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白 桃   作者: 藍月 綾音
桃 25歳 Ⅰ
4/79

私も明日仕事だとわかっていたのに、お酒がすすんでしまいちょっと酔っ払ってしまっている。気分が上向きになって、ほわほわしてきたのだ。


「ん~、ほら冬馬飲んで飲んで。あっ、サラダ食べる?」


すっかり気分が良くなってしまい高校の時に戻ったように冬馬の世話をやいてしまう。

酔っ払いながらも、頭の隅に冷静な自分がいて変な気分になった。

私は冬馬の好きなものを皿に分けると目の前に置いた。


「桃、よく覚えてるよな」


感心したように冬馬が言うから笑ってしまった。覚えているのではない、忘れられなかったのだ。未練がたらたらの自分に笑いたくなる。


「ん~?そうかなぁ。まぁ、好み自体が似てるからでしょ?」


そう言ってごまかすとビールを呷る。冷たいビールが喉に気持ち良かった。


「ピーっ!つまみ足りないよ」


むかいの席から、ヴォーカルの拓海が叫んだ。全く、自分で頼めばいいのにと思うけれど、飲み会ではいつも私が注文係なので仕方がない。


拓海はまこさんが見つけてきた、ヴォーカルでまこさんの多彩な世界を彩るのに欠かせない。『S』の世界にあっという間に観客を引き込んでしまうカリスマ性をもっている。

なんってたって、超絶イケメンとファンに言われている。

なんというか、女の子って言っても通るだろう華奢な体つきと綺麗な顔をしている。

これがまた、モテるんだ。毎晩女の子をとっかえひっかえしていると聞いている。


私は注文をするべく立ち上がった。と、思ったんだけどそのまま冬馬に倒れこんでしまう。


ありゃ?飲みすぎた?目が回る。


「おいっ。桃っ!大丈夫か?」


冬馬に支えられて、起き上がろうとするけれど中々うまくいかない。

体の芯が抜けてしまったみたいだ。


目が回るなと思いながらも、鼻を懐かしい冬馬の匂いが掠めた。変わらないその香りに思わず笑みが零れる。昔は物凄くドキドキしたっけ。今は安心感が大きい。変わらないことが嬉しい。ふにゃりと口元が緩むのを感じた。


「桃、無理に起き上がらない方がいい。いいから少し横になってろよ。お前飲みすぎだぞ」


冬馬は私に膝を貸してくれて胡坐をかく冬馬の膝の上に私の頭がのせられた。


なんだか、よく頭が回らなくてされるがままに横になる。

とろりと眠気が襲ってきた。


ヤバイ、本当に飲みすぎたかも。


時折、大きな手で頭を撫でられるような感覚がとても気持ちよくて私はそのまま目を閉じてしまった。



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誰かが肩を揺すっている。

遠くから私を呼ぶ声がするけれど、なんだか気持ちがよくて目を開けたくなかった。


「ピーっ!ピーっ!!起きろっ!!たく、珍しいなピーが酔いつぶれるのは」


んん?まこさんの声?


うっすらと目を開けると、見知らぬ天井と私を覗き込む冬馬の目があった。


「あれぇ?とーまだぁ」


「そうそう、冬馬くん。ほら、ピー送ってってやるから起きろ」


腕を引っ張られて起き上がる。私の横にはまこさんが座っていた。


「あれ?まこさんだぁ」


「そうそう、まこさんです。立てるか?」


どうしたんだっけ。


「あたまいたぁい」


なんか単語しか出てこないぞ?


「ピー飲みすぎ。ほら、よっこらしょ」


まこさんと、冬馬がわきを支えてくれて立ち上がった。


「ん~。あれぇ」


さっきからあれぇが連発だ。自分でも酔っていることが解る。


「うへぇ。ピーちゃん大丈夫?俺、ピーちゃんが潰れるの初めて見たかも」


山崎君の声だ。でも、ドコから聞こえるのか分からない。


「今日は、なんだかピッチが早かったからな。途中で止めてやれば良かったんだけどな」


まこさんの言い方に、笑いが漏れた。


「んふふふ。まこさん、お父さんみたい」


「馬鹿言うなよ。てめぇみたいな娘頼まれたっていらねぇよ」


本当に嫌そうにいうから、可笑しい。

そんな事を言っているうちに、いつの間にかに靴を履いていた。

どうやら、冬馬が履かせてくれたらしい。


「桃、おんぶしてやるから。乗れよ」


外に担ぎだされると、冬馬が私の目の前でかがんだ。


「いいよぉ。家すぐそこだからぁ。自分で帰れまっす!!」


そう言ったけれど、足元がまだふらつく。ガシッとまこさんが私を抱き止めて支えてくれた。


「俺が送っていくからいいよ。家も分かってるからさ。俺一人で大丈夫だから、冬馬くんは家に帰りなよ。明日も仕事なんだろ?」


まこさんは、本当に面倒見がいい。酔っ払いの私にも優しいから大好きだ、なんて思ったらちゃんと口に出ていた。


「まこさん、しゅき~!!」


「はいはい、分かったから。ほら、ピー行くぞ」


「はぁい。冬馬じゃぁねぇ」


まこさんに促されるまま私は歩きだした。

いつの間にか、いっぱいいた人たちはいなくなっている。


彼の顔が頭をよぎり、胸の奥がチクリと痛くなった。


まだ、酔っ払っていた私は、冬馬がずっと私を見送っていたことには気づかなかったんだ。


気持ちの良い夜風が頬を通りすぎていく。シンと静まりかえった住宅街を、まこさんに支えられて歩いていく。


「まこさん、ごめんなさいぃ~」


謝る私に、まこさんは苦笑いで返す。


「しょーがねぇよ。ほら、お迎えが来てるぞ」


まこさんが前方を顎でしゃくる。

回らない頭で、ゆっくりと前方を見れば、拓海が電信柱にもたれかかってこちらを見ていた。


「あれぇ?拓海だぁ。どうしたのぉ」


いる筈のない人がいて、自然に頬が緩んだ。


「どうしたもこうしたもあるかよ、酔っ払い。まこさんありがとうございます。後は連れて帰るんで。ほら、桃こっちに来い」


拓海に腕を引っ張られ、まこさんに体を押され、私は勢い良く拓海の腕の中に納まった。

ふわりと拓海の服から知らない柔軟剤の香りがしてギュッと心臓を掴まれたように苦しくなったけれど、一瞬で振り払った。


「おぅ、じゃぁ気をつけて帰れよ。拓海もうかうかしてると、アレはやべぇぞ。じゃぁな」


なにがヤバイんだか、分からないが私はにこやかに手を振った。


「まこさ~ん。またね~」


歩きながら、こちらを振り返らずに頭の上で大きく手を振ってくれる。

二人になった私達は、反対方向に向かう。上手に歩けなくて拓海が支えてくれた。

居酒屋から、私のアパートまで歩いて七分だ。ハウスメーカーが建てた輸入住宅で内装が綺麗で2LDKと部屋も広い。私は一目惚れして入社に合わせて引っ越してきたんだ。


アパートにつく頃には少し酔いがさめてきていた。


「桃、寝るなよ。風呂に入って寝ろよ。明日仕事なんだろ?」


「う~ん。でも眠たいよぉ」


玄関に入ると、廊下にそのまま寝そべった。床が冷たくて気持ちいい。

ちっ、と拓海が舌打ちする音が聞こえた。


「桃っ!飲みすぎなんだよ。ほら、洗ってやるから一緒に風呂はいるぞ」


拓海と一緒にお風呂?いつぶりだ?


拓海とは一緒に暮らして、3年になる。私が大学に通っている時に転がり込んできて、そのまま居座ってしまったのだ。

デビューをしていなくても、拓海の人気がバンドを支えているので、私と一緒に住んでいることはあまり人に言うなとまこさんから釘をさされていた。

だから、外では皆と同じにピーと呼ぶし、あくまで友達のふりだ。

それに、拓海はとにかく女遊びが激しくて、とっかえひっかえ遊んでいる事も事実だ。

それでも私の所には定期的に帰ってくるから救いではあったけれど、もう、恋人なのか同居人なのか私には分からなくなっていた。


拓海は私より三歳も年下だ。周りに可愛い女の子達もいっぱいいる。

別に私でなくてもいい筈だったし、いつ出て行ってしまってもおかしくはない状況だった。

今日だって、私を待っているなんて思いもしなかった。

打ち上げの日は、気に入った女の子と夜を過ごして帰ってこない。それが当たり前になっていた。


私はそれを見ないふりをする。

今更だったし、どこか諦めに似た感情と自分でも見たくない、隠したい感情があったのだ。


拓海の言葉は冗談じゃなかったらしい。廊下で寝そべる私のカットソーをたくしあげ、ブラのホックをはずす。腹巻きだって容赦なく脱がされた。


「拓海ぃ。眠いよぉ」


久しぶりに帰ってきて、私の面倒を見てくれている事が嬉しくて、甘えた声をだしてみる。


「いいから、おとなしくしろよ」


あっという間に生まれたままの姿になった私は、拓海に風呂場に連れて行かれ、頭からシャワーをかけられた。

拓海は、鼻歌を歌いながら私を隅々まで綺麗にすると、自分もシャワーを浴びる。


私はバスタブに寄りかかってうとうとしていた。


拓海にお風呂に入れてもらうなんて久しぶりだ。

髪を洗ってもらったり、体を洗ってもらうのは気恥ずかしいのだけど、拓海はそういう事をしたがる。

まず、人の髪を洗う事が好きだと言っていた。丁寧に洗ってくれるから、気恥ずかしさよりも気持ちよさが勝ってしまう。


けれど、もう随分とこんな事はしていなかった。


キュッとシャワーを止める音がして、うとうとしていた私は顔を上げる。


「桃、出るぞ」


頭の上からバスタオルが降ってきて、優しく水分をぬぐってくれる。そのまま抱き上げられ、ベットまで連れていかれ寝かされる。


このまま寝てしまおうかと思ったけれど、スースーするのでパジャマは着たい。


起き上がろうとして、拓海に止められた。


「駄目だよ桃。俺、寝かせる気はないからね」


そのまま、拓海が覆いかぶさってくる。どんなに眠くても拓海にかかれば、すぐに気持ちが昂りはじめ、久しぶりに私は拓海と夜を共にしたのだった。


どうやら、いつもと拓海の様子が違うと気づいたのは少ししてからだった。執拗に求められ、離してくれない。眠たいのに、寝ることも許されず、拓海が解放してくれたのはもう、朝方だった。

そんな事は、付き合い始めてから一度もなかったから、拓海の切なげな瞳に囚われてしまっていた。

少しだけでもと睡眠を求めて、もうすぐ日が昇る時間にやっと目を閉じた。


瞼の裏に浮かんできたのは、何故か高校生の私だったけれど。


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