ツバメの少女
「よっこいしょ」
そんな声をあげて、乗り合い馬車から荷物がひとりでにおりてきた。
いや、良く見ると違う。荷物には二本の脚があった。そう話すと、荷物に足が生えて自動的に運ばれてくれるのか、便利な時代が来たもんだとボケたおじいちゃんが言うかもしれない。
でもそんな便利な時代がくるのは、きっとまだ先、もしくは一生来ないだろう。だって不気味すぎるので、サービス業に向かない。
なんのことはない。正面を回ってみればわかる。荷物と同じくらいの大きさの少女が、少女と同じくらいの大きさの荷物を背負っていたのだ。
「ふう、ようやくついたわね」
少女はその荷物を、街まで運んでいる途中だった。
ツバメの羽みたいに、藍色の鮮やかな髪を持つ少女。彼女は商人のはしくれだった。はしくれといっても、本当にはしっこのすみっこ。自分の店なんて持っておらず、下働きで資金を溜め、ようやく街を渡り歩く露商としてデビューしたころだった。
彼女の背負う大荷物は古小麦。普段は二束三文でも売れないゴミ商品、だが、ここ半年以上もの日照りが続き、古小麦は需要の高い商品へと変貌した。
過去何年かの天気の情報や、日照りに関する予想をかきあつめ、長い日照りを予想し、下働きで稼いだ資金の大半を投じ古小麦を買い集めた少女は、それを都の市に売りに行くところだった。
同じように情報に聡く買い集めた敏腕な商人たち、さらには遅れてから慌てて買い集める間抜けどもたち、そんな商人たちの買占めで都の古小麦の相場は四十倍近く跳ね上がっていた。
あとは古小麦を求める人間たちに売り付ければ、元手の何倍もの大儲けである。
そのためにいつでもどこまででも70ルピー、ただし乗り心地は最悪、という乗り合い馬車に五日も揺られて都の鼻先までやってきたのだ。
「ふっふっふ、チャンスは目の前よ。都会の人間どもから、がっぽがっぽお金を絞り上げてやる」
少女はほくそ笑む。
商売とは投資と回収。元手を使い利益を得、さらにそれを元手にしてより大きな利益を得るのだ。
元手は大きければ大きいほど儲ける額は大きくなる。下働きで稼げる金なんて、一生分でもたかが知れてる。しかし、今回でそれを数倍に増やせれば、他の商人たちと同じラインに立てる資金が手に入るはずだった。
いわば、商人として独立のチャンスである。
この日のために、毎日天気のデーターを付け、古書店で店主に文句を言われながらも立ち読みし天候の知識を仕入れ、そして今、値上があがる前に古小麦を確保してみせた。
これは自分の力で得たチャンスである。そしてあとはこれを都で売るだけで、自分の商人としての道が開けるのだ。
買い集めた古小麦は彼女には重い荷物だった。
荷物が足を生やして歩いてるように見えるせいで、道を歩く人たちが怪訝そうな表情をしている。
でも、アドレナリン全開の彼女は、それを堂々と背負うと都の城門へと足を進めるのだった。