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白 桃   作者: 藍月 綾音
桃 17歳
14/79

2

次の日、私は学校を休んだ。

どうあがいても、腫れた目は誤魔化すことが出来なかった上に、泣きすぎて頭痛が酷かったからだ。

まるで鈍器で殴られたように、頭の後ろがズキズキと痛み布団から出ることができなかった。

ここでまた、兄貴が気をきかせてくれて両親と私が顔をあわせないようにしてくれた。

それほどに、目の腫れがひどかったんだ。失礼な兄貴は私の顔を見て爆笑したんだけどね。

兄は何も聞かずに、私の頭を撫でて笑ってくれた。


「青春だなぁ。お前等なんか、泣いてなんぼだ。お前は普段泣かないからな、せいぜい、泣いてすっきりしろや」


そう言って、大学に行ってしまった。

布団の中で、私は惰眠をむさぼり、これからの事を考えた。

昨日、一晩泣いたからもう泣くのはよそうと思い、冬馬とゆいちゃんのことは見なかった事にしようと決めた。それからもう一つ、しばらく私の中で気持ちが落ち着いたら、一度だけ冬馬に告白をしようと決めた。

私はまだ、なんにも行動を起こしていなかったし、二人の事を聞いているわけでもない。

知らんふりをして、告白してしまおう、そして、振られてすっきりしよう。

そうしたら、私は冬馬と友達が続けられる。

そう、決めると心が少しだけ軽くなった。

けれども、ゆいちゃんと友達を続けるのは無理だろうと心のどこかで確信があった。

正直に言えば嫉妬だけれど、それとは別に信頼されていなかったという事実もつらかった。

私も冬馬を好きだと言わなかったけれど、それでも何か一言いっておいて欲しかった。

それでも私はまだ、ゆいちゃんの事をきちんと解っていなかった。それを思い知らされるのはもう少し後のことだった。


そして、私はいつもどおりに冬馬の横で笑う。

なにも変わらないようでいて、すべての仕草が、行動が、私の中で変わっていた。前と同じようになんて出来る筈がなかったんだ。それでも、知らないふりを続ける事を選んだのは自分だった。


よく、観察すれば冬馬は携帯をすごく気にしている。休み時間のたびにディスプレイを覗き込んでメールを確認したり、送信したり嬉しそうにしている。

今までは、友達だろうと思っていたそれも、きっとゆいちゃんとのやり取りだったんだ。

改めて思い返せば、冬馬のそんな様子は2ヶ月ほど前から見ていたはずだった。

心の中で黒いもやが渦巻いて、おなかのあたりが、モヤモヤとするような、イライラする日々が続いた。

それでも、表面上は笑って過ごす。冬馬はゆいちゃんに夢中で私の変化に気づくそぶりもなかった。


バイトに行けばゆいちゃんがいて、ニコニコと彼氏の話をする。その彼が、冬馬だと私が知らないと思っているのだろうけど、この惚気話は本気でつらかった。

ゆいちゃんが何を考えているのかがさっぱり分からない。

例え、私が冬馬の事を好きではなくても頻繁に一緒に出掛けている友達同士が、内緒で付き合っていたら普通はショックだと思う。それに、惚気話の相手が自分の仲の良い友達だったらなおさらだ。

そんな気持ちはゆいちゃんには分からないのだろうか。

私のストレスは分からないうちい蓄積していき、私のイライラは日毎に酷くなっていった。

時々、冬馬に八つ当たりをすることもあって、きつい言葉を投げかけてしまった時、冬馬が悲しそうに眉を下げるところ見るたびに自己嫌悪に陥っていた。


このイライラから解放されようと、私は学校の帰り道冬馬の後ろから声をかけた。

気づけば冬馬と手を繋ぐ回数も減っていた。これは、多分心の距離だ。

冬馬はわりと誰にでもスキンシップが目立つ。だから勘違いする娘も多い。その、スキンシップ自体が減っていた。やっぱり心のどこかで、ゆいちゃんに悪いと思っているのかもしれない。

だから、私は振られることが分かっていた。もう、何をどうあがこうとゆいちゃんには敵わない事を分かっていけれど、なにもせずに諦めるのは嫌だった。

冬馬は優しいから、私が冬馬を好きだと知って、それに答えられない自分を責めて傷つくだろう。

それくらいは、自惚れさせてほしい。

私は自分の為に、たとえ冬馬が傷つくとしても告白をして振られたかった。

私の想いを知っていて欲しかったんだ。


冬馬を公園に誘って、アイスを買ってベンチに腰をおろした。

アイスを口に入れると、冷たくてなぜか鼻がツンとする。

しばらく無言でアイスを食べながら私は緊張していた。

そんな私に気づいているのか、冬馬も大きな口を開けて黙って食べている。

あっという間に食べ終わり、ごみ箱に向う冬馬の背中に思い切って声をかけた。


真っ直ぐ目を見て、言う事なんて出来なかった。心がもう負けていたから。

ただの、失恋を思い切る為の儀式だったから。


「私、冬馬の事好きだよ」


普通の会話に聞こえるように、声が震えないように願いながら後ろ姿に向って言った。


冬馬はなにも言わなかった。

ずっと、私に背中を向けて振り返らなかった。だから、冬馬が何を考えてどんな表情だったのかは分からない。

けれど、戸惑いが背中から伝わってくる。

きっと、私からの告白なんて思いもしなかったのだろうと想像出来てしまった。

どれくらい、そうしていたのかは分からない。

とにかく私は冬馬が何かを言うまで、その背中を見つめて溶けて手の肘まで垂れているアイスにも気づかなかった。


大きく息を吸い込んでから、冬馬はこちらを振り向いた。眉が八の字に垂れ下がっている。

頭をかきながら、小さくボソリと呟いた。


「ごめん、気持ちは嬉しいけれど……」


私は首を振る。分かっていたことだから。


「分かってる、ちょっとだけ冬馬も私の事好きなのかなって勘違いしちゃってたみたい。ごめんね、変なこと言って」


私は思っても無い事を言って誤魔化すように笑った。きちんと笑えているはずだ。


「ごめん、桃の事は友達としてしか思えない」


これで、終りだ。私の恋心はこれで吹っ切れるはずだ。そう、思って私はなんでもない事のように冬馬に笑いかける。


「そうだよね。友達だもんね。今の忘れて?本当にごめん」


そう言うと、冬馬が更に眉をゆがめる。


「桃に黙っていたことがあるんだ」


ゆいちゃんの事だと、思った。


嫌だ聞きたくない。

心が悲鳴を上げる。けれど私はなんでもない振りをしたかった。だから、笑顔を顔に貼り付ける。


「俺さ、ゆいと付き合う事になたんだ」


キリキリと喉が締め付けられて苦しくなる。解っていても冬馬の口から直接聞くとなると心の痛みが段違いだ。


「へぇ、そうなんだ。初カノだよね。おめでとう。気づかなかった、冬馬年上好きだったんだ?」


なるべく軽い口調で言えたと思う。その証拠に、冬馬の顔がほっと緩んだ。


「別に年上が好きってわけじゃなんだけどな。黙っててごめん」


「別に?そっか、じゃぁ、私はお邪魔虫だね。今度の日曜日の映画は遠慮するよ。二人で行っておいでね。あっ、やだアイス垂れてる。制服が染みなると嫌だからトイレにこもる。時間かかるから冬馬先に帰ってて」


笑ってそう言うと、私は冬馬に手を振ってトイレへと急いだ。

まだ、なにか言いたそうな顔をしていたけれど、これ以上は私が無理だ。

いっぱい泣いたから、もう泣かないと決めたのに、涙腺が緩んできている。冬馬の口からゆいちゃんの話を聞きたくなかった。


トイレで手を洗いながら、自分に言い聞かす。

明日から、友達だ。いままで通りにこの気持ちに気づかないふりを続ければいい。

冬馬と一緒にいられなくなるほうが嫌だ。

きちんと振られたんだから、これで気持ちのケリがつくはずだった。


だけど、理想と現実は違う。


理想は、冬馬の横で友達に徹する事。


現実は、あまりに辛くて笑っているように見えるのか分からなくなる程だった。


冬馬は私の告白を聞かなかったことにしたのか、次の日からよくゆいちゃんの話題が口にのぼった。

私が忘れてといったんだ。

そう言い聞かせて、私は友達の振りをする。ゆいちゃんの話にのっかり、たまには一緒に出掛けたりした。

だけど、流石に冬馬の家に気軽に行く事ができなくなっていた。

まゆちゃんが心配して、メールをくれていたから、一度だけ冬馬のいない時に、まゆちゃんに会いに行った。告白して振られたことは言わなかった。ただ、冬馬に彼女が出来たから私がまゆちゃんと仲良くしていると、彼女に悪いからともう、冬馬の家にお世話になることはしないと伝えた。

まゆちゃんが、驚いて桃ちゃんが彼女でしょう?というから私のほうが驚いた。違うって何回も言ったのに、信じてなかったのか。

まゆちゃんは、涙を浮かべて桃ちゃんが遊びに来てくれないのは嫌だといってくれたから、とっても嬉しかった。


けれど、私は無理をしていんたんだ。


冬馬のことを吹っ切れるなんて嘘だ。全然嫌いになれない。

私の前で幸せそうに、ゆいちゃんの話をする空気の読めない男なのに。

自覚をしてから毎日好きが大きくなって、溢れて止まらない。


ちゃんと振られているのに、毎日好きだと実感する。しつこく諦めきれずに心の中で好きだと連発する。

大きくなる好きに反比例して、諦めの悪い自分が嫌いになっていく。

思い通りに自分の心をコントロールできなくて、何度かたわいも無いことで冬馬と喧嘩をしたりしていた。


高校三年の夏休み、しばらく冬馬に会わなくてすむとほっとした自分に愕然とした。


ゆいちゃんとは、バイトの時間がいつの間にかずれていて会う事もなかった。

それに、三人で出掛けるときにほんの一瞬だけどゆいちゃんが勝ち誇ったような顔をするのを何度か見た。とてつもなく、惨めな気持ちになってそんな日の夜は眠れず、枯れない涙を流す。そんな日々が続いていたからだと思うけれど、冬馬が好き過ぎて自分を見失っている事がはっきりと自覚できた。


だから、夏休み明けてしばらくした頃にあの電話をかけたんだ。


もう、友達ではいることが出来なかった。

出来れば、彼女になって以前のように隣にいたかったけれどそれは無理な事だと分かっていた。

冬馬はゆいちゃんに夢中だ。

それに、現実問題も避けては通れなかった。

私は受験生だ。

冬馬の事で頭がいっぱいで、勉強が手につかずに成績が落ちていた。

県外にある、国立の大学を志望していた私は、このままだとセンター試験でふるいにかけられてしまう。

それも、理由の一つだ。毎日、同じ学校の教室で顔を合わせる。分かっていて、私は冬馬に友達をやめると宣言したのだ。それでも、冬馬は友達として私のことを好きでいてくれたから何度も話かけられた。

私は、無視という一番最低な方法しか思いつかなかった。

冬馬が近づいてくれば、逃げ、話しかけられても聞こえないふりをした。

勉強に没頭して、冬馬を忘れようと自分をごまかした。

それしか、自分を守る方法が見つからなかった。

冬馬も諦めが悪いから、何度も追いかけてきた。だから、あの態度は本当に冬馬を傷つけたのだろうと思う。思いながらも続けることしかできなかった。


受験の為にアルバイトを辞める最後の出勤日に、たまたまなのか、故意なのかゆいちゃんと久しぶりにシフトが重なった。久しぶりに見るゆいちゃんは、やっぱり可愛くて冬馬と並べばなるほどお似合いかもしれない。そう思えるほどには、心が落ち着いていた。

けれど、なかなかそう穏やかに話は進まないようで、最後の挨拶も済ませ、更衣室で着替えをしていると、ゆいちゃんがするりと入ってきた。

私が何も言わないでいると、ゆいちゃんは邪気のない笑顔を浮かべソファに座る。


「ゆいね。冬馬君が欲しかったの。だから、謝らないよ」


何故?


疑問が先だった。

なぜ、今になってそんな事を言うのかが分からない。


「そう、私はゆいちゃんの事を友達だと思ってた。だから悲しい」


溜息と共にそう言うと、ゆいちゃんは馬鹿にしたような笑いを漏らした。


「友達?そんなわけ無いじゃない。冬馬君があんまりにも可愛かったから、冬馬君と仲良くなるために、友達のふりしていただけよ」


そうか、ゆいちゃんが先に冬馬を気に入ったのか。そうだよね、友達って感じのやり方じゃなかったよね。


「冬馬君、キスしただけでゆいにめろめろなのよ。エッチはいまいちだけど、これから成長する事に期待大かな。あれ?なに怒ってるの?」


ガンッとロッカーを拳で殴っていた。ゆいちゃんの台詞がまるで冬馬の外見だけを見ているみたいで嫌だったんだ。


「冬馬をそんな風に言わないで。仮にも彼女でしょ?」


低い声でそう言うと、ゆいちゃんはけらけらと笑う。


「そうよ。私が彼女。だから、冬馬君のことは私に任せて、桃ちゃんは指をくわえて見ていればいいのよ」


自分の人の見る目の無さに眩暈がする。なんだ、この悪意の塊みたいな台詞は。

そんな事を言う人だとは思わなかった。いい人だと思っていたのに。

一つ分かったことがあるゆいちゃんは、ちゃんと私が冬馬のことを好きだと分かっていて間に入ってきたんだ。私達は、ゆいちゃんさえ間に入ってこなければうまくいっていた。

別に付き合うっていう関係じゃなくても良かったんだ。

悪意を含んだ視線が痛い。


だけど…………。だけど、冬馬が選んだ人だ。

いくら、私が嫌だと言ったって仕方が無い。私はもう、冬馬にふられて、友達もやめたんだから。

そう、思いなおして私は素早く帰り支度を終えるとゆいちゃんに向き直った。


「二人の邪魔はしないから、お幸せに」


そういい捨てて更衣室をでた。

なにかを蹴飛ばす音が聞こえたけれど、多分気のせいだと言い聞かす。

だって、ゆいちゃんは私に勝ったんだ。イラつく意味が分からない。

私は九つも上の人に、負けたんだ。別に若いからいいってわけじゃないけれど、高校生と社会人の差は結構激しいと思う。それを乗り越えての、二人だ。

辛いけれど、認めて冬馬を本気で忘れなければならない。


私はついに卒業式まで冬馬と口をきくことはなかった。

それが後悔になり、いつまでも冬馬を引きずることになるなんって思いもしなかった。

あの時、私はどうしていたら、冬馬とうまくやっていけたのだろう。

バイトをしなかったら良かったのか、ゆいちゃんの前に告白すれば良かったのか。後からはなんとでも言える。ただ、あの時はあれが私の精一杯だった事だけは確かな事だった。



読んで頂きありがとうございます。

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