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白 桃   作者: 藍月 綾音
桃 25歳 ⅩⅣ
73/79

本日二話同時投稿です。お気をつけ下さい。

ぶるりと肌寒さに体が震えて、そっと目を開けた。まだ見知らぬ部屋の中で、そうかと思った瞬間目の前が滲み始めた。

冬馬と一緒にご飯を食べる夢を見ていた。私が作るものを美味しそうに、幸せそうに食べてくれる。昔からどんなに私が不味いものを作っても、美味しそうに食べてくれた。

冬馬の事を一生懸命考えながら、作ったものを食べてくれて、命の糧にしてくれる。そこに堪らない幸せがあった。

きっと心配している。私がこんな形でいなくなったら、冬馬は死に物狂いで探してくれるに違いない。


青山さんのこと、私だと信じないといいなぁ。

信じたら絶対に許さないんだから。

まぁ、無事に帰れたらの話なんだけど。


涙を拭おうと、なにかないかと起き上がるとスット目の前にティッシュの箱が差し出された。


「ありがとう」


御礼を言って、何枚か頂く。涙を拭いて、ついでに鼻をかんで…………ってあれ?


バッと差し出された方をみると、健吾さんが眉尻を下げて私を見ていた。


気配が全然なかったんですけど!


どこから持ってきたのか、背もたれを前に椅子に跨ぐように腰かけている。


「…‥……あの、なにをしているんですか?」


なんとなく答えはわかるんだけど。


「君を、見ていた」


だよね、ですよね、ストーカーだもんね。

見つめるの得意よね!


そうは思っても、身の置き所に困るような熱の籠った視線に困ってしまう。

この人の目の前で、無防備に爆睡してしまって、私、よく無事だったと思わずにはいられない色がついている視線だから。


「大丈夫、なにも、しない。見てるだけで、後は妄想で、幸せだから」


妄想!!妄想って!妄想??

そんな熱の籠った視線でなにを想像してるのよ!やーめーてー!!


ひくりと片頬がひきつるのを感じながら、いや、どんな妄想かも気になるんだけどさ。やっぱりちゃんと話を聞かないと。


「あの、私はいつ帰してもらえるんでしようか?」


すると、みるみる悲しそうな顔になると、しゅんっと項垂れてしまった。


「姉が、失敗、したら。大丈夫、すぐな、はず」


そうして、健吾さんはとつとつと青山さんの話をし始めた。

要約すると、青山さんが旦那さんと結婚して七年目の時に旦那さんが浮気相手との間に子供を授かってしまったらしい。

それで離婚の話がでたんだけど、青山さんが判子を押さなかったんだって。

子供が中々授からなくて、悩んで不妊治療をしようかという頃の話だったから余計に神経を逆撫でされたんだろうと健吾さんは言った。

それから、家の中で夫婦や恋人同士の悪口をまるで呪詛のにように繰返しはじめて、そんな矢先に私達が越してきてしまったというわけだ。

仲が良さそうな私と拓海が嫌で、ずっとイライラしてた時に私が尋ねてしまった子供と旦那さんの話が決定的になって嫌がらせを始めたんだって。

なにか弱みがないかと探る為に、ごみ袋を漁ったりしていて、それがエスカレートして生ゴミを家の前にばら蒔くということになったと。

挙げ句に引っ越してしまったら、私になるんだと計画をたてはじめてしまった。

健吾さんが止めても、聞かなくてとうとう整形までしてしまったんだって。

それにしたって、ここに住んでた三年間ずっと私のことが気にくわなかったなんて信じたくない事だった。

青山さんにしてみれば、私が子供の話をしたから嫌だったんだろうけど。

世間話のつもりだっただけに、少し恐い気もする。

青山さんを傷つけるつもりは欠片もなかった。

まぁ、ぶっちゃけ、よく二年以上行動に移さなかったよなとは思うけど。


「姉は、少し、思い込みが、激しい。そして、自分で、失敗、しないと、納得しない。逮捕されるならば、そのほうが、いい」


・・・・・・・って、実の姉にむかってそんな事を言って健吾さんは口を閉じた。


「あっでも、ゆいちゃんの事はどうやって?」


素朴な疑問に、健吾さんは体をビクッと揺らすと、視線を私から斜め下の床に移した。

そうして、いいにくそうに、口を開いた。


「君の、事なら、なんでも、知りたくて・・・・・・・」


・・・・・・・・・・健吾さんが調べたと。って、わざわざ私の実家近くまで行ったって事??!!


「・・・・・それは、本当に、すまない。姉が、勝手に俺の、ノートを見てしまって」


つけてるのね。記録してるのねっ!!


「それ、捨ててくださいって言ったら捨ててもらえるのでしょうか」


意外にも健吾さんはすぐに首を縦に振る。駄目って言われるかと思ったのに。なのに、健吾さんは涙がでそうな事を自慢げに呟いた。


「もう、全部、頭の中に、はいっているから」


・・・・・・・・本当に、自慢げにいうトコじゃないよそれっ!!

なに俺、記憶力ありますからみたいな!!頬染めて言ってるんだっ!!


ほとほと呆れ果てて、健吾さんを見る。

ストーカーっていう人種は微妙に冬馬を思い出すっていうか、この変に純朴そうなトコが憎めないっつーか。

でもなぁ、やってる事がなぁ。ちょっと笑い話じゃ済まないんだよねぇ。


「私、健吾さんとお話した事ないような気がするんですけど?」


そもそも、好かれる理由が分からない。


「ここに、越してきて、すぐ、俺に、ケーキくれた」


・・・・・・・ケーキ?あったっけ?そんな事。


「俺に、笑いかけて、くれて、俺、幸せな、気分になった」


・・・・・・・・ごめんなさい。全然意味が分かりません。

だれか日本語に訳してください。

笑いかけるって、そりゃ、おとなりさんにお裾分け持っててたら、そんな不機嫌な顔しないでしょうに。

てか、それだけ?!それだけなの?!


「俺、女の人、恐い。でも、貴方は恐く、ない」


日本全国、恐くない女の人はいくらでもいます。

貴方の認識間違ってます。


「貴方の、笑顔。鐘が鳴る」


・・・・・・・リーンゴーンってやつですかね?あの、教会で結婚式とかで鳴らすやつ?!


「貴方、俺の、運命の人」


・・・・気持悪いとか、思っちゃ駄目?ねぇ、マジで意味がわからないんですけど。いや、理解したくないって奴かな。


「だから、大丈夫。俺、今幸せだから」


引きつった私の顔を見て、眉をだらんと下げる。

だいたい、髭が邪魔なんだよね。威圧感あるし。この、伸び放題で、お手入れしてなさそうな感じがあんまり清潔に見えないし。痩せた熊みたいだもの。


「俺、貴方見てるだけ。それで、幸せ」


・・・・・妄想で生きてるんだもんね。でも、事細かに調べる奴は見てるだけって言わないんだけど。


「あまりこそこそ根堀葉堀、調べられるのは良い気持がしません」


思い切ってそういうと、健吾さんの肩が一気に落ちた。


「俺、いつも、気味悪い、言われる」


「そりゃぁ、そんな顔中髭だらけじゃ当たり前ですよ」


表情が伝わり難いし、熊みたいだし。

さらに、肩をおとして、力のない声で呟かれる。


「貴方も?」


「私?私は、んーそうですねぇ、あまりも伸ばしすぎるのは・・・・・・」


と言いかけた途端に、健吾さんが勢いよく顔を上げて立ち上がり急いで、部屋を出ていく。


・・・・・まさか。

まさかね?んなわけないよね?


閉まった扉の向こうから小さく、痛っ!とか、うぉっとか聞こえてくる。


なにそれっ!私の一言で?嘘でしょ?


まだ私最後まで言ってないし。あんまり伸ばしすぎるのはどうかと思うけど、別に嫌いじゃないですよ、って言おうと思ったのに。

てか、慌てて出て行っても鍵かけるのを忘れないあたりに、見た目通りじゃない何かを感じるんだよなぁ。

なんだかスッキリしない。


健吾さんの行動に、違和感を感じる。だって、別に青山さんが失敗したって分かればいいんであれば、私を逃してくれるのが一番じゃないか。

そうしたら、すぐに失敗だってことになるもの。


しばらく、ドッタンバッタン大きな音が続いたかと思うと、バタバタと大きな足音が近づいてきて、扉が勢いよく開けられた。

肩で大きく息をしている、健吾さんを見て、私は一瞬目を疑い、その次に堪えきれなくなってお腹を抱えて笑い出してしまった。

よっぽど急いだのか、髭がところどころ残っている。それにさっきまで黒のジャージを着ていたのに、なぜか、スーツに着替えていた。

髭がなくなったら驚くほど若い。青山さんの弟だと聞いていたから、てっきり三十代後半から四十代前半だと思っていたのに、どう見ても二十代の若い男の人だった。

その上、どちらかというと普通に格好いいし。何をそんなに気味悪がられたんだ?

そう、どちらかというと整った顔立ちをしている。鼻筋も通っているし、眉も少しつり気味で男らしいカーブを描いている。

ちょっとタレ気味の目じりと丁度いいバランスだった。


「やっぱり、おかしいか?」


つりあがりぎみの眉を思いっきり下げてうなだれる姿はもう、犬そのもので、余計におかしくなってしまう。

まさか、私の一言で髭を剃るだなんで思いもしなかったから。


「ちが、ちがいます。おかしいのは、キチンと剃れていないからですよ。それに、頬が切れてます」


あちこち滑ったのか、細かい切り傷があり、うっすらと血が滲んでいた。


「あぁ、ひさしぶりに、剃刀もったから。上手く、使えなかった」


ホッとしたように、息を大きく吐いている。行動一つ一つを見逃さないように、注意深く見ているのに、まだ、健吾さんという人の全体がよく見えて来なかった。


「じゃぁ、ゆっくり剃ってきてください。まだ結構、剃り残しがあります。笑ってしまいますから。もし、またこの部屋にくるのならば、傷薬もってきて下さいね」


健吾さんはしっかり頷くと部屋を出て行く。


それを見送ってから、私は大きく息を吐き出した。


◇◇◇◆◆◇◇◇◆◆◇◇◇


「痛い」


顔を真っ赤に染めて、健吾さんは呟く。


「染みますか?まぁ、仕方ないですね。ばい菌が入るよりましですから」


私は、健吾さんの頬に薬を塗っていた。


この人、とんでもない不器用さなんだよ。

見るに見かねてってやつだ。

この人に見られてることを全然気付かない私もどうかしている。

だって、この人すっごいドジだよ?きっとガッシャンガッシャン物音立てるタイプだよ。

私、冬馬の時も気付かなかったもんなぁ。視線に鈍感なのかな。


「はい、終りです。気をつけて下さいね」


そう言って、塗り薬の蓋を閉めてから健吾さんに差し出した。

だけど、健吾さんはジッと塗り薬を見て動かない。

不思議に思ってもう一度差し出すと、震える手が薬を取ろうとさしだされて、アッと思った時には大きな手が私の手首を掴んでいた。


・・・・・・あれ?親切心が余計な事だったりなんかしちゃったりして。

なんて、のんびり考えている状態じゃない気がするんだけど。


「あの、健吾さん?」


何も言わずに私の手首を握っている健吾さんに思わず声をかける。


さっきなにもしないって言ったよね?

いやな緊張が体中を走り抜けていった。


大きな手が震えている。

無言の健吾さん。

ドレくらいそうしていたか分からない。

ふいに、健吾さんが何かを呟いた。


「妄想が・・・・・・・。止まらない」


「は?」


何が?止まらないって、言った?


「貴方が、目の前にいる」


監禁されてるからねって突っ込んでる場合じゃない。

苦しそうに、紡がれる言葉に危険信号が点滅し始める。


どうしよう。


「御願いが・・・・・あるのだが」


ちょっと興奮してきてしまたのか健吾さんの様子が明らかにおかしい。

顔どころか耳や首まで真っ赤だし、息遣いが荒くなってきている。手首を握った手に一段と力がはいっていて少し痛い。加減という言葉をしらないんだろうか。


なに?キスさせろとか、抱きついていいかとか??

ちょっと、勘弁してよ。


きらきらどころか、ギラギラと光る目を見てゴクリとつばを飲み込んだ。


いや、落ち着け私。あくまでも御願いって言ったんだから。強制じゃないんだよ。

この状況で断わったらどうなるんだとか考えたら駄目だ!!だいたい、髭剃ってきちゃって、スーツ着てる時点でちょっと変な人からかなり変な人になってしまっている。

いや、ストーカーがなんだから元々変な人か。今のところおとなしいけど。

これでいきなり野獣に変身とかないないない。・・・・・ないと信じたい。

キスとかあり得ないからっ!

でも、あまり刺激しちゃ駄目だよね。すっごい興奮しるもんよ。


「あの、叶えられる程度のものなら」


恐る恐るそういうと、健吾さんは初めて早口で繋がった言葉を紡ぎだした。


読んで頂きありがとうございます。

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