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ゆいちゃんと知り合って、一年半たった。私は拭えない違和感にずっと悩まされていた。
初めての女友達で、私は距離感が分からなくておかしいと思っても本当におかしいのか基準が分からない。最初の半年ぐらいはなんともなかったんだけど、それ以降違和感がある。
きっかけは、なんか些細なことだった気がする。彼氏がいるといっていたゆいちゃんは、ほとんど私達と過ごしている。私達が出掛ける先に、一緒にくるんだよね。別に、構わないんだけど彼氏といったい何処であっているのか疑問になる。まぁ、大人だから、私達と違って夜中とかに会っているのかもしれないけれど。
それに、最近冬馬の様子が変なんだ。絶対に隠し事をしている。
それも、別にいいんだけどなんだか納得がいかないんだ。
最近三人でいると、私が疎外感を感じることが多くなっていた。
それに冬馬のゆいちゃんを見る目がなんだか熱っぽくて、その表情を見ると私は胸が苦しくなる。
よく分からない焦燥感と、疎外感。それにゆいちゃんに対する違和感。
だけど、私は相談する人がいなかった。頭を悩ませてもしかたがないので考えないようにしていたけれど、心のモヤモヤは広がるばかりだった。唯一、落ち着くのは冬馬の家でまゆちゃんと料理をしている時だった。まゆちゃんは相変わらずふわふわしていて、私を癒してくれる。
今日も、私はまゆちゃんにティラミスを教わっていた。
クリームチーズを電子レンジにかけながら大きな溜息が出てしまう。
「あらあら、桃ちゃんなにか悩み事?最近ずっとくらぁい顔してるわね」
にこやかに言われて、いけないと首を振る。
「なんでもないの。駄目だね。溜息吐くと幸せが逃げちゃう。いつもまゆちゃんみたいに笑顔だよね」
「無理しちゃ駄目よ。元気でない時もあるわ。うちの愚息がなにかやらかしたんでしょ?私が怒ってあげるから、なにかあったらちゃんと言うのよ?」
腰に手を当てて、仁王立ちするまゆちゃんはちっとも恐くない。
きっと冬馬達を叱るときも優しいんだろうなと容易に想像出来てしまった。
「ううん、冬馬はなんにもしてないよ。私がちょっとね、調子がでなくて。でも大丈夫」
「そう。じゃぁ、夕飯も食べていってよ。夕飯までには、冬馬も帰ってくるし。桃ちゃんの好きなもの沢山作ろう?」
そうやって、励ましてくれることが嬉しくて、私は甘える事にした。
「まゆちゃん、心配してくれてありがとう。じゃぁ、夕飯作りも手伝うよ」
「うん。お願いね」
詳しく話を聞かないでくれるまゆちゃんがありがたかった。
それから、私はティラミスを作ってお茶をした後、夕飯作りを手伝った。
そこで私は見たくないものを見てしまうなんて思いもせずに。
夕飯作りも大方終わったときに、まゆちゃんが冷蔵庫を覗いて大きな声を出した。
「どうしたの?」
「ソースが切れていたのを忘れてたのぉ。ちょっと買ってくるわね」
まゆちゃんが財布をとりにパタパタとリビングに走っていく後を慌てて追いかけた。
「まゆちゃん、私が行くよ。まゆちゃん他にもやる事がまだ沢山あるんでしょ?」
「いいの?ありがとう。助かるわ」
財布の中から小銭を渡され、私はエプロンを外した。
「冬馬遅いね。どこかで会うかな」
「そうねぇ。夕飯までには帰って来るって言っていたけど。桃ちゃんは冬馬が何処行ってるのか知ってるの?」
「ううん、知らない。最近あんまりそういう話しないんだ。今日私がここに来てることも言ってないし。じゃ、いってきます」
玄関を出ると、門のところに冬馬が見える。帰って来たんだ。
私は声をかけようと、身を乗り出して、信じられないものを見た。
ドクン。
大きく鼓動が跳ねる。
ありえない。
だって…………。
冬馬の横には寄り添うように、ゆいちゃんがいる。今日は彼氏とデートって言ってたのに。
照れくさそうに頬を染める冬馬の表情は恋するそれで。
私に気づかない二人は門の前で。
キスをした。
冬馬とゆいちゃんが?
だって、ゆいちゃん今日は彼氏とデートって。
あれ?じゃぁ、彼氏って冬馬?
私は身を隠すために、大急ぎで玄関の中へもどった。
ドクドクとこめかみが大きく脈打っている。
叫びたいような、泣きたいような。
見たくなかった。
こんな感情知らない。
自分がどうしたいのかもわからない。
裏切られたのだろうか。
二人は私になにも言わなかった。
私には内緒だったのだ。
胸が痛い。この痛みはなんだろう。
頭が混乱する。
そして、冬馬の家に上がって料理を作る自分に吐き気をもようした。
「桃ちゃん?忘れ物?」
リビングからまゆちゃんが顔をだして、私の顔を見てさっと顔色を変えた。
「気分悪いの?大丈夫?」
駆け寄ってきそうなまゆちゃんに、大丈夫と手を振りながら、不味い事を思い出した。
冬馬とゆいちゃんに会うわけにはいかなかった。
私は大急ぎで靴を脱ぐと、片手に持ちポケットから預ったお金を出してまゆちゃんに渡す。
「ごめんまゆちゃん、私帰らなきゃ。お願いだから、冬馬に私が来てた事いわないで。今度、ちゃんと説明するから今日は帰る」
なにか言いたそうな、まゆちゃんにごめんなさいと謝って、私は大急ぎで荷物を掴むと、お勝手から外へ出た。そのまま、裏門から家をでる。それからは、とにかく走った。
わけが分からなくて、逃げたくてそんな事をしたって意味がないのに、走った。
走って、走って駅に辿りついた後はそのままトイレに駆け込み吐いた。
気持ちが悪かった。
自分自身に、吐き気がする。
冬馬のいない時に、家にいってまゆちゃんと料理を作る。
今となっては、凄く当たり前になってしまっていて考えもしなかったけれど。
そう、私は冬馬の彼女でもなんでもない。ただの友達なんだ。
いつの間にかに、彼女にでもなったように錯覚を起こしていた。
あんまりに近くにいすぎて、当たり前になっていたことが、当たり前じゃなかったと今、目の前に突きつけられた。
私が邪魔者だったんだ。
そう、思うとまた吐き気をもようして胃の中のものを吐き出す。
生理的な涙が浮かび、それがきっかけで、嗚咽が漏れた。
知らなかった。
違う、気づかないふりをしていたんだ。
だって、今の関係を壊したくなかった。
私は、こんなにも冬馬の事を好きになっていたんだ。
冬馬とゆいちゃんが付き合っていると思うと胸が苦しい。
冬馬も、私のことを好きでいてくれているのじゃないかと勝手に勘違いをしていた時があった。いつも一緒だったし、冬馬は私にとっても優しかった。
だけど、それは全部友達にたいするもので………。
私達は、手を繋ぐことはあっても、キスをしたことはない。
好きだと言ったことも、言われたこともなかった。
ゆいちゃんよりも、私のほうが冬馬のことを知っている。理解だってしていると思う。好きなものや嫌いなもの、冬馬の考え方、全部ゆいちゃんよりも知っている筈なのに。
一緒にいる時間だって長いのに。
私じゃ駄目だったんた。
冬馬がゆいちゃんに好意を持っているのは感じていた。けれど年が離れすぎていて、ただの憧れで終わるだろうと私は高をくくっていたんだ。ゆいちゃんが冬馬を相手にするわけがないと、勝手に思っていた。
だって、私達は子供だ。
九才も年が離れていたら、恋愛対象にすらならないだろうと思っていたんだ。
だから、安心して冬馬の隣にいられた。例え、冬馬がゆいちゃんに惹かれても、相手にされないだろうからと。
全部都合のいい思い込みだ。
年の差なんて、関係ないんだ。
冬馬にとっての恋愛対象に私はなれなかったのだろう。
そうとわかっていても、感情が納得できない。
おかど違いだと頭で分かっていても、私の冬馬なのにと叫びたい。
冬馬の隣は私のものだ。
ゆいちゃんなんか大人のくせに。
私に黙って二人が付き合うなんてあんまりに酷い裏切りだ。
胸が苦しくて苦しくて、心の底から湧き上る感情が私を飲み込んでいく。
私は今初めて、冬馬をどれほど好きなのかを自覚した。
離れたくない。
私はまだ、なにもしてはいないのだから。
そう、私はまだなにもしていない。
ただ、今の関係を壊したくなくて友達でいたかった。だから自分の想いに蓋をした。
手を繋いだり、一緒に遊ぶだけで満足だった。
本当は手を繋ぐだけで、ドキドキして平気なふりをしていただけだったし、触れられるだけで心臓があり得ないほど切なく締め付けられた。
涙が止まらなくて、私はトイレでうずくまった。
苦しくて、誰かに助けて欲しくてけれども友達と呼べる人は二人同時に失ってしまった。
そう思うとまた涙が溢れる。
ゆいちゃんは、本当に友達だったのだろうか。私はゆいちゃんが彼氏と別れた事も知らなかった。
冬馬を好きなことも。
二人で隠れて会っていたこともショックだった。
子供みたいに、イヤだと頭の中で繰り返す。
泣いて、泣いて頭がボゥとしてきた時、携帯の震えに気づいた。
ディスプレイには、四つ年上の兄貴の名前が出ている。
あまり私にかけて来ることはないから、驚いて反射的に通話ボタンを押した。
「一体、何時だと思ってる!さっさと帰っこいっ!つーか、電話に出やがれ!」
鳴り響く怒声に、頭がついていかない。
「…………お兄ちゃん」
家族の声に、訳もわからず安心して、私は子供みたいにしゃくりあげた。
しゃくりあげている私に驚いたのか、兄貴が電話口でまた怒鳴る。
「泣いてるのか?!お前何処にいるんだ。さっさと吐け!」
泣きながら、駅の名前とトイレの場所を言うと兎に角そこで待っているようにと電話が切られた。
迎えに来てくれるという事に、安心して、また、涙が零れた。
こんなに涙が止まらないのは初めてで、涙は枯れることがないのかと思う。
よくよく、考えると既に4時間近くここにいるみたいだ。
時間の感覚さえ、どこかにいってしまっている。
悲しくて、つらくて、涙に溺れてしまいそうで。
自分の浅はかさを呪いたくなる。
冬馬が誰かと付き合うことが、こんなに苦しいなんて想像が出来なかった。
しばらくすると、また携帯が震え兄がトイレの前まで私を迎えに来てくれていた。
涙でぐちゃぐちゃで、腫れ上がった目を見ると兄貴は盛大に溜息をつき、めずらしくハグしてるれる。
「全く、心配かけるなよ。もう十時過ぎてるんだぞ。飯は?食べたのか?」
私は首を振って答えた。胸がつまってまだうまく喋ることが出来なかった。
「しっかし、トイレで泣くってどうよ?お前、服臭くないか?」
体を離して、私の服の匂いを確かめる兄貴に、少し笑いが漏れる。
あぁ、泣きながらでも笑えるのか。と頭の隅で思った。
「ほら、帰るぞ。車できたからどっかで飯くうか?てか、その顔じゃ無理か。しょうがねぇな、ハンバーガー奢ってやるよ」
私の手を引いて、少し前を歩く。
その背中が、暖かくて家族のありがたみを感じる。
最近では、同じ家にいてもあまり話す事がなくなっていた兄だった。
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