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白 桃   作者: 藍月 綾音
桃 25歳 Ⅳ
17/79

3

アパートに帰ると何故か半裸で拓海がフライパンを握っていた。卵とバターの焼けるいい匂いが漂っている。


オムレツでも作ってるのかな?


「ただいま」


私が声をかけると、チラリと此方に目をむけるけれどすぐにフライパンに視線を戻した。


「早かったな。で?なにされたんだよ」


また質問じゃなくて、確認!?


「え?別になにも。たいした熱じゃなかったから」


………拓海、感がよすぎない?

勘弁してよ。


拓海は、オムレツを皿に移すと部屋着に着替えをしていた私に近寄ってきた。


「も~も。俺が騙されると?自分がどんな顔してるか分かってるか?」


意地の悪い笑みを浮かべて、私の腰を抱き寄せた。後ろから抱きつかれる格好になる。大ピンチじゃない?私ってば嘘を吐き馴れてないからっ!


「今、顔が真っ赤だぞ。告白でもされたか?」


しまった、治まったと思ったのに。


両手を頬にあてると、拓海にその手を握られる。なんで分かったんだ?


「俺の言った通りだっただろ?アイツ桃の事をそういう目で見てたからな。で?ちゃんと断ったんだろうな?」


…………こえぇぇぇぇぇ!!

拓海の空気が禍々しいよっ!

さっきから、私は何にも言ってないのに拓海の中で会話が成立してる上に完璧に当たってるしっ!!


「あ~。う~。おなかすいちゃった?」


誤魔化そうと思いそういうと、握られた両手に力が込められた。


「桃?」


威圧感のある拓海の言葉に私は白旗をあげた。


「その通り、告白されました。でもちゃんとお断りしてきたよ?」


「それで?アイツは諦めるって?んな訳ねぇよな?」


…………だから、確認するのやめて。なんだってこんなに感が鋭いんだか。


大きな溜息をついて、体をひねると拓海に正面から抱きついた。拓海も手を離して抱き合う。


「今はそれでいいから、冬馬の事も考えてって。でも私は拓海が好きだから」


拓海の胸に頬を押し付けるように抱きつく。こうしていると、安心するし拓海が好きだと思う。


「あいつしつこそうだもんな。二人きりになるなよ。なにされるか分かったもんじゃねぇからな」


ビクリと体が震えた。


「……………桃ちゃん?その様子じゃ、襲われでもしたか?てか、襲われたんだな?お前隙だらけだもんな?」


ギリギリと抱きしめる腕に力がこめられる。痛い痛いっ痛いし苦しいっっ!!

息が苦しくなり始まると、怒りのこもった拓海の声が降り注いでくる。


「きっちり白状しろよ。何されたんだよっっ。くそっ、やっぱり行かせるんじゃなかった」


どんどん息苦しくなり、拓海の胸を拳で叩いても力は強まるばかりで私は悲鳴を上げた。


「苦しいよっ。拓海っ言うから離してっ!!」


途端に力がゆるんで、私はホッとする。痛かったし、苦しかったんだよ。


それより、嘘がつけない、隠し事ができないって最悪じゃない?どんだけ顔に出てるのよ私。

女って男の人より嘘が上手なんじゃなかったのっっ!!


くいっと顎を片手で押さえられ無理やり上を向かされた。恐ろしいほどにこやかに笑う拓海と目が合う。


目が笑ってないよぉ。


思わず視線を逸らすと、顎に添えられた手に力が入る。


「目を逸らすな。ほら、言えよ。何されたんだよ」


逆らえない私は渋々小さい声で告白をする。自分は散々浮気を繰り返したくせに、なんで私はこんなに問いつめられてるんだ?不公平だよね?


「………キッんん?」


私は最後まで話すことは出来なかった。拓海のキスで口を塞がれたから。

顎を持つ手に力が込められ、腰を抱かれ拓海に密着する。

しばらく押し付けるようなキスをすると、拓海は少しだけ唇を離すと至近距離で切なげに言葉を漏らした。


「やっぱりいいや。聞いたらアイツ殺しそうだから。桃が断わったんだったらいい」


「ごめんなさい」


切なげな声の響きに、いたたまれなくなって小さくそう言うと、拓海は軽くキスをする。


「桃」


ささやくように名を呼ばれ、胸が締め付けられて私が拓海にキスをする。

こんなに触れていたくて、拓海が愛おしいと思えるのに。

さっき、冬馬に心が揺れてしまった自分がとてつもなく嫌だった。

心の奥で罪悪感を感じながら、それでも拓海がいいと再確認する。

馴れた拓海のキスに、体をなぞる大きな手。私の大好きな拓海のものだ。

チュと音をたてて私の唇を吸うと、拓海は私の耳にもキスをする。


「桃、浮気は許さないよ。独占欲強いって言っただろ?仕事以外でアイツと話したりするなよ」


…………同じ職場ってのは考慮してくれるんだ。


「そんな事言ったって、友達だし。嫌いになれないし。朝一緒に行く約束しちゃったし」


「なんで一緒に会社に行かなきゃならないんだよ。学生じゃあるまいし、ふざけんな」


「だって痴漢からガードしてくれるっていうから」


拓海は怒ったのか、息を呑んで黙ってしまった。しばらくは、私も黙っていたけれどあんまり沈黙が長いので、おそるおそる拓海を下から見上げると額に間違いなく青筋が立っている。

思わず、逃げ出したくなった私はそっと、体を離そうとするが失敗に終わる。


物凄い怒声が部屋に響き渡った。


「どうして、痴漢にあったことを言わないっっ!!」


え?そっち?てっきり一緒に会社行く約束をしたことを怒られるのかと思ったのに。


「言ったところでどうなるの?別に減るもんじゃないし」


ダンッと拓海は床を蹴って私を威嚇した。ビクリと体が震える。

拓海の怒りの大きさが伝わってきて恐かった。


「俺が送り迎え出来るだろ?それに女性専用車輌だってあるだろうがっ!」


「拓海ここ何ヶ月もロクに家にいなかったじゃない。女性専用車輌は入り口も出口も遠くてめんどくさいんだもん」


ぐっっと拓海が無言になる。言い返したいけれど言い返せない様子が伺えた。

拳を握ってるんだけど、それが震えていることが恐い。


「兎に角、他の男に頼るな。俺が送り迎えしてやるよ。バイトを桃の会社の近くに変えたってべつにいいし」


………………うん。ちゃかしたらいけないとは分かる。拓海怒ってるし、だけど………。


我慢できなかった。私の馬鹿。


「拓海なにか変なもの食べた?真面目にこの間から変だよ?最近私に興味なかったよね?」


ここ一ヶ月あまり帰ってきた日は片手で数えられる。帰ってきたって自分の話ばっかりで、私の話を聞こうとしたことあったっけ?って感じだったんだ。

それが今、拳を震わせて何故話さなかったと怒っている。


「桃、俺の事本当に信用してないだろ?」


「え?そんな事ないけど。私の事を好きでいてくれてるってのは分かったよ?」


拓海はその場でしゃがみこんでしまった。長い髪をめちゃくちゃにかき回している。


「あぁっもう、俺が悪いのはわかるけど、まさかここまで桃に信頼されてないとはっくそっ」


別に信頼してないなんてことはないけれど、頼ろうとは思ってないだけで。

だって基本自分で出来ることは自分で処理するでしょ?

拓海の手を煩わせないですむのならそれが一番だし。

面倒臭い女って思われたくないし。


「本当、勘弁してくれよ。これからは、毎日帰ってくるし浮気もしないから。俺の事もっと頼って」


情けないほど弱々しく言う拓海に驚いた。あの、俺様拓海が?

私も拓海の前にしゃがんだ。

ぐしゃぐしゃになってしまった髪の毛を手櫛で少しだけ整える。


「頼ってるよ?拓海がいないと寂しいし」


「嘘だ。桃は俺が年下だからなんでも自分で解決しようとするんだろ」


しまった。

ニヤける。


拗ねた拓海はかわいい。今朝もかわいかったけど。いつも俺様だからあんまり私に甘えないし。

年下って事なんて拓海が気にしているとは思っていなかったからびっくりだ。


「拓海が年下だからじゃないよ。私が自分の事は自分で解決したいだけ」


「アイツには頼るじゃないか。痴漢から守ってもらうんだろ」


「アレは別に頼るとかじゃなくて、押し切られたというか。痴漢防止に利用しとけって言われたから」


拓海は上目遣いで私を疑うように見る。


「じゃぁ、俺が送り迎えする。断わるなよ」


「うん、ありがとう。だけど喧嘩はだめだよ」


拗ねた拓海が可笑しくて、心の奥がほんわかと暖かくなった。


「オムレツもう一つ作ってよ。私冷めたの貰うから。ね?」


おでこに一つキスを落とした。

拓海はしょうがないなと呟きながらキッチンへ戻っていく。

冬馬のせいで朝ごはんじゃなくて、ブランチになってしまったけれど、久しぶりに拓海と仲良く朝ごはんを食べれたから、まぁ、いいか。


読んで頂きありがとう御座います。

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