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白 桃   作者: 藍月 綾音
桃 25歳 Ⅸ
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世の中不公平だっ!!


知っていたけど、それでも目の当たりにすると腹が立つ。

目の前には、綺麗な営業のお姉さん。頬を染めて瞳にハートマークを浮かべている。

私の横には、芸能人オーラを出しまくった春くんと秋也。さっきまで、別人のように普通の人に紛れてたのに、今はバックに花と後光が現れていた。


「そうなんですよ。僕がマンション用意するって言ったんですけどね?姉は自分の経済力で住めるところって聞かないんですよ」


私がいつ、春くん達の姉になったんだ?!


「でも、僕達もしょっちゅう出入りするのでセキュリティがしっかっりしていないと困るし、出来れば駅に近くて買い物の便がいいところ。」


と春くんは続ける。


「俺、トイレと風呂別じゃないと、落ち着かねぇ。あぁ、これと姉弟だなんて知られたくねぇから誰にも言うんじゃねぇぞ?」


秋也もたたみかける。

春くんなんて、お姉さんの手を握り首を傾げて上目遣い。


「無理は承知なんです、なんとかこの金額でいい物件探していただけませんか?」


今旬の俳優と歌手に囲まれて、お姉さんは俄然張り切ってくれた。

様々な所に電話して、交渉を繰り返し条件にあう物件を3件、無理矢理ひねりだしてくれたんだ。

下見に出かける時も、さりげなく春くんはボディタッチを繰り返して挙げ句に肩を組んじゃったりして。


女の営業さん限定って言うから何事かと思ったら!!

紛れもなくたらしだ!


私と冬馬は出る幕もなく、春くんと秋也は私のマンションを格安で借りれらように手配してくれて、しかも好物件だった。

最後に春くんがにっこり笑って私に囁いた。


「ね?チョロいでしょ?使えるものは使っておくべきだよ」


…………私の知ってる可愛い春くんはどこへ行った!?

いや、感謝してるんだけど!!


「さてと。部屋も決まったことだし、次はどうする?」


トントン拍子で話しはすすみ、契約も済ませ鍵も貰ってしまった。あとは引っ越しだけだけど。

正直、あの部屋にあるものは全部に思い出がつまっていてつらい。

それでも、そんなにお金があるわけじゃないし。

使えるもは使って、いやな物は買い換えよう。

よし、付き合ってくれるのなら。


「ベット買う。あと、ソファも」


大きい家具で買い換えたいものはその二つ。

あとは食器。なんだかんだでお揃いで買ってしまったから。


拓海のことは忘れる。


なかった事には出来ないけれど、思い出になりそうなものは全て捨ててしまいたかった。

まぁ、現実問題そんな訳にはいかないだろうけど。

二人で暮らした期間は長すぎて、使っていた全ての物に拓海の匂いが染み付いている。

あの部屋と同じように。


きゅと手を握られ我にかえった。

視線を上げると心配そうに、冬馬が私を見つめていた。

しまった。また、考え事しちゃったよ。


「大丈夫か?」


「桃、顔が真っ青だよ?ベッド買いに行く前にどこかで休もうか。食事もまだだし」


心配かけちゃダメだって。

慌てて笑顔を作ると、冬馬が眉をしかめた。


「だから、今日は無理に笑わなくていいよ。じゃ、少し休もう。桃、俺お好み焼きが食べたい」


冬馬の言葉が嬉しくて、私は冬馬の手を握りかえして頷いた。

お好み焼きを食べて、春くんと秋也のおかげでまたまた格安でベットとソファーを購入できた私は、最後にアパートによることにした。

怖いから、掃除や引っ越しは業者を手配することにしたけれど、いる荷物といらない荷物をわけなければいけない。


どのみち帰ってこなければならないのなら、早いほうがいい。

新しいマンションに移るまでは、冬馬のマンションに泊めてもらう事にしたけれどいつまでも避けることはできないのだから。


そう思っているのに、アパートの前で立ちすくんでしまった。


情けないことに、足が動かない。


痛かった。怖かった。


自分の部屋なのに、入れないって。

心臓の音が大きくなり響いている。

入るんだと思っているのに、体が震える。


胸が締め付けられるのは、好きだし、信頼していた拓海の顔が浮かぶから。

あんなに酷い裏切りはなかった。

あんな事する人だとは思わなかった。

自分が人形のようになるしかなかった。

大きな心臓の音が、気持ち悪い。


どれくらいそうしていたか分からないけれど冬馬達は黙って私を待ってくれていた。


「桃、帰ろう。また今度にしよう。必要なものは買えばいいから」


そっと冬馬がいつまでも動けないでいる私の肩をだいて、回れ右をさせる。


やっぱり私部屋に入れないのかもしれない。

これは時間が解決してくれるのだろうか。


私も諦めて、冬馬の部屋に帰ろうかと思って顔をあげる。

そして、見たくないものを見てしまった。


ビニール袋を提げた拓海が角を曲がってきたところだった。


キュッと肩に置いた冬馬の手に力が入った。

拓海の顔を見た途端に体が強張る。


まだ、出ていっていなかったんだ。


そう思い、無意識に冬馬のシャツを握る。

拓海はまだ、私に気づいていなかった。


「お?拓海じゃん。なに、お前この辺に住んでるのか?」


ふいに秋也が拓海に声をかけた。


「桃、あれ明日デビューのうちの新人」


あぁ、余計な事を。


拓海も私を見て、さっと顔色を変えたけれど、すぐに秋也と春くんに視線を移した。


「お疲れ様です。秋也さんとハルさんこそ、どうして桃と此処に?」


ヒュッと春くんが息を呑む音が聞こえて私は春君を見上げる。

春くんは、一瞬だけ顔色を変えてすぐに私にむけて微笑んだ。


「なに、拓海も桃と知り合いなのか?どんだけ世間が狭いんだよ」


妙に明るい秋也の声が妙な間を作った。


知り合いもなにもって話だし。


「相楽、コレ俺の弟達。聞いてないのか?」


昨日の事なんて無かったように、普通に冬馬は拓海に話しかけた。


「え?二人共?」


「あぁ、じゃぁ俺達急ぐから」


そう言って、拓海から私を隠すように冬馬が拓海の脇を通り過ぎようとした。


「え?おい、冬馬どうしたんだよ。てか、冬馬まで拓海と知り合いなのかよ」


事情を知らない、秋也が驚いたように後をついてくる。


けれど、拓海は通りすぎようとした私の腕を掴んだ。


今日は悪寒がしなかった。けれど不快感が喉をせりあがってくる。


「ちょっと待てよ。帰ってきたんじゃなかったのか?頼むから話をさせてくれよ」


「触らないでって言ったでしょ?」


私がそう言うと同時に冬馬が拓海の手を払ってくれた。

拓海は眉を下げて、払われた手を宙に浮かせる。


「風間、邪魔をするな」


少し怒りがこもった拓海の声に冬馬は冷たい声で答えた。


「邪魔じゃないだろ?まだ、無理だ。解るだろ?桃を苦しめるのは許さない」


あまりの冷たさに、ハッとして冬馬の顔を見上げる。

拓海を睨みつけている冬馬は、いつもの優しい面影がなかった。


「風間が口を出す話じゃないだろ?俺達の問題だ」


「昨日までならな。今は違う」


拓海も冬馬を睨みつけ、威嚇するように顎を上にあげる。


「違うって?桃と寝たから?」


ピリピリとした空気が周囲に張り詰める。

大きく溜息をついて、冬馬は首を振った。


「なんでそうなるんだよ。桃がそんな事許すわけがないだろ。桃の立場になって物を考えた事あるのか?」


「じゃ、やっぱりお前が口を出す話じゃない。桃、俺とくるよな?」


拓海が口を歪めて私を見る。


拓海と行く訳がないのに。

昨日の事をどう思っているのか私には解らなかった。


緊張感が漂う中、突然春君が私達の間に身を滑らせた。

穏かな微笑みを浮かべながら私に背中を向けて立つ。春君に遮られ拓海が視界から消えた。

すると、少しだけ体から力が抜ける。

私、自分で思っているよりも緊張しているんだ。


「ちょっと待って。桃のコレ、拓海君がやったの?君、明日デビューだって今、秋也が言ったよね?それも本当?」


事務所の先輩だからか、拓海は無理に私の腕を掴もうとはしなかった。


「歌で生きてく事、決めたんだよね?コレ、例え彼女でも犯罪だよ?解ってるの?てか、冬馬どういう事?」


あれ?冬馬に飛び火した?なんか春くん怒ってる?


「彼女って、桃が?拓海の?アレ?あの、冬馬の元カノのメイクと付き合い始めたんじゃないの?」


ピシッと間違いなく、冬馬と春君の額に怒りのマークが見えた。


「「秋也は少し黙ってろっ!!」」


二人が同時に言った。


てか、秋也ゆいちゃんが冬馬の元カノだって知っていたんだ。

それに、今でも面識があるのか。

変なところに感心しながら冬馬を見上げると冬馬は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


「桃が『S』のデビューを楽しみにしてるんだ。しょうがないだろ」


「しょうがなくない。何があったか知らないけれど、感情に任せて我を忘れるようじゃ、芸能人として致命的だろ。何考えてるんだよ」


春くんは拓海じゃなく、冬馬を責めているように見える。

冬馬も歯切れが悪い。


「春君、違うの。こんなの初めてだから。今まで喧嘩もした事ないし感情的になって暴力振ったことも無いから。今回はちょっと事情があっただけなの」


思わず声をあげてしまった。

なんだか春君を怒らせたらいけない気がした。


『S』のデビューと拓海とのこととは別の物だから。


春君は振り返って私を呆れたように見る。


「拓海くんに殴られてもかばうの?桃、事務所の事もそうだけど、桃をそんな扱いしてるのも気に食わないよ?いくら会ってなかったっていっても、大事な人だからね?」


大事って言ってくれたことに驚き、こんな時なのに嬉しくなってしまう。


「ちょっと、春臣待てよ。そんなのこんな往来でする話じゃないだろ。俺はちょっと話が見えないし、場所を移そう」


秋也がまともな事を言うけれど、冬馬が不機嫌そうに首を振った。


「桃と相楽を一緒にさせられない。俺たちは帰るから」


素早く拓海が鍵を見せた。


「入れば?」


冬馬の目に怒りが浮かび、口を開こうとしたとき、ピシャリと春くんが拓海を黙らせた。


「昨日、その部屋で桃に乱暴したんでしょ?その部屋に入れなくて此処で立ってるんだよ」


「・・・・乱暴って。ちょっと待てよ、俺達一緒に暮らしてるんだけど?」


その言葉に私が唖然とする番だった。

ちょっと待ってはこっちの台詞だ。


昨日別れるって言ったよね?

出て行ってって言ったよね?


拓海の中でなにがどう処理されているんだろう。

一抹の不安に襲われると春くんが私を振りかえってすぐに拓海に視線を戻す。


「君、明日デビューってことは、マスコミ会見やるんだろ。とり合えず桃の件は詳しく桃から話を聞いてからだね。事務所としても見過ごせないってのは頭にいれておいて。それから、しばらく桃に近づかない事。コレは事務所の命令だと思っていい」


言葉を切ると、冬馬に視線を移す。


「それでいいよね?じゃ、今日は此処まで。また、事務所のほうから正式に話をもっていくから」


「正式ってなんだよ。コレはプライベートだろ?それに俺と桃が話をしなけりゃどうにもならない。先輩だからって、ハルさんにそこまで口出しする権利があるのかよ」


拓海の言葉に春君は眉をしかめて拓海を睨み付ける。


「プライベート?冗談じゃない。これから君はプライベートなんてない人生を選んだんだ。まだ、売れるかどうかは分からないけれど、売れたら町を歩くのだって自由にできなくなるんだよ」


春君の声がドンドン低くなって、調子がきつくなっていく。


「警察沙汰なんてもっての他なんだよ。君の言動一つで事務所の管理能力も問われる。ひいては僕達の仕事にまで影響するんだ」


そうか、人気商売だから。同じ事務所ってだけで春君達に迷惑をかける可能性もあるんだ。


「ちゃんと契約書に書いてあった筈だから。もう一度よく読みなおすことをお勧めするよ。僕達はもう、すべての行動、言動に責任を持たなくてはならないんだ」


厳しい言葉に、拓海は二の句が告げずに黙り込んだ。


「じゃ、兎に角連絡を待つように。僕は桃から事情を聞くから、秋也は拓海くんから話を聞いておいて。冬馬、行こう」


春君はこの中で一番の年下とは思えない落ち着きぶりと、仕切り方をして、私たちを促した。

秋也は慌てて頷いて、拓海に駆け寄る。


多分、そこそこ仲がいいんだろうと思う。拓海から話を聞いた事はないけれど秋也を見る拓海の表情を見てそう思った。


拓海は振り返って私を見る。

真っ直ぐに見つめられて、私は目を逸らした。

殴られた頬にそっと手をあてる。


春君が隠してくれたから、パッと見は分からない筈だ。


・・・・・・一緒に暮らしているか。


拓海の言葉に、胸が苦しい。


いつか、どこかへ行ってしまう人だと思っていた。

ソレが今、来ただけだ。

私の心だけは変わらないと思っていたのに。

拓海を恐いと思う。

それが悲しかった。


読んで頂きありがとうございます。

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