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頬が痛くてそして、信じたくない拓海の行動に何も考えられず、気づけば外は真っ暗で拓海の荒い息遣いと私の嗚咽だけが部屋に響いている。
何度も何度も拓海は熱に浮かされたように呟く。
「桃は俺のだ。渡さない。別れない。別れないからな」まるで呪文のようにそう囁いて。
それを聞くたびに私の心は離れていくのに。
これじゃぁ、子供だ。
ただの所有欲で、私の事を好きなわけじゃない。
他の男にとられるのが嫌なだけじゃないの。
震える両手で拓海は、私の頬を包みこんだ。
「ごめん。俺、どうかしてた。別れるなんて言わないでくれよ。俺以外の匂いがするなんて我慢できない」
懇願するように、瞳に私を映しながら言うけれど。
ゆいちゃんを支えてあげたいんじゃなかったの?
自分でゆいちゃんは拓海がいなければ駄目なんだって言ったのに。
私にこんな事をしておいて、まだ許されると思っているんだ。
コレは、今まで浮気をしてもなにも言わずにいて、許してきてしまったつけなんだろうか。
今までと、状況が、気持ちが違う事に拓海は気づかないのか。
私の気持ちがドンドン冷めてしまっていることにも。
私は拓海の物じゃない。
こんな事をされて、これからどうやって拓海と暮らせっていうんだ。
もう、無かった事には出来ないのに。
私は拓海を真っ直ぐに見つめて、首を振った。
拓海は私の事なんて好きじゃない。根本的な何かが違う。
こんなの、私の気持ちを考えれば出来ない筈の行為だ。
「・・・・・・・・・気が済んだ?」
静にそう聞くと、拓海の顔が歪んだ。
「桃。お願いだから」
拓海は私の胸に額を押し付ける。
「イヤだ。桃。俺が悪かったから。許してくれよ。俺は絶対に別れない。別れたくない」
ぼんやりと天井を見上げながら、遠くで玄関のチャイムが鳴る音を聞く。
誰だ、こんな時に。
あぁ、でももうどうでもいいかもしれない。
私、なんで拓海が好きだったんだっけ?
拓海って私の事殴るような男だったっけ?
幸せだと思った一瞬の日々が、私の胸を締め付ける。
自分のドコが悪かったのか分からない。
大嫌いな相手と浮気をされて、そのくせ私を縛りつけたい?違うか、繋いで支配したいのか。
挙句に別れたくないって、殴るってどうなのよ。
いくら、駄目な男が好きって言ったって限度があるんだよ。
本当に非道な男だ。
私は母親じゃない。
無償の愛なんて、何をしても消えない愛なんて母親と子供ぐらいなんだよ。
突然、拓海が私の上から消えた。
消えた?
アレ?
ボンヤリと頭を動かすと、まこさんとそれから・・・・・・・・・冬馬?
「・・・・・・と・・・・・う」
名前を呼ぼうと思ったのに、うまく言葉がでない。
「拓海!!てめぇ正気かよっ!!なにやってやがる!!」
まこさんの怒声が部屋に響き渡った。
あぁ、まこさんが拓海を殴ったのか。
のろりとそう思うけれど、うまく体が動かない。
それでも、まこさんが拓海の襟首をもって、腕を振り上げたところが目に入って咄嗟に叫んでいた。
「まこさん、顔殴っちゃ駄目!!明後日記者会見するって」
まこさんは唖然として、私を凝視した。拓海は俯いてピクリとも動かなかった。
「桃、この後におよんで俺達の心配かよ。お人よしも度が過ぎるとただの馬鹿だぞ?」
ふわりと、体を起こされて肩にタオルケットがかけられた。
冬馬がなにも言わずに後ろから抱きしめてくれる。
こんな格好してたら、なにがあったか一目瞭然なんだろう。
「私、『S』の大ファンだもん。まこさん達のデビューどれだけ楽しみにしてたか知らない訳じゃないでしょ?」
回り始めた頭と共にあちこちが痛くなってきた。
拓海の奴加減って言葉も知らないのか。
「桃ごめん。一人で行かせるんじゃなかった」
耳元で冬馬が小さく言って、私を抱きしめる腕が震えている事に気づいた。
「冬馬が謝ることは何もないんだって」
前に回った腕を安心させるように撫でた。
動かなかった拓海が、ボンヤリと顔を上げ、私と冬馬を見た瞬間に、飛び起きた。
「桃に触るなっ!!」
冬馬に殴りかかりそうになって、後ろからまこさんが羽交い絞めにする。
「拓海、落ち着け。お前今日はおかしいぞ!!」
「五月蝿いっ!!風間、桃に触るンじゃねぇ!!桃は俺のだ!」
拓海の怒鳴り声とは反対に、冬馬はギュウと力を入れて私を抱きしめた。
「桃は物じゃない。桃は桃自身のものだ」
冬馬の声は静かだった。静かに染み渡るように部屋に響いた。
さらに近づこうとする、拓海を押さえながらまこさんが私を見る。まこさんの瞳には戸惑いと私に対する悲しみが浮かんでいた。
「拓海は俺に任せろ。俺が正気に戻すから。桃はここに居ないほうがいい。風間、桃を頼む」
冬馬が頷くのが分かった。私を促して立ち上がる。
「荷物が多いのかと思って車をだしたから安心していいよ。鞄はコレ?」
冬馬が私の鞄をもってくれて、背中を押される。
「イヤだ。桃、イヤだ」
切ない拓海の叫び声に、少しだけ胸がギュウとする。
「さようなら拓海。いままでありがとう」
それしか言葉を思いつけなかった。
冬馬に肩を抱かれて、私達はタオルケットを手繰り寄せながら部屋をでようとした。
けれど、リビングで冬馬が立ち止まって拓海を見つめる。
まだ、暴れる拓海に一言投げかけた。
「今朝、桃もう少しで歩道橋から飛び降りるところだった」
それだけ、ポツリと言ってまた私の背中を押す。
拓海が私を呼ぶ声が聞こえたけれど、私が振り返る事はなかった。
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