第0話
※本作品は、残酷な描写を多分に含みますのでご注意ください。
「 世界が闇に閉ざされる時、希望の剣は異世界より招かれる 」
これは、私が暮らす世界であるエスタティスの地に伝わる数々の伝承の中で目にする一文である。
現存する最古の記録、伝承によれば世界に人と獣の区別がなく、正邪という概念すらない時代に現れたとある。
曰く、人を人たらしめる概念を刻み、人に仇為す獣を駆逐し、正と邪を斬り別けたという。
最も新しい記録は、10年前。
正邪が斬り別けられた時代以降に誕生した魔力を自在に扱う種族、魔人たちの王が討伐された英雄譚。
正に属する人間種と邪に属する魔人種の永い争いを終結させた英雄の名は、ミツルギ・シオン=アトローク。
彼もまた召喚の儀式が伝わる国の一つアトローク王国により招かれた異世界の人間種である。
異世界の住人達は、時代の節目に現れてはエスタティスに大きな変革を与えてきた。
ゆえにエスタティスの文化には、異世界の概念や価値観、知識や技術が多く入り込んでいる。
異世界の住人達により変化したエスタティスの文明は、たびたび間違いを犯しながらも概ね問題なく歴史を積み上げてきた。
しかし、世界は変わっても人間種というものはそうそう変わらない生き物である。
異世界から現れた者たちは、エスタティスの人間種と変わるところなどなく、むしろ本来であればエスタティスの人間種より劣った種であることを私は知っている。
彼らは、エスタティスより進んだ人間種の世界に生まれた故に進んだ知識や技術、思想や価値観を持っていたに過ぎない。
彼らは、召喚の儀式によって世界を越える際に超越的な能力を付与されただけに過ぎない。
彼らは、食事を必要とすれば、休息もとらねば生きていけない人間種にすぎない。
彼らは、善意を装いながらも自身の欲望を満たすことを忘れない欲深な人間種に過ぎない。
私は、知っている。
異世界の住人は、希望でもなんでもない。
彼らは、エスタティスに刻まれた理に飲み込まれた迷い子に他ならない。
私は、知っている。
異世界の住人から教えられたから知っている。
彼らは、強大な力を持っていようとどこまでも脆弱で欲深な人間種であるということを。
脆弱で欲深な異世界の人間種と私は暮らしている。