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失明するかと思うほどの強烈な光が失われた後、私は目蓋をシパシパとさせながら辺りを見渡そうとした。……あれはきつい。さすがにもう少し光を押さえてほしいと思うね。そんな状態で叫ぶ私もどうかしていると思うけど。
目が次第に慣れてきて辺りの様子がはっきりと見えるようになる。がやがやと喧騒が耳に騒がしく響く。辺りを様々な種族がきょろきょろと見渡しながらうろついている。これがサービス一日目。ゲーム開始直後の風景だ。
「おお………」
思わず声がこぼれる。仕方ないよ。ゲームの世界に入ることが出来たのだから。目の前に広がるは映画とかでよく見るようなヨーロッパ然としたカントリーというか石畳に木造の家などが立ち並ぶある意味で牧歌的な風景。ふと後ろを振りむくと見上げるように大きなお城が見える。そうここは数プレイヤーの初期拠点のひとつでもある要塞都市カーライスである。このカーライスは都市国家オステアの所属であり、放浪者達が多く来る重要拠点の一つとして栄えていると設定づけられている。
そんなイメージ通りのファンタジーの街並みを散歩しながらうっとりと眺めているとぽつぽつとパーティー募集をし始めているプレイヤー達が見え始める。
「あ、やっべ。あいつのこと忘れてた。ゲーム外メールが確か使えましたよね。フレンド登録位はしとかないと……」
おそらく、もうこのゲーム世界に入っているであろう友人の赤坂高尚にセカオピ始められたよ、とメールを送る。
PIPIとアラーム音が鳴りすぐにメールがえってきたことを知らせてくれる。
『やっほ~。新もセカオピ入れたか。今から会えるか?会えるなら今すぐ返事くれや。大広場の大噴水の前で待ってるからな』
大噴水ね、確かカーライスの中央に位置しているはずだったかな。脳内にさっき見た地図を思い浮かべながらトコトコと歩き出す。ただ、そこまで歩いていくのも暇なのでアイテムインベントリを見てみることにする。
新は現在のところ、装備品も何も装備している状態になく、そこらへんにいるようなNPCと同じ格好をしている。唯一NPCと違うところは頭の上に表示されているネーム欄がそれを証明している。ちなみにこのネーム欄は町の外つまりセーフティエリア外限定だが、見えないように隠蔽設定にすることも可能なため、セーフティエリア外で他プレイヤーと出会った時にNPCと勘違いされる事態が多発した。しかし、開発元はそのトラブルを面白がったためにその設定を削除することはなく正規版まで来ているという裏話がある。
新は操作パネルを呼び出し、設定画面から隠蔽設定を機能させることにした。見た目がモンスターのリザードマンである。PCに誤って攻撃されることもあり得るが、本人はそうなったらそれでもいいやと面白がっている節があった。別に街中では見間違われることはないからとも考えている。
操作パネルを頭の中で軽く念じるだけで現れるという事実に驚きながらも軽く感動する。いや、考えるだけっていうのが良いよね。楽だし、なんかかっこいいしね。
操作パネルを見ながらアイテムインベントリを開くそこにはいくつかのアイテムが入れられていた。
初心者の防具セットが一つ。初心者用銛が1。初心者用ポーションが5つ。初心者用MPポーションが5つに空腹回復用非常食が三食付いての一週間分と見事に初心者用のアイテムがごろりと入っているのがわかる。あ、お金も入ってる。10000Gか……一万円ぐらいかね。
このアイテムインベントリはゲーム中では放浪者に特有の加護であるとされており、一般的にはNPCは持ち得ないとされているが、たまにインベントリ持ちのNPCが居るとされている。アイテムインベントリの容量はアイテムは重複している場合は統合して扱われ、一つのアイテムにつき30個まで、総数で50個まで入るとされている。これが多いのかどうかは知らないが、そこから増えることはないとβテスター達の結論が出ている。……正規版では違う可能性があるけどね。
ともかく、アイテムの情報を見るために「鑑定」を使ってみる。アイテムの情報を知るためには「鑑定」が必要だけれど、NPCの鑑定士とかもいるので必須というわけではない。ただし、無ければ手間は増える事に変わりはないけどね。まぁ、パーティーを組む前提なら別に必須っていうわけではないかなと言われてるね。誰かひとり持っていればいいスキルだし。
「鑑定」を使うことでアイテムの前に小さなウインドウが表示される。
初心者防具セット(防具)
使用部位:「腕」「体」
補正値:DEF+10
耐久値:∞
初心者用銛(武器)
補正値:STR:+10
耐久値:∞
初心者ポーション(消耗品)
効果:HP回復20%
初心者用MPポーション(消耗品)
効果:MP回復20%
まぁ、さすがに初心者用といったところあるだけマシといった感じだろうか。
にしても、アイテムインベントリの目録上でも「鑑定」は使える様ですね。いちいち出さないと使えない仕様なのかとも思ったけどそこはゲーム。適度に都合よくできています。
私は今装備も何もつけている状態ではないのでさっさと装備を着けてしまうことにする。白い粒子が自分の周囲を一瞬舞ったかと思うと次の瞬間新の服装は一変していた。先ほどまで着ていたよな薄い麻の服の上から上半身から下半身にかけてを覆うような革製の鎧が纏われ、腕には攻撃から身を守るための籠手が装着されている。
「ふ~ん。着替えは一瞬ですかというかこの服はなに? デフォルトの衣装?」
そう小さく呟きながらステータス画面を見やるとそこには「装備:麻の服(上下)」と書かれていた。
「ああ、初期の服装備ってこと。防御力は……上下着て1しか上昇しないのですか。まぁ、麻だからねぇ」
これで最低でも防御力は11あることになる。RESつまり魔法抵抗については記述が全くないからこの防具を着ても上昇しないのでしょう。まぁ、初期装備なら防御力もこの程度だろうし、最序盤から魔法をバンバン撃ってくる敵も出ないでしょう。
このゲームのステータスは個人の健康状態の表示や、装備品の有無に現在有効化されているスキルの種類が確認できる程度で、殆どがマスクデータ化されている。能力値などはその最たる例で、運営曰く「数値で自己の能力を確認するなどリアルさに欠ける」との言により、種族ごとの基礎ステータス以外は基本的に教えられることはない。職業については軽く説明をHPでされただけであるが、能力値上昇とスキルの成功確率に補正がかかるとかなんとか。曖昧にぼかされたような内容に多くのユーザーたちはヤキモキしたが、新にとっては「はい、そうですか」とあっさりとしたものだった。
事実、狂えるβテスター達の努力によって様々な使用解析が行われており、ネット上でもその情報は公開されていたが、いかんせん彼の琴線に触れることはなかった。彼の興味の範疇は海に関連することに注がれており、ある意味で旧態然としたゲームに慣れ親しんできたゲーマー達が見向きもしないような自然現象のリアルさといった要素を熱心に調べていた。
自らの纏った装備品を落ち着かないような動きで眺めながら、腕を振ったり足を上げたりしながら体の調子を見ていく。ゲームの中に入り元々の自分の体とは違うアバターを動かしていることもあり、なんとなく落ち着かない感じを覚える。
ひとしきり動かしていると噴水のある大広場へと到着した。新はそのうち慣れるか、と考えることにして考えを切り替えることにした。
大広場にはPC、NPC含めてたくさんの人が闊歩している。
高尚はここで待ち合わせと言っていたけど、そういやお互いのアバターの顔とか知らないなぁ。メールでも打つか。広場についた、とメールを打てばすぐに返事が来た。
『噴水の前にいる白い鬣のワ-ウルフが俺だ』
その言葉通り噴水の前には白い鬣のワ-ウルフが一人いるのと羽が生えた女性が二人で居るのが見える。新は高尚のプレイヤーネームが分らないのもあって声を出すことが憚られた為にとりあえず近寄ることを選択した。
「お~い。そこのワ-ウルフよ」
と声をかけながら、近づいてみる。すると、二人は案の定、お前誰?といった顔をする。あちゃ~わかんないかなぁ、と頭をポリポリと掻くが、鱗に覆われているせいかつるつると滑ってしまう。このすべすべもなかなかとちょっとテンションが上がりかけたが、その反対に目の前の二人は警戒を強めてしまったようだ。
「ああ、すまないね、高尚。私だよ、新だよ」
そう二人に話しかけると二人はびっくりしたように目を見張る。
「新ぁ!?お前、リザードマンにしたのかよ!?誰だかまったく分んなかったじゃねぇか!!」
「いや済まんね。初めからこれにしようと思ってたんですけどね。思ってたよりリアルすぎてアバター変更が意味を為してないんだ。でも、あれですよ。高尚も大概見分けがつきにくい部類だと思うよ。顔面もふもふなんて私にはレベルが高すぎるよ」
「いや、お前の爬虫類顔に比べたらましだと思う」
そう言ってげんなりとした様子を見せる高尚。とは言ってもワ-ウルフだって大概見分け突きにくい外見していると思うけどな。
そう、ワ-ウルフの顔は狼の顔そのまま。服から除く手もズボンの後ろから飛び出している尻尾ももふもふという二本足で立っている狼といった風情なのだ。しかもやたらリアル。だが、リザードマンに比べたら元の人間の顔が反映されているようで、彼のモテない原因の一つである三白眼がこれでもかと主張して、今にも人を食い殺しそうに見える。こいつ、このゲームで出会いを手に入れてみたいとかほざいていたけどこれじゃ無理かもね。女の子泣きそう。まぁ、もしかしたら万が一にも彼に惚れてくれる女性が居るかも……多分ね。
「お前、今なんか失礼なこと考えてなかったか?」
「いんや、ぜぇんぜぇん」
「………」
「まぁ、そんなことは如何でもいいけどさ。そちらの女性は誰だい。君が女性と一緒にいられるなんてビックイベントを起こしたのなら真っ先に言って欲しかったんだけど、それはとりあえず有り得ないとして僕にその女性を紹介願いたいものなんだよね」
「おいこら」
「気にしない気にしない」
「はぁ、つってもこの子はお前の知り合いだぞ。見てわからんのか?」
「知り合い?」
高尚が見知らぬ?女性と一緒にいるというシチュエーションの有り得なさに一瞬適当なことを言ってしまったが、この女性?いや、私より年下だねぇ。虹がかったような銀髪はともかく、この顔立ちには見覚えが……。知り合い?そう言われるとこの細面の顔の知り合いがいたというかなんというか。というか、あの子はここにはいないはずでは!?
「もしかして有希?」
そう尋ねると目の前の女性いや、少女は呆れたように嘆息しながら顔を上げる。
「いくらなんでも髪色を変えただけで気づかれないとは思っても居ませんでしたよ。兄さん」
一つ年下の我が愛すべき妹である高嶺有希は背中についている薄葉の羽や虹色に煌めく妖精のように可憐な姿では打ち消すことが到底出来ないオーラを纏いながら佇んでいた。
一応書き溜めはありますが、すぐにストックが切れそうな予感。
日刊とか無理なんや…
そしてどうにも主人公のキャラが安定しない。技量不足ですね。