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カーライス訓練所、そう書かれた看板を掲げるその訓練場はちょっと町はずれにあった。
う~ん、思ってたより人が少ないねぇ。訓練所って不人気なのかな。
入口から一歩入り込んだ瞬間にぱっとそんな感想が浮かんでしまう。実際、誰もがそう思っても仕方ないぐらい訓練所には人が居なかった。
百人程度なら軽々と収容できるであろう広くがっしりとした重厚な雰囲気を漂わせる室内はがらんとしており、ぽつぽつと見える人のほとんどがNPC。PCキャラクターは10人を超える程度か。
「これはさすがにPCが少なすぎやしませんかね」
「ああ、おそらく殆どの輩が外で狩りをしているんだろ。掲示板を見てるやつもあまりいないみたいだ。」
私が思わず漏らした言葉に対して、思わずといった風に返すコウショウ。テンカはと言えば。
「人が少ないのなら好都合ですね。さっさと受付に行きましょう」
と、奥のカウンターを指す我が妹。人が少ないなら居ないで都合がいいと考えるその考え方は流石だね。順番待ちなんてことにはならないから楽でいいよね。
「あの~。こちらで訓練を受けたいのですけれどここで受け付けをすればいいのでしょうか?」
「はい、こちらはカーライス訓練所です。武器や魔術の訓練ですか?初めて訓練を受けられる場合はパーソナルカードをお作り致しますのでこのカードへ手をかざして下さい」
にこりと笑顔が素敵なお姉さんがカウンター越しに銀に光る小さなカードを差し出してくる。私がそのカードに手をかざすと、何も描かれていなかったカードの表面に次々と文字が浮かび上がってくる。そこには私の名前と現在取得しているスキル群がつらつらと描かれていた。
「ええと…これは一体?」
「これはこの世界へと立ち寄られる『放浪者』の方々の身元を示す身分証となります。このカードを持っていますと、ここカーライス訓練所のような『放浪者協会』に所属しています施設の利用権が得られるようになっています。このカードを持たない場合は施設を利用することが出来なくなります。この町で『放浪者協会』に属している施設はここだけになりますが、このカードを持っていることで当施設での様々なサービスを受けることが可能となっております。サービスを受けたい場合などはこのカードを提示して下さい」
戸惑いながらもお姉さんに問いかけるとすらすらと質問に答えてくれた。
ふうん。施設の利用権ねぇ。何があるんだろ。
「こちらで行っていますのは訓練場での教練と魔獣やモンスターの素材買取。解体業務などを承っております。また、魔獣等の大量発生に関連する大規模討伐の発足などをこちらで行っております」
うわぁ。かなりの重要施設じゃないか。ここ初めに来てよかったな。素材買取とか、解体の請負とかある意味で必須項目じゃないか。これはある意味運営の罠かもね。リアルだからこそ従来のようにチュートリアルすっ飛ばしとか説明書を全く読まないでゲームを進めると足元を掬われるって事かな。こりゃ、気を付けてプレイする必要がありそうだねぇ。
ピロン♪
『パーソナルカードを取得しました。このアイテムは重要アイテムとなりますので売却譲渡などはできません』
「貴様の教練を担当することになったベスタだ。教練という以上私は貴様が小鹿のように足が震えようとも手を抜くつもりは一切ない。分ったら返事をしろ!!」
「了解しました!!ベスタさん!!」
「教官と呼べ!!馬鹿者!!」
「了解しました!!教官殿!!」
怖いよ、この人。軍隊だよ。軍人だよ。鬼教官だよ。
私は足をふるふると震わせながら返事をする。
パーソナルカードを取得した後、先に手続きを終えていた二人とともに訓練場へ入ろうとしたがそこで係員に止められてしまった。なんでも、今日はマンツーマンで教えてくれるとのことでそれぞれの使用武器を合わせて教官が選ばれたのだ。私の担当教官はこの人。ベルタ教官だ。教官は厳ついお顔とがっしりとした体躯が特徴の人間種だ。さっきのお姉さんも人間種だったし。この町は人間種が多い場所なのだろうと。訓練と関係ない思考をしてしまう。
それも仕方ないと言ってください。この人いきなり私の顔を見るなり「駆けつけ10周」とのたまったのだ。訓練所の周りをいきなり10周も走りました。いきなり15キロぐらい走ったことになるのかな。ゲームの中だからなのか現実で走るより楽だったけどいきなりはさすがにきつかった。おかげで私はヘロヘロです。
「ネアといったな?そこそこスタミナはあるようだ。これで準備運動は終わりとする。武器を出せ」
私は操作パネルをタッチして初心者用銛を装備する。光とともに1m弱程度のひょろりとした三叉の銛が現れる。見た目は三つの針が先端についているような俗にいうトライデントと呼ばれる槍と似た形状をしている。槍でいう石突の部分には伸縮性のある素材でできた輪っかがついている。
「ふむ。武器は銛か。いいか、そこで直立だ。動くなよ」
そう言い放つとベスタ教官はじろじろとこちらを見てくる。気にしないようにしたいのだが、ここまでじろじろと見られているととても落ち着かなくなってくる。早く終わらないかな。何するんだろうな、と考えをめぐらせ始めた時、教官がおもむろに口を開いた。
「うむ。いいだろう。きちんと考えられたスキル構成のようだ。特定の状況下においては無類の強さを発揮することもできるやもしれん。精進すべきだな。では、あそこに見える人形の前に立て」
私は指示通り訓練場においてある藁人形の前へと歩を進める。人形の大きさは大体私と同じくらいか。
銛を片手に人形の前に立った私は教官に好きに構えてみろと言われた為になんとなくこうじゃないかなというポーズをとってみる。
「ああ、違う違う。もっと脇を締めろ。力が入らんぞ。ああそうだ。足は左足を前にだな……」
さすがにプロの目には粗だらけだったようで。腰をどっしりと落とし、体を左前に構えさせる。
ええと、これは銛じゃなくて槍の戦い方じゃあ……。
「この姿勢が基本の姿勢となるからな。死ぬ気で覚えろ、じゃないと死ぬからな。では、この人形相手にアーツを使ってみろ」
アーツは武器スキルを上げることによって覚える技のことだ。スタミナを消費しながら高威力の攻撃を放つことが出来る。スキルのレベルが上がるにつれて様々なアーツを覚えることが出来、それによって戦い方の幅が広がっていくというのがこのセカオピでの戦闘システムだ。アーツは一定の構えかをとるか声でアーツ名を叫ぶか、と発動させる方法はいくつか存在する。
「銛打ち」スキル1で使用可能なアーツは【シングルストライド】のひとつだけだ。
私は銛についている輪っかに指を引っ掛け、輪っかを伸ばす。伸縮性のある素材のせいかうにょーんとのびて、指と指の間に食い込むが気にしない。右手で持った銛がぶれないように左手を軽く添え、アーツを発動させる。すると、銛全体が淡く発光し、負荷がかかるのがわかる。藁人形を見つめたままにアーツを解放。同時に伸びた輪っかが元へと戻り、高速で射出。グサリと人形に突き刺さった。
「よし、無事にアーツが発動できたな。今の感覚を大事にすることだ。それではもう一度構えの練習だ。突くだけがそれの使い方ではないぞ……」
だから、それは槍の戦い方では?そんな風に疑問にも思ったが、思いのほか厳しい訓練にすぐにそんな考えは消え去っていく。
そして、私は時間の許す限り教官のしごきに耐え続けることになった。
「うむ。今日はこれで終了だ。実に有意義な時間であったぞ」
そう言ってベルタ教官は私に背を向け扉へと歩いていく。
「あ~終わった。これはさすがにしんどい」
ぶっ続けで訓練をしていたらゲーム内時間で18時になっていた。これは現実の時間で換算した場合14時になていることを表している。
腕を頭の上にあげて、伸びの姿勢を取っていると不意に後ろに人がたっていた。振り返ると……教官だった。
「!?!?」
「がはは、そうビックリしなさんな。アドバイスだよアドバイス。今日の訓練をめげずにこなしたご褒美だよ」
強面の顔に引きずられそうになるけれど悪戯っぽく喋るベスタ教官を見る限りでは実はとってもお茶目な人なのかもしれない。訓練はかなりハードだったけれど。
「まぁまずは一つ」
ピンと人差し指を立てるベスタ教官。
「武器の特性を知ることが必要だな。たとえば、お前さんの持ってる銛は槍のような使い方もできるのもそうだが、三叉の部分で相手の武器を引っ掛けることもできる。それにだ、特に銛は貫通力に優れているんだ。そこをうまく使っていくことが大切になる。アーツに頼り過ぎると動きが単調になるぞ」
セカオピは自由度を売りにしているのもあって、アーツに頼らない戦い方も当然可能だ。三叉に引っ掛けて武器を奪うことぐらいは練習次第で可能だろう。銛の貫通力が優れているっていうのは武器の仕様の話かな?もっといい銛が手に入ったらわかるのかも。
「そして二つ目、と言いたいところだが。今謝れるうちに謝っておく。すまん、俺に銛の使い方は分らん。思わず槍の使い方を教えちまったが、銛の使い方を知りたいなら漁師を紹介するべきだったな。本当にすまん!!」
そう言いながら、深く頭を下げる教官。今日一日しごかれた相手からそのように謝られてNPC相手のはずなのにかなり取り乱してしまう。
「いいえ、教官殿。ただ、単純につけばいいという事ではないということが知れただけでも私にとっては最上でした。今日は本当にありがとうございました」
私も頭を下げる。二人して相手に謝っている見た目シュールな状態かもしれないが、この訓練場内に人影は見えない。二人も別の訓練場にいるしね。
「今は教練中でないからベスタで構わん」
「はいベスタさん」
教官呼びからさん付けに変わったことで親しみが増した感じがする。強面なのは変わりませんが。
「うむでは、二つ目のアドバイス、というかこれは豆知識みたいなものなんだが……君は漁師のジョブ持ちだろう?」
「はい、そうですが……」
「うむ、見立て通りだな。でだ、海の魚っていうのはいろいろでなちっこいのから馬鹿でかいのまでいろいろ居やがんだよ。そういった奴らを狩ると胃袋の中から変わったアイテムが出てくることがあるんだな。絶対ってわけじゃないが知ってると得って感じがするだろ?まぁ、海にでも行った時に思い出してくれや」
へぇぇ、いわゆるレアドロップか。胃から出てくるってことは解体をすれば手に入るのかな? う~ん、解体スキルか。取っても私には使いこなせる気がしないのだけれど……。その時は放浪者協会に頼めばいいのか。なるべく、解体をこまめにやっていけば見つかるのかな? じゃあ、早く海へ行かないとダメかな? ここから近い海ってどこなんでしょうかね。
「ここから一番近いのはこっから東に行ったところにあるシエナ海岸が一番近いんだが正直おすすめはせんな」
「何故?」
「ロマの森があるからな。この森は東から南までを覆う広大な森なんだが、南に抜けてレオノーレの町へ行くのは比較的簡単だ。長くても一日野営すると考えれば抜けられる程度の森だ。お前たちでもそう難しくはない。だがな」
そこでベスタさんはいったん言葉を切る。その沈黙に含まれた緊張が私の体を硬直させる。
「少なくとも三倍だ。東にまっすぐ抜けるとしたなら最低でも4日は日を見ないとダメだな。あそこは南に狭く東に広いんだよ。あそこの道はまともに舗装されちゃおらんから馬車が使えんしな。安全を取るなら、レオノーレまで行ってからロマの森を迂回していくべきだな。これで最短でも2週間ぐらいか?北はヤノーシュの山脈だしな。2週間でたどり着けるかは怪しいぞ」
思っていた以上に遠い場所のようだ。リアル時間でも1日で移動しきれない。セカオピは健康被害を考慮して連続ダイブ時間が現実時間で8時間までと決まっている。そのあとには絶対にクールタイムを取らなければゲームをすることが出来ない。土日ぶっ続けで移動してもゲーム内時間で3日の移動時間である。しかし、回り道を取るルートは……。
「とりあえずここは行動あるのみかな」 ぱしんと頬を叩き気分を一新させる。……叩いても鱗のせいかまったく痛くなかったのは内緒。
「ねぇ、ベスタさん。少し聞きたいことがあるんだけど……」
おそらく今から私のとる方法がシエナ海岸へ行く最も早い方法だろうね。かなり運任せだし、そもそもこのルートすら取れない可能性だってあるけど。……私のやるべきことはここで出来うる限り最善の方法を取り続けることだろうね。幸いにもこれはゲームの世界だ。やり直しは効く。
「ん、なんだ?」
「ちょっと見せてほしいものがあるんだ。話だけでも聞いてくれます?」