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白 桃   作者: 藍月 綾音
冬馬 Ⅱ
20/79

「だってぇ、お見合いの話を冬馬くんに持ってきたら、桃ちゃんがいたんだもの。そしたら、桃ちゃんがお嫁さんに来るのが当たり前じゃない」


悪びれることもなく、おふくろは言い切った。


勘弁してくれよ。

あんな上役が揃ったところで、自分の思い込みで話を進めるなって!


何とかあの場を誤魔化して、就業時間の終りと共に、俺達はとりあえず近くのカラオケボックスに飛び込んだ。桃は真っ青な顔をして、カラオケボックスに入るなり壁に向き合いながらブツブツと独り言を言って、頭の整理をしている。


キャパシティオーバーするとあぁなるんだけど、何度見ても異様だよな、アレ。

全く、おふくろのせいで桃に殴られたし、会社はある意味パニックだし明日からどうしろっていいんだ。


アイドルという特殊な職業についていたおふくろは、もともと生粋のお嬢様だったこともあって、常識という言葉を知らずに育ったらしい。親父も甘やかしてたからな。


だからって、俺にしわ寄せがくるのは納得いかない。

後で親父に説教だ。とんでもねぇ生き物創りやがって。


「兎に角、俺達付き合ってもないのに結婚するわけないだろうが」


呆れてそう言うと、おふくろは次々に爆弾を投下しはじめた。


……俺、マジで息子やめたい。


「冬馬くんは桃ちゃんじゃないと駄目なんだもの。桃ちゃんに振られてから、もう何年もたつのに携帯の桃ちゃんの携帯番号眺めては溜息ついて。わが子ながら情けない」


待て、なんでそんな事知ってるんだ。可笑しいだろ。

しかも俺、振られてないし。


突っ込みをする間もなく、普段おっとりした口調のはずのおふくろはきびきびと話始めた。


「たまぁに、彼女が出来たと思えば、桃ちゃんに似た子ばっかりだったでしょ?あげくにすぐに別れちゃうんだから」


いや、全然似てないって。まぁ、顔は少しばかり似ていたかもしれないが、性格は全然違うぞ?


「財布の中には桃ちゃんの写真隠し持ってるし。それに、冬馬君の部屋……」


「待てっ!!ちょっと待てっ。いい加減黙れよ」


何でそんな事まで知ってるんだよ。人の財布を勝手に見るなよっ。だいたい、今桃がいるんだぞっ!!

そんな未練がましい、女々しい男なんてアピールしてどうするんだよ!!恥ずかしいだろっ!!てか、やめて下さいっ!!


今、桃はトリップ中だったから聞いてないよな。まだ、壁むいて独り言言ってるよな。


虚しい願いを込めながら、そっと桃を盗み見る。


…………聞かれたか。


桃は顔を真っ赤にして、目を見開き、餌をねだる鯉みたいに口をパクパクさせておふくろを凝視していた。いや、その間抜けな顔。可愛いんだけどね。


「兎に角っ!桃ちゃんがいいのっ!お嫁さんは桃ちゃんなの!」


子供のように駄々をこねるのはまぎれもなく、実の母親で。


「あのな、桃にはお付き合いしてる人が別にいるんだよ。迷惑だからそれぐらいにしておけよ」


おふくろのせいで、俺の株が大暴落だ。せっかく、これから桃を口説き倒そうって時に何てことをしてくれたんだ。桃を嫁に欲しいなら、大人しくしていてもらいたい。


「嘘よっ!桃ちゃんだって、冬馬くんの事を好きなはずだもん!」


「あの、まゆちゃん。ごめんなさい」


桃のか細い声が、胸にナイフのように刺さって痛い。俺、一昨日振られたばかりなんだけど。傷をえぐるの止めて欲しい。おふくろの場合、悪気がないから始末におえない。


「結婚してないんだから、うちのお嫁さんにこれるじゃない」


桃の気持ちはどうするんだよ。とツッコミたい気持ちはあるがこうなったおふくろを止められるのは、親父だけだ。


「まゆちゃん、無理だよ」


「じゃぁ、冬馬がお見合いして他の女の子と結婚してもいいのね?」


いいって言うに決まってるだろうがっ。

なに、おふくろは俺の傷口に塩を塗りに来たのか。


しかし、桃の反応は予想外だった。動揺してくれてるのか?言葉に詰まり、視線が定まらずに忙しく動いている。


これは………脈……あるのか?

いや、ここで浮かれたらいけない。

相手は桃だ。ただ少しだけ寂しがってくれているのかもしれない。


…………それだって、嬉しいじゃないかっ!


無視をされていたことを思えばかなりの前進だ。

あんまり嬉しくて抱きつきたくなる。理性だ!俺!


昔から俺は桃に対してあんまり我慢をする事がなかった。流石にマズイと思ったのは、キスとかそれ以上の関係ぐらいで手を繋いだり、抱きしめたりぐらいは軽くやっていた。


でも、今はマズイよなぁ。

あぁ俺、反省がたりないんだ。

桃がめちゃくちゃ可愛いと、ギュッてしたくなる。

この動揺のしかたが、小動物のようで無条件で抱きしめたり頭を撫でたりしたくなるんだ。


昔、矢田って男にあり得ないって言われたけどな。

どうやらそいつには、勝ち気な桃が恋愛対象に入らなかったらしい。

まぁ、あんまりモテても困るからいいんだけど。


「ほら、桃ちゃん即答できないじゃない。迷うくらいなら冬馬くんにしておきなよ」


「えぇっ!」


青ざめていた桃の顔にさっと朱が走る。


おぉっ!いい反応だ。

産まれて初めておふくろの言動に感謝だ。


俺は自分を落ち着かせれ為に、ジュースを一口飲む。

ここはおふくろに少しまかせようかな。

桃は、明らかに動揺して俺の顔を伺い見た。

桃が直ぐに、相楽を選ばなかった事だけで満足って、俺どんだけなんだ。


「桃ちゃん、私本気だからね。桃ちゃんがお嫁に来てくれないなら、もう誰がきても一緒だもの」


そう言いながら、桃の手を握って真っ直ぐに見つめる。

突っ込み所が多すぎて、呆れるしかない。本当にこの人、俺の意志があるって分かってるのかと、時々疑問に思う。

まぁ、確かに桃に振り向いて貰えなかった時に他の誰かと恋愛出来るのか激しく疑問だけどな。


「あの、まゆちゃん。そんなことを言われても、分からないよ。冬馬とは再会したばかりだし、あんまりに急すぎるし」


即答出来てない自分に疑問も持ってないんだろう、昔からちょっと鈍いんだよな。

俺が思うに、桃は自分の気持ちに嘘をついている。

多分だけど、相楽との関係に疲れてきているんじゃないかな。

今、即答しなかったことや、心の底から、相楽の事を信用していなさそうな所に、俺の割り込む余地があると思っていた。一応嫌われていない自信もあるし?桃は本当に嫌いな人間には、むちゃくちゃ愛想が良くなるしな。だから、文句を言われているうちは、大丈夫だ。


「分からないなら、分かるようにおつきあいよ、桃にちゃん!!」


おふくろはの勢いは、半端ない。

だから、桃にはつきあってるどころか一緒に住んでいるヤツがいるんだって。

兎に角、おふくろは桃が心底好きなんだろうな。

昔から俺より桃の味方ばかりしているぐらいだから。

初めて桃を家に連れて行った時も大騒ぎだったんだ。さっさと彼女として連れて来いだの、将来の嫁は桃で決まりだの、果ては子供の名前まで考え始めてたっけ。昔からかなりの妄想癖の持ち主だからなぁ。

多分、今現在おふくろの頭の中は桃と台所に立つ妄想でいっぱいだろう。その勢いで、相楽と別れさせて欲しいけどこれ以上は桃が可哀想だ。弱り果てて、手を握りつつチラチラと俺を見ている。


おぉ、桃が俺に助けを求めている。

これは、助けないとだな。

もうちょっと、おふくろに任せていれば桃が落ちるような気がしなくもないけど。

桃に頼まれたら助けるでしょ。


「おふくろ。それくらいにしておけよ。桃が困ってるだろ?」


俺が声をかけると、勢いよくおふくろに睨まれた。


「じゃぁ、冬馬くん金山さん所のお嬢さんと結婚するのね?」


なんで、そうなる。

俺に御鉢が回ってくるのかよ。

だいたい、金山ってだれ?


「わかった、後で話だけは聞くから、桃のこと放せよ」


「本当に?!冬馬くん結婚してくれるの?」


「え?」


おふくろの矯声と桃の声が重なった。


えって、桃の奴なにか勘違いしてないか?俺、話を聞くとしか言ってないけど?


「駄目っ!!」


桃?

今、駄目って言ったよな。

桃が駄目って?

顔がニヤけるだろ。嬉しい事を言ってくれるじゃないか。思わず桃を見ると、シマッタという顔をして片手で口をおさえている。これは、思わず出ちゃいました的な?

俺、かなり脈があったりして。いや、ここでぬか喜びをしてはいけない。相手は桃なんだ、慎重にいかねば。


この間は、つい暴走してしまったけれど七年間何度も諦めようとしたけれど、諦めることが出来なかった相手が目の前にいるんだ。俺は長期戦の覚悟だった。


それにしたって、桃は可愛いよなって。あぁ俺、ストーカーの才能あると思う。

なにをしていても、どんな格好をしていても、可愛く見える上にすぐに桃を見つけられる。

俺の事を早く好きになってほしい。

恋は自覚と共にどんどん欲が深くなっていく。

俺と話をしてくれる、目を合わせてくれる。

それだけで満足できた筈だったのに。

今じゃ待つつもりがあったって、もっと触れたい、キスしたい、好きになって欲しい。

なんて考えている。

恋は病だと言うけれど、まさしくだ。

本当になんか桃色のフィルターが目にかかっているに違いない。じゃなかったら、こんなに桃のことばかり考えるのはおかしいよな。


再会してからわずかな間に、俺の脳内は桃色一色になっていた。


しかし、この状況、これは、からかわなくちゃだろ?


「駄目なのか。ふぅん、なんで?別に俺が誰とつきあっても、婚約しようといいだろ?」


「…………だって」


だっての続きは、一昨日俺が桃に告白したってことだろうな。

桃は昔から、結婚に夢をみているからな。あれだ、結婚は愛し合っている男女がするものとか思っているに違いない。理想はそうだけど、そうじゃないカップルなんて山程いるんだけどな。

まだまだ、理解できない、いや認めたくないのか。


「俺は別に、誰でもいいんだ。桃が相手じゃなかったら、誰でも同じだから」


これは、本当のことだ。まぁ、桃には重たい話だろうけど、本当のことだからしょうがない。

桃は言葉を探しているのか視線をキョロキョロさせながら人差し指で頬をトントンと叩いていた。


「冬馬、私のことからかってない?」


おや、昔よりも気づくのが早くなったな。つまらない。


顔が羞恥で真っ赤になっているけれど、視線しっかり俺をにらんでいる。


「駄目とか可愛い事をいうからだろう?」


「かっ可愛いって、バッカじゃないの?」


そういいながら、俺の肩を叩いた。

よっし!だいぶ桃との距離が近づいてきてるぞ!!

今のところの一番小さい目標は、信頼回復だ。

最終目標は、もちろん秘密だ。

いや、つい虐めたくなるけどな。なんか、俺がすることは、大抵許してもらえるみたいだから良しとしよう。


「ほら、やっぱり桃のちゃん冬馬くんの事を好きなのよ。多分、冬馬くんのほうが良い男だし。顔だけは良く産んだもの」


おふくろが嬉々として言うが、ただの親馬鹿発言だ。てか、俺のセールスポイント、ソコだけなのかよ。


「残念だったな。桃の彼氏は、おふくろが涎を垂らして喜ぶかなりのイケメンだぞ」


男の俺から見ても相楽は綺麗だと思う。アレじゃぁ、女の子達が放っておかないだろう。

だからって、浮気をしていいことにはならないけどな。


「えぇ!!冬馬くん顔で負けてるのぉぉぉ!!折角格好良く産んであげたのにぃ」


不満そうなおふくろの言い方が、釈然としない。

やっぱりセールスポイントはソコだけかっ!!

実の息子に酷い言い草だよな。


「顔で負けたならしょうがないわね。冬馬くん、ちょと未練がましいものねぇ。桃ちゃん、ストーカーされたら直ぐに私に連絡してね。ちゃんと冬馬くんをパパに叱ってもらうからね」


おいっ!俺は犯罪者決定なのかよっ!

確かに素質はある気がするが、しないぞっ!もう、桃を泣かせないって決めてるからな。

って、あれ?じゃぁ、婚約どうのこうの、お付き合いどうのこうのって気が済んだのかよ。

ころころと気分が代わるおふくろについて行けないぞ。


「冬馬なら心配しなくても大丈夫だよ。でもまゆちゃん、社長達のことどうするの?」


あぁ、えらく張り切ってたもんな。

仲人がどうのこうのって。


「あぁ、あれ?大丈夫よぉ。なんか会社のCMに出て欲しいって言ってから、そっちOKしておけば仲人なんて忘れちゃうわよ。ついでに夕飯でもご馳走になるから」


…………おい。

おふくろはたまに天然なのか、計算なのか図りがたいときがあるんだよ。

今のは完全に計算か?


でも、桃は心底安心したようにホウッと溜息を吐いた。


「よかったぁ。噂はどうにでもなるけど、社長が仲人とか言い出したら噂どころじゃないもの」


確かにな、本人達の意思とはかんけいなく結婚させられそうだ。

まぁ、俺はそれでもかまわなかったりするけど桃が後から後悔するようなことをさせるつもりはないからさ。


その時、桃の携帯が鳴り始めた。


「出ていいよ」


どうせ、相楽だろうけどと思う。

俺が面白くなかろうが、相楽は桃の彼氏だ。電話がかかってきて当然だし、桃の顔が輝いて当然だ。

胸が痛いのは俺の気のせいだと言うことにしておこう。

少し俺と相楽で揺れたところでやっぱり相楽を好きなんだろうな。


「もしもし?うん。………今?えっと………」


あ、また目が泳いでる。桃は嘘を吐けないタイプだ。全部顔に出ちゃうから。


あっ!!と思った時には既に遅く、桃の携帯電話はおふくろの手に握られていた。


「もしもしぃ。桃ちゃんの彼氏さん?初めましてぇ」


……………おい、こら、ちょっと待て。


おふくろとは思えない素早さで桃の手から携帯を奪うと相楽であろう相手と話し出す。


なに考えてんだ。


桃は呆然と自分の手の平を眺めていた。だから、鈍いって言われるんだよと思うが、大きなお世話だろう。こちらが、手をこまねいているうちに、おふくろはさっさと携帯を閉じてしまった。


「じゃぁ、行こうか」


…………って、どこに?


俺と桃が顔を見合すと、おふくろは、それはもう小悪魔としか言いようのない笑みを浮かべて首を傾げた。


「ひ・み・つ」


じゃねぇっ!!自分の年考えろ馬鹿野郎!!


読んで頂きありがとうございます。

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