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会場に入れば、あちら此方にテレビで見たことのある顔を見かけて思わずキョロキョロしてしまう。
冬馬のそばに行きたいのに、どこにいるのかすら分からない。沢山の人がいて見当すらつけられなかった。
いつまにか美鈴ともはぐれてしまい、広い会場内で、どこの立ち位置に立てばいいのかわからない。
香水の匂いと、料理の匂い。
それに、空調がよく効いていないのか、蒸し暑い。
今日はだいぶ良かったのに悪阻で吐きそうにならなきゃいいけど。立食式の料理はもう振る舞われているみたいで、料理を片手に歓談している。そんな人達の間をすり抜けながら、とりあえず前を目指した。
会場の半分ほどを進んだ位置で、やっと知った顔を見つける。ほっとして、早足で近づくと私に気づいた春くんが片手を挙げて合図してくれる。
そして、向かいあっていた人に私を紹介してくれた。
「こちら、アーバリスキナの広告宣伝部長の青山さん。こちらのCM に出させてもらってるんだ」
そう私に向かって言ったあとに、相手に私の紹介をしてくれる。
けれど、私が教えられた通りにお辞儀をしてから顔をあげてその人の顔を覚えようとしても次々に人が集まってきて、とにかくお辞儀をする事が精一杯で、相手の顔など覚えていられる状況ではなかった。
とにかく冬馬を探しながら、春くんのとなりで挨拶を繰り返していく。
頭の中は真っ白でろくに自分が言った言葉も覚えていなかった。
そんな状況なのに、会いたくない人は目ざとく見つけてしまうから嫌になる。
しかも、無視ができないほどしっかりと目があってしまっていた。
うわぁ、どうしよう、こっち来るよ。
その人は私を見つけると隣に立った春くんを確認して、愛想のいい笑顔を浮かべた。
逃げたいんだけど。
そう思いながら、後ろに手を組んで相手に見えないようにギュッと力を込めた。
人混みをすり抜けながら、私の前に立ちいつもの綺麗な笑みを見せる。
ホントに流石だよ。私と拓海のことを知っていたはずなのに。拓海が旦那の名前を聞いたって言ってたから、私が拓海とゆいちゃんが浮気したこと知ってることを気づいてるはずなのに。
「桃ちゃん!久しぶり。この間連絡したのに返事くれないんだもの、どうしたの?」
ゆいちゃんは、可愛く首を傾げてチラッと春くんを見た。そして笑みを深める。
「桃ちゃん、芸能人のお友達がいっぱいいるのね。ぜひ私にも紹介してくれない?」
微塵の悪意も感じられず、私の方が戸惑ってしまう。まるで、私たちの仲がとても良いような錯覚におちそうだ。
だいたい、私ににこやかに声をかけてくる神経を疑うし。
・・・・・・頑張れ、自分。
今日は幸せアピールだ。
私は強張る頬を無理矢理引き上げた。
「ゆいちゃん、私ゆいちゃんに会ったらお礼言わなきゃって思ってたのよ?」
ピクリとゆいちゃんの眉が少しだけ跳ねる。すぐに、困ったように眉を下げて首を傾げた。
「なぁに?私桃ちゃんにお礼を言われるようなことしたかしら」
そんな困ったような顔をしても、もう騙されるもんか。
ゆいちゃんが私に悪意があることはわかっている。
そっちがその気ならば、私がわざわざ泣っきぱなしでいる義理は何処にもない。
私の彼氏だと分かっていて拓海にコンタクトを取ったのだから。
「あぁ、貴方が結奈さん?」
春くんが極上の笑みを浮かべた。
・・・・・・・極上の笑みだけど、なんだか物凄く威圧感感じるよ?あれ?
ひょっとしなくても、怒ってるの?!
気付かないのかゆいちゃんは、綺麗に微笑む。そこに本気を感じて、次のターゲットは春くんか?と思ってしまった。笑顔に気合が見える。三割増し的なね。
「私の事ご存知なんですか?」
ちょっと頬を染める辺りが上手い。上目遣いだし。
しなをつくって、女をアピールするような下品さがない。
ほんのちょっとだけ、男の人が思わず構いたくなるような、そんな仕草が上手いんだ。
なるほど、冬馬もコレにやられたのか。
思わず素直に感心してしまった。
だって私には到底無理だから。
「えぇ、存じ上げてますよ?どうやって拓海くんにとは思ってましたけれど。確かにお綺麗ですね?」
ゆいちゃんは、何を言われているのか分からないというような表情をする。
「拓海くんって、どなたの事かしら?」
「あぁ、本当にお上手だ。なぜメイクアップアーティストの道に?貴方なら女優に向いていると思いますよ?」
「なんの話か、残念ながらわかりかねますけれど、今一番実力があると言われているハルさんにそう言っていただけるなんて光栄ですわ」
さらに頬を紅くして、片手で頬を隠す。そして、やんわりと春くんの腕を触った。
春くんは、一瞬眉をしかめる。それでもにっこりと営業スマイルを浮かべた。
・・・・・だって、目が笑ってないもん。これ、絶対営業用だから。
さらに何かを言おうと春くんが口を開いたとき、私は後ろから急に抱きしめられた。
「桃っ!!良かった。いつになったら来るのかと・・・・・あれ?ゆい?」
・・・・・最悪のタイミングできたよ。この男。
場は読めないだろうなぁ。前から私の知ってるゆいちゃんと冬馬が思ってるゆいちゃんにはなんの共通点も見出せない。
「ひさしぶり。元気か?」
屈託ない声が上から聞こえてくる。
さっとゆいちゃんの頬に先ほどとは違う赤味がさした。
凄く恐い顔で私を睨みつける。
「桃ちゃん?」
「お礼はコレ。ゆいちゃんが拓海を誘ってくれたおかげで拓海と別れて冬馬と付き合うことができたから。ありがとう」
すかさず、春くんが私に笑顔をむける。
「付き合うじゃないだろ。結婚できたってちゃんと言わなきゃ。今日は桃のお披露目をかねているんだから」
「・・・・・結婚?お披露目?」
小さくゆいちゃんが呟いた。
大きく息をすって、溜息をつく。まるで怒りを逃しているかのように。自分を落ち着けようとしていることが見て取れた。
「どういう事?知っていたの?」
ゆいちゃんらしくなく、声が震えている。
その問いかけは、なにを指しているのか分からない。
「ゆいちゃんが冬馬と結婚していないって事?それとも、拓海を誘ったこと?」
カッとゆいちゃんの目が見開かれて、次の瞬間大きく手が振りかぶられる。
殴られる。
とっさにそう思って身をすくませて両目を閉じた。
覚悟した痛みは来なくて、パシッと乾いた音がした。
目を開けると、冬馬がゆいちゃんの右手を掴んでいた。
「なんだよ急に、どうかしたのか?喧嘩?」
状況がわかっていなさそうな発言だけど私の腰にまわった腕に力がはいった。
「ねぇ、ひょっとして知らないのかな?だったら、まだ、始めるまで時間があるみたいだから場所移動しようか?」
さっと春くんが間に入って、やんわりとゆいちゃんの肩をだくと入り口のほうへと歩き出した。
ゆいちゃんは戸惑いながらも唇をかみ締めて私を睨みつけている。
まぁね。自分が吐いた嘘が、最初から嘘だって知られてたら腹が立つのかもしれない。
どちらかと言うと、バレて怒るくらいだったら嘘なんかつかなきゃいいのにって思うけど。
冬馬も私の肩を抱いて歩き始めた。
時折、顔見知りのお客さんに声をかけられて挨拶を返しながら春くんの後をついていった。
別室っていっても、本当は話すことなんてなにもないんだけどね。
話なんかしたくないし。
先ほどとは違う、控室にはいっていく春くんを追いかけて部屋に入る。
中にはいると、春くんがゆいちゃんをソファに座らせたところだった。
私は、少し距離をあけてドアの近くで腕を組んだ。
「そうね、なんだったったけ?あぁ、そうださっきの答えね。どっちも知ってたよ?今年の春から冬馬と働いてたし、ゆいちゃん私に写メ送ってきたじゃない。あれでゆいちゃんが拓海の浮気相手だってわかった。他になにか聞きたいことある?」
「・・・・・・結婚ってなによ」
ポツリと言うから、聞きたいことあるかと言った手前素直に答えた。
「この間、冬馬と結婚したの。ゆいちゃんは拓海とどうしたの?あいつ、ゆいちゃんが旦那からDV受けてるって心配してたけど?」
それも嘘なのだろう。今日のゆいちゃんに殴られた跡は見当たらない。
ゆいちゃんは、演技をやめたのか足を組みなおしてソファに深くすわるとと私を睨みつけながら笑った。
「あ~あ、つまんない。もっと泣いてるかと思ってたのに。やっぱり、あんた調子がいいわよね?拓海が駄目だったらすぐに冬馬?しかも結婚って」
そこでバカにしたように鼻で笑う。
「昔から、私汚い事知りませんみたいに綺麗ごと並べて純粋ぶってたもんね。あんたのほうがよっぽどたちが悪いわよ。拓海が浮気してからそんなに日がたってないじゃない」
綺麗ごとって、そんなつもりはないけれど。
「わたし、あんたみたいにポウッとしてて幸せですって顔してる子大嫌いなの。昔もそうじゃない。冬馬のこと好きなくせに隣にいるだけで幸せみたいなフリして、私が間に入っても微塵も不安にならない。冬馬があんたの事好きだと確信してる。そういうトコ許せないのよ」
いや、私を嫌いなのは知ってるけど、嫌いな理由に頭がついていけない。
意味がよく理解できないんだよ。
だって、冬馬が私を好きだって確信してたって?いや、だってそりゃそうでしょ。恋人同士じゃないもん。
友達同士なら、好かれてる自信あったけど。
だいたい、冬馬の事そういう意味で好きだと確信できたのゆいちゃんと付き合い始めてからだったし。
それに、ゆいちゃんってこんなに毒吐く人だったけ?
なんかこう、もっとソフトな感じだった気がするんだけど。
そういえば、最後に会ったときも謝らないからね的な事を拗ねたように言われた記憶が・・・・・。
アレ?間違い?元々毒吐く人だったのか?!
驚きすぎて言葉が続かない。
「まわりに良い男はべらせて、真ん中でちやほやされて楽しい?一体どんな手を使ってるんだか。全員と寝てたって驚かないわよ私。あんただったらやりそうだもん」
・・・・・・・・まて、それはお前だっ!
「ばっかじゃないの?私のどこがちやほやされてるのよっ!!私の事ちやほやって意味でしてくれるのなんか冬馬だけでしょうがっ!ロクに知りもしないで、わけの分からないことを」
呆れてそういうと、いつの間にか隣に立っていた春くんが小さく吹いた。
そっと、冬馬を伺えば信じられないものを見ているみたいだ。ゆいちゃんに夢持ってたからね。
「どこがって、全部でしょ。『S』のメンバーにハルにAKIそれに同僚のHさんにKさん?これだけいたら充分でしょ?」
「だーかーらーっ!じゃぁ、聞くけど18万の初任給で成人男性三人分の御飯賄えると思うわけ?」
「なにがじゃぁ、なのよ。意味が分からないわ」
「初任給18万で男三人の食い扶持稼いでたって話よ。いくら友達だからって、毎晩うちに夕飯たかりにきてたのよ?『S』のメンバー拓海が私と付き合いだしたら遠慮なんて言葉辞書になかったからね」
そうあの時期、仕事を始めたばかりで右も左も分からないのに、毎晩御飯食べにきやがって。お金だってないっつーの!!
「あの当時、フルタイムで働いてその上夜はコンビ二でバイトして奴等の御飯代稼いでたのは私よ!仲良くて当然でしょ」
そう、それがまた辛くて会社で昇進することを選んだんだ。バイトをやめた後は昇進試験をうける勉強や、資格試験をうけて兎に角お給料を増やす為の努力をしたんだ。
それを、ポワッとしてて幸せそうで片付けられたらたまったものじゃない。
なにが、幸せそうだよ。あの当時の事を考えると、さらに腹わたが煮えくりかえるわっ!!
読んで頂きありがとうございます。




