2
「俺は、桃の事好きだったって言っただろ?ねぇ、桃。ど うしてそんなに自分に自信がもてないの?」
甘く響く冬馬の声は、私の脳みそまで痺れさせるのじゃな いか。 先ほどまで目まぐるしく回転していた私の頭は一気に速度 が落ちて、なにも考えられなくなってしまった。
「可愛くないし、勝気だし、女の子らしくできない」
まるで、熱に浮かされたようにそう言うともう一方の手が 私の頬に当てられた。
「桃は可愛いし、充分女の子らしいよ。勝気なのはべつに 悪い事じゃない。証明しようか?」
何を?
と問いかける間もなく冬馬の顔が近づいてくる。 私は慌てて冬馬の額を押し返した。
「冬馬っ!意味が分からないっ!!」
このまま近づいたら、キスしちゃうじゃないかっ!! 駄目だめっ。
「じゃぁ、抱きしめていい?」
「じゃぁ、ってなによ。抱きしめるってなに?」
あぁ、また私テンパッてる。今って、ひょっとして、冬馬 に迫られてる?まさかね?ちがうよね?
「桃が自信がないっていうなら、何度でも言うよ。桃は可 愛い。抱きしめたいし、キスしたい」
………………あれ? さっき親友とかなんとか言ってなかった? 待て、落ち着け自分。 なんか状況が飲み込めない。 親友って別に抱きしめたり、キスしたりしたくならないよ ね?
あれ?
「抱きしめるのとキスするのとどっちがいい?」
耳元で囁かれ、身の危険を感じて反射的に答えてしまった 。
「抱きしめられるほうがまだいいっ!!」
次の瞬間には冬馬の腕の中だった。 あれ?おかしくね?今二択しかなかったよね? 両方嫌だとかなかったし。 しまった、勢いでつい!! だって、さっきから冬馬の雰囲気がおかしいんだもの。 まるで私の事を好きみたいな。 …………ない、ないないっ! てか、もう昔に振られたし。 でもそうすると今の状況が飲み込めない。
「桃の匂いだ」
私の首筋に顔をうずめて冬馬が言う。響きに甘さが含まれ ているし、息がかかってくすぐったい。
「ちょっちょっと待った。冬馬おかしい、おかしいから」
「ん?なにが?」
なにがじゃないっ!!
冬馬の胸に頭を押し付けるような形になって、腰には冬馬 の腕が巻きついている。 冬馬の匂いが鼻を掠めて、昨日の電車の中よりもドキドキ する。 昨日のほうが密着していたはずなのに、今のほうがもっと 恥ずかしい。 でも、恥ずかしいのに冬馬の腕は私に大きな安心感をもたらす。
ここにいれば大丈夫。
無条件にそう思えるのは、高校生の時から変わらないのか もしれない。 そう思った途端に体の力が抜けて、冬馬にもたれかかった 。
「なんにも可笑しくないよ。桃がどれだけ可愛くて、俺が こんなに抱きしめたくて、キスしたくなるって話だろ?」
耳にキスをされて、耳たぶを噛まれる。 驚いて身を震わせて、冬馬を引き剥がそうとするけれどや っぱりビクともしない。
こんな事する冬馬なんて知らないのに。 ドキドキする自分が止められないし、どこかで安心する自 分もいる。 少し体が離され、熱い瞳に絡めとられた。 冬馬の瞳には驚いた顔の私が映っている。
あぁ、体が動かない。
「ごめん、やっぱり我慢したくない」
その囁きに、私は観念してしまった。 近づいてくる冬馬を感じてギュッと目を閉じる。
けれど、しばらくたっても何もおこらなかった。
…………アレ?
そっと目を開けると、すぐソコに冬馬の瞳があった。
もうすぐ唇が重なりそうな至近距離で、冬馬が囁いた。
「どうしたの?なにをされると思ったんだよ」
意地の悪い響きにからかわれたのだと悟る。
恥ずかしいっ、恥ずかしいったら恥ずかしい。
いつから人の事をからかうような男になったんだっ!
もの凄く恥ずかしくなってしまって、自棄になって叫んでしまっ た。
「五月蝿いっ!!キスされるかと思ったんだよ!どいてっ っ!!」
更に押し返そうと、腕に力を入れようとした時に、ペロリ と唇を舐められた。
っっ舐めやがった?!
「正解。さっきのは全部撤回する。好きだよ、桃」
正解って………あれ?私の事を好きって言った?
一瞬フリーズした隙に、冬馬の唇が重なりするりと私の中 に冬馬の舌が侵入してきた。
すぐに私を絡めとり、私の背筋がゾワリとあわ立つ。
それは、初めての経験だった。
頭の芯からボウッとしてきて、あまりの気持ち良さに体の 力がドンドン抜けてゆく。力が入らなくなった腕を持ち上げて、冬馬にしがみつく。
そうしていないと不安に押しつぶされてしまいそうだったんだ。 冬馬を受け入れてしまっている自分が恐かった。
なにが、まずいって百戦錬磨のはずの拓海キスより気持ち がいいって事だ。
どこまでも優しく絡みつく冬馬のキスは、私の頭までとろ けさせてしまった。くぐもった、甘い声が漏れてしまい、さらに冬馬が私を求 める。頭の片隅で、罪悪感が広がりはじめ、更に背筋に痺れが走 った。
そっと、冬馬が私の顔を覗きこむ頃には息が上がり、切な い吐息が吐き出されていた。
気がつけば、ソファに押し倒される形になっていて冬馬が 馬乗りになっている。
この体勢はヤバイ。
しかも、冬馬の瞳に完全に火がついてしまっている。
「本当は、桃を忘れられなかった。諦めようと思っても、 どうしても桃が良かったんだ」
そう言って、切なげに見つめられたら何も言えなくなって しまう。
「モテないなんて事ないよ。桃は魅力的だ。自信がないな ら、何度でも言うよ。だから、俺にもう一度チャンスをく れよ」
切なげに苦しそうに言われて、胸の奥がギュッと締め付け られた。
「今は、相楽と付き合ってていいんだ。だけど、俺の事も 考えて?」
「……………私は、拓海が好きなんだよ?」
「今はそれでいい。俺とキスするの嫌だった?」
体を離して、ソファに私を座らせる。
嫌だったかなんて聞かれても。
真っ赤になってしまい、言葉につまってしまった私の頬に 冬馬の大きな手のひらがあてらられる。
「桃大丈夫?安心して?これ以上はしないから」
大きく首を振って答えると、私は冬馬の体を押して遠ざけ た。
「帰る」
勢い良く立ち上がると、困ったような顔をした冬馬が私の 手首をつかんだ。
「桃、怒ってる?」
「怒ってない。ちょっとびっくりしただけだから。とにかく今は拓海がいるし、冬馬の事を考える余裕がないの。ご めんなさい」
しっかりと線を引いておかないと、私が自分を信じられな かった。
自分がこんなに揺れるなんて夢にも思ってなかった。
冷静に考えれば冬馬は、かなり都合の良いことを言ってい る。
私を振ったのに、今更好きだとかあり得ない。しかも、七 年もたっているのに。
…………七年も忘れないでいてくれた。
って思っちゃうからっ私は駄目なんだ。
だって駄目な感じがストライクゾーンなんだよ。
正直な話、私は面倒をみたいんだな。世話をやきたくて、 男の人に甘えられるのが大好きだったりする。母性本能が強いのかな。
強くありたいというか、頼られたいというか。ついでにたまに、甘えさせて貰えたらベストなのよ。
冬馬はまさに理想的な彼氏だったりする。たまに頼りがい があって、基本ヘタレ。
私は冬馬の目を見る。不安げに私を見ていて、思わず微笑 んでしまった。自然に掴まれていない手で冬馬の髪を撫でていた。
「本当に怒ってないよ。私こそごめんね。じゃぁ、コーヒ ーごちそうさま。また明後日ね」
するりと手を抜いて、私は玄関にむかう。
「俺こそごめん。嘘をついたし桃が帰れないようにした 」
朝に後ろから脅かされたのは、ドアを塞ぐためだったか。
「いいよ。私は冬馬の事なら、割合なんでも許せちゃうか らさ」
そう言って振り向くと真っ赤な顔をした冬馬がいた。目が 合うと片手で口元を隠して目をそらす。
??どうしたんだろ??
「桃それ、すげぇ殺し文句。」
えっ?なんで?普通だよね?
冬馬が真っ赤になるから、伝染して私まで頬が熱くなって きたよ。
「もう逃げるなよ。俺のすることは結構許せるんだよな? 例えばさっきみたいなキスとか?」
真っ赤な顔なのに、言っている事が可愛くない。
「ばっ馬鹿!ソレは別に決まってるでしょ」
と怒鳴ったって、あまり効果はないんだよね。だってそれ に関しては全くといっていいほど怒りはなかった。
きっと冬馬も気づいている筈だ。今だって自信満々だもん 。
居たたまれなくなって、私は急いで挨拶を済ませ、冬馬の マンションを後にした。
読んで頂きありがとうございます。
 




