陸怪.統括者の力
七不思議の作りだした空間が霧散し、図書室にはいつもと変わらない空気が流れ込みだした。それを確認した僕の身体に、一気に疲労が押し寄せた。自分でも信じられない。僕があんなに挑発的な態度を取るなんて……。
「はぁ……、はぁ……! 一体、僕の身に何が起きたんだ……」
荒れる呼吸を整えるために、僕は椅子に座る。そして僕は先ほどの行動を思い返す。無意識の内に口にしていた言葉の数々。その中に確か、宵闇高校七不思議の八つ目『七不思議の統括者』としての力を行使というものがあったような――――。
「キミの疑問にお答えしよう! 少年よ!」
何処かで聞いた事のある声が図書室に響くと同時に、再び七不思議の作りだす空間が展開された。僕は思わず身構えてしまったが、その声の主が誰かを思いだすとすぐに警戒を解いた。
「……こんにちは。零奈さん」
振り返った先には、先代の宵闇高校七不思議の八つ目『七不思議の統括者』であり、この宵闇高校の三年生の黄泉零奈さんが立っていた。
艶のある黒髪のポニーテールをなびかせ、綺麗な黒の大きな瞳を輝かせる零奈さんの隣には、見覚えのある猫耳少女の姿があった。
「にゃー。また会いましたにゃー戒都さん」
猫耳と尻尾を動かし、招き猫のようなポーズを取る黒髪ショートカットの杉原夏織――――今は渡り廊下の黒猫と呼ぶべきか――――の姿も見えた。
そしてその横にもう一人、見覚えのない少女の姿がある。水色のワンピースを着ていて、真っ黒なロングヘアーにルビーの様に紅い瞳が一際目立つ少女だ。だがそれよりも目を引くのが、両腕と両足、首に巻かれた血の滲む包帯だった。その包帯の巻かれている位置が、非常に見覚えのある位置に巻かれていた。彼女こそが先ほど僕を襲った『図書室のバラバラ死体』に違いない。
「先ほどは見事だったわ。戒都」
バラバラ死体が透き通った、何処か妖艶さを感じさせる声で言った。
「一体どういう事だよ……。三人とも僕を嵌めたのか?」
「にゃー、申し訳ないにゃー」
「いやいや、そんな事言ってネコちゃんはかなーりノリノリだったでしょう」
零奈さんが非常に意地悪そうな顔でそう言った。黒猫は必死に否定しているが、何となくだが零奈さんの言う通りなのだろうと、僕は感じ取った。
「そんな事どうでもいいですから、ちゃんと説明してくださいよ」
呆れた様子の僕を見て、バラバラ死体が口を開いた。
「今日の一件は、あなたの『七不思議の統括者』としての力を目覚めさせるためのものよ」
「統括者としての力……? もしかして、最後に僕が使ったアレか?」
僕の脳裏に、右手の甲に浮かんだ不思議な模様とそこから広がった光の波紋が描かれる。確かに、あれは普通の現象ではない。
「その通りだよ、戒都くん。正直初めてであそこまで使いこなすとは思わなかったけどね」
零奈さんがケラケラと笑いながら言った。脇では黒猫がパチパチと拍手をしている。
「凄かったですにゃー。バラちゃんを嵌めた時の話術といい、あの堂々とした態度といい」
バラちゃんとは『図書室のバラバラ死体』の事だろう。いちいち正式名称で呼ぶのも面倒だし、僕も七不思議達に愛称を付けて呼ぶ事にしようかな。
「あの時は無我夢中で……。死ぬかもしれない時だったし、やるしかないと思ってさ」
これは本当の事だ。あの時は助かるにはその道しかないと思っていたし、ビビっている訳にもいかないとも思っていた。だけど、やっぱりあの挑発的な態度を僕が取れたというのは信じ難くもある。今までそんな態度を取った事も、取ろうとした事もないだけに余計にだ。
「多分、あの時の戒都くんが本当の戒都くんなんだと思うよ。極限状態だと本当の自分が現れるって言うしね!」
あれが本当の自分……。はたしてそれが正解なのかは、今の僕には分からなかった。今まで僕は自分を偽ってきたつもりはないのだから。
だが、仮にあの態度や話術が僕の本当の姿なのだとすれば、それを引き出したのは統括者としての力による後押しなのではないかと、僕は思わずにはいられなかった。無意識の内に口から零れ出ていた言葉の数々が、その力によるバックアップ的なものだったのだとしたら、同じように何かしらの精神的付加機能があってもおかしくはないと、僕は思う。
「それじゃ、話していなかった事も含めて今日の事を、この零奈さんが手取り足取り教えてあげようじゃないかー!」
零奈さんの謎の意気込みを受け、七不思議達も緩く声を上げた。僕はとりあえず愛想笑いをしておく事にした。
「戒都くんが最後に使ったあの力は、統括者として扱う力の中で七不思議達の抑止力となる力――――もっと言えば命令権になるものだよ」
零奈さんによる、先ほどの力の説明が始まった。七不思議達も数えて、全員で四人の僕達は図書室の椅子に座ってこの会話を始めていた。幸い、今はバラバラ死体が展開する七不思議の空間の中。人がやってくる心配はない。
七不思議の空間の中といっても、彼らが人を襲う時に作りだすものとは違う、穏やかで静かなものだ。どうやらその辺の融通は効くらしい。
「命令権ですか……。確か初めて説明を受けた時に言ってましたね」
「その通り。七不思議達を強制的に自身に従わせる力。それが統括者の命令権だよ」
「じゃあ、どうしてあんな事を、僕を試すような事をしたんですか?」
普通に説明をしてくれれば良かったのではないかと、僕は思った。何故あんな危険な目に遭わされたのだろうか。――――まぁ、おおよその見当はついてるけど。
「極限まで追いつめないと力が発動しない可能性があったからねー。ただ説明しただけじゃ使い方が分からないだろうから、思い切って追いつめれば無意識の内に力が発動すると思ったの」
…………そんな事だろうとは思っていたさ。それなら、それならもしも。
「もしも、僕が力を発動できなかった時は、どうするつもりだったんですか」
僕の問いに、零奈さんは無言で笑っている。本当に一言も発せずに笑っている。あぁ、何を考えてるのか何となく分かるぞ。そんな事を思っていると、バラバラ死体が代わりに口を開いた。
「その時はその時。あなたの代わりの統括者を探すまでよ」
「ですよね……」
全くもって予想通りの回答どうもありがとう。改めて言われると、全身から血の気が引く様な気がした。心の底から力が発動してくれてよかったと思う。そんな僕の姿が余程情けなかったのかは分からないが、バラバラ死体は呆れたように笑った。
「冗談よ。代わりの統括者なんて、そう簡単に見つかる訳がないでしょう?」
「……そうか」
冗談に思えなかったが、きっと口には出さない方がいいのだろう。
「零奈さん。統括者の力っていうのは他にもあるんですよね?」
「んー? あるよ?」
命令権に関して一通りの説明を受けた僕は、学校を出て家路に就いていた。途中まで零奈さんと一緒に帰る事になった僕は、統括者の扱える他の力について尋ねてみた。零奈さんと屋上で昼食を取りながら七不思議についての話を聞いた日。彼女が言った総括者の力は、他にもいくつか種類があったからだ。
「えーっとね。まずはわたしが最初にキミを襲った時みたいに、ちょっとした怪奇現象は起こせるよ。七不思議達みたいな大がかりな事は無理だけどね」
「他には?」
「せっかちだなキミは! えーっと、他にある大きな能力は指揮権だよ」
指揮権……。確か、あの日も口にしていた言葉だ。七不思議を指揮すると言う事なのだろうが、具体的にはどんな事が出来るのだろう。
「まー、七不思議達のリーダーとして作戦みたいなのを立てたりとかするんだけど、一番大きなのは話の修正かな」
「話の修正? 七不思議の話を修正するんですか?」
それはやっていい事なのか? 元々七不思議達の目的は、伝わる七不思議の話を変えない事だろう。
その疑問を零奈さんに投げかけると、彼女はそうなるよねと言って笑った。
「話を丸々変えちゃう訳ではないよ。いいとこ取りする要領で、大本の話を変える事なく、プラスになる内容を付けたしたり、逆に削ったりするの。今伝わる話には、わたしがアレンジを加えたのも多いんだよ?」
「へぇ……。そうなんですか」
「統括者の力を使って編集をすれば、話を知っている人の記憶も書き変わるし、戒都くんも色々と考えてみればいいと思うよ」
零奈さんは小さく目を細めて笑った。彼女にしては珍しい、静かな笑みだった。零奈さんにとっても、自身が七不思議の統括者として活躍していた三年間は、思い入れのあるものなのかもしれない。――――僕も、そんな風に思えるように過ごしていきたいな。高校生活も、統括者としての生活も。
「それじゃあ、七不思議達の愛称というか、呼び名みたいなのを考えても平気ですか?」
図書室でふと思った事を、僕は思いだしたので質問した。いちいちフルネームで呼ぶのは、僕としても面倒だし他の人からしても面倒臭いのではないかと思ったからだ。
「平気だよ? わたしもあだ名つけてたもん。ネコちゃんとかね。ちゃんと考えて付けてあげると、皆喜ぶと思うよ。わたしの時は結構テキトーだったから、また付けられるなら今年はもう少し凝ったのがいいって言ってたしね」
彼女らしい楽しげな声と顔で、零奈さんが言った。あだ名を適当に付けてしまうのも彼女らしいというか……。
とりあえず明日までに、『渡り廊下の黒猫』と『図書室のバラバラ死体』の愛称は考えておこうかな。その時は零奈さんにも報告しよう。
一般人から見れば奇妙な話をしている二人組に見えただろうが、零奈さんと七不思議について話しながら帰った今日は、ここ最近で一番楽しかった時間かもしれないと、僕は思ったりもした。
『七不思議の統括者』としての力の説明を零奈達から受けた戒都は、その中の一つである指揮権による話の修正と、それに伴う愛称の決定を行う事にした。
戒都が『渡り廊下の黒猫』と『図書室のバラバラ死体』に考えてきた愛称を発表した帰り、騒ぎを聞きつけた新たな七不思議が姿を現すのであった。
「もうさ、お前の愛称は黒猫さんでいいかな」 「もう少し頑張って考えてくださいにゃ!」
次回『ニックネームは重要』