプレイヤーも多い為、剣士などのメジャーなジョブには及ばないもののコアな人物には人気のあるジョブとされている。

 テンカは私の一つ下であるが、私よりもしっかりした性格をしている。同級生や先生からもよく頼られているらしいし、今でこそ部活動に参加してはいないが、中学生の時は吹奏楽部で副部長を務めていた実績もある。状況判断能力が必要とされる人形遣いも習熟次第で使いこなせるだろうと思うのは身内の可愛さだけではない筈だ。

 「おお、お前ら。終わるのが遅かったな。おかげで待ちくたびれたぜ」

 頬をほんのり染めて照れているテンカと話しているとどこからかコウショウの奴がコウショウが私の座っている椅子のすぐそばまで来た。どうやら、すでに訓練を終えてここで待っていたようだ。

 「遅かったなってどこにいたんだよ」

 「すぐそこの椅子に座って掲示板を見ていたんだ。とは言ってもあまり有用そうな情報は載ってなかったけどな。せいぜい、初期装備で森に突貫してデスポーンした話が関の山だな。まぁ、とにかく二人とも訓練お疲れってな。ステータス画面見たか?レベルが上がってるぞ」

 訓練を受けてもレベルが上がるのか。チュートリアルでも実戦と同じって扱いか。実際きつかったしそれぐらいないと割に合わない気がするけどね。

 私は操作パネルをタッチを呼び出し、ステータス画面を開く。

 『プレイヤー名』:ネア

 『種族』:リザードマン

 『職業』:漁師

 『状態』:健康

 『固有スキル』:キラーバイト」Lv.1「索敵」Lv.1

 『使用可能スキル』:「潜水」Lv.1「水泳」Lv.1「弱点看破」Lv.1「特効ブースト」Lv.1「「銛打ち」Lv.4「鑑定」Lv.2「気配遮断」Lv.1「遠視」Lv.1

 『控えスキル』:

 『武器』:初心者用銛STR+10

 『防具』:初心者防具セットVIT+10(使用部位:腕部、胴体)

 と表示された。

 うん、「銛打ち」と「鑑定」のスキルレベルが上がってるね。これは幸先がいいんじゃない。

 「スキルのレベルが上がってたよ。「鑑定」がLv.2と「銛打ち」がLv.4になりましたよ。二人は?」

 「私は「幻惑魔法」と「風魔法」と[雷魔法」、「人形操作」の四つがLv.3に上がりました」

 「俺は「拳闘」がLv.4に「注目」がLv.3になったな。訓練場さまさまってところだな。まぁ、レベルが低いころはポンポン上がるらしいけどな」

 スキルレベルは最大値50とされていて、特定のスキル同士でスキルの統合や、進化が起こるらしい。β版ではもちろんスキルツリーについては解析が進められていたが、それはあくまでβ版までの情報。上位スキルなどは数えるほどしか確認されていないこともあってスキルがどう進化していくのかなど私個人としては非常に楽しみである。

 「そういや、この施設って放浪者協会って組織に属してるらしいね。コウショウ、この組織ってβ版の時にはあった?」

 「いんや、β版の時にはなかったな。というか、素材の買い取りとかは武器屋とかに持ち込んで装備にしてもらったりとかが定石だったからな。素材解体とかはドロップまかせが多かったしな。ドロップまでの待ち時間がまどろっこしいって話はよく聞いたな……」

 ベスタさんがポロリと漏らしていたが、モンスターなどの死体は素材をドロップして消滅するまで20秒ほどはそこに残り続けるため、その間にインベントリに死体を放り込んだり、自力で解体を始めると消滅することなくその場に残り続けるらしい。ちなみにモンスターの死体はアイテム重複に当たらないのでゴブリン10体の死体ならインベントリの枠を10消費することになる。

 「ああ、そうそう。ベスタさんっていうNPCの人から聞いたんだけどさ。多分、第二の町はレオノーレっていうここから南にある街だと思うぞ」

 私は二人にレオノーレの町までなら、ロマの森を抜けるとすぐにつけることを話した。それを聞いてコウショウはにやりと口の端を釣り上げる。

 「ああ、それは……フラグだな」

 「だと、思うよ」

 「?どういうことです?」

 何かが分かったように話す私とコウショウを尻目にテンカは困惑しているようでこくりと首を傾げている。まぁ、テンカはゲームをあまりしないからね。これはゲーム的思考に染まってないとダメだからねぇ。

 「どういう事かって?そりゃテンカちゃん。第一ボスがロマの森にいるからさ」

 「?」

 やはりよく分かっていないようで、テンカはさらにに首を傾げている。さすがにコウショウの説明が悪い。私は苦笑しながらゲームに不慣れな妹に説明することにする。

 「これはね、ゲームではよくある事なんだけどね。町から町に移動するたびに何かしらのイベントが起きることがあるんだよ。これはその一つだとおもうよ。恐らく、森を抜ける少し手前あたりでボスが待ち構えていると思うよ」

 森を抜けるのには僕らでも準備をすれば簡単とベスタさんは言っていた。ということはつまり、森のモンスターたちもそれほど強力な存在ではないという事だろう。そのことから考えてもそこにいるのはチュートリアルボスっていうところかな?ある程度苦労するかもしれないけど知れたものだろうと私は考える。とはいっても、これはVRMMOだ。単純に森の出口で待っているとは思えない。まぁ、そこのところは前線組さんたちが頑張って解明してくれそうだけどね。ちなみにβ版のときにはロマの森は存在したがレオノーレの町はなかったらしい。ボスも出なかったらしいのでこれは正規版用に用意していたのだろう。さすがに初めから出てくるボスの情報が正規版前からネットに流れているのは拙いだろうしね。

 「初めのボスだし、初討伐までそんなにかからないだろうね。コウショウ、こんなところでのんびりしてていいのかい。」

 「いっちょ討伐言ってくらぁ!!と言いたいところだが、俺はもう腹がペコペコだ。正直言って満腹度とスタミナ値がやばい。とりあえず飯でも食ってみようと思うんだが、お前らはどうする。」

 お腹のあたりをポンポンとさすりながらそう言ってくるコウショウ。正直私もやばい状態なのでこの申し出は渡りに船だ。

 「私も行こうかね。テンカは如何だい?」

 「私もご一緒します。先ほどから空腹を少し感じていまして……」

 「じゃあ、遠慮することはねぇな。セカオピ初食事としゃれ込もうや!!」

 そう言って私たち三人は席を立って訓練所を後にした。



 あむ、はむはむごくん。う~ん、でりしゃす。

 私達は現在、大広場のそばにあるカフェにてホットドックを頬張っている最中です。いやはや、少し硬めのパンとそれに挟まれているソーセージがとてもおいしいね。一口噛むだけで肉汁が口の中にあふれるんだよ。トッピングのマスタードとあいまって最高だね。ゲーム内ではいくら食べても満腹を感じることはないからね、そういうのが目当てのプレーヤーもいるのではないかな。

 私たちはホットドックを食べながら、フレンド登録をして、今後について話していた。

 「んでよ。今日はこのまま町の外に一緒に行くとしてよ。明日からどうすんだ。俺はゲーム仲間に誘われててな、そっちのパーティーに誘われてんだけどよ。お前らも来るか?」

 どうやら、コウショウの奴はほかのネトゲで知り合ったプレイヤーがセカオピにもいるらしく、その人たちとパーティーを組む約束をしていたらしい。

 「その申し出はありがたいのですが。すみません、実は中学の時の先輩との先約がありますので……」

 とテンカ。……先輩って誰だろう。クラブの先輩なら女性だろうけど……男じゃないよね。

 「女性ですよ兄さん。多分兄さんも知っている方だと思いますけど」

 知り合いって……誰かいたかなぁ。私の知っている範囲ではいなかったような……。そう頭を捻っているとテンカはクスクスと笑い、今度会うときに紹介しますと言う。う~ん、ホント誰だろう?

 「ええと。私はそうだね……。ちょっと単独行動がしたいなって思ってます」

 「単独行動? ソロでやっていくって事か?」

 「ちょっとの間だけですよ。ちょっとやってみたいことがあってね、それをするまではソロで活動しようかなって思っているんだ」

 「何をするつもりですか?」

 何をするかって言われても海に行くつもりなんだけどね。これからやることにほかの人を巻き込むのもなんか申し訳ない気がするから一人でやるだけで……。失敗したら恥ずかしいから内緒にしとこうかな? 無謀だって言われそうだしね。

 「う~んと……失敗したら恥ずかしいし、その質問に答えるのは挑戦した後でもいいかな? 終わったらちゃんと言いますからね」

 こう答えると二人ともあとで教えることを条件に何も聞かないでくれた。でも、テンカとしては少し不満みたい。ほんの少しむくれているのがわかる。いや、まだ見通しすら立っていないプランだからね。ドヤ顔で説明していざその時にできませんでしたっていうのはさすがに恥ずかしすぎるんだよ。兄としてもいらない恥はかきたくないというか……見栄位ははらさして欲しいのですよ。

 そのようなニュアンスのことを伝えるとテンカの不満は収まったようだ。

 「にしても大丈夫か?ネアの攻撃スキルは「銛打ち」と「水魔法」だけだろ。それに「水魔法」はほかの魔法に比べると威力は控え目だからな。実質「銛打ち」で戦っていくことになるぞ。それはちと厳しいんじゃないか?」

 そうコウショウが言う。そう言えば、「銛打ち」は不人気スキルって言ってたな。それはどういう事だ?

 「ああ、「銛打ち」スキルはな……アーツがほとんど増えないんだ」

 「アーツが増えない?」

 アーツが増えない?そういや私、アーツについてはあまり調べてなかったな。「銛打ち」がどういったアーツが使えるのか全く知らなかったな。wikiのスキル目録見てほとんど決めましたしね。アーツかぁ…レベルが上がれば増えるってぐらいしか知らないねぇ。というか増えないですか「銛打ち」。刺すだけだから?

 「訓練場でアーツを一つ使っただろ? 確認されているだけだと当分それだけだぞ。普通ならスキルレベルが10上がるごとにアーツが一つ増えたりとかするんだけどな。β版で銛を武器にした奴はアーツが全く増えないことに嘆いて槍に転向したそうだ」

 マジですか。

 「ああ、マジだ。ただしメリットもある。通常の武器と比べてダメージ倍率が高いのが銛の特徴だ。残念ながらアーツを使えばそれ以上の火力が出るんだけどな……」

 「特効ブーストは!? それでどうにかなるとは聞かなかったかね!?」

 「有難いことにアーツを使うよりも高威力だ。ただし、弱点に的確に攻撃できないと意味ないがな……」

 なんだその玄人スキルは……。wikiで書いてあることは基本的な事までしかないから私も知らなかったんだよ。そんなの使った人じゃないとわからないじゃないか。

 「残念ながらβ版公式掲示板ではそのことに言及している奴が居る。……そういやネアは掲示板を見ないタイプだったな。大丈夫だって。まぁ、なんとかなるさ」

 私を慰めるかのように肩に手を置くコウショウ。その慈愛に満ちたような表情がすこぶるうっとおしい。なんだろ、今すごく殴りたい。

 「なぁ、このゲームってPKできましたっけ?」

 「!? できるけどやめろ!? お前の目がマジだ!? なんか怖いから!!」

 「兄さん怖いです」

 ちっ。命拾いしたな。テンカが居なかったら間違いなく穴だらけにしてやったのに……真に残念です。

 「その顔やめろ……なんか呪われそうだから。あれだ、アーツ無しでもトップクラスの火力が出ると考えればいいんだよ。幸いにして漁師は「弱点看破」と「特効ブースト」の二つが両立されてる数少ない職業だからな。そこを強みにすりゃいいさ」

 まぁ、そうだね。弱点にさえ攻撃が当たれば大ダメージ。コウショウ曰く喉や心臓などへのダメージは場合によっては即死ダメージになることもあるらしく、「弱点看破」のスキルはかなり重宝されるらしい。なら漁師は、と言ったが残念なことにもっとパーティー向けのジョブで「弱点看破」をもつものがあるらしく、そちらのほうが人気なのだそうだ。それを聞いたとき、自分で選んだとはいえ何とも言えない気分になった。テンカのフォローが少しだけ心にいたかったよ。

 こんな調子で大丈夫かといきなり不安にはなったが、悩んでいても仕方ないと保留にすることにした。やってみれば案外何とかなるものだと思いますよ? 一人でダメだったら、パーティーを組めばいいのです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ