1
まゆちゃん促され、カラオケボックスをでると、まゆちゃんは直ぐに立ち止まって、キョロキョロと辺りを見回し始めた。
頼みの携帯はまゆちゃんに奪われたままだった。
嫌な予感がするんだけど。
「桃。あんまり考えたたくないけれど、このパターンは」
「だよね。くるって事だよね」
今のこの状態で、拓海と冬馬が会うって事だよね?
ヤバイッヤバイよ自分。
あり得ないから。
拓海にバレちゃうじゃんか。
自分でもしっかり自覚があるんだって。私絶対、拓海と冬馬の間で揺れてるよ?
拓海を選んだ自分がいるのに、冬馬に揺れるって最低だって解ってる。
解ってるのに。
止まらない。
引いても可笑しくないのに。
写真を持って歩いてくれて、私の携帯番号を眺めてくれて。
嬉しいってどうなのっっ!!
頭の中がぐしゃぐしゃだよ。
軽くパニックを起こしているうちに見慣れた影が二つ道のむこうから歩いてくる。
あれ?あの和服は………。
まこさんだっ!!今日はまこさんと一緒だったんだ。
まこさんと拓海が一緒に歩いてると、まるでそこだけスポットライトが当たっているように光輝いているように見えた。
「あららら、桃ちゃん。どちらが彼氏なの?」
まゆちゃんがほんのり頬を染めて言った。
げっ。乙女モード全開になってるさ。
冬馬の言うとおり、拓海はまゆちゃんの好みだったか。たぶんまこさんもストライクゾーンにがっちしだよね。
拓海はすぐに私と冬馬を見つけて嫌そうに眉をしかめると拳を握って、上に上げて見せてた。
げっ。そういえば必要以上に近づくなって言ってかも。
いや、言ってました。
私はそっと冬馬から離れようと横に移動してみる。
それを見てまた、舌を出されてしまった。
遅いって事?
怒ってたりして。
「和服じゃないほうが桃の彼氏の相楽だよ。もう一人はまこさん。相楽のバンド仲間だよ」
「うわぁ。格好良い。確かに冬馬くんよりずっと格好良いわぁ。しょうがないわね、桃ちゃんの子供を家の子のお嫁さんに計画変更ね」
……………まゆちゃん。言ってることが少し可笑しいよ?
「年が離れすぎだから。いい加減にしておけよ」
冷静に突っ込んでいるようで、突っ込みどころが違うよね。
「桃、そいつとなにしてるんだよ。帰るぞ」
近づいてきた拓海の第一声がそれだった。声も低くて威圧感に溢れている。おぉ、怒ってるよ。
「初めまして。桃ちゃんの彼氏さん」
「えっと?風間の妹?」
「あれ?失礼な事を聞くけど、親戚に昔アイドルやってた神崎すみれさんっていない?あ、俺栗本 誠。よろしくね」
まこさん鋭い。よく知ってるなぁ、なんて感心してる場合じゃないよね。
「桃ちゃんっ!!!妹だって!!きゃぁー!!」
テンションMAXになったまゆちゃんは勢いよく私に飛びついてきた。抱きとめて背中を撫でる。
「まゆちゃん落ち着いて」
「だって!桃ちゃん妹よ?妹っ!!」
そうだよね。それはかなり嬉しいよね。
「これ、俺の母親。神崎 すみれ本人ですよ」
冬馬が呆れたように言った。
流石に、お姉さんならともかく妹はないってことだよね。
「え?本人?うっそ!!俺、大ファンだったんですよ?レコードもCDもDVD化されたドラマも全部もってます!!」
まこさんが別人だぞっ。
突っ込む隙も与えずにまこさんはまゆちゃんの手をとり上下に激しく揺らし始めた。
「ほぉぉぉっ。桃、随分と風間の母親と仲がいいみたいだな」
いつの間にか隣に来た、拓海が耳元で囁いた。
こわっ!!
「そりゃぁ、高校の時に散々お世話になったから」
「本当に母親?どうみても妹にしかみえないけど?」
「あぁ、本当だよ。嘘みたいだけど昔から全然年をとらないんだよ。再会してさらにびっくりした」
さらに、拓海は私の腰に手を回した。
「ふうん。ま、桃が言うなら間違いないか。で?桃、俺の言った事は憶えてるよな?」
憶えてます。はい。すみません。
「いやん。嬉しいっっ!!ありがとう。もう二十年もたってるのにそんな風に言ってもらえるなんて光栄だわ。じゃ、ほら、行きましょうよ」
って何処に?
首を傾げると、まゆちゃんはそれはそれは綺麗に微笑んだ。
「もちろん、ご飯を食べにいくのよ。桃ちゃん達と、冬馬くんの奢りで」
あぁ、決定なんだ。冬馬、ご馳走さまです。
冬馬を見上げると、冬馬は仕方ないと私を見て軽く肩をすくめた。
でも突然頭を掴まれ、無理やり回転させられて拓海のほうへ向かされてしまう。
「桃どういう事か説明しろよ」
「えぇとぉ。まゆちゃんは冬馬のお母さんで、言う事を聞かないと後が大変?」
拓海は大きな溜息をつくと、私の頬をひっぱった。痛いって。
「まぁ、どのみちまこがあの状態じゃぁな」
顎で示された先にには、デレデレになったまこさんだ。
確かに。あんなまこさん見た事ない。いつもクールでカッコいいのにっ!
そしてデレデレで上機嫌のまこさんに帰ろうなどと言えるはずもなく、私達はまゆちゃんがどーしても食べたいと言った高級焼肉店に入ることとなった。
「桃、俺流石にいたたまれない。ごめんヘタレで」
困ったように冬馬が呟いた。
何故、そんな台詞が出てくるかというとまゆちゃんの決めた席順からだった。
焼肉屋さんに入ったはいいけど、6人席に案内されたと思ったらしっかりと拓海とまこさんに腕をからませたまゆちゃんは問答無用で拓海とまこさんを隣にはべらせた。
必然的に冬馬と私が向かいの席に座る事になり。
拓海のイライラオーラにチクチク肌を刺されてるんだよね。
そりゃ、いたたまれないわ。
イケメン二人に挟まれたまゆちゃんとまゆちゃんのファンだというまこさんはテンションMAXなんだけど。まこさんは筋金入りのまゆちゃんのファンだったらしく、なんかもう、崇拝な感じ?
「おいっ、風間席をかわれよ。なんでてめぇが桃の隣で仲良くメニューのぞいちゃってんだよ」
「ダメよ?私息子の隣なんてちっとも面白くないもの。いいじゃないの、器の小さい事いわないの」
ぐっと拓海は言葉を飲み込んでそばにあったグラスを呷った。
器が小さいとか言われたくないんだね。まゆちゃんこの短時間でよく、拓海の嫌がる台詞が解ったなぁ。
「そういえば、まこさん時間は大丈夫なの?なにか用があったから拓海と一緒だったんじゃないの?今更だけど」
「ん?あぁ、別に。たまにはピーと食事でもしようかって話だっただけだよ。最近打ち上げばっかりだったからあんまり話が出来なかっただろ?」
切れ長の瞳をさらに細めてまこさんがいう。
まゆちゃんの瞳がきらきらと輝いた。
「なぁに?ピーって?」
「私のあだ名だよ。桃だからピーチでピーにまで短くなったんだよ」
私が説明するとまゆちゃんは手を叩いて喜んだ。
「ピーちゃんっ!!可愛いわね。私は桃ちゃんのほうがいいけど。ピーちゃんも捨てがたいわねぇ」
「桃で頼みます。まゆちゃんには名前でよばれたいし」
「桃ちゃんがそういうなら。で、拓ちゃんとまこちゃんは注文決まった?とりあえず、和牛セット頼むけど」
たっ拓ちゃん!!まこちゃん!!
いけない、吹き出しそうだ。
慌てて片手で口を覆った。
拓海の額に青筋が浮いてピクピク動いている。
ファンの子達でこのテンションには馴れているはずなんだけどなぁ。
そう思っていると隣からぶつぶつと冬馬の念仏のような愚痴が聞こえてきた。
「くそっ、無一文のくせに和牛とか言いやがって。後で親父に三倍請求してやる。迷惑料込みでも安いぞっ」
…………迷惑料って、家族じゃないの。こんなにまゆちゃんは可愛いのに、冬馬は扱いがちょっと雑なんだよなぁ。
まぁ、まゆちゃん指定のこの店はおいしいけれど、ちょっとお高くて有名だったりする。
それを大人5人分?払うなんて大変だ。まぁ、三人分はキチンと払うつもりでいるけど今の冬馬が知る由もなく。後でそれとなくお金を渡しておこう。まこさんも拓海もお金ないからこんなお店に入れるはず無いし。いくら奢りとはいえ、店構えを見れば高いと言う事は想像がつくだろうし。
と、思った私が馬鹿だった。
拓海とまこさんは遠慮にえの字も知らなかったらしい。
奢りだって言われているにも関わらず、自分の食べたいものを値段を気にせずに頼み始めた。
それ、高いから。一皿二千円でお肉二枚ぐらいしかのってないから。
涙がちょちょぎれそうだよ。
私だってこんなお店、部長のおごりで美鈴と連れてきてもらった一回きりしか入った事ないよ。
メニュー見て死ぬ程驚いたんだから。
「桃は気にしなくていいよ。おふくろのこういう所は親父も熟知してるから。桃だった知ってるだろ。あの人達金銭感覚って言葉知らないから」
………確かに。比較的冬馬が金銭感覚があるのは、両親を見た祖父母が怒ったからなんだよね。
冬馬のお小遣いは、一般庶民並みしかなかったっけ。
「マジで親父に出させるから好きなの頼めよ。俺が桃の好きそうなやつ、頼んでやろうか?」
そう言って微笑む冬馬にドキリとする。照明が落とされ、ほんのりとした明かりに照らされた冬馬はいつもの二倍増しに格好良く見えた。
「じゃ、冬馬にまかせていい?」
自分で頼むのは、お高すぎて気が引ける。それを分かっていての申し出だったからお願いしてしまおう。
「って」
その時テーブルの下で、拓海が私の足を蹴り飛ばした。
冬馬が不思議な顔をして私を見るから笑って誤魔化した。
拓海を見ると、やっぱり不機嫌そうだし。
これは、さっさと食べて帰ったほうがいいよね。
恐いから。
帰ったらなにされるんだか。
ちょっと背筋が凍るよね。
だけど、そうは問屋が下ろさなかったのである。
世の中自分の思うとうりにならないって本当だよね。
読んで頂きありがとうございます。




