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白 桃   作者: 藍月 綾音
桃 25歳 Ⅳ
19/79

5


疑問を浮かべ何か聞きたそうな受付嬢の顔を思いし、明日の朝には私と冬馬が婚約しているぐらいの事は噂で流されそうだと溜息をついた。


「桃ちゃんと冬馬くん同じ会社だったのねぇ」


のんびりと呟くまゆちゃんを応接室に入れてからほっと溜息をついた。


「お久しぶりです。お元気そうで良かった」


「いやよ、そんな言葉遣い。やっと家族になれるんですものっ!!前みたいに話してよ」


…………家族って言った?


何故?という私の疑問も尋ねる余地もなくまゆちゃんは私をギュウギュウ抱きしめる。


「もうっ冬馬君、連絡を全然くれないのよ。桃ちゃんと再会したなら、さっさと連絡するべきよね?」


いや、だからそうじゃなくてと言いたいのだけれどまゆちゃんの話は止まらない。


「で、結婚式はいつなの?もう、せっかくお見合いの話を冬馬君にもってきたのに、桃ちゃんとより戻したのなら必要ないわよね。早速お断りしなきゃね」


………え?お見合い?


嫌な予感が背筋を走った。

これは、ここでキチンと訂正しておかないとまゆちゃんに押し切られて冬馬と婚約する事になりかねない。


「あの、まゆちゃん。あのね」


「そうだ、桃ちゃん綺麗になったわね。すっかり大人になって。私、桃ちゃんが家に遊びにきてくれなくなって、とっても淋しかったのよ」


うっすらと涙を浮かべながら私を嬉しそうに見つめるまゆちゃんに私は言葉につまってしまった。

勘違いをしているのだと分かっていたし、訂正しなきゃと思っているのに、言葉がでなかった。


「そうだ、まゆちゃん何か困っているんでしょ?また、財布と携帯おとしたの?」


「なんで解ったの?」


目を見張って驚くまゆちゃんにわからいでかと内心で呟く。


昔から出掛けては財布を落とし、携帯を落とし、鞄を忘れてくるまゆちゃんに冬馬パパは財布の中身は一万円まで、キャッシャ、クレジットのカードは待たせないと決めていた。


「冬馬は三時頃帰ってくるから、それまでここにいていいよ。私は仕事があるから一緒にいられないけど、大丈夫でしょ?」


そういうと、みるみるまゆちゃんの顔が曇っていく。


「えぇ、せっかく桃ちゃんに会えたのにぃぃぃ!!いっぱい話したい事あるのよぉお!!」


この顔に弱いのよ、私。

確かにまゆちゃんに久しぶりに会えて嬉しいし、私も話をしたい事がたくさんある。


「私だってまゆちゃんと話たい事いっぱいあるよ」


ガシッと両手で右手を掴まれる。


「でしょう?お仕事の邪魔はしないから、夕飯を一緒に食べましょうよ、ね?」


食事ぐらいならいっか。冬馬に誤解を解いてもらわないとならないし。

そう思って頷いて、まゆちゃんにお茶を出してから応接室を後にした。

今日が初の外回りの冬馬に余計な事を伝えることは出来ない。

帰社した所を捕まえるか。

まゆちゃんは携帯も落としたらしいから、お金を渡して外で時間を潰してもらうわけにもいかないし。

どっちかっていうと、よくぞ会社まで辿り着いたって感じだもんなぁ。冬馬パパがよく一人で都会にだしたなと私が思うぐらいだし。

なんて考えながら自分の部署に戻ると好奇心まるだしの美鈴が待っていた。


「さくちゃん先輩ってば、やっぱり風間さんと昔つきあってたんじゃないですかぁっ。川瀬さんから報告ありましたよぉ」


水を得た魚ってこういう状態なんだろうなぁ。凄く楽しそうなんだよね。


「あれは風間さんのお母様の勘違いなんだよ。友達だっただけ」


「だけど、風間さんのお母さんの事をまゆちゃんって呼んでいたって聞きましたよぉ」


受付嬢、口軽っ!

やっぱり明日には婚約かっとか言われていそうだよなぁ。

とりあえず、美鈴には口止めしておかないと。


「高校の時に冬馬のお母さんに可愛がってもらってたの。何度も付き合ってないって言っていたんだけど、信用してくれなくて」


「ふぇ、家族ぐるみのお付き合いしてたんですかぁ」


こら美鈴、今の説明聞いてたよね?


「さくちゃん先輩、覚悟しておいたほうがいいですよぅ。今頃さくちゃん先輩と風間さんの噂で秘書課と受付凄いことになってますからぁ」


不吉な予言みたいに、ふふふふと含み笑いをする美鈴は楽しそうだ。

これも、噂が大好きな人種が多い職場に勤めた者の運命なんだろうか。

大げさに溜息をついて、私はパソコンのディスプレイに向き合った。


しばらく集中して資料を作っていると、ドサリと隣の机に鞄が置かれ、見上げると疲れた顔をした冬馬が立っていた。


時計を見ると三時半を示している。こんなに時間がたっているなんて思わなかった。どうやら、時間を忘れて仕事に集中していたみたいだ。


「お疲れさま。受付で話を聞いた?」


なんの話かわからない様子で、冬馬が私を見る。受付に寄らないで帰ってきたようだった。


「第三応接室にまゆちゃんが待ってるよ」


「……………なんで?」


いや、私に聞かれも知らないよ。冬馬は心底疲れたように机に突っ伏した。


「いいよもう、仕事終わるまで待たせておけば。どうせ、財布失くしたとか、携帯なくしたって言うんだろう?」


全くその通り。


「まゆちゃん、変わらないよねぇ。あの域に達すると人外生物じゃないかと思うよ。童顔にもほどがある」


しみじみ私が言うと、怪訝な顔をした早瀬がコーヒーを持って入室してきた。


「なぁ、桜田。第三応接室のお客さまって、お前の客?会長と社長と専務が誰のお客か血相変えて捜してるけど?」


一瞬で状況を理解し、たらりと冷や汗が流れた。まさか、バレたのか?でもなんで?

冬馬と顔を見合わせる。

私達は顔を寄せ合い、皆に聞こえないように話す事にした。


「やっぱり、まゆちゃんって有名だったんだ?」


冬馬も小さい声で私の耳元で話す。


「あの人オジサンにすっげぇ人気あったらしいよ?」


「だって、引退して二十年近くたってるんだよね?」


「だから、幻扱いなんだって。しかし、社長に、専務に会長ってどうするよ」


まゆちゃんはその昔、神崎すみれという芸名で社会現象になったほどのアイドルだったらしい。

確かに代表曲は、私でも聞いた事のある歌だった。

あの化け物みたいな若さの秘訣は人の目かもしれないと私は思っている。


「おいっ、お前等近すぎ」


ぐいっと早瀬が私の襟首を引っ張った。


「馬鹿、苦しいって」


私が抗議の声を上げると、早瀬はガシガシと私の頭を撫で回す。


「桜田はもう少し危機感を持った方がいいぞ。男相手に無防備すぎなんだよ。いくら男っ気がないからって少しは考えろ」


…………この前似たような事拓海に言われたな。今度は早瀬にまで。


「桃」


冬馬に名前を呼ばれてはっとした。いけない、素に戻りそうだった。


「いいんですよぅ。風間さんはさくちゃん先輩の元彼なんですからぁ」


…………こら、美鈴、違うって言ってるじゃないか。


「元彼?!」


早瀬、声がでかいから。

なんだかもうどうでも良くなってきた。

もういいかな、元彼で。


『桜田 桃さん大至急第三応接室までおこし下さい。お客様がお待ちです』


とうとう、社内放送まで使って呼び出されたか。

冬馬を見ると締りのない顔をしている。


「なにニヤけてるのよ。気味が悪いなぁ。呼び出されたから行くよ」


「ん?うん。元彼って響きがいいよね。本当は、今彼のほうがいいけど」


…………馬鹿だ。救いようのない馬鹿がここにいる。


私の冷たい視線に気づいたのか冬馬はえへへと照れ笑いをする。


違う、絶対に何かかが違う!!

照れるトコじゃないからね。


肩をはたいて一応突っ込んでおく。

そんな私を早瀬が微妙な顔をしてみていた。


「なに?どうしたの?………ってそれどころじゃなかったんだ。冬馬行くよ」


腕を持って冬馬を立たせると、私は第三応接室に向おうとした。

けれど、すぐに早瀬に引き止められた。


「なんで風間まで?」


「え?第三応接室にいるの冬馬のお母さんだから。じゃ、急ぐから」


早瀬が他にもなんか言った気がしたけれど、今度こそ私は部屋を出た。

気づくと隣で冬馬がガッツポーズを決めている。


意味わかんないんだけど。


「なにしてるのよ」


「ん?勝利のポーズ?」


「なんで?」


「桃は知らなくていい。とりあえずだし」


さらに謎な発言をすると、冬馬は私の腕をつかんで歩き出した。


「ちょっと、そっちじゃないから、第三応接室は右だよ」


自信満々で左に曲がろうとした冬馬は一瞬ヤバイって顔をしたかと思うと、すぐに方向転換をして右に曲がった。すぐに第三応接室が見えてくる……けど。

私はそこから回れ右をして元来た道を戻りたくなった。

とにかく、凄い人だかりだった。部屋の前に部長クラス以上のおじ様方が鈴なりになっている。


「なんの騒ぎだ?これ」


冬馬も少し引きぎみだけど、意を決して人ごみを掻き分けて第三応接室のなかに入ると、会長、社長、専務をはべらせてまゆちゃんが楽しそうに談笑していた。


うわぁ、なんか見てはいけないものを見てしまった気分だ。

会長達の鼻の下が伸びまくってるよ。


すぐに入り口にいた私達に気づいたまゆちゃんが嬉しそうに微笑んだ。


「桃ちゃんっ!!この素敵な方たちがお相手して下さったのよ。とおっても楽しかった。桃ちゃんの会社の方は皆さん優しくて素敵なのね」


その一言で私に注目が集まってしまった。普段話をする事も、目をあわすこともない上役に一斉に注目されてなんだかいたたまれない。


「では、君がすみれちゃんの娘さんなのかね。いや~、我社にすみれちゃんの娘さんがいたとは。今後もよろしく頼むよ」


朗らかに会長が言えば、まゆちゃんはぷっくりと頬を膨らませた。

そういう仕草が似合うって問題ありだからね。


…………ちくしょうっ。可愛いぜっ!!


「違いますよぉ。さっき息子って言ったでしょう?隣にいるのが息子の冬馬です。桃ちゃんは、冬馬のお嫁さんですっ!!………あれ?そっか娘でいいのか。素敵っ!!桃ちゃんが私の娘!!」


頭が真っ白になるってこういう事か…………。あまりの衝撃になにも考えられない。まゆちゃん何してくれたのよ、今。


「おお!それはおめでたい。おめでとうございます。その様子ですと、式はこれからですか?」


「ええっ!!私も今日報告されたばかりなんですよ」


やけに明るいまゆちゃんの声がものすごぉぉぉぉく遠くから聞こえる。

あれ?さっきウチの部長もいたよね。扉のトコに立ってた気がする。


「では、仲人はもうお決まりで?もしよろしければ私が、いやぁ、我社の社員同士となれば我が子同然…………」


あぁ、社長がなにか変な事言ってる。


「痛いっ、桃っ。やめろっ。痛いって」


冬馬の抗議もぼんやりと聞きながら、切実に夢であって欲しいと願っていた。


読んで頂きありがとうございます。

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