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白 桃   作者: 藍月 綾音
桃 16歳
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クリスマスが近づき、町がクリスマスに占領されドコもかしこも浮かれている。

私のバイトしているカフェも例にもれず、クリスマスバージョンだとか訳のわからない事をいって、サンタのミニワンピで仕事をしなくてはならなくなっていた。

みんな同じとはいえ、スカートの短さが恥ずかしい。

店長に抗議しようにも、売上が倍以上に跳ね上がっていて止める気は全くなさそうだった。


「うぉい。桜田ぁ、お前今手が空いてるだろ」


事務室から店長が顔をだし、私を呼ぶ。

砂糖やストローを補充していた私は手を止めて振り返った。


「暇ではないですけど?何か御用ですか?」


「うん、御用です。ちょっと来いや」


手招きをされ、なにか怒られるようなことしたっけかと記憶を探るけれど思いつかなかった。

事務室に入ると、可憐な女の子が来客用のソファに腰かけていた。

誰だろうと思いつつ、店長の斜め前にたつと満面の笑顔で彼女を紹介してくれた。


「白石 結奈さんだ。明日から働いてもらうことになった。お前のほうが年下だけど、仕事を教えてやってくれ」


新人さんかと納得して、白石さんに向き直って、軽く会釈した。


「桜田です。よろしくお願いします」


まるで其処だけ色がついたかのように彼女は微笑んだ。


「白石 結奈です。ゆいって呼んでね」


鈴が転がるようなころころとした可愛い声だった。

この笑顔にやられたのかと、店長の伸びきった鼻の下を見る。

全く、店長は美人に弱いんだから。私が受かったのはどうやら奇跡らしいと失礼なアルバイト仲間に聞いた。

女の子を雇う場合、すっごく綺麗な子しか入れないんだって。

私の場合本当に人がいなくて、猫の手も借りたい状態だったらしい。だから、面接もそこそこにOKがでたのだと言われた。

ソレを私に言う田中さんという人は本当に失礼だ。悪かったな綺麗じゃなくて。

結局、このバイトで一年以上続いているのは私しかいないじゃないか。

綺麗な子はモテる。いや、僻みじゃないよ?モテるから、男性アルバイトと恋愛関係でよくもめて辞めてしまう子が多かった。男性陣もなかなかいい男が揃っていて、どっちかというと肉食系だったりするから、やることだけやってさよならとかを、バイト仲間にまでやる最低な奴もいたりする。

まぁ、私はそんな事とは対象外で妹のように扱われていたから長続きしているのかもしれない。

明日は土曜日だから、朝からシフトに入っていた。それで彼女に仕事を教える役が回ってきたらしい。


「では、明日からよろしくお願いします」


そう言ってから、私は事務室を出た。

すぐに厨房から声がかかる。

私の中で最低ランクナンバーワンの田中さんだ。

いやね、顔はさ、やっぱりそこそこいいけど、コイツの考え方が嫌いなんだよ。


「おい、ちびっ子。新しいバイトどうだった?可愛かったか?」


「知りませんよ。明日からシフト入るって言っていたから、楽しみにしていればいいじゃないですか」


「可愛くねぇなぁ。そんなだから男できねぇんだよ」


まただ、コイツのこういう所が気に食わない。

人の善し悪しを見かけで決めて、自分の中の基準で恋人がいるかどうかでも違うらしい。

たいして可愛くもなく、彼氏のいない私は、からかいの対象だった。

このところ、からかい方が本当に酷くなってきていて私は頭を悩ませていた。

いっそのこと彼氏が出来たとでもいっておきたい気分だ。

私はつんっと右をむくと、先ほどの消耗品の補充に戻った。


「おいっ、たくっこれだからお子様は困るんだよなぁ。すぐにへそを曲げやがって」


そんな呟きが聞こえたけれど、無視だ無視。

田中さんが厨房の中に戻るのと、事務室のドアが開き白石さんが出てくるのが同時だった。

白石さんは軽く私に会釈すると店を出ていく。年は私より上に見えたけれど、大学生だろうか。

イメージとしては、白百合のような人だと私は思う。

清楚とか清純って言葉がぴったりだから。

黒目が大きな瞳も、真っ直ぐな黒髪も人形のようだなと思った。


次の日に、一日一緒に仕事した私たちはすぐに仲良くなった。

結ちゃんは25歳でフリーターをしていて、他にもバイトをかけもちでしているのでシフトの時間が学校が終わってからくる私と同じ時間帯になると言っていた。

それで、私に声がかかったのかと納得する。

私は平日に三日と土曜日にシフトをいれてある。

ゆいちゃんは週六で勤めるらしい。土曜日だけは私と一日一緒だ。

とても年が上なのに、そうは思えないほどにゆいちゃんは気さくで私たちは色々な話が出来た。


仲良くなったついでに田中さんの事を少し愚痴るとゆいちゃんはいい案を出してくれた。

私ももうそろろ限界だったから自分でも頼もうかと思っていた頃合だった。

だから、ゆいちゃんに後押しされるような形で私は冬馬に彼氏のふりを頼んだんだ。

もちろん冬馬が困っている私を見すごすわけもなくバイトが終わる時間にお店まで迎えに来てくれると約束してくれた。もともと、バイトの後に冬馬の家に行くことも度々あったから丁度良かった。普段は近場の駅まで迎えにきてくれていたんだ。


これを後から死ぬほど後悔するなんて欠片も思いはしなかった。


この時、確かに私は自分でも気づかないうちに岐路に立たされていたのだ。


冬馬が私を迎えにきてくれる事になっていたその日、店に入ってきた冬馬は私を見て、目を丸くした後に吹き出した。


「桃っ!なんだよそれ、コスプレじゃんか」


別に、可愛いとか言って欲しかったわけじゃないけど、少しむかつく。


「いらっしゃいませ。お席に案内しまぁす」


引きつった笑いを浮かべて、冬馬に近づくと思いっきり足を踏んでやった。


「いてっ。怒るなよ。可愛いって」


慌てて言ったって、もう遅い。お水とおしぼりを冬馬に渡すと受け取った冬馬は苦笑いを浮かべた。


「ごめんって。つい笑っちゃっただけだって。あんまり私服で桃のスカートなんか見ないから。本当に可愛いよ」


「本当?じゃ、許す。注文は私に任せてね。あと、15分ぐらいで終わるから待ってて」


そう言って、冬馬から離れる。

厨房の前で、ゆいちゃんがわざとらしく私に声をかけてくれた。


「あの人が桃ちゃんの彼氏?格好いいじゃない」


ソレを聞きつけてた田中さんがすごい勢いで傍にやってきた。


「なにっ!!ちびっこ!生意気に彼氏が出来たのかっ!!」


「生意気ってなんですか。私もう、高校二年なんですけど」


どれだどれだと、厨房から顔を出す田中さんに冬馬をを教えると、口を開けて驚いたように私をみる。


「お前、アレはレベル高すぎだろ。やめとけ。あんなに顔がいいとお前つりあわなくて苦労するぞ」


……………神様仏様。この失礼な男に殺意を抱くのは私の心が狭いからでしょうか。


「田中くん。言いすぎだと思うけど?女の子にむかって、そういう言い方はないんじゃない?」


ゆいちゃんがそう言ってくれる。


「お?おぉそうか?ちびっ子がこのくらいで傷つくとは思えねぇけどな。悪りぃ、悪りぃ」


全く悪いとは思っていない様子でそういわれ、私は呆れ半分、怒り半分ってとこだ。

なんだかんだ言って、苦手ではあるけど嫌いではないんだよね。

私は日替わりのケーキセットを伝票に記入して、アルバイト用の伝票入れに入れる。

そうしてから、レアチーズケーキとコーヒーを冬馬に運んだ。


「うわぁ、うまそう」


顔をほころばせる冬馬に、私も自然と笑顔になる。


「ここのお勧めだよ。チーズケーキの間にブルーベリーのソースが入ってるからめちゃ美味しいんだ」


そう、説明しているとやっぱりサンタのミニワンピ姿のゆいちゃんがやってきた。


「こんばんわぁ。一緒に働いているゆいです。よろしくね」


冬馬の顔が真っ赤に染まった。

確かにゆいちゃんはグラマーな体つきをしていて、ミニワンピが色っぽく見える。顔が清楚だからそのギャップがすごい。


この一週間で、着々とゆいちゃん目当ての男性客が増えている事に私は気づいていた。


店長の作戦勝ちだね。


少しむかついたので、冬馬の脛を軽く蹴飛ばす。

気持ちは分かるが、随分と私と反応が違うじゃないか。

私は厨房から呼ばれて、仕事にもどる。ゆいちゃんと冬馬は何事か話をしていた。

厨房に行くと田中さんがニヤニヤと意味ありげな笑いを浮かべる。


「ほらな、男は綺麗な女に弱いんだよ。てか、お前白石には気をつけたほうがいいぞ。大事な彼氏、ちゃんと捕まえておけな」


私はその時、田中さんの言っている意味が全くわからなかった。

ゆいちゃんの何について気をつけろといわれたのか理解が出来なかったんだ。

だから、すぐに忘れてしまった。田中さんのいう事はいつも適当でよく分からないことが多かったから。


でも、この時は珍しく田中さんの助言はあったっていたんだ。


私はここでも岐路を選びそこなったに違いない。


そう、後になって思い出すとこのとき田中さんは別に私の名前を呼んだわけじゃなかった。

どっちでもいいから、運んでくれと言ったんだ。この場合、彼氏じゃないと知っていたにしても、友達である私と会ったばかりのゆいちゃんとだったら、ゆいちゃんがすすんで仕事に戻ってもおかしくなかった。


私はこの時、自分の中の常識は他人の中では常識ではないこともある。


という事を理解していなかった。


まさか。嘘でしょ?ありえない。


そう、思うことが世の中往々にあるという事を知ったのは、次の年の夏だった。


アルバイトの時間が終わって、着替えてから冬馬の席に行くとゆいちゃんが楽しそうに笑っていた。


「あっ。桃ちゃん!ねぇねぇ、今度一緒にスケートに行こうよ」


私の頭の中にははてなマークが乱舞していた。

この短い中で、いったいどういう話方をしたら一緒にスケートに行く話しになるんだ?


「白石さんが教えて欲しいんだって。彼氏のこと見返したいらしいよ?」


笑顔で冬馬が言うから、私も笑って返した。


「そういう事なら、いいけれど?冬馬滑れたっけ?」


私がからかうように言うと、冬馬はさらに私を馬鹿にしたように言った。


「自転車に乗れない、桃に言われたくないね」


ゆいちゃんが大きい瞳をさらに大きくした。


「えぇ?桃ちゃん自転車乗れないの?」


「乗れます。スケートだって滑れます。冬馬いい加減なこと言わないでよね」


冬馬は笑いながら、席をつめて私を隣に座らせた。


「だって、俺のなかで桃は自転車乗れないし、泳げないし、スケートも怪しいはずだという事になっている」


いくら、私がトロいからって本当に失礼なんだよな。


「一緒に海いって泳いだじゃん。その無駄な設定今すぐ上書きしてよ。自転車乗れるし、泳げるし、スケートも滑れますっ」


「ふぅん。桃ちゃんと冬馬くん、本当に仲が良いんだねぇ。羨ましいなぁ」


そういうゆいちゃんは、少し唇を尖らせた。


「彼氏いるんでしょ?私こそ羨ましいけどなぁ」


「桃、俺彼氏設定なんだけど?てか、桃もとうとう彼氏が欲しいとか思うようになったわけ?」


そうだったと、ちらりと厨房を見て田中さんがこちらを見ていないことを確認する。


「う~ん。どうだろ?実はまだ彼氏とか想像つかない。冬馬と遊んでるほうが楽しいや」


そういうと、冬馬は目を細めて口元をほころばせた。

私の頭をそっと撫でる。


「ほんっとに、お子様だな」


「うるさい。いいのこれで」


その手を払いのけて、ゆいちゃんを見るとゆいちゃんはニコリと笑った。

その日から、ゆいちゃんが私達と一緒に出掛けたりすることが多くなっていった。

別に違和感もなかったし、冬馬もなにも言わなかった。

私はゆいちゃんが初めてできた女友達だった。

大人なのに、私たちと混じって遊んでも全然違和感がなく、むしろ私より少女のような感性をしていた。

すぐに傷つき、涙する。笑うときも泣く時もまるで思春期の女の子みたいだった。


徐々に緩やかな坂を転がってゆくボールのように何かが変わっていっていることに私は気づかなかった。


気づかないふりをしていたのかもしれない。


読んで頂きありがとうございます。

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