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第1話


 アトローク王国にある商業都市ベラーノの郊外にあるバーンハルト領。


 そこにただ一つ建つ屋敷。


「 ―― ! ―――ッ!!」


 壁一枚を隔てた向こう側で行われている堕落の宴に終焉を告げる謳声が響いた。


 今宵も強い雄が獣性を満たし、弱い雌が隅々までを貪られた。


 欲望を満たした雄は獣性を拭い去り、数分前までの情事を感じさせない様子で私が待つ食卓へと現れる。


「おお、今日もうまそうな匂いですね!」


 すっきりした笑顔で言う雄は、この家の家主である。


 キタムラ・ダイト=バーンハルト――。


 10年前、英雄王シオンと共に世界を救った異世界の住人だ。


「さて、キリリカさんの美味しい料理を冷めないうちに食べさせてもらいますよ!」


「すでに冷めてしまったがな」


 先ほどまで飢えた獣の如く、幼い少女の柔肌を貪っていた外道の無邪気な声に侮蔑を多分に込めて言う。


「料理と口調が冷めても美味しいのがキリリカさんクオリティですね」


「また奇怪な言い回しか。つまらないぞ」


「ははは、ごめんなさい。キリリカさんが美人だからついつい喋りすぎちゃうんですよね」


 聞き飽きた賛美は聞き流す。


 この男、ダイトと出会うまでは一度として言われたことのない言葉だったが、出会って10年以上も共に暮らしていれば一人にしか言わなくても聞き飽きる。


 魔人の王を討伐する旅の途中で出会ってから苦楽を共にし、平和な世の中になり、10年以上も一つ屋根の下で寝食を共にする。


 はたから見れば夫婦と見られてもおかしくない状況だが、ダイトに限ってそのようなことはない。


 この屋敷には、私のほかに女が二人ほどいる。


 事実関係で見るのならば、この二人の女の方がダイトの妻であると言えるだろう。


 もちろん、実際にそうであるわけではなく、現状を正しく把握しているならば誰も夫婦関係とは思わない。


「あら、もう食べ始めていられましたか」


 ダイトが半分以上自分の分を食べ終わった頃に扉を開いて現れたのは、太陽の光を連想させるような健康的な褐色の肌にそれそのものが光を発しているかの如き輝きを宿す銀色の長い髪と強い意志を感じさせる黄金の瞳を持つ女だ。


「遅いぞ、カティマ! キリリカさんが作ってくれた料理が冷めちまっただろうが! アルシェナも隠れてないでさっさと食え!」


 遅れる原因を作った張本人が理不尽な怒りを示すが、褐色の女カティマは気にした様子もなく優しげな微笑みを見せる。

 

「はい、申し訳ありません。キリリカも美味しい食事をいつもありがとうございます」


「いや、気にするな。お前たちの分は、仕上がりを遅らせていたからちょうど食べ頃になっているはずだ」


「ちょっとキリリカさん!」


 扱いの違いに抗議の声を上げるダイトは無視してカティマの背後に隠れているもう一人の女、少女へいまだになれない微笑みを見せる。


「アルシェナも席に座れ。今、お前たちの分も持ってこよう」


「て、手伝います!」


 厨房に戻ろうとする私に慌しく近寄ってくるアルシェナ。


 精錬された鋼を思わせる黒に近い灰色の肌に瞳孔のない血色の眼、側頭部から禍々しい歪曲を描いて伸びる大角が一対。


 この数年で誰の眼にも明らかな異形であるアルシェナの姿にも忌避を感じなくなった。


 小走りで近付いてきたアルシェナの身体から穂のかに温かみが感じ取れる。


 頬に赤みが差しているのは、湯浴みだけが原因ではないことくらい私にも理解できる。


 アルシェナと同様のことを強要されていたカティマもまた赤みの差す頬を冷やした濡れ布で包み隠している。


「さて、と。それじゃ、俺は出かけてきますね」


 年端もいかない幼い少女を喰らうダイトは、私の料理も喰らい尽くすと食器も片付けずに部屋を出ようとする。


「自分の分くらい片付けようと思わないのか? カティマもダイトを甘やかすな」


「おっと、そうだったそうだった。ちゃんと分かってますよ」


 ダイトの分をカティマが片付けようと動きかけていたところを注意するとダイトはおどけた調子で食器を纏めて炊事場に運ぶ。


 ダイトが炊事場に入るのと入れ違いに食事を載せたトレイを抱えたアルシェナが逃げるように飛び出してきたと思うと凄まじい水量が掻き混ぜられるような轟音が響いた。


「これだから異世界の住人は……」


 エスタティスの人間種は、魔力を消費する魔法や聖気を捧げる聖法などの強大な力を地力で扱うことはできない。


 しかし、人間種でありながらそれら上位法術を使いこなす者たちがいる。


「ダイト様のような異世界の方は、魔法に匹敵する法術を息をするのと同程度で扱われますから」


 異世界の住人は、化物揃いだ。


 それはエスタティスの歴史に刻まれた純然たる事実である。


 現アトローク王である『聖王剣』ミツルギ・シオンを筆頭にした魔人たちの王を討伐した召喚同盟という生きた伝説たちが残る現代にこれを疑う者はいない。


 そんな伝説の一角であり、『火葬者』キタムラ・ダイトが癖のある短い黒髪に泡を被ったまま炊事場から出てくる。


「料理道具なんかもついでに洗っておきましたよ」


 そう言ってドヤ顔(←ダイトたちがよく使う単語)を見せるダイト。


「それくらい言われなくても自発的にするようにしろ。あと食器を洗うくらいで最上位法術を使うな」


「いやいや、こういう日常的なことに使うからこそいざという時に絶妙なコントロールができるようになるんですよ? これも錬成の一環ですよ」


 ああいえばこう言う男だ。


 その言葉に嘘がないということがまた腹立たしい。


 生まれつき法術を扱える種族ならいざ知らず、後天的に強大な法術を授かった異世界人は、加減というものを知らない。


 普段は、大した力など持たないと装っていながら有事の際には、過剰なほど圧倒的な法術や巧みな|戦技<アーツ>を魅せつける者が多い。


 私もはじめのうちは、その圧倒的な力に魅了され羨望の眼差しを向けていた。


 しかし、彼らの実力が弛まぬ修練によるものではないと知らされた時は、一昼夜嫉妬に狂ったものだ。


 そんな嫉妬もダイトと共に暮らすうちにどうでもよくなった。


 この男は、魔人の王討伐の道中からその力を隠すことなく魅せ付け、誰に対しても隠し事などしなかった。


 良くも悪くも裏表を見せないダイトの人間性に今は安心感すら覚えている。


 私たち人間種は、他のどの種族よりも理性が発達していると言われている。


 しかし、理性の発達と共に欲望もまた際限なく発達していったのだろう。


 エスタティスの人間種も異世界の人間種もそれは変わらない。


 それが悪いとは私も言わないし思わない。

 

 私自身、嘘で飾り付けなければダイトたちとの生活を送れないのだ。


「それじゃ、今日も夜の出稼ぎに行って来ますね」


「ああ、行って来い」


 出掛け支度を整えたダイトは、毎夜遅い時間に出稼ぎへ向かう。


 こうして見送るのも慣れたものである。


「カティマもアルシェナも俺が帰るまでにしっかり体力回復しとけ、いいな?」


「お気遣いありがとうございます。ダイト様の無事なお帰りをお待ちしております。いってらっしゃいませ」


「が、頑張ってください……」


 カティマやアルシェナがダイトを見送る姿もみなれたものである。


 女三人だけを夜に残して男一人で出稼ぎに出るなど現在の平和な情勢でもあまり褒められたものではない。


 それでも国からの援助がないダイトは、危険度が多少高くとも実りの良い仕事を選ばなければならない。


 もっとも私を含め、この屋敷に暮らす住人は例外なく人間種程度の夜襲ならば簡単に撃退できるのだがな。


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