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白 桃   作者: 藍月 綾音
桃 25歳 Ⅰ
2/79

桜も散り、新入社員達が配属されてくる四月。まだまだ、肌寒いからベージュの春用のコートに身を包み私は出社する。

薄手のカットソーを着ていたって、中身は薄い腹巻を巻いている。

冷え性なんだよね。なのに、見栄っ張りだから厚着ができないんだよ。だから薄手の暖かいインナーに薄手の腹巻。

最近はいいものができたもんだ。

なんて思いながら、まだ冷たい風にくそっと内心で舌打ちをしたくなる。

ガラが悪いのはご勘弁を。

会社では、おとなしく真面目な社員を気取ってみたけれど所詮私はわたし、元来の口の悪さと大雑把さは隠しきれているのかいないのか。


「おはようございます。さくちゃん先輩。今日、上が引き抜いてきた営業さんがうちの課にくるって聞いてます?」


後ろから、声をかけてきたのは、後輩の垣内(かきのうち) 美鈴(みすず)。これでもかというぐらい化粧をしているにもかかわらず、傍目にはナチュラルに見えるという神業のような技術をもっている。

ちなみに、めちゃくちゃかわいい。が、本人曰く化粧を落とすと別人らしい。

うちの課の一番人気の彼女は、癒し系の上に舌ったらずな話し方でさらに人気を集めているらしい。

寒いのか、美鈴が私の腕に絡みついてくる。


「まだまだ春って感じがしませぇ~ん。さくちゃん先輩っ!新しい営業さん、イケメンだといいですねぇ~」


美鈴は腰掛けですと公言してはばからない。夢は専業主婦だからといって、いい旦那様をゲットするべく色々な部署の有望株の情報を集めている。

これがまた、馬鹿にできないんだ。社内一の情報通といえる。このリサーチ力があれば、結構営業にむいているんじゃないかと私はふんでいるんだ。

話し方の印象からは想像つかないけれど、実は凄く頭の回転が速くて理論的だったりするんだけどなぁ。


「別にどうでもいいよ。仕事さえきちんとしてくれれば」


「もぉ、そんなんだから、駄目なんですよ~。いっそ美鈴がさくちゃん先輩の奥さんになってあげましょうか?」


下から見上げられて、あまりの可愛さにくらりとする。

あぁっ!私にこのスキルさえあれば!強い女だなんて言わせないのにっ!!


「駄目だぞ。美鈴ちゃんはみんなのアイドルなんだから、桜田が独り占めなんて」


後ろから伸びてきた手にこづかれた。


「早瀬さぁん。お早うございまぁす」


「お早う美鈴ちゃん、桜田」


「お早うございます」


腕の主は同期の早瀬はやせ とおる だった。有望株の一人の登場に、美鈴がさっと髪を整える。……流石だ。

早瀬は今のところ、独身の男性社員のなかでは一番人気らしい。まぁ、確かに顔は整ってるかも知れないけど、正直コレがいいという意味が分からない。

調子が良すぎるからだ。


「美鈴ちゃん、桜田の毒牙にかかるなよ。コイツあまりにも男っ気が無さすぎて、そっち系かもとか言われてるからな」


誰がそっち系だ。失礼な。


「いやぁん。私、さくちゃん先輩ならオーケーですぅ!」


何故かハイテンションな美鈴に慌てる早瀬が少し面白い。


てか、オーケーするな。私がお断りだ。


「美鈴、落ち着いて。早瀬もいわれのない噂を広めるのは、やめてよ。本気にする人がいたらどうするのよ」


「えぇ~、美鈴の事、好みじゃないんですかぁ」


「そういう意味なら、普通に男が好きだからね」


そんな、たわいもない会話で一日が始まる。それが私の日常だった。


たった数時間で私の日常が、ガラリと変わってしまうなんてその時私は気付きもしなかったんだ。


始業のベルと共に、部長が入室してくる。部署内がざわめきたち、隣で美鈴が小さくガッツポーズを決めたのを横目で見ながら私はパソコンの画面から目を離さなかった。

どうやら、新人さんは美鈴の第一条件はクリアしたらしい。という事はそこそこのイケメンか。

部長の挨拶と共に、視線を上げて私はそこに懐かしい顔を発見してしまった。


会いたくて、会いたくない人。

誰よりも私を理解してくれて、多分私も彼を理解していた。


背が少し高くなり、顔も幼さが抜けてシャープになっている。

でも、優しい眼差しと雰囲気は変わらない。男のくせに、花がほころぶように笑うんだ。

薄い茶色の髪は自前だと言っていた。白い肌も女みたいだって嫌がってたっけ。変わらない華奢ではかなげな雰囲気に私は目を奪われる。

まるで、そこだけ色がついているみたいに明瞭に飛び込んでくる。


あぁ、彼は今でも私の特別なのかもしれない。


「風間 冬馬くんだ。営業成績が半端ないらしいぞ。お前等気を引き締めていかないとな。まぁ、仲良くやってくれ」


「風間です。よろしくお願いします」


暖かな声音も変わっていない。その声が大好きだった。ヤバイ泣きそうだ。ここは会社なんだからと無表情を装う。


そこで、部長は視線を巡らせた。


やばいっ、視線を合わせちゃならないパターンだ。


ついっと私は視線を下にもっていった。どうか、しばらく私に気づきませんようにっ。


が、しかし私の願いは無残にも砕け散った。


「ん。桜田、しばらくお前がめんどうみてやれ。確か同い年だと思うぞ?」


あぁ、くそ親父。一遍死んで来いっ。なんて思ったりはしない。えぇ、思いませんとも。


ほら、目が会っちゃった。


冬馬が目を軽く見開き、すぐに笑顔になる。

私はきちんと笑えているだろうか。引きつっていないのだろうか。


「桃?」


冬馬が呟くと、周りがざわめく。美鈴は私の腕を引っ張っている。

懐かしい、私を呼ぶときの優しい響き。今でも、そんな風に呼んでもらえるのかと胸が少し熱くなった。

もう二度とこんな風に呼んではもらえないと思っていたから。


「なんだ、桜田知り合いか?」


部長、余計なことを。感傷に浸る間もないな。他の社員の興味津々丸出しの視線が痛いじゃないか。


「高校の時の同級生です。では、早速先に社内を案内してきます。風間さんこちらへどうぞ」


私は素早く美鈴の手を振り払い、部屋のドアを開ける。一瞬美鈴の縋るような子犬の視線を感じたけれど、この際無視だ。一秒でも早く、この場を去りたかった。


私はさっさと、部屋をでると同じ階にある休憩室に飛び込んだ。

後ろ振り向くと、ニコニコと馬鹿みたいに人の良さそうな笑顔を浮かべて、冬馬が立っていた。


「桃。久しぶり」


「うん。びっくりした」


「俺も。桃が俺に色々教えてくれるのか?」


何故、そこで嬉しそうに言うのか理解できない。

くそっ、相変わらず天然なのかっ!変わらないのかお前っ!!


「そゆこと。頼むから余計な事を言わないでよ。私、ここでは真面目な人間で通ってるんだから」


私は真っ直ぐに冬馬を見れなくて、窓の外へと視線を移した。


「桃は昔から真面目だよ。なんでも一生懸命じゃないか」


あぁ、変わってないのか。もう七年もたっているのに。


「桃」


私呼ぶ声も変わってない。


「なによ」


返事をしても返答がない。どうしてもつっけんどんにしか返せない。

しばらく間があって、つい冬馬のほうに視線をむけてしまう。


「うん。やっと返事をしてくれたな。今日からまたよろしくな」


あっけにとられて、呆然と冬馬を見た。


なんだって、なんて言った?この男。今のは七年前の続きって事だよね?


電話で話した後私は冬馬からの呼びかけに答えたことはなかった。


「携帯変わってないから、いい加減に着信拒否きっておけよ。仕事の用件で繋がらなかったら困るし」


………なぜ、今でも着信拒否しているって知ってるんだ。

それに、自分の番号が消されているとは欠片も思ってないってどうなのよ。


私の表情で思っていることが分かったのか冬馬は苦笑して答えた。


「知らないよ。でも、桃ならそうだろ」


確かに。そうです。そのままです。


「わかった。私も携番変えてないから。着信受けれるようにしておく。冬馬、メルアドは?」


「ん?変えてないよ」


だよね。お互い面倒臭がりだからね。


「私も変えてない」


どうしようかと、私は黙ってしまった。聞きたいこともあるけれど、私はずっと冬馬に謝りたかった。けれど、謝っていいのかも分からない。むしろ、今謝るのはいくらなんでも唐突過ぎる気がして口に出せない。


すっと人差し指が私の眉間に伸びてきた。


「ほら、皺になるよ。折角美人なんだからもったいないだろ」


眉間を揉みほぐしながら、言われて、思わず睨み付けた。


変わってないっ!この天然たらしがっ!!


全く下心なしに、さらっと女の子を褒めて相手のこをその気にさせてしまうんだ。

何度尻拭いをしたかわからない。

私だって、半分はコレにやられたんだ、絶対。


「その無意味に褒めるくせ治してないの?天然も度を過ぎると痛い目みるっていわなかったけ?」


あぁ、まただ。だからなんでそんなに嬉しそうにしてるんだ。

ひょっとして、七年の内に頭が弱くなったとか。


「桃に怒られるのも、久しぶりだよね。確かに桃の言う通りだったよ。一回だけ、四人の女の子に詰め寄られた」


うわぁ、目に浮かぶよ。どうせ、この中で誰が本命かはっきりしてよとかなんとか言い寄られたに違いない。


「で、それでも治らなかったと言いたい訳ね」


「流石、桃。その通り。意識しないで思った事をいってるだけだからさ、治るもんじゃなかった」


確かに計算じゃないから厄介なんだ。だから天然なんだけど。


女関係には関わらないぞ。絶対に。

こいつは厄介なんだ。


ふと隣を見るとやっぱりニコニコ笑っている。コレは知っている暖簾に腕押しってやつだ。


私は大きな溜め息をわざとだしてから、休憩室をでた。冬馬もついてくる。


「真面目な話、頼むから余計な事を言わないでね。私も気をつけるから」


釘をさしてから、一通り覚える必要のある場所を案内した。


「しばらく桃が、俺に仕事を教えてくれるんだろ」


「だから、さっきからなによ」


「また、桃と話ができるのは嬉しいと思って。俺は桃が好きだし」


…………殺したほうが良かったか。


意味は解っている。


牛乳好きなんだと言っているのとさして変わりないんだ。

25にもなって、まだ小学生並みの神経してやがるのかっ!!

素直に思ってることを垂れ流していいのは、小学校低学年までだぞこらっ!


「それはまた、ありがとう。ついでにその口縫い合わせてやろうか?誤解を招くような言い方は止めて、百害あって一利なしだから」


「俺、桃に怒られるの好きだから。桃は怒ってる時も可愛いいよね」


くらりと目眩がする。駄目だこのまま行くと、また都合良く身辺整理に付き合わされる。


「もういい」


無視だ、無視。なんか、いつの間にか冬馬のペースだ。昔の雰囲気に戻ってしまった。


謝りたかった筈なのに、冬馬と話していると少し前に喧嘩をしただけで、直ぐに仲直り出来てしまう程度のものだったみたいに勘違いをしてしまう。

この雰囲気は居心地がいいから甘えてしまう。

自分がした事を許された気になってしまう。そんなことは、絶対にないはずなのに。


結局、謝る事も大事なことを聴く事も出来ずに、自分達の部署に戻って来てしまった。

まぁ、今日から同じ職場だ。機会はまだたくさんあるだろうからいいか。


私が扉を開けると、美鈴が待ち構えていた。目がハンターになっている。


「はじめまして、垣内 美鈴でぇす。美鈴って呼んで下さい。高校時代、さくちゃん先輩と仲が良かったりしたんですかぁ?」


完全に狙い定めているよ。

久々に本気モード見ちゃった。


「よろしくお願いします、垣内さん」


優しく微笑まれ、美鈴が真っ赤になる。


「すげぇなぁ、あの美鈴が真っ赤じゃねぇか」


いつの間にか隣にきたのか、早瀬が私の耳打ちする。早瀬は観察力に優れているから、美鈴の仮面を見抜いている。けれど、女の子の努力の内、可愛いいじゃないかと言っていた。

私は早瀬を見上げながら、思わず笑ってしまった。


「早瀬、不動の一番人気が危ういかもね。あの美鈴がアレだし」


「いいよ、俺別にモテたい訳じゃないし。好きな人に好かれればそれでいいんだ」


「よく言うよ、鼻の下伸ばして嬉しそうにしてるよ、いつも」


そう言うと、早瀬は本当に嫌そうな顔をする。


「勘弁してくれよ。本当にそんな気ないんだからさ」


「はいはい、分かった。そういう事にして置くよ」


そこで私は冬馬の視線に気づいた。


「風間さん紹介するよ。同期の早瀬 亨。お調子者だけど、仕事はできるよ。営業の事は、早瀬に聞くと早いと思う」


「なんだよ、お調子者って」


早瀬に頭をはたかれた。痛いって言ってるのに止めてくれないんだよ。


「痛いなぁ。本当の事でしょ。ほら、紹介したんだからさっさと挨拶しなよ」


さっきから、冬馬が困ったように口を挟めずにいる。


「あぁ、よろしく風間くん。とりあえず、コイツの高校時代の恥ずかしいエピソードを今度教えてくれよ」


そう言って、私の頭をポンポン叩く。相変わらず嫌な男だ。背が高いからって、人の頭の上を肘掛かなんかと勘違いしているに違いない。


「仕事の事以外は、話さなくていいからね。早瀬に話すとあっという間に社内に広がるから気をつけてね。この人口が軽いから」


「なんだよ、随分と棘があるじゃんか」


「気のせいでしょ。誰も恨んでなんかいませんよ。えぇ、恨んでませんとも」


一度だけ、ある大失敗をしたときにたまたま早瀬に見られたことがある。

次の日には社内で噂になっていた。犯人は早瀬しかいない。

それ以来早瀬に大事な事は言わないことにしている。口の軽い男は嫌いだ。


「まぁまぁ、さくちゃん先輩いいじゃないですか、そんなに気にする事じゃないですよ。もうみんな覚えてませんよ。ささ、仕事仕事」


美鈴が間に入り、私達はそれぞれの持ち場に戻ったのだった。



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