伍怪.目覚めの兆し 後編
昨日投稿した目覚めの兆し 前編の続きです。
「ど、どうなってるんだよッッッ!!」
七不思議『図書室のバラバラ死体』に突如襲われた僕は、思わず図書室の出口に走っていた。その扉が開く訳がないと言う事は分かっていたのに。扉に手をかけると、案の定扉はびくともしなかった。
(どうする……! こんな狭い空間じゃ逃げ回る事も不可能だぞ!)
とりあえず時間を稼がなければ。僕は図書室から直接移動できる、図書準備室の扉に手をかけた。これでこの扉が開く事がなければ、完全に詰みだ。さぁ、どうなる……!
ノブを捻り意を決して押した扉は、驚くほど簡単に開いた。僕は部屋の中に転がり込むと、以前零奈さんに襲われた時のようにバリケードを作った。これで少しの間なら時間を稼げる筈だ。
僕が一息つくと、早くも扉に強い衝撃が加えられた。続けざまに、今度は何かが突き刺さるような音が響く。きっとあの鋸を突き立てているのだろう。
長くは持たないと言う事を、僕は直感で感じ取った。この短時間で、僕は現状の打開策を見つけ出さなければならない。そのためには、まず落ち着く事が第一だ。バラバラ死体は今も扉に攻撃を加えている。つまり、この扉をすぐさまに壊して僕を襲う事は出来ないと言う事だ。それと同時に、扉なんて関係無しにこちら側に現れる事が不可能だと言う事も、その行動は示していた。つまり、扉が完全に壊されてしまうまで、僕の身の安全は確保されている。
そこまで考えて、いくらか落ち着きを取り戻した僕は、壁に背を預けその場に座り込んだ。乱れた呼吸を少しずつ整えて、バラバラ死体が扉を壊そうとする音が聞こえなくなるほどに深く集中していく。
考えるべきは、僕が生き延びる方法。七不思議の話の中に、彼女の弱点等の話はなかった。更に図書室、図書準備室のどちらにも撃退に使えそうなものは見当たらない。ならば、七不思議の話に隠された突破口を見つけ出すしかない。僕を襲う事は不可能だと言う事を、話の中から見つけ出し提示してやれば、バラバラ死体は僕を襲う事を止める筈だ。多少の融通は利くのだろうが、七不思議達は基本的には伝わる話通りの行動しか取れない。それさえ見つければ、僕はこの場を脱する事が出来る筈だ。
僕の脳裏に、本当にそんな抜け道が存在するのか、という疑念が生まれた。だが僕はそれを意識から払拭する。そんな事を考えていても仕方がない。七不思議を止めるためにはやるしかない。
「何処かにある筈だ……。僕を襲えなくなるキーワードが……!」
必死にバラバラ死体の話を思い出し、僕は分析を始める。七不思議と言えど、人間が作った話だ。完璧に穴がない、と言う事はない筈だ。
「あの七不思議の元となっているのは、手足を切断され殺された少女達の怨念だ。人を襲うのは、その時の憎悪の影響を強く受けた結果、手足のある人間を怨むようになった……」
引っ掛かる。それがどうして完全に無関係の四肢が無事な人間を襲う事に繋がるのだろうか。募りに募った恨みの結果がそれに繋がっただけなのか? 僕にはどうにもそうとは断言できない、何かが突っかかっていた。
「――――!!」
その時僕は、ある一つの仮説を導きだした。これが正しければ、僕の勝ちだ。だが、はたしてこの仮説は正しいのだろうか。もし、この仮説が間違いならば、その時はきっと終わりだろう。いや、それ以前にこの仮説だけでは不十分だ。仮にこれが正しかったとしても、成功を収めるにはバラバラ死体を納得させ、更に時間を稼げるだけの話術が必要になる。不安要素はかなり大きい。失敗する可能性も多いにある。だが、あの七不思議がもう一度チャンスをくれるとは思えない。…………やるしかない。
僕の決心と同時に、遂に扉が破壊された。ズタズタに引き裂かれた扉の向こうから、異業の存在が僕をじっと見つめ笑っていた。
「殺――怨――」
ノイズのようなものが混じり、何を言っているのかは全く分からなかったが、とんでもない殺意を向けられているのだけはよく分かった。バラバラ死体は右手に握った鋸をこちらに向け、胴体は真っ直ぐこちらを見据えたまま今にも襲いかかろうとしている様子だった。
「待てよ。お前には俺を殺せない」
僕は退く事なく、バラバラ死体へ言ってやった。こんな絶体絶命の状態なのに、不思議と僕の心は落ち着いていた。まるで僕が僕ではないような感覚に陥る。僕は、こんなにも肝の据わった男だったか? こんなにも挑発的な態度を取れるような男だったか?
僕の言葉にバラバラ死体の動きが止まる。やはり言葉は通じるようだった。
「七不思議『図書室のバラバラ死体』の話には、俺を襲える条件が揃っていないんだ。お前達は、伝わる話の通りにしか行動は出来ないんだからな。もし、その中に俺を襲えない条件が含まれているなら、お前は俺に危害を加える事は出来ない」
「ドウイウ事ダ……」
バラバラ死体の口から、ノイズ混じりの声とは違う、不気味ながらも先ほどよりは聞きとりやすい声で疑問が零れ出た。ここまでは予想通り。後は僕の考えが正しければ、それで終わる。
「お前は四肢を切断して殺す、猟奇殺人事件の犠牲となった少女達の怨念から生まれた存在。そうだな?」
「ソレガ、ドウシタ」
「その犯人は、お前が殺した。なら何故お前は無関係の人達を襲うようになったんだ」
「アイツヲ殺したテイドジャ、ワタシタチノ恨みはハレナカッタ。四肢ヲモツドウネンダイスベテノモノガワタシタチノ恨みノタイショウだ」
「それだ。ずっとそれが疑問だったんだ。何故、恨みの矛先が変わった? 確かに、お前の言う通りなのかもしれない。だが、僕にはそれだけとは思えなかった」
「…………ナニガ言いタイ」
僕は、核心に迫る。
「――――お前は襲う相手に、自分達を殺した犯人を重ねて見ているな。自分達を殺した、憎むべき犯人を」
バラバラ死体の動きが、今度こそ完全に止まった。僕は畳みかけるように語りかける。
「お前達の恨みは、犯人を殺すだけじゃ到底晴らす事は出来なかった。だから代わりに四肢の無事な人間を怨むようになった。確かにそうなのかもしれない。だが、僕にはそうは思えなかった。たったそれだけじゃ、その恨みは晴らしきれない筈だ。更に言えば、被害者たるお前達が恨むべきは犯人のみだ。もしそのまま何の関係もない人間達を襲えば、それこそお前達が憎む犯人と何ら変わらない」
僕の言葉に対するバラバラ死体からの動きはなかった。代わりにバラバラ死体の口が動く。
「……全テオマエの想ゾウダロウ」
その反論に、僕は更に反論する。
「ならお前は、憎むべき殺人犯が自分にした事を、同じように死ぬ前の自分と変わらない、何も知らずに楽しく過ごしている生徒達を殺せるのか? ここまでの怨念を生むほどの事をした犯人と、同じ事が出来るのか?」
それを聞いたバラバラ死体の目に、激しい怒りの色が見えた。
「フザけルナッッッ!! アンナ男トオナジトコロまデ堕チル気ハナイ!!」
「ほら?? お前は今、自分の口からわたしは襲う相手の姿を自分達の事を殺した犯人の姿で見ていますって言ったようなものだぞ」
バラバラ死体は思わず口篭っていた。ここまでは全て僕の想定通り。
だがまだだ、もう少しだけ時間を稼がなければ。
今も不安でいっぱいの僕の心中だが、心の奥底では、何故だか失敗するとは思えなかった。
「…………フザケタ事ヲイウヤツダ。ソロソロオワリニするゾ」
バラバラ死体が鋸を振りかざした。まだだ……。後少し……。
振りかざした鋸が、勢いよく僕の右腕に標準を定めた。
「……ところで、僕は今犯人の姿に見えているか?」
「―――― アタリマ……!?」
瞬間、その手がピタリと止まった。その長髪から表情はうかがえなかったが、その動きからは混乱している様子が見て取れる。
「もう僕の姿が、犯人の姿には見えなくなっているだろう?」
僕は思わず、口角を吊り上げていた。右腕を切り落とす直前で止まっている鋸が、下ろされていく。
「ナゼダ……。ドウシテオマエノ姿ガ……」
「お前、こんなに長い時間襲う相手と話した事ないだろ。ましてやこの秘密に気がついた相手と話した事なんてない筈だ」
「ソレガドウシタ……」
「効果が薄れていったんだよ。きっとお前に襲われた殺人犯は、お前達を襲った時のように逃げて命乞いをしたんだろうな。それは七不思議になったお前に追われた人達も同じだろう。だから簡単に犯人の姿を重ね合わせて、その姿を犯人のそれとすり替える事が出来た」
バラバラ死体は僕の言葉に押されたのか、僅かに後ずさった。直感的に感じ取った。後少しで押し切れる。
「だが僕は最初以外に逃げる事もしなかったし、秘密に気付いた今はこうして堂々と話している。これじゃあ僕の印象がどんどん強くなってくるのは明確だ」
「マ、マサカこウナルコトがワカッテイテ、ワタシと話ヲシテイタノカ?」
その声には明らかな焦りの色がうかがえた。
「大体はな。完全に確証したのは、お前が犯人の姿を重ね合わせている事を自白した時からさ。そういう事なら僕の考えは正しい筈だってね」
僕はしてやったりといった感じの笑みを浮かべてやった。それを見てバラバラ死体は僕に切りかかろうとするが、その手は空中で止まってしまう。
「無駄だよ。ここで僕を襲えば、お前はあの犯人と変わらない存在になる。本能的に手が止まってしまう。それに、僕はお前達と同年代、つまり高校三年生じゃなくて高校一年生だ。お前が襲える人間じゃない。ま、普段ならその辺の融通も利くのかもしれないけど、ここまで追い詰められた状況じゃ、もう無理だろう」
僕の言葉を聞いたバラバラ死体は、握っていた鋸をその場に落とした。地面に刺さった鋸は、そのまま何処かに消え去る。
「今回は僕だったから良かったものの、他の生徒が相手だったら本当に死者が出ていたかもしれない。流石にそれを見過ごすわけにはいかないんだ」
無意識の内に、僕はそんな事を言っていた。更に、自然と僕の右腕が持ち上がる。不思議な感覚だった。本当に僕が僕でなくなってしまったような、そんな感覚だった。
「宵闇高校七不思議の八つ目『七不思議の統括者』としての力を行使する」
持ち上がり、バラバラ死体の方に向けられた僕の右手の甲に、不思議な模様が浮かびあがり光り始めた。初めての光景の筈なのに、僕にはそれが当然のように感じられた。
「宵闇高校七不思議の四つ目『図書室のバラバラ死体』よ……」
右手の甲の光が、更に強くなる。バラバラ死体は眩しそうにそれを見つめていた。そのバラバラ死体の口元が、一瞬緩んだような気がした。何に対して笑ったのか、僕には分からなかったが、今はそんな事はどうでもいいと思えた。
普段の僕なら絶対出来ない挑発的な態度や七不思議と対話した時のあの度胸。そして今のこの状況。明らかにおかしいのに、僕の頭はそれに違和感を覚える事はなかった。そうして、また当然のように言葉が零れ落ちる。
「――――僕に従え!」
自然と口から零れ出たその言葉に呼応して、右手の甲の光が波紋を作り辺りに広がった。それが部屋中に伝わったその瞬間に僕が見たのは、ガラスの割れるような音と共に目の前の七不思議が作り出した空間が砕け散るところだった。
七不思議『図書室のバラバラ死体』を退けた戒都。
自身が使用した謎の力に戸惑いを隠せない戒都の前に、再び七不思議の作りだす空間が展開された。
身構える戒都の前に現れたのは、七不思議『渡り廊下の黒猫』の杉原夏織に、先代統括者の黄泉零奈だった。
次回『統括者の力』