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白 桃   作者: 藍月 綾音
桃 25歳 Ⅱ
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携帯のアラームが鳴っている。

体が重たくて、だるいけれどシャワーを浴びて会社に行かなくちゃ。


ごそごそと起き上がって、携帯を探す。寝ているうちに布団の中にまぎれてしまったらしい。

携帯を探しあてて、アラームを止めてふと違和感を覚えた。


あれ?拓海が寝てる。

そういえば、昨日久しぶりに家に帰ってきたのか。


最近はどこかに泊まりこんでいてこの間帰ってきたのは4日前だったか。

寝不足で重たい瞼をこすり、寝ている拓海をしばらく眺める。


視線に気づいたのか、拓海の瞼がゆっくりと持ち上がった。


「はよ。桃もう少し寝れば?昨日遅かったし」


そう言って私の腰を抱きもう一度布団の中に引きずりこまれる。

私の首筋に顔をうずめて、もう一度眠ろうとする拓海を引き剥がした。


「駄目、きのうあんなに飲んでて今日会社休むとかありえないから。ちゃんと行かなきゃ」


「いいじゃん、会社の人なんか誰も桃が昨日飲んでる事なんか知らないだろ。有給あるんだから休んじゃえよ」


そう言って、腕に力をこめる。


「駄目だったら。昨日私の隣に座ってたの会社の人だもの」


拓海の空気がスッと変わったのを肌で感じた。


「なんだって?あの人、昨日のライブで偶然あった高校の時の同級生って言ってなかった?」


急に声が尖って、低くなる。なにか怒らせるような要因があっただろうか。


「ライブで偶然会ったのも本当だけど、昨日うちの部署に配属されたのよ。昨日から同僚なの。だから、きちんとして会社にいかなきゃ」


優しく、拓海の腕をはがそうとすると拓海は無言で私の体を撫でまわし始めた。


「ちょっと、んっ。拓海、だめだってば、シャワー浴びるんだって。あっんん。」


この三年で、私の体を知りつくしている拓海は私のドコを攻めればいいのか正確に把握している。

拓海が事に及ぼうとした時、私が抵抗するのはかなりの気力と精神力を要した。

だいたい、拓海が私を解放してくれたのは朝方だ。まだ体のあちこちが敏感になっていて、少し触られただけで反応してしまう。結局はいつも、拓海に逆らえたためしがなかった。


私は、睡眠時間よりもシャワーを優先しいつもより早くアラームをかけた自分を頭の隅で褒めつつ、拓海に身を委ねた。なにが拓海を怒らせたのか分からない。けれども、尖った雰囲気とは対象的に拓海の手はどこまでも優しかった。


そして、素早くシャワーを浴びて洗面所の鏡を見て、一瞬固まってしまった。


「なにやってくれちゃってんの!!馬鹿馬鹿ばかっ!たくみぃぃぃ!!」


一瞬の間の後、洗面所に私の雄叫びが木霊した。


あり得ないっ!今までこんな事は、一度もしなかったのにっ!

いたるところに赤く痕が付けられていた。


目立つ。マジ、目立ちすぎ。

誰が見たってキスマークだ。

こんなものを見せて歩くわけにはいかない。


部屋から拓海の笑い声が聞こえる。ずぇったい、確信犯だ。


怒りに燃えながら、さっと化粧を施して首筋にもファンデをのせる。

なるべく首がつまった服を選びスカーフを首に巻き付けた。

後から、拓海の腕がまた絡みついてくる。


「本当に昨日からどうしたの?拓海、少し変だよ」


支度を整えながら、聞くとさらに力が籠められる。


「今日は二人でいたい」


ちょっと、こんな拓海は見たことない。なんだかいつにも増して甘え全開だ。


「駄目だよ。明日は休みだから。ね?」


私は振り返って軽く拓海にキスをした。


「ん」


きゅっと腕に力をこめて、拓海の腕を抱き返した。

拓海は、いつも猫みたいだ。甘えたかと思えばスルリと逃げていく。私はそれを身に染みて知っていた。


ハッと時間を見るとギリギリだ。すぐに家を出なければ会社に間に合わない。

もう一度、軽くキスをしてから私は鞄を掴んで家を飛び出した。


「行ってらっしゃい」


半裸のまま玄関まで出てきて見送ってくれる。今日は拓海の大出血サービスデーか。


拓海は働いたお金を全て音楽に注ぎ込んでいる。だから、生活費は私が面倒をみていた。おかげで、さらに仕事を休むとかあり得ない環境にある。まぁ、仕事が好きだから別にいいんだけど。


駅に着くと、改札口に冬馬が仁王立ちでたっていた。なぜかと一瞬思ったけれど、昨日居酒屋でこの近くに住んでいると言っていたのを思い出した。


あら?珍しく怒ってるぞ?


イライラと足の爪先でリズムをとっている。

私を見つけるなるり、クワッと目を見開いた。


「この馬鹿っ!着信拒否を切っておけって言ったろ!!」


私が近づくと腕を掴んで走り出した。


「昨日、そんな時間がなかったよ。てか、待ってなくていいし。さっさと行けば良かったのに」


そう言うとムッとした顔で睨みつけられる。


「言われなくても、この電車には乗るつもりだったよ。遅刻するわけいかねぇだろっ」


それでもギリギリまで待っていてくれたらしい。


私達は、ぎゅうぎゅうの満員電車にかろうじて乗る事ができた。

今日のラッシュはすし詰め状態だ。私は冬馬の胸板に顔を押し付けるような形になっていた。

私は下を向いて息をついた。密着しているというより、体が四方から押されて息苦しい。いつもの電車よりも凄かった。寝不足も祟って、意識が飛びそうになる。駄目だからと自分を叱咤激励していると、お尻のあたりで何かがもぞもぞと動いていることに気づいた。


この路線は痴漢が多くて、有名だった。私も何度か被害にあっている。大抵こんな風に、手を動かすのも大変な時に多かった。

それは、確実に私のお尻を撫で回している。止めようにも、身動きが難しく声を出す勇気はなかった。

これは無言の暴力だ。相手の顔が見えないだけに恐怖感を与えられ、羞恥に声がでない。

それでもなんとか止めさせようと身を捩るけれど、しつこく撫で回す手は下へと移動している。このままだとスカートの中まで手を差し入れてきそうで、すがれるものならと、冬馬を見上げた。


「桃?」


私の様子がおかしいのに気づいた、冬馬が小さく名を呼んだので口パクで「痴漢」と助けを求める。


さっと顔色を変えた冬馬は無理やり手を動かして、私のを撫で回していた手を見つけ、その手を掴んで高々と持ち上げた。

私からは顔は見えないが、冬馬からは見えるらしく、一点を睨みつけていた。


「いい年して恥ずかしくないんですか?」


低くて、鋭い声を冬馬がだすと、回りの視線が集まっている事を感じた。


「なっなんのことだね。私は何もしていない」


中年のオジサンの声だ。


「彼女泣きそうでしたよ」


「じっ自意識過剰なんだろう。こんなに身動きがとれない場所で何が出来るというんだね」


自意識過剰ときましたか。反省の色なし。自分の性癖を直す気もなしとみた。

確かにこんなにも混雑していたら、立証することも難しいだろう。


「冬馬、もういいよ。余計な事で時間をとるのは勿体ないから」


後ろを振り返る事ができないから、相手の顔は分からない。

けれど、相手の口調で分かる。コイツはたちが悪い。関わらないほうが身の為だ。自分の事は棚に上げて、短いスカートをはいているからだとか露出し過ぎた、本当は誘っているんだろうとか、相手が悪いんだと正当化など出来ていない言い訳を並べ立てるのだろう。


「でも、桃」


冬馬が眉を八の字に歪めた。


「いいよ。この次があったら証拠をキチンととって追い詰める準備を整えるから」


そういうと、オジサンは勝ち誇ったように言った。


「全く最近の若い奴は、自意識過剰にもほどがある。若くもないくせに痴漢にあったなんていいよって。さっさと手を離さんか、濡れ衣だからな。いい加減にしないと名誉棄損で訴えるぞ」


…………おっさん。どういう意味だそれ。十代じゃないと痴漢にあったと言っちゃいけないと言うことかっ!


ぎゅっと握り拳をにぎってやり過ごす。悪かったわねっ!若くなくてさっ!


「桃、やっぱり警察につきだしたほうがいいだろ」


「なっなにを!濡れ衣だっ!本当に尻を触られたのなら、だれか他の奴だろう。そんなに短いスカートを履いているから悪いんだ」


…………まんま、言いやがった。このオヤジ。てか、突っ込みどころ満載過ぎて指摘する気にもなれない。自分が痴漢をしましたと言っているようなもんだ。

冬馬と目が合うと冬馬も気づいたようだ。軽蔑の光が浮かんでいる。私は小さく首を振った。


「今回は見逃す。次はないからな。乗る時にも混雑していたのに何故、彼女が短いスカートを履いていたことがわかったんでしょうね?」


冷え冷えとした声音でそう言うと、オジサンを一瞥したあとに私を覗き込んだ。


「大丈夫か?」


私は頷いて答えを返した。体が密着した状態で、優しく微笑まれるとどうしたらいいのかわからなくて、私は小さく頷いてまたうつ向いた。


なんだろう、物凄くドキドキしてきた。なんだこれっ。


冬馬はまるで私を安心させるかのように、抱き寄せる。


でも、なんか違う。絶対に違うからっ!

これじゃ抱き合ってるみたいだからっ!


内心でパニックに陥りながら、表情に出さない様に気をつける。このくらいで動揺しちゃいけないぞ自分っ!


私は会社の最寄り駅に着いた時には既にヘロヘロになっていた。


半分は拓海のせいだけどっ!


今日のラッシュはいろんな意味できつかった。ギリギリの電車に乗り込めたので、まだ時間が少しある。やっと一息というところだ。


「冬馬、ありがとう。助かったわ」


「あんな事、結構あるのか?」


痴漢にあっているのかて事だよね。


「う~ん。今まで4、5回だからそんなに多くはないかな。朝はね、あんなに込んでると、痴漢か痴漢じゃないかの見極めも難しいし」


冬馬は思いっきり眉をしかめた。


「なんだよ、それ。もうちょっと怒れよ」


「別に減るもんじゃないし、痴漢を突き出すのも時間がかかるし、通勤途中だし?嫌だけど、怒るのも面倒臭い」


「桃は、そういうトコが変わってないんだな。恐いくせにそうやって大丈夫な振りしてごまかすんだ」


ぐっ、と答えにつまった。

図星だったからだ。


「どうせ、行くところも時間も駅も一緒なんだから、明日から一緒に通勤しよう。痴漢にあわないように俺が気をつけてやるよ」


「別にいいよっ。大丈夫だから。今までも一人だったんだし。たいした事じゃないし。第一、毎日一緒に通勤したら変な誤解をうけるよ」


慌ててそう言うと、冬馬はさらに眉をしかめる。


「なんだよ。桃は会社に好きな相手でもいるのか?」


「いるわけないでしょっ!馬鹿言わないでっ!」


「じゃ、問題ないだろ。俺が心配だし、痴漢防止に俺を利用しとけよ」


しまった、なに反応してるのよ私はっ!別に、冬馬にどう思われようがいいじゃないか。

今の私の心境は、自分でもうまく位置づけが出来ない。


会社では、彼氏がいるとは言ったことがなかった。三歳も年下だし、根掘り葉掘り聞かれるのが嫌だったからだ。大体、拓海は浮気が酷すぎて私は本命なのか、それともただの寝る場所を提供するパトロンみたいなものなのか解らなくなってきている。私は拓海が信じられないし、今彼氏ですと紹介できる相手ではなかった。


それでも、昨日から冬馬に、今彼女はいるのかとか、付き合っている人がいるんだとか、聞けないし、言えない自分がいる事には気づいている。


そんな自分に戸惑っていた。


会社の自分の席に着くと、早速美鈴が目を輝かせながら突進してきた。


「さくちゃん先輩。おはようございますぅ。いや~ん。とうとうさくちゃん先輩、同伴出勤ですかぁ?私、さくちゃん先輩になら、風間さんゆずっちゃいますぅ」


やっぱり、見られてたか。同伴出勤てなんだ、夜の仕事じゃないっての。美鈴の情報網あなどりがたしっ。


「そういうんじゃないよ。たまたま駅で会っただけ」


本当は冬馬が待ってたんだけど。


「んふふふ。駄目ですよぉ、さくちゃん先輩。美鈴の目は誤魔化せません。風間さんって見た目と違ってワイルドなんですねぇ。昨日は久々の再会で燃え上がっちゃいました?」


隠さなくても全部わかってますよ的な視線を浴びて、美鈴がなにか勘違いをしていることがわかる。解るけど、なんだ?


「なにを言ってるのよ。美鈴、わけの解らない事、言わないでよ」


「え~、だって、さくちゃん先輩それどうみても、キスマーふごっ」


瞬間、美鈴の口を塞いだ。


「はははははは。美鈴ちゃぁん。ちょぉぉぉっと、声が大きいかなぁ」


わざとらしく、咳払いしちゃったりして私は、美鈴の口をふさいだまま同僚達の不振な視線を受けて、休憩室に美鈴を連れ込んだ。


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