肆怪.目覚めの兆し 前編
書いている内に一話分の内容としてはかなり多くなってしまったので、分割して投稿したいと思います。
後編の投稿は今日中、もしくは明日の夜に投稿します。
放課後、晃一と啓人の二人と別れた僕は図書室へと向かっていた。休みだった図書委員の代理で、担任から司書の先生への届け物を頼まれたからだ。
図書室は東棟一階の昇降口から左に真っ直ぐ進んだ突き当たりにある。かなり幅広いジャンルの書籍が揃えられていて、生徒が申請をすれば大抵の書籍は一週間ほどで追加してもらえるという、なかなかに素晴らしい図書室だ。
図書室に辿りついた僕は、まず左手首に巻かれた腕時計で時間を確認した。時刻は午後四時三十九分。図書室の閉館時間は午後五時ちょうど。司書の先生もまだ図書室に居る事だろう。
僕は図書室の扉を開け中に入る。そしてそこで見た光景に、僕は多少なり驚きを覚えた。そこには生徒はおろか、司書の先生の姿すらなかったからだ。
普通ならばあり得ない事だった。生徒が誰一人として来ていないのなら分かる。だが、先生が誰も居ないというのはおかしい。普段なら司書の先生が図書室に居る筈だ。もちろん、その先生が何か用事で図書室から出るという時には、代わりの先生がここに来ているのだが、今はそんな先生の姿も見えない。図書室全体を見回ってみたが、やはり誰の姿も見えなかった。
そこで僕はある言葉を思い出した。今日の朝、七不思議『渡り廊下の黒猫』である夏織は、何と言っていた……?
『七不思議の一つが、今日の放課後に戒都さんに挨拶をしにいくから腹を括っておけと言っていたので』
そうだ、彼女はこう言っていた。まさしく今は放課後。そして今僕が居る場所は、図書室。僕は反射的に腕時計を見た。時計の針が指し示す時間は、午後四時四十四分。――――始まる。
そう思った直後、図書室内の空気が一気に凍りつく。この一角だけの時間が止まっている。零奈さんや夏織に襲われた時と、全く同じ現象。――――七不思議の仕業だ。そして図書室に現れる七不思議なんて、一つしか存在しない。
「何処に居るんだ。宵闇高校七不思議の四つ目、図書室のバラバラ死体」
僕の呼びかけには、何の返事もなかった。だが、何となくだが分かる。七不思議はすぐそばで、僕の事を見ている。
すると、僕から見て右手に見える本棚から、突然本が崩れ落ちて来た。もちろんそこには本が崩れ落ちてくるような要素はない。僕がその崩れた本を見つめる事数秒。積み重なった本の上に、何かが落ちてきた。僕は落ちてきたものに視線を移す。そこにあったのは――――。
大量の血を流しながら転がる、人間の右腕だった。
「――――ッ!!」
思わず目を背けてしまった。慣れなければならないという事は分かっていても、今はまだ堪えるものがある。だが、背けた目線のその先。そこには先ほどの右腕と同じように血を流す脚が落ちていた。僕は遂に、それを見つめたまま動きを止めてしまった。思いだしたかのような吐き気と目眩が僕を襲う。
何とかそれを抑え込み、僕は更に周囲に神経を張り巡らせた。すると、僕の視界の外から、断続的に何かが落ちてくる音が聞こえた。遂に七不思議が全貌を現す時が来たのだ。
すると、目の前に落ちている人間の脚が、何かに引き付けられるように動き出した。血の尾を引きながらその脚が向かった先には、他にも腕や足が集まってきていた。それらが集まる中心、そこには他のものよりはいくらか大きい何かがあった。それは本来、腕や脚があるべき場所。――――そう、人間の女性の胴体がそこにはあった。
首や四肢と辛うじて繋がっている状態の胴体は、地面に這いつくばったままの状態でこちらに顔を向けた。長い黒髪の間から覗くその目にはおぞましいほどの怨念が宿っている。切断された四肢は、近くにこそあるが再びあるべき場所には帰れないようで、力なく蠢いていた。
「やっと会えたな……。宵闇高校七不思議の四つ目『図書室のバラバラ死体』」
図書室のバラバラ死体は、殺人事件の被害者の怨念により発生した七不思議だ。
この宵闇高校が出来てすぐの年に、猟奇殺人事件が起きたという噂がある。一ヶ月の間に高校三年生の少女が五人、四肢が切断された状態で殺害されたのだ。被害者の中に宵闇高校の生徒こそ居なかったが、その異常さに当時の人々はかなりの恐怖心を覚えたという。犯人はその死体をある公園に埋めていたそうだ。その公園こそ、宵闇高校のすぐ隣にある公園だと言われている。その事件から数ヶ月後、無事に犯人の男は逮捕された。だが、事件はそれで終わりではなかったのだ。刑務所に留置されていたその犯人が、ある日変死体で見つかった。犯人の男が殺した少女達のように、その男もまた四肢を切断された状態で死んでいたのだ。結局犯人の男を殺した犯人は見つからなかった。人々は男を殺した犯人が見つからないのは当然だと言う。殺された少女達の怨念が男を殺したのだから、犯人なんて見つかる訳がないのだからと。その日以来、彼女達が埋められていた公園の隣に立つ宵闇高校の、更に公園の目の前に位置する図書室に、殺された彼女たちの怨念の集合体が現れるようになった。激しい憎悪を持つ彼女達は、健康な体の自分達と同じ年齢の人間を憎み、彼らの四肢を切り落とし殺してしまうのだと言う。
――――これが図書室のバラバラ死体という七不思議だ。
参った。まさか二度目の遭遇がこの七不思議とは。全ての七不思議の中でもトップクラスにグロテスクなこの話。出来ればもう少し、僕の置かれている状況に慣れてから遭遇したかったものだ。
「はは……。今回も滅茶苦茶怖かった。良く気を失わなかったと思うよ」
僕は目の前で床に這いつくばっている胴体に話しかけた。だが、反応はない。僕に向けられるその目も、先ほどと同じような憎悪に満ちたものだった。その目は、今にも僕に襲いかかり、その四肢を切断して殺してやると言わんばかりのものだった。
肌が泡立つ。言い知れぬ恐怖心が僕の心を氷漬けにした。まさか、そんな筈ない。僕は七不思議の統括者となった。そんな僕を殺して、何の得になると言うのだ。それこそ、メリットは何もないはずだ。七不思議を管理できる者が居なければ、いずれ彼らの存在は消えてしまうというのに。
「お、おい……。冗談だよな……?」
僕の問いかけの、バラバラ死体からの返事が来た。切断されている腕が何処からともなく鋸を取り出し、その腕だけが宙を漂い鋸を握りしめて僕の腕を切り落としにかかると言う行動で、だ。
咄嗟に後ろに引いた事で何とか直撃は免れたものの、僕の制服には僅かに切られた跡が残っていた。そこまで来て、僕はようやく実感した。こいつは、本気で僕を殺そうとしている……!
七不思議『図書室のバラバラ死体』に襲われる戒都。
容赦なく襲いかかるバラバラ死体を退けるために、戒都は伝わる七不思議の話の盲点を見つけ出す事を試みる。
そしてバラバラ死体の前に立ち塞がる戒都に異変が訪れる。
次回『目覚めの兆し 後編』