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第2話





 魔人の王が討伐され、世界的な種族間戦争がなくなったからと言って世界全てが平和になったわけではない。


 人間種の国家間での争いは当然として、世界各地に散逸する古代遺跡や次元の裂け目から発生する『狂獣』たちの存在もある。


 魔人の王という邪の象徴たる存在が討たれたことで平和になった世の中だ。


 戦う力を持った者たちは、それぞれの国に仕官して騎士団や警邏に入るか、職業斡旋ギルドに登録して冒険者や傭兵になるか、野に紛れて盗賊へと身を窶すかだ。


 それは魔人の王を討った英雄たち召喚同盟も例外ではなかった。


 異世界の住人たちは、魔人の王討伐後に半数以上が帰還を希望し、本来の世界に返って行った。


 中には素行や思想に致命的な問題があったために召喚同盟内で内々に強制送還されたり、処刑されたような輩もいたらしい。


 そして、エスタティスに残った異世界の住人は、現在ではほとんどが召喚の儀式を行った国に帰属し、それ相応の地位(大抵が名誉職)に就いたり、ミツルギのように王族と婚姻関係を結び国の代表になるなどしている。


 戦闘面に関しては強大無比の実力を持つ異世界人たちだったが、そのほとんどが年若い青少年だったこともあり、一国の舵を取るなど不可能だったため、高い地位を得た者達は、強制的に帝王学や政治、経済、宮廷作法を学ばされることになった。


 そのような立場になった当時の異世界人たちは、戦争時の勇ましさが嘘のように情けない姿は、滑稽で不覚にも下品な大笑いをしてしまった。


 ミツルギのように生まれながら人の上に立つ資質を持った者などもいるにはいたが、少数であったことは間違いない。


 その中でもダイトは、異常なほど下衆であり、鬼畜であり、庶民はだった。


 ダイトは、己の下衆な欲望を満たすことの障害となるであろう名誉や地位の一切を放棄した。


 魔人の王を討伐するまでにあった数々の功績も他の者たちへ譲り、召喚同盟のメンバーが残した不祥事をすべて自身に被せ、魔人の王討伐の功績に付随して与えられたバーンハルト領すら現在の住まいである屋敷ひとつを残してすべて返上した。


 現在のダイトが受けているアトローク王国からの恩恵は、税を納めなくて良いということだけである。


 この部分だけを見れば無欲な男だと思うが、ダイトを知る誰もがそんな勘違いなどしない。


 ダイトがあらゆる名誉と地位を拒んだ理由が、カティマであり、アルシェナなのである。


「私たち二人が並んで食を共にすることになるなど……今でも信じられんな」


「何を今更なことを言っているんですか、キリリカ」


 ダイトを見送り、食事を済ませてアルシェナを自室で寝かせてから片付けの手伝いに来たカティマにため息混じりの愚痴を零すと10年前の面影など感じさせない穏やかな笑みを見せるカティマの姿に積み重ねた年月の重さを再認識する。


 現在は、私も含めダイトに養われている立場にあるカティマだが、かつては【鮮血】の異名を持つ魔人種最強の大公爵の一人であったという肩書きを持つ。


 魔人種の王に傅く4人の大公爵。


 鮮血の君、魅惑の君、予言の君、審判の君。


 いずれも規格外の魔力を有し、魔人の王に四大公爵を含めた召喚同盟との最終決戦時は、次元に亀裂が入るほどの規模となった。


 全魔人種の魔力をその身に集めた魔人の王と四大公爵たちを相手に人間種が勝利できたのは、召喚同盟の力があったからと言っても奇跡であることは変わりない。


 最終決戦において魔力のほとんどが次元の彼方に放出され、力を失った魔人の王と四大公爵は人間種に討たれたのだ。


「魔人種が力を失った魔力消失……。現在の魔人種が一方的な迫害を受ける直接の原因を作ったダイトの傍によく居られるものだと今更ながらに思ってな」


「確かにダイト様は、魔人種全体の宿敵でしょうね。あの方の策がなければ、戦争は妾たちが勝利していた」


 私の言葉に僅かながらに【鮮血】の色を見せてカティマが呟く。


 いまではダイトにその身を蹂躙されることを強要される奴隷という身分へと身を窶した【鮮血】は遠い過去を思いつつ洗い終えた皿を拭きながら柔らかな微笑みを戻す。


「すべては、敗北した私たちが悪いんです。私たちが人間種に対してきたことを考えれば、絶滅させられないだけでも寛大だと思いますよ?」


 邪に属する魔人種は、純然たる実力主義の生態系を持っていた。


 故に自分たちの敗北によって訪れた現状をほとんどの魔人種は受け入れている。


 力のある魔人種になればなるほど、敗北を受け入れ再起を図ろうとする者はいない。


 中には、次元の向こう側から魔力を回収し、かつての栄光を取り戻そうとする魔人種もいるが、それもごく僅かだ。


 邪に属する者のほとんどは、他者を喰らう時、自身が喰らわれる可能性があることを本能的に理解している。


 故にこそどんな結末も受け入れるという。


「……私には理解できないな」


「魔人種でない貴女には仕方のないことです。本当に今更過ぎますけど、何か思い返すような出来事でもあったんですか?」


 私の淀んだ疑念など気にすることなく、逆にこちらを気遣うカティマの姿に捨てたはずの心が締め付けられる気がした。


「いや、最近のダイトの仕事量が増えている気がしてな。再起を図っている一部の魔人種が遺跡や次元の裂け目に干渉しているのではないかと思っているのだが、お前はどう思う?」


 本心が暴かれる前に現在の事実を交えた質問で矛先を逸らす。


 私の役目は、ダイトを含めここの同居人に知られるわけにはいかないのだ。


「確かにダイト様の帰りも最近は、遅いことが多いですし、私たちの相手をする時間も以前に比べて減ったような気がしていました」


 私の質問に深刻な表情で、知りたくもない情事の事情をもらすカティマ。


「前半は兎も角、後半は単純に年の問題ではないか?」


 召喚された当時は、十代後半だったダイトも現在では二十代も終わりに差し掛かっている。


 この歳で結婚していない人間種は、生涯一人身の覚悟をする程度に歳を取っているのだ。


 男女の情事が衰えてくるのも仕方がない。


 魔人種であるカティマは300歳を越えてなお若々しい少女の容姿を保っているし、アルシェナの外見はどうみても十代前半のままで固定されている。


 上位の魔人種は、基本的に不老だが成長が遅いわけではない。


 しかし、魔力が成長に影響を与える魔人種は、10年前の魔力消失以降、幼体からなかなか成長できないという自体に陥っている。


 アルシェナが死ぬまで幼子の姿でいるというのは些か不憫に思う。


「ダイト様に限って衰えるということはありえません。それと成長しないことをアルシェナは不満に思っていませんよ?」


「んなっ!?」


 思考しただけのつもりだったが、声に出してしまっていたか?


「声には出ていませんよ。単純にこのやり取りが、前にもあったというだけのこと。それに私くらいになれば、貴女の思考を読むことは容易いのよ?」


「っ、お前は魔女だ」


「いいえ、女魔人です。それに歳を取らないのは、貴女も同じではなくて……女機人さん?」


 適当な話題逸らしのための軽口からいきなり私の秘密の一つを簡単に口にする女魔人に不覚にも驚愕の表情を見せてしまった。


 そんな私の態度を嘲ることなく、むしろ呆れたという調子でカティマはため息を漏らす。


「私たちの付き合いも10年ですよ? 敵対していた戦争時なら兎も角、寝食を共にしているのにバレないわけがないでしょうに」


 カティマの言葉に私の思考回路が次の対応を導き出す。


「こ、このことはダイトには「ダイト様は、初めから知っていたご様子ですよ?」……な、んだと?」


 私は、自分の台詞を先読みされたことよりもダイトが私の秘密を知っていたことに愕然とする。


「は、初めからというのはいつからだ? 私がここに住み着いた時からか?」


「戦時中に旅先で出会った翌日には気付いたそうですよ?」


 カティマの処刑宣告に私は膝から崩れ落ちる。


 私は、戦時中はもとより現在に至るまでダイトの獣性を利用し、貞操を代償に無理難題を何度か押し付けてきた。


 もちろん、機人である私に生殖器はないので物理的に不可能である。


 あの外道は、私が穴なしだと知りながら色仕掛けっぽいことをする姿を見て、惚けるフリをしつつ内心では私を嘲っていたというのか!?


「……粉々に砕け散りたい気分だ」


「斬新な絶望表現で微妙に面白いけれど、そんな物騒なこと言わないでください」


 床に崩れ落ちた私の姿に笑いを堪えながらも励まそうと声を掛けてくるカティマだが、こいつはここで私を励ますような女ではないことを私は知っている。


「ダイト様は、貴女に生殖器があろうがなかろうが現在でも全力で貴女の貞操を狙っています。だから、安心してください」


「何を安心すれば良いのだ!」


 ダイトが外道であると知っている私に対し、ダイトが襲ってきた際の最終的な言い訳すら通用しないという事実は、死活問題だ。


 生殖器を持たない私にダイトが一体どのような性的嗜好を向けてくるか想像も付かない。


 これまでは、アルシェナの幼い身体を考え、交合を控えるように注意してきたが、これからはカティマ共々アルシェナにも頑張ってもらわなければならない。


 それでも足りなくなってしまった時のために新たな奴隷を買い付けることも視野に入れておかなければ。


 いつの間にか保身へと思考が流れていた私にカティマが冷たい視線を向けていた。


「な、何だ、その目は。何かこれ以上、私に言いたいことでもあるのか?」


「鋼の心臓と骨格を持つ機人である貴女は、それでも人間種であることに変わりはない」


 何を当たり前のことをと思う。


 鋼の心臓と骨格を持つが、血と肉そのものは私の身体にも人と変わりなく流れ備わっている。


 内臓機構のほとんどが人のそれと異なってはいるが、外見からは全裸にならなければ人間種と見分けなどつかない。


 機人は、機械人形ではなく、古代の鋼と融合した人間種のことだ。


 魔人種との戦争中にとある事件で失った身体の機能を補い、魔人種と戦うための力を得る為に私は機人となったにすぎない。


 ゆえに人並みの感情はあるし、人並みの羞恥心もある。


 ダイトの変態的な性癖の餌食なる可能性があるというのならそれを恐れることに何ら不思議はない。


 そんな私の内心を見透かしているであろうカティマは、再び深いため息を零して呟く。


「貴女は、10年という時を共に過ごしてきて何も理解していない。いや、貴女だけじゃない。召喚同盟も人間種も……妾でさえも理解できていないわ」


 カティマの言葉は、私だけに向けたものではない。


 誰かに向けた言葉でもないような気もするが、誰かのことを思った言葉であることは間違いないは理解できる。


「私たち魔人種は、敗北してよかった。人間種には、そう思わせるだけの種であって欲しいの。お願い……」


 いつになく真摯なカティマの黄金の瞳に私は囚われた気がした。


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