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白 桃   作者: 藍月 綾音
桃 25歳 ⅩⅢ
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2

どこからか、聞き覚えのあるピアノの音色が聞こえてくる。

以前聞いたときよりも格段に上達している音色はけれど、以前と同じ和音で崩れ演奏が止まる。

いまではもう懐かしいと思えるほど、以前によく聞いていた音色だった。


私はうっすらと目を開ける。

見覚えのない室内に、眉を潜めた。


どうしたんだっけ?確か、拓海と冬馬と別れた後に誰かに口元を押さえられてそれで急に意識が遠のいたんだ。

それで、いまの状況になるのかな?

ガンガンと頭のなかで鐘がなり響いているように定期的な鈍痛に襲われていた。

一体なにがどうなってこんな状況に。異臭に鼻が曲がりそうになる。なんの臭いだと辺りを見回せば自分がゴミ袋の上に横たわっていることに気づく。

痛む頭を抱えながら辺りを見回せば、大量のごみ袋が部屋中に敷き詰められていて、家具も床も見えていない。

このごみ袋の中のどれかがこの臭いを撒き散らしているんだろう。


それにしても汚い。

六畳ほどと思われる部屋には生活の臭いがなかった。

日が変わっているのか、閉められた雨戸の隙間から柔らかい陽の光がさしこんで来ている。

ただ、その窓は異常としか言いようがなかった。カーテンがかけられていない普通のサッシ窓にはこれでもかと窓を埋め尽くす有刺鉄線が見えていた。

その向こうは雨戸がきっちり閉められている。

閉じ込められ、自分を逃がす気がない強力な意思の力が感じられた。

ゆっくりと体を起こして、見るとガサリと案外大きなビニールが擦れる音がする。

そうして、体を起こして暗い部屋のなかを見渡せば、さらに異様なものを見つけ背筋が寒くなる。

勝手に震え始めた体を止めるように腕を抱えるけれど、それが消えてなくるわけでもない。

私は壁一面に広がるそれを暗い部屋のなかでも視認できた自分に嫌気がさした。

壁には一面に写真が張り付けてある。

大量の写真はどれも隠し撮りだとわかるアングルばかりだ。

それは、私の写真ばかりだった。

いつのまにこんなに沢山撮られていたたんだ。着ている洋服や、髪型で古くて三年前ぐらい前の写真があると思う。

床にはごみ袋が散乱しているのに、壁に貼られた写真は定規で計られたかのようきっちりと壁一面に貼り付けてある。そこがまた怖い。

私は恐怖で滲んできた脂汗をそっと片手拭う。拘束されていないのは逃げられる心配がないと言うことだろうか。

異様に心臓の音が耳に鳴り響いて、ここは、とてつもなく危険だと本能が訴えていた。

相手の目的は分からない。けれど、まともじゃない事はすぐに理解できた。


そっとお腹に手を当てる。

大丈夫、一人じゃない。

それに私がいなくなれば、きっと冬馬が探してくれる。

そう、迎えにきてくれるはずだ。

大丈夫、二人でちょっとだけ頑張ろうとお腹に声をかける。


その時足音が近づいて来る。

さっと横たわり、私は目を閉じた。

足音は男性の物のような気がする。

ピタと部屋の前で止まる。ガチャリと鍵を回す音が聞こえドアが開く気配がする。

扉の向こうから明るい光がさしこんできて瞳の裏が緑色に染まった。

パタンと扉が閉じ、ガサリと大きくビニールが音をたてる。

誰かが近づいてきていた。

その人物は器用にゴミ袋の上を歩き、すぐに私のそばへと辿り着いた。


私が起きていることに気づきませんように。そう祈りながら気を失ったふりをしていた。

しばらくじっと見つめられているような視線を感じる。

怖くて叫びたい衝動を必死で押さえた。

ぽつりとその人物が呟く。


「………………ごめんな」


確かにそう聞こえた。低くて若い男の声だけれど、聞き覚えはなかった。

すぐに身動きする気配がすると同時に頬をスッと手のひらが撫でていく。

まるで、壊れ物を扱うようなその感触とこの人物が発する空気がとても柔らかくで、犯罪を犯すような人物とは思えなかった。

カシャンと食器がぶつかる音がして、頭上のごみ袋が少し沈む。

なにかが置かれたのだ。

もう一度頬を撫でてから、部屋を出ていく気配を感じそっと薄目を開ける。

ガリガリと言ってよいほど細い体が目にはいる。短い黒髪と妙に長い首が印象に残った。

黒いスエットを着ているけれど、暗い室内でそれ以上のことは読み取れなかった。

また扉が開き、男が身を滑らすように外に出る。扉をくぐるように出ていく動作からかなりの長身なのだとみてとれた。

バタンという音ともに、先程までの暗さに戻る。

緊張を解くと同時に我慢していた震えが全身を震わせた。

震えながら頭上を見ると、お盆が置いてあり申し訳なさそうにお皿にのった市販のメロンパンとコップ。水の ペットボトルが並んでいた。

餓死させる気と、当面殺されることはなさそうだと判断する。

ただ、この異様な臭いのなかで食事ができるかと言うと話は別だ。

これは、自分で餓死を選ぶかもしれない。

鼻をひくつかせながら、私は大きくため息をついた。


◇◇◇◆◆◇◇◇◆◆◇◇◇


ガシャンと大きな音で目を覚ましてガバリと起き上がった。

高音のキィキィするような女の声が扉のも向こうから聞こえてくる。

さっきの男と口論しているようだけど、何を言っているかまでは判別できなかった。

薬が変な風に効いているのかそれとも、妊婦だからかやたらと眠気に襲われる。

この状況下で眠れる自分に拍手を送りたい。まぁ、なんにもすることがないっていうのもあるんだけどさ。

ひときわ大きな女性の声が響き渡り、私は肩をすくませた。

ガラガラとなにかが崩れるような音とともにバタバタと大きいな足音が二つこちらに向かってくる。

苛立つようにノブを回す音が聞こえ、鍵を開けるとすぐに大きく扉が開かれた。

暗いところにいるせいか、眩しい光の中にたつ人影の姿はよく見えなかった。


「あら、目が覚めたの?」


冷たい響きの凍るようなその声に私は聞き覚えがある。

助けにきてくれたのかと思い、すぐに違うと本能的に思う。

しばらく会っていないその人がここにいる事がおかしいじゃないか。

唐突に先ほどのピアノの音色を思い出した。いやに聞き覚えがあるはずだ。

自分のいる場所の見当がつき、相手を見つめる。


「ねぇ、気分はどう?見てよ私。桃ちゃんになれると思わない?」


パチンと音がして照明が点けられる。

なんだ。電気あるのかとのんびり思いながら相手を見るとソコには私が立っていた。


「ねぇ、一重を二重にして皺をとるだけで私達こんなにそっくりになるのよ」


私の顔で話す彼女の声は間違いなく、青山さんだ。

背格好は似ていると思ってたけど、まさか顔まで似ているとは思いもしなかった。


そう、あのピアノの音色は拓海と住んでいたアパートの向いの一軒屋のお嬢さんが練習している曲だった。

ここは、隣の青山さんの部屋で間違いない。

青山さんがどうしてこんな事を。


「本当に桃ちゃんは凄いわよね?拓海さんと別れたと思ったら社長と結婚だもの。でも、ちょっと運が良過ぎると思わない?」


運?運って、一体なにを言っているんだこの人は。


「私考えたのよ。こんなにそっくりなんですもの。私が桃ちゃんとしてその運を上手に使ってあげるわ」


爛々と輝きだしたその瞳に全身に鳥肌がたった。

言葉では形容しがたい彼女の瞳の輝きはまともとは言いがたかった。

ゾワゾワと得たいの知れない物と対峙しているような感覚に襲われる。


「大丈夫よ。私声色も得意なの。桃ちゃんになれるわ。心配しないで、あなたの旦那さん。えぇと、風間 冬馬社長?彼とは綺麗に離婚して拓海さんとよりを戻してあげるから」


拓海とよりをって、まさかとは思うけど。拓海の事好きとか・・・・・。イヤイヤどんだけ年下なのよ。

てか、旦那さんいたよね??あれ?さっきのが旦那さんか?

一、二度ぐらいしか挨拶をした事のない旦那さんの顔が記憶になかった。


「なぁに、その顔。桃ちゃん自分の立場分かってるのかしら?随分と落ち着いているみたいだけれど?」


ニヤリと笑う青山さんの表情にさらにゾクリと悪寒がする。

なんだろう、悪意の塊?

けれど、負けるわけにはいかない。


「桃ちゃんはねぇー。ずっとここで私として暮らすのよ。食事の世話は健吾がしてくれるわ。トイレにも連れて行ってくれる。逃げる事なんかもう出来ないわよ」


健吾という人がさっきの男の人だと思う。


「殺しはしないのね?人一人隠すって結構大変だよおもうけど?」


震える声でそういうと、青山さんはニタリと笑う。

正真正銘どこかにいっちゃっているその表情に、私はこんな表情しませんようにとずれた考えが頭をよぎった。


「あらぁ、あたりまえじゃない。私犯罪者じゃないのよ?ただ、桃ちゃんの人生を丸ごと貰うだけ。桃ちゃんを殺したら青山 広美がいなくなっちゃうもの」


今度は恍惚とした表情になる。


「私、ずっと思ってたの。私のほうがずっとずっと、拓海さんのこと好きだと思うわ。それに桃ちゃんよりずっと拓海さんの事分かっているもの。だけど何度も誘ったけれど見向きもされなかった」


いやだから、いくらなんでも年が離れすぎだって。

さすがの拓海でも、自分と20歳以上離れていて、しかも隣人に手はださないだろう。

出したら大騒ぎになるの分かるだろうし。

・・・・・・・・・隣人じゃなかったらふらふらと行ってたかもしれないけどね。あの人の守備範囲広すぎるから。


「でも桃ちゃんになれれば別よ。私は拓海さんの事を愛してるもの。桃ちゃんよりずっとずっと愛せてるもの。きっと心を許してくれるわ。私の愛で拓海さんを包んであげられる」


・・・・・・・・・愛。

・・・・・・・愛、それは・・・・って駄目だめ!!笑うトコじゃない!舞台の歌思い出してる場合でもない!!

だって、愛で包んであげるって。あの拓海にそんな夢みたいなふわふわしてそうな思い通じるわけないじゃん。


読んで頂きありがとうございます。?????さん青山さんでした。

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