捌怪.そこには影
「……どうするべきか」
僕は今、七不思議に襲われている。しかし、これが一体どの七不思議によるものなのかがまだ分からない。僕はとりあえず、階段に向かって歩き続ける事にした。無駄なのは分かっているが、立ち止まっているだけじゃ仕方がない。
案の定、資料室の前辺りまで歩くと三○五教室の前にまで戻ってきていた。うーん、どうしたものか。肝心の七不思議がどれか分からないと、対策を練る事も出来ないのだが……。一応、どの七不思議なのかは二つにまで絞れてはいる。だが、まだ確証が持てない。何かきっかけになる事が起きないだろうか。
「ん……?」
何だか、気配を感じた様な気が……。
僕はゆっくりと後ろを振り返る。しかし、そこには誰も居ないし、何もなかった。
「気のせいか?」
僕は再び前を向いて歩き始めた。だけどやっぱり気配を感じる気がする。今度は勢いよく後ろを振り返ってやった。するとそこには……。
「な、何だこれ……」
そこには何やら黒い塊があった。僕より少し大きいくらいの、人型の物体だった。何だろう、これは影なのか……?そこまで考えを巡らせると、僕の頭には一つの七不思議が思い浮かんだ。もうこの七不思議と断定しても良いだろう。
これは宵闇高校七不思議の二つ目『忍び寄る影』だろう。
この忍び寄る影だが、実際はそれほど危険な七不思議ではない。厄介であるのに変わりはないのだが、他の七不思議達に比べればそれも幾分かマシな存在だ。
――――ある日の放課後、一人の男子生徒が教室から職員室に向かっていた。特に急いでいたわけでもないのでのんびりと職員室へと向かっていた彼だが、ここである異変に気付いた。先ほどからずっと同じ区間を歩いていたのだ。進めど進めど、ある程度行くと元居た場所まで戻されてしまっている。そんな異常な現象に恐怖する彼に、更に追い打ちをかけるような事態が起きた。背後に気配を感じたのだ。彼は恐る恐る振り返った。そこに居たのは、人型の黒い塊だった。影のような物体はぴくりとも動く事はなく、ただじっとこちらを見つめているように思える。男子生徒は恐怖のあまり動く事も出来ず、ただただ茫然としていた。するとその塊はいきなり姿を消した。暫くは様子をうかがっていたあれだったが、今がチャンスだと踏んだ彼は恐怖で震える足を必死に動かし、廊下を走っていった。走っている内に彼は、もうループさせられていない事に気がついたそうだ。それ以降学校中の様々な場所で、同じ現象に巻き込まれたという事例がたびたび確認されるようになった。気付くと皆、男子生徒と同じように一定の区間をループをさせられて、最後は影が背後に立っているという、男子生徒の体験した現象と全く同じ内容だ。だが一人として影に襲われた者はいなかった。ただ生徒達の背後に立つだけで、他には何もしてこないのだ。ひたすら同じ道を歩かされ、そんな人間の背後に少しずつ迫ってくる、影のような謎の物体。この七不思議に生徒達は『忍び寄る影』という名前をつけたのだった。
これが七不思議『忍び寄る影』の話だ。
この話の通り、この影は何か危害を加えてくるような事はしてこない。ライという前例が居る為絶対とは言えないのだが、何故だかこいつは大丈夫だと僕の直感が言っているような気がする。確かに不気味だけど、こいつに何か出来るような力があるとは、失礼ながら思えないのだ。
「……いつまでそうしてるんだ?」
僕の呼びかけに、影は反応を示さない。ただそこにじっとしているだけだ。
「おーい……」
二度目の呼びかけ。やはり反応は帰ってこな……いや待て。動いてないかこれ。
「どうしたんだー」
三度目の呼びかけ。すると今まで立ち尽くしているだけだった影が遂に動き出した。こ、これは……!
「…………グリコかそれ?」
目の前の影は、両腕をY字に掲げて左足を引き上げる、見慣れたグリコのポーズを取っていた。何がしたいのかは良く分からない。
すると影は更に動き出した。一体次は何をするつもりなのか。
「…………ロボットダンス?」
影は見事なまでのロボットダンスを披露してみせた。心なしかドヤ顔をしているように見えた。顔なんてないのに。
なんて言うか……。
「お前って結構お茶目なやつなんだな」
そう言った途端、影は僕の前から姿を消した。
「いんやー、初めまして戒都!」
目の前の少年はケラケラと笑いながら僕の名を呼んだ。影の様に黒い髪を持ち、全身の至るところに入れ墨のような黒い模様が走った、少々不気味な長身の少年だ。ひょうきんな話し方で僕を呼んだこの人物こそ、宵闇高校七不思議の二つ目『忍び寄る影』に任命された――――。
「初めまして、鷹実儀人くん。いや、今は『忍び寄る影』か」
「人間の時には気軽に名前で呼んでくれよ!」
儀人こと『忍び寄る影』は軽い態度で答えた。
「で、何か用でもあるのか? ただ僕に顔見せに来たって訳でもないんだろ?」
「そうそう。風の噂で聞いたんだけどさ! お前、今俺達にアダ名つけてんだろ?」
「あぁ、そうだけど……」
あー、把握した。
「それなら俺にもつけてくれよ、アダ名!」
やっぱりね。そんな事だろうとは思った。
「それは良いんだけどさ……。今?」
「もち」
『忍び寄る影』は親指を突き立ててそう言った。僕はそれに苦笑いで対応した。そんなに簡単には思い浮かばないのだが……。でもこいつは簡単に引き下がってくれなそうだし、いつかはやる事だし、考えみるしかないか。そう思い僕は頭を捻った。
………………………………。どうしようかな。
数十秒悩んだ結果、僕の頭に浮かんだのは、とある外国語での黒という意味の言葉。またしても安直だが、多分平気だと思う。
「チェレン、でどうだ?」
「何だそれ! かっこいいな!」
……お気に召したようで。
「ブルガリア語で黒って意味の言葉なんだけど、響きがいいかなと思ってさ。まぁ、この発音は日本人が読みやすいように呼んでるだけで、厳密には違うんだけどね」
「んな事どうでもいいさ! いやぁ、良い名前を貰ったぜー!」
「喜んでもらえたなら良いけど」
『忍び寄る影』ことチェレンは非常にハイテンションで喜んでくれている。……少々やかましい。まるで中二男子みたいな盛り上がり方をしている。
「んじゃまた後でな! 多分放課後に儀人の方で会いに行くぜ!」
そう言うと、チェレンは自身の影の中へと姿を消した。同時に僕は現実世界に戻される。辺りには先ほどまで姿の見えなかった生徒達の姿がある。時間も僕が七不思議結界に迷い込む前の時間のままだ。
次に会うのは放課後か。チェレンの人間状態、鷹実儀人とはどのような人物なのか。今まで出会った七不思議達の、人間の時と七不思議の時とのギャップ差からして、本人の性格は七不思議の時とはかけ離れているのだろうか。僕はひそかな楽しみを胸に、教室へと急ぎ足で戻った。
放課後になり、戒都は儀人に会いに行く事にした。
そうして出会った鷹実儀人は、戒都の予想通りチェレンとはかけ離れた性格をしていた。
戒都はたまたまやってきた夏織を交え、三人で七不思議についての話を始める。
――――そんな彼らを、一つの異変が襲うのでった。
次回『古の力』