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白 桃   作者: 藍月 綾音
桃 25歳 Ⅲ
12/79

2

私はめったに運転しない、愛車に乗って冬馬の家に急いだ。

病院に行くなら車のほうが楽だろうからね。普段は電車通勤だから車は使わないんだけど、車自体は好きで一昨年に中古で購入したんだ。


冬馬の家は本当に近かった。あんまり近いからびっくりだよ。

ライブハウスのすぐ近くのマンションだった。これって、デザイナーズマンションってやつじゃない?

人事ながら、高そうと見上げてしまった。


お客様用の駐車場に車をいれ、私はエントランスで冬馬の部屋番号を呼び出す。

すぐに冬馬が出て、自動ドアを解除してくれた。セキュリティも固いんだねぇ。エントランス自体が私が場違いなくらいに落ち着いた高級感を醸し出している。

エレベーターに乗って10階のボタンを押した。最上階だって、眺めが良さそうだよね。

エレベーターを降りて、突き当りの角部屋だと聞いていたので、部屋のチャイムを鳴らす。

返事が無いのでドアノブを持つとカチャリと音がして、開いたのでそのまま、頭だけをそろりと家の中に入れる。


「こんにちわぁ。冬馬?居ないの?」


そんな訳はないんだけどね。さっきインターホンで声を聞いたし。


シンと静まりかえる玄関。

出てこないのも気になるけれど、総鏡張りで下が大理石みたいな玄関が気になるよ?


あれ?場違い?みたいな。


家を間違えたかなと、表札を確認すると風間ときちんと書かれている。


間違いないみたいだ。


私はそっと玄関の中に入った。

すると、奥の扉から冬馬の手だけが見えておいでおいでと手招きをしている。


なんだ、いるじゃん。なんだかホラーみたいで嫌なんだけど。

いるんだったら、いらっしゃいとか、入っていいよとか、色々言うことあるだろうに、無言で手招きってなによ。


少し冬馬らしくないけれど、熱で頭が馬鹿になっているのかもしれないと思いなおし、私は誘われるままに、その部屋に入る。


……………あら、いない。

えっ?今ここから手招きしてたよね?


ぞわっと背中に寒気が走る。

やめてよね。私恐いの苦手なんだから。お化けとかお化けとかお化けとか。


昔、心ない兄にいじめられ、押入れに閉じ込められてから、私は恐いものが苦手になってしまったのだ。


いやいやいや、馬鹿な事を考える前に冬馬を探そう。


人様のお宅に無断でお邪魔しているようでなんだか落ち着かない。

それに、ひょっとしたらどこかで動けなくなっているのかもしれない。

朝っぱらからお化けは出ない。


そう、言い聞かせてリビングらしきその部屋を進もうとしたとき、なんの気配もなく、肩を叩かれた。


「うわぁぁぁぁっっ!!」


びっくりして大きな声が出る。だって、本当に気配がなんにもなかったんだもん。

恐いの嫌いなんだってばっ!


「桃、俺だって。なに大声だしてるんだよ」


パタンとリビングの扉が閉まる音とともに、背後から冬馬の声が聞こえた。

びっくりして、心臓がバクバク音を立てているけれど、冬馬の声に安心して、私はその場に座り込んだ。


「脅かさないでよ」


やっと、それだけ言うと私はゴクリと喉を鳴らした。本当に恐かったんだよ。


「今でも恐いの駄目なのか。驚かしたみたいだな。悪い」


私の前にかがんで落ち着かせるように頭を撫でる。


………子供じゃないんだけど。


と思いながらも、私の機嫌は急上昇で悪くなっていた。メーター振り切りぎみかも。


「どういう事?元気そうじゃないよ」


自然と口調がきつくなる。だって、目の前の冬馬は全然病人らしくない。熱があるようにも見えないし、顔色もむしろ良いぐらいだ。さっき死にそうな声をだしていた人とは思えなかった。


「あぁ、ごめん。嘘吐いた」


けろりと悪びれる様子もなく、冬馬が言った。


朝早くから呼び出されて、なんだって?嘘?なに考えてんだこの男っっ!!


「桃はさ、なんとなく俺の事避けてるし、昨日の事も気になったからさ。普通に呼んでもこないだろ?」


…………当たり前だ。冬馬といるとなんだか調子が狂うから、出来れば仕事場で会うだけでいい。

私は拓海が好きなのに、拓海がいるのに。

冬馬といるとあまりに居心地がよくて昔に感情が引きずられてしまうような気がするから。


再会して何日かしかたたないのに、冬馬があまり変わっていないから、昔から一緒にいたような錯覚を起こしてしまう。それほど冬馬の隣は私にとって自然で、あの短い高校生活の間に冬馬は私の中に深く入ってきてしまっていた。


まるで、探していた大切な宝物が見つかったような、息をすることが楽になるような。

そう、素の自分でいて大丈夫という安心感があるのかな。


仕事場にはやっぱり仕事用の私がいるし、まこさん達の前では友達用の私がいる。拓海の前ですら拓海用の私がいる。誰でも多かれ少なかれ、他人の前での自分があるんじゃないかな。


だけど、冬馬の前では自然体の自分でいられる。それは、癒されると言っていい。


今、目の前にいる人は好きで好きで堪らなかった人だ。

好き過ぎて、傷つけてしまった人。

あの頃の痛みは、私の中で息づき形を変えてひっそりと今も胸の奥にある。


今、私を映す瞳が優し過ぎて、さっきまでの怒りがどこかへ消えてしまった。

冬馬の瞳は鎮静効果があるんじゃないかと疑いたくなるほど、穏やかな気持ちになってしまう。

頭を撫でていた手が止まり、するりと頬に滑り落ちてきた。感触に驚いて肩が震える。


「…………桃」


呟くように、名を呼ばれて胸がきゅうっと苦しくなる。

忘れられないあの感情が甦ってきそうで私は目をつぶった。


フニャッ。


…………フニャッ?アレ?頬をつままれてる?


「今日は化粧してないんだな。その方が桃らしい」


そのままビヨーンと引っ張られた。

目を開けるとめちゃめちゃ嬉しそうな顔をしている。


こら、なにしやがるんだ。


「相変わらず、桃の頬は伸びがいいなぁ」


そういえば昔から好きだったね柔らかくて気持ちがいいとか言ってさ。


「ほら、立てよ。コーヒー淹れるから」


私の頬を離すと立ち上がり、手を差しのべてくれる。表情が嬉しそうに輝いている。

なにがそんなに嬉しいのか理解は出来ないけど、私はその手をとり引っ張って貰い立ち上がる。


「じゃぁ、コーヒー飲んだら帰る」


「そんな事言わないでゆっくりしていけよ。桃と話がしたいんだ。…………でも、元気そうで良かった。相楽とは仲直りしたんだな」


あぁ、そうだ昨日のお礼言わなきゃ。


「うん。あの……昨日はありがとう。それと拓海が失礼な事言ってごめんね」


キッチンに向かっていた、冬馬は私を振り返ると不機嫌そうに頷く。


「桃がアイツの代わりに謝る事じゃないだろ。いいんだよ。アレはアレで。…………アレ?コーヒーどこだ?相変わらずお袋はっ!」


改めてリビングを見回すと、ダンボールがあちこちに積まれている。まだ荷ほどきが終わってないみたい。リビングはこれでもかっていうくらいに広い。二十畳ぐらいありそう。ダンボールが積まれていたってなんにもない空間のほうが広い。壁はコンクリートの打ちっぱなしで部屋の隅にある螺旋階段が物凄く気になるんだけど。


まさか、屋上直通?!


「それは、寝室に繋がってる。ここ二階建てなんだよ」


見上げていた事に気づいた、冬馬がコーヒーを探しながら言う。

まだ見つからないのか。しょうがないな。


「もういいよ。私がやる。まゆちゃんがしまったのね?」


台所の様子なら、自分の家と場所はそうそう変えないだろうと私は冬馬の実家の台所を思い出した。

キッチンに入って、冬馬を追い出そうとしたけれど、見つかるわけがないと私を見る。


しょうがないな。


私が右上の棚を開けると、コーヒーフィルターとキャニスターが仲良くならべてある。


「ほら、一発でしょ?まゆちゃんいつもここに置いてたもん」


「すごいな。さすが桃だ。伊達に家に来てたわけじゃなかったんだな」


「意味わかんない。いいから座ってなよ。冷蔵庫開けていい?」


「もちろん。家に桃に見られ困るトコなんかないよ」


本当にこんな会話をしてると、昔に戻ったみたいだ。軽口が叩ける事が嬉しい。

ただ、冬馬の話って何なのかが気になるなぁ。


コーヒーメーカーをセットすると、すぐにコーヒーのいい匂いが部屋中に漂いはじめる。

コーヒーカップはすぐに見つかり、冷蔵庫からコーヒーミルクを取り出す。常備してあるところを見ると、コーヒーのありかが分からなくてインスタントで済ませてたんだな。

ちらりとカウンターの上にあるインスタントコーヒーを見る。

男の人の一人暮らしなんてこんなものか、綺麗にしてるほうだし。

コーヒーが出来上がるまでだからと、自分に言い聞かせて思わずちらかっている、台所をさっと片付けてしまう。


いやね、手を出しちゃいけないって分かってるのよ?彼女じゃないし。だけど、許せないよね、洗い物残ってるのってっ!!


台所にはコンビニのお弁当のパックが山積みになっている。使ったカップやらお皿やらもシンクに山積みだ。


全く、自分の部屋は綺麗にするくせにキッチンは駄目なんだな。


ごみを分別してまとめ、洗い物を綺麗にすると丁度コーヒーが出来上がり、私はコーヒーを持ってリビングのソファに座った。


「ごみぐらい捨てなよ。てか、まとめておきなよ。分別の時代にあんなの捨てたら速攻で苦情がくるよ?」


そう言って、冬馬にコーヒーを渡す。


「あぁ、なんかやる気が出なくさ。そのうちまとめてやろうかなって思ってた。ひょっとして片付けてくれのか?」


コーヒーを見つけた後、追い出したから気づかなかったらしい。


「軽くね。で、話ってなに?」


「とりあえず、片付けありがとう。話は…………そうだな。」


なにを思ったのか、冬馬はジッとコーヒーを見て黙りこんでしまった。私はコーヒーを啜りながら、次の言葉を待つ。

多分、とっても言い難い事だろうと思ったから。


今日は、髪の毛もセットしていなくて柔らかい髪の毛に寝癖がついている。淡い水色のカットソーが冬馬の雰囲気にとっても似合っていて、つい口元が緩んでしまう。


格好良いんだよなぁ。

まぁ、顔に惚れたわけじゃなかったんだけどね。


「俺さ、桃に会えたらずっと謝ろうと思っていたんだ」


コーヒーを眺めながら、冬馬が口を開いた。

びっくりして、冬馬の顔を見るけれど、冬馬はそのまま話を続ける。


…………だって、謝るのは私のほうなのに。


「俺さ、桃に甘えていたんだ。あの時、桃は間違ってなかったんだ。俺が卑怯だった。だからごめん」


眉をひそめてつらそうな声音でそう言われて、私は戸惑った。だって、間違ってないって言われたって、なんの話をしているのかさっぱりわからない。


「ごめん、冬馬なんの話かいまいち良く分からない。あの時っていつの事?」


冬馬は大きく息を吸い込み、まるで吐き出すように言葉を紡ぐ。


「桃が告白してくれた時だよ」


ドクンと一つ鼓動がはね、私はあの時に意識が引き戻される。

恥ずかしくて、もどかしくて、胸の中が焼けるようで、そのくせドロドロとした感情が抑えられなくて、自分が嫌いになったあの頃に。



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