ウォーターブルー
何でも許せる方向け
淡い、
*
「せーんぱいっ、」
ぎゅう、と、大好きな先輩に背中から抱きつく。
太陽も山の向こうに沈んでしまったこの時間、校内にはもう、私たち二人以外の生徒は残っていない。
「ん、なんだ」
「……べっつにーい」
先輩は、抱きつかれていることには触れてこない。きっと慣れすぎたのだろう、ほぼ女の楽園と言っても過言ではない吹奏楽部では、女の子同士のふれあいなんてザラにあるから。
でも、先輩は、先輩だけは、特別なんだけどなあ。
「もーちょっと、意識してくれないかなあ、って」
「それはつまり、お前に欲情しろと?」
「いっ、いやいや、欲情まではいいですっ」
どきっとしたので、心臓に悪い、と思い離れた。全くもって油断ならない先輩だ。私がそれを口に出して言うと、お前が無防備すぎるんだ、と言い返された。少しは女の自覚を持て、とも。
「おら、鍵、閉めるぞ。出ろ」
「……でも」
今日が、先輩たちにとって最後の部活だった。
簡単にお別れ会もして、ちゃんと、笑顔でさよならを言った。
でも、
ここを出てしまうと、ほんとうに全て、先輩との繋がりが切れてしまいそうで、
急に、怖くなった。
「……せんぱい」
「…………なにか、言いたいことがあるのか」
好きです。
そう、言おうとして、喉元でつかえる。
拒絶されたらと思うと、どうしても駄目だった。
やっぱりいいです。そう言って、小走りで音楽室を出る。扉が閉まる。鍵を、先輩がかける。
帰るぞ、と、先輩の低めの声が、耳をくすぐった。
だから、言葉に託そう。そう、思いついた。
これは完全に知識の問題。伝わらなくても構わない。だから、どうか、
この恋を許してください。
ゆっくりと、暗い廊下を並んで歩く。ここは三階で、鍵を戻す職員室まではまだ時間がある。窓を見れば星どころか月さえ見えない、厚い雲が覆っていた。それでもいいか、と覚悟を決める。
「ねえ、先輩」
「ん、なんだ」
「月が、綺麗ですね」
「月なんかねぇだろ、あほ。こんな曇り空で」
「……で、ですよね」
私は、あはは、と笑い飛ばしてうつむいた。そう、これが普通。いかにも理系な先輩が、あの有名な文豪の言葉なんて知っているわけがない。
顔を伏せたまま、何も話さないまま、ついに一階についてしまう。
先輩と共に居られる時間も、残りわずか。
「……ほんと、あほだろ」
やっと聞こえるほどの声で、先輩が呟く。
「だから、すみませんってー」
「そうじゃなくでだなあ、……あーもう!」
先輩が、急ぎ足になる。私が追いかける。自然、視線が上がる。そして、職員室の前で、立ち止まった。
「あたし、死んでもいいわ」
振り返ってひとこと、私に投げかける。
そうして彼女は、失礼しまっす、といつもより声を張り上げると、職員室へ消えていった。
先輩の真っ赤な顔を見てしまい、更に鼓動が早くなった私を残して。
(それは、どこまでも透明な)
ご覧のとおりでございます。最後にとっておきたかったので、非表示とさせていただきました。すみません。