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暗殺者は王女を護る、弑する為に  作者: 藤崎
第三章 花園の一日
13/29

3.死ねない理由、死ぬ理由

「ありえない」


 これなら風邪を引いた方がマシだ。

 湯衣を身につけ、湯気がもうもうと立ちこめる浴場に一歩足を踏み入れても、アールの感想は一片たりとも変化しなかった。


 そんな彼の横を、同じく湯衣を着たシャルロットが通過していく。瑞々しい肢体を包む薄手の白い衣は、彼女の豊かな体の線を強調し、アールから目のやり場を奪ってしまう。


「驚いたでしょう? ここは、ディアマンド山から湧き出る温泉なのよ。だから、寮生はいつでも湯浴みができるのよ」


 そして浴場の中で振り返り、得意げに知識を披露した。

 石造りの浴槽がいくつか設えられた、優に十数人は入れそうな浴場だった。アールも公衆浴場に行ったことは何度もあるが、なんとなくそんな下世話なものとは格が違う気がしていたけれど……。


「俺があり得ないと言ったのは、そこじゃない」

「こら。言葉遣いはちゃんとするようにって言ったでしょう」


 腰に両手を当てた格好で、シャルロットがアールを叱りつける。


「おれ……私が入るのは良いとして、なぜシャルロットさまも一緒に?」

「あら。じゃあ、私はどうすればいいのかしら」

「外で見張りでもしていてください」

「私が? 見張りを?」


 面白い冗談を聞いたと言わんばかりに口に手を当てるが、当然アールは本気だった。


「それはそれで面白そうだけれど、それでは頑張ったあなたのご褒美にならないわ」


 湯気の向こうから、シャルロットが近づいてく。立ち尽くすアールの手を握って、それから今気付いたような風情で確認をする。


「この腕でも、お風呂は大丈夫でしょう?」

「まあ……」


 後で手入れは必要だが、防水という面では問題ない。この辺りは、さすがにゲオルクの仕事と言えた。余計なことをと呪ってみても、八つ当たりにしかならないが。


「私だって、まったく恥ずかしくない訳ではないのよ?」


 そう言ったシャルロットの頬は、赤く上気していた。もちろん、この環境故という可能性はあるが……案外本心なのかも知れなかった。


「だけど、見られても減るようなものじゃないでしょう?」


 確かにそうだが。かといって、こんな無防備な状態を晒す理由にもならない。


「せっかくの機会だから、ね?」


 湯煙越しに上目遣いで哀願するシャルロットの表情は、今まで見たことがないような儚さがあった。王女である以前に、シャルロットは一人の女性であるという当たり前の認識に今更思い至る。女と子供には逆らっても無駄。アールは、自分がいかに弱い立場にいるか。それをしみじみと思い知る。


「……分かりました」


 これ以上の抵抗は良くない。どうせなら、有利な状況で降伏した方が良いだろう。


「その代わり、私にはあまり近づかないようにしてください。自分のことは自分で出来ます」

「そうねえ……」

「迷う所ではないでしょう?」

「その辺は、実際にお風呂に入って確かめてみましょう」


 そういえば、ティアナにも初対面で抱きつかれていたのだった。なぜ女というものは、やたら簡単に近づいてくるのだろうか。心の中のマリーカやミュリエルは、なにも答えてくれない。

 ため息と共に見上げた天井は純白の大理石で、こちらにも答えなどありそうになかった。


「ほら、早く入らないと逆に体が冷めてしまうわよ」


 シャルロットが近づいていることまでは分かっていた。もう一度ため息をついてアールは正面を向き――大量に降り注ぐ湯に視界を奪われた。温泉特有のかすかな刺激臭が鼻孔を貫く。


「がはっ」

「あら?」


 悪戯を仕掛けた方がびっくりしていた。反撃される前にと、シャルロットは自分の体にも湯をかけ、いそいそと浴槽へ入っていく。


「…………」


 アールも無言でそれに続いた。といって、完全に降参したわけでもない。シャルロットを正面から見ないよう横に陣取ったし、距離もしっかり取っていた。


「お湯に漬かるのって、やっぱり気持ちいいわね……」


 石造りの浴槽の中で、シャルロットが大きく伸びをする。胸が大きく反らされ、その一部が湯衣から溢れ出そうになった。


「う。ちょっと油断しすぎたわ」


 慌てて胸元を押さえたシャルロットが横目でアールを見るが、まったく気付いた様子はなかった。というよりは、眼中にないと言った方が正しい。

 今のアールは温かな湯の気持ちよさに弛緩しそうな精神を保つのに必死で、シャルロットなど気にはしていられなかった。


「それはそれで悔しいわね……」

「そろそろ、本題に入っても良いと思うのですが」

「なんのこと?」


 なにを言われているのか分からないとシャルロットが小首を傾げるが、それで騙し通すことは出来ないし、そうする意味もない。


「ちなみに、このウルスラ寮に私の敵はいるのかしら」

「大丈夫です。……一ヶ月後の私以外は」


 今のところ、アールが暗殺者だと目星をつけている生徒は、ウルスラ寮以外の二寮に所属していた。これが、各派の抗争の結果なのか、最低限の安全は保とうという努力の跡なのかは分からないが、まずは満足すべき結果と言えた。


 それなのに、アールがウルスラ寮に配属された理由はよく分からない。単純に、部屋が空いてなかったからではないかと、疑っているぐらいだ。


「重畳だわ。ここなら、秘密の話をするのに最適だとは思わない?」

「ええ。誰か来れば、私が声を上げます」


 密談を盗み聞きされるのもそうだが、アールの正体がばれては事だ。二重三重に、周囲を警戒するのは当然と言えた。


「密談なら、私はこの言葉遣いでいなくとも」

「油断大敵でしょう?」


 絶対に遊ばれている。


 そんな確信を胸に抱きつつも、アールはシャルロットに従った。確かに、こんな状況でもしっかりと対応できればどんな事態になっても動じることはなさそうだ。

 そう自分を誤魔化したアールは、無意味に水面を掻いて波紋を生みながらシャルロットの言葉を待った。


「まずは、そうね。どうして私が死ななくてはいけないのかという話をしましょうか」

「死ななくてはならない? 殺されなくてはではなく?」

「そうよ」


 シャルロットは両手に浴槽の湯をすくい、それを顔に押し当てた。


「ふう……。あなたも知っているでしょうけど、この国は後継者争いの真っ最中よ」

「ほとんどの人間が与り知らないところで」

「公表してしまったら内戦ね。そうなったら、お隣のヴァルダーやカスティーユがこれ幸いと介入してくるのは火を見るよりも明らかだわ」


 故に女王の死は秘匿され、第一王位継承者たるシャルロットは喪に服すことも出来ず、アマーリア女学院に隠遁している。

 そして、すべては闇の中へ隠蔽されるのだ。


「お母様は宰相と歩調を合わせて、農地改革と商業の奨励を行ったの。要するに、貴族たち既得権益者から富を移し、自営農民や商人たちを育てて国の背骨を強くしようとしたのね。お陰で、ヴァルダー帝国に比べて遅れていた工業も徐々に盛んになっていったわ」


 詳細も効果のほどもアールには理解できなかったが、まあ、貴族のためではなく国のために政治を行ったのだろうとは想像できた。


「反対も大きかったのでは?」

「それでも実行したのが、お母様の偉いところなのだけど、改革を完遂することなくお母様は亡くなられたわ。元々ご病気だとは聞いていたけれど……」


 シャルロットは、どんな表情で〝家庭問題〟を語っているのだろうか。ふと気になって横に座る彼女を盗み見るが、濃い湯気に阻まれそれは叶わなかった。


「私のような存在が関係しているかもしれないと……?」

「証拠はないわ。ただ、敵が多かったのは事実ね。第一王女たる私を〝月の巫女〟に擁立することも出来ず、アマーリア女学院へと身分を隠して送らざるを得ない程度には」


 〝月の巫女〟――つまり、女王の後継者を一度定めてしまえば、反対派がどれだけ騒ごうと王位の継承を阻むことは出来ない。それこそ、実力行使でもして実権を握りでもしなくては。だが、そうすれば隣国の介入を招き、政治を動かす前に国が滅んでしまう。


 しかし、これではシャルロットが命を狙われる動機にはなっても、死ななくてはならないと表現する理由にならない。


「今、この国は三つに割れているわ。ひとつは私をお母様の後継者として改革を進めていこうとする宰相派。もうひとつは、オリアーヌ叔母様を旗印とする改革に反対する貴族派。そして、伸張するヴァルダー帝国に対抗することを目的とする騎士派ね。こっちの指導者は私の妹の配偶者である、フェリックス将軍よ」


 いきなり宮廷闘争の話をされてもついて行けない。

 アールはとりあえず、シャルロットの味方と敵その1にその2がいると理解することにした。


「あ、妹と言ってもあなたの事じゃないわよ?」

「結婚した記憶はありません。特に、男とは」

「冗談を笑って受け流せるようになるのが、次の課題ね」

「いいから、話を」

「そうね。でも、少しのぼせてしまいそうだわ」


 シャルロットは湯から出て、側にあるもうひとつの浴槽に向かっていった。そこから手桶で水を汲み、体にかける。


「ふっ、ああ……」


 快感と苦鳴の中間のような声を出し、シャルロットが身震いする。どうやら、あちらには冷水が張られているようだった。


「そうだわ。アールもこちらへいらっしゃい。体を洗ってあげるわ」

「いや……」

「いらっしゃい」


 今日何度目かのため息と共に浴槽を出て、言われるままにシャルロットが待つ洗い場へと歩を進めた。


「そこに座って背中を向けてね。それから、当然、湯衣も上だけ脱いでね。上だけよ?」


 そこまで言うのであれば、止めればいい。

 至極もっともな感想を抱きながらも、アールはシャルロットの指示に従った。服従しているつもりは欠片もないが、逆らうこともまた出来ないのが実にもの悲しい。


「う。なんだか恥ずかしいわね、これ」


 そう言いながらも、手は止めなかった。シャルロットは硬石鹸を泡立たせた海綿で、アールの背中に触れる。


 海綿越しに返ってくる瑞々しい弾力。女のものとは違う、しっかりとした筋肉の感触だ。それでいてほっそりと体は引き締まり、肌もさすがに傷ひとつ無いというわけにはいかなかったが、シャルロットから見ても羨ましい肌理の細かさだった。


「ついつい忘れがちだけど、やっぱり男の子なのね……」

「忘れないで下さい」


 シャルロットの内心の賞賛など、アールの知ったことではない。無防備に背中を晒しているというこの状況が、闇を生きてきた彼にとってはこれ以上ない精神的苦痛を与えているのだから。

 この期に及んでシャルロットに寝首を掻かれるとは露程も思わないが、そういう問題ではない。アールのプライドは、ポケットに入れたビスケットのように粉々だった。


「綺麗な肌ね」

「無傷で殺すか、死ぬかしかありませんから」

「そういう意味ではないのだけど……」

「それで、続きは?」


 アールは砕け散ったプライドをかき集め、なんとか話を本題に戻した。


「忘れてないわよ、もちろん」


 シャルロットがあっさりとその言葉に応じたのは、錬金肢と生身の装着部分の消し得ぬ痕を見てしまったせいかも知れない。


「私を今すぐ殺したいと願っているのは、オリアーヌ叔母様の貴族派ね。一度私に女王位が移ると、王位継承順が下がってしまうから」


 そうなると、あの日の夜に行動したデレクは貴族派に雇われた暗殺者ということになるようだ。逆に言えば、アールは騎士派の依頼を受けているという図式が浮かび上がる。


「今、セーラが考えている通りよ。妹――リゼットは降嫁して王室から抜けているから現時点ではオリアーヌ叔母様には敵わないけれど、私が女王位を継承してから死ねば逆転するわ」


 それで、すぐには殺さず、〝太陽の婚姻〟を終えてから殺せという注文が出たわけだ。

 なるほどとアールは納得する。


 事前にこんな話を聞かされていたら、逆に混乱していただろう。駒である自分は、やるべき事だけを知っていればそれで良い。

 一方、シャルロットがこんな話をした理由も分かる。アールに、駒以上の働きを求めているのだ。不測の事態が起こったときに、少しでも自分に有利な未来が訪れるよう。


 その期待に応えたわけではないが、アールは自分なりに思考を働かせ結論を出した。


「レティシア……さまは、騎士派にこの国の舵取りを任されると?」

「全面的にでは、ないけれどね」


 背中だけでは飽きてきたのか、海綿を肩から首に移動させながら応える。


「叔母様たち貴族派に先はないわ。一時的に時計の針が戻っても、大きな悲劇を生むだけ」


 改革というものは、長い目で見ればそういうものなのだろう。せっかく力を手に入れた中産階級が黙っているはずもない。


「お母様の改革は、国を強くするためのもの。それは、軍隊を強くするのと同じ。だから、私が死んでリゼットが即位すれば、宰相とフェリックスの間でなんらかの妥協が成立すると見て間違いないわ」


 シャルロットの言い分は分かる。しかし、それとは別に解せないことがあった。


「それなら、自分で時間を進めればいいのでは」


 シャルロットが女王位を継げば問題はなくなるはずだ。まあ、たとえそれが事実であっても、アールは彼女を殺すことに躊躇いはないが。


「理想はその通りよ。だけど、今の私では役者不足だわ。お母様だからこそ抑えられていた反改革は息を吹き返し、アリア教国の援助を受ける騎士派の暴発を防ぐことはできないでしょうね」


 そうなったらこの国は終わりよ。そう付け加えた彼女の声に震えはなかったが、どんな表情で語っているのか。なぜか、アールはそれが気がかりだった。もしかしたら、このもうもうと立ちこめる蒸気で頭がボーッとしているのかも知れなかった。


 浴場に沈黙が訪れ、湯をかけ流す音だけが鳴り響く。


「…………」

「どう?」

「どうとは?」

「洗う力が強いとか弱いとか、感想を聞きたいのだけど」


 話が唐突に変わったせいで、ついつい正直に応えてしまう。


「もっと強くして構わない……です」

「分かったわ」


 アールのリクエストに応え、シャルロットは海綿を持つ手に力を加える。先ほどまでに比べて洗われているという実感が増し、徐々に気持ちよくなっていった……が、今はそんな場合ではない。


「貴族派に任せるわけにはいかないから、すぐには死ねない。自らが国を継いでも運営できないから、生き残るわけにもいかない」

「そういうことね」


 背後から響く、軽い肯定。アールが及びも付かないほど熟慮を加えた末の結論なのだろう。それを否定する気はなかったが、どこか釈然としないものがあった。

 そんな違和感を置き去りにして、シャルロットはさらに続ける。


「それにね、女王が薨去したらその名を冠した福祉院を建てるという習慣があるのよ。どんなに在位期間が短くても、ね」


 背中の泡を湯で洗い流しながら、シャルロットが今までで一番明るい声で言う。


「私が女王になってから死ぬことで、誰かが救われるのよ。素敵でしょう?」


 その言葉で違和感が最大になり、アールは思わず口を開いていた。


「必ずしも死ぬ必要はないのでは? 誰かに譲位するという手段は?」

「それを考えないと思って?」


 言われて気づく。これは最大の悪手だ。

 騎士派に譲位など、シャルロットの支持勢力が許しはしないだろう。そうなれば、徒に内乱を誘発するだけだ。


 国を守るため、彼女は死ぬしかない。


「短絡的な結論だと思う?」

「いや……分からない」


 アールは自分の言葉で正直に答える。同時に、正誤は分からないが、なにか答えなくてはならないとも感じていた。


「俺は今まで数え切れないほどの命を奪ってきた」


 途中まではカウントしていたはずだが、それをいくつで止めてしまったかも覚えてはいない。


「その中でも、自ら死を望む人間を殺すのは初めてだ」

「それは……そうなのでしょうね」


 背後から、シャルロットが苦笑する気配が伝わってくる。彼女とて、出来ることなら生きていたいだろうが状況が許さない。それが分かっているからこその苦笑だった。


「人は死を忌避する。それは、死が無であることを知っているからだ。死して墓碑は残る。だが、それだけ。いずれ人の記憶から消え失せ口の端に上ることもなくなり、業績は散逸する」


 それ故、人が誰かを殺すときには、アールたち暗殺者の出番となる。人は自ら死を望まない。人を殺したいと思う人間も、好んで近づきたくはない。

 罪になるから、応報されるかも知れないからという社会的な抑制以前の本能的な忌避感だ。


「もしかしたらその結論は、簡単に諦めるなとか、もっと他に方法があるはずだとか、命を捨てるなとか色々と言われるかもしれない」


 というよりは、確実に言われることだろう。だが、アールは。アールだけは見解を異にしていた。


「俺は人よりも死を知っている。死は醜く、そこに生前の行いも魂の有様などなんの関係もない。ただの現象であり結果に過ぎない」


 だからこそ、心教は死を旅立ちと規定した。決して、恐れるべきものではないと。


「人は死を避ける。しかし、シャルロット。お前はそれに立ち向かおうとした」

 それだけで充分称賛に値するとアールは本気で思っていた。


「俺には、その決断が正しいのか分からない。本当に他に道はないのか、それも思いつかない。だが、お前のその決断を俺は絶対に否定しない」


 思えば、自らの命を狙うアールを側に置くというその決意と覚悟は敬意を表してしかるべきものではなかったか。


「俺は、お前を〝太陽の婚姻〟まで守る。その後、殺す」


 これは揺るがない、絶対だ。


「だから、シャルロット・ベランジュール・ソルレアン」

「アール……?」

「その日が来るまで、お前は自分らしく生き続けるといい」

「それは、未練がないように?」

「いいや」


 否定の言葉と共に頭を振ると、周囲にお湯が飛び散った。


「誰にも、その想いを否定されないように」


 そして。


「否定されても、胸を張って死んでいけるように」


 その言葉を最後に、沈黙が場を支配する。

 シャルロットがどんな顔をしているのか、どんな感情を抱いているのか。それを確認することなど出来なかったが、アールは流れ落ちる湯の音にだけ意識を集中させながら、心底後悔していた。


 なんて偉そうな。

 なんて偽善的な。


 言わなければ良かった。時間を巻き戻したい。出来れば、ここに来る前まで。


 もう出よう。シャルロットになんと言われようと。そう決心したアールの背に、柔らかなものが押しつけられる。それがなにか理解した瞬間、アールの体も心も動きを停止した。

 背後からアールに抱きついたシャルロットが、彼の耳元でそっと呟く。


「そんな風に言ってもらえるだなんて思わなかったわ」

「他人事だからな」

「だけど、それがあなたなのね」


 アールの強がり(事実でもあるが)を笑って受け流したシャルロットだったが、次に発した言葉には真剣味があった。


「たぶん、私の決断は私を応援する人を悲しませ、失望させるものだわ。それでも、たった一人でも味方がいるのなら、きっと大丈夫だわ」


 アールの言葉は、誰とも秘密を共有できずに過ごしてきたシャルロットの心に、確かに響いていた。

「妹に心配されるだなんて、主席生徒(ル・メイユール)失格ね」

「心配などして……いない」


 シャルロットの体に包まれているのは、温泉に漬かるよりも何倍も快い。熱い吐息が耳朶をくすぐり、相手の心臓の音まで伝わってくる。


「ありがとう、アール」


 それに返答できる言葉を、アールは持っていない。だから、ただ、為すがままになっていた。ずっと。ずっと……。

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