参拾壱怪.裏体育祭
激戦が繰り広げられた棒倒しが終わり、しばらくは出番のない暇な時間がやってきた。本来なら自分の席に戻ってのんびりと競技を観戦していたいところなのだが、やっぱりそうもいかないらしい。
やってくるだろうということは薄々気付いていながらもとりあえず席に座っていた僕の下に、案の定あの人がやってくる。
「へいへい戒都くん! 楽しんでるかい?」
「どうも零奈さん。凄かったですね、さっきの百メートル走。ダントツだったじゃないですか」
棒倒しの次に行われていたのが三年生希望者が参加する百メートル走だったのだが、その中で零奈さんはスタート直後からぶっちぎり、後続を置いてけぼりにする人間離れしたスピードでゴールしていた。他の走者も自分から百メートル走を選んだのだから、決して足が遅い訳ではない筈なんだが……。
「先代統括者を任されたのは伊達じゃないのよん。……そんなことより戒都くん?」
「わわっ!?」
零奈さんは突然僕の首に腕を回して、顔と身体を近付けてきた。女子特有の体の柔らかさや長く綺麗な黒髪から匂うシャンプーの香りが、僕の鼓動を早くする。分かってやっているのかそれとも無自覚なのか。どっちにしろ健全な高校生男子である僕にとっては刺激が強い……。
「仕事の件、分かってるだろうね?」
そんな僕の鼓動の高鳴りを気にもせず、零奈さんは僕だけに聞こえる声で言った。仕事と言うのは以前玉藻から聞かされた、体育祭中に行う統括者の仕事のことだ。
「分かってますけど……、実際どうすればいいんですか。新しい方法なら確かにやれることの幅は広がりますけど、その分大騒ぎになる可能性だって高いんですよ? その初披露がこんなに大勢の人がいる体育祭でだなんて……」
こうも人の目につきやすい環境だと大胆な行動は出来ない。基本的には誰か一人を人気のないところに誘わなければならないが、それだとわざわざ七不思議をこちらの空間に呼ぶ必要がない。無理……とまでは言わないがそれでも大変なことなのには変わりない。
「仕方ないねぇ、そんならちょっと手伝ったげるよ」
零奈さんはそう言って辺りを見回すと、同じ赤組の愛沙と鴇矢を見つける。二人の下に飛んでいった零奈さんは彼等を両腕でそれぞれホールドし、こっちに戻ってきた。事態を飲み込めていない二人は目を白黒させて僕の方を見てくる。
「あー……、頑張ろうか?」
「突然捕まったから何事かと思った……」
「いっつも強引なのよあの人は……」
さっきの零奈さんの行動に愚痴を零す二人と共に、僕は今校庭の外にある体育倉庫の中にいた。一応二人が七不思議状態の時の十八番を元に、行動を移す場所は密室を作れる場所がいいだろうと思って僕がここでの計画実行を提案した。
零奈さんの姿がここにはないが、彼女は今ターゲットにする人をここに連れてくるため外に出ている。予定では体育倉庫の中から何かしらの用具を取ってくるように零奈さんが頼まれたという設定で、それを手伝ってもらうために誰かを連れてくるという形だ。
少しの間大人しく待っていると、外から零奈さんと誰かの話し声が聞こえてきた。声から察するに女性、親しげに話している様子から零奈さんのクラスメートとかかもしれない。
そろそろ隠れた方がよさそうだと思ったので、僕は二人と共に物陰に身を潜める。
「よし、それじゃ二人とも頼んだよ」
僕は進化した統括者の力で鴇矢と愛沙をそれぞれ、この現実空間の中でクナシとフーカの姿へと変える。彼等にも既にこの力による変化は行っているのでわざわざ僕が変化させる必要はないのだが、やっぱりある程度は万全の状態で臨んだほうがいいと思ったのでこうして僕の力を使って変化させたという訳だ。ちなみに、計画上クシナには鴇矢が持ってきていた着替えの体操服を着てもらっている。
「悪いねぇー、手伝ってもらって!」
「いいっていいって」
最初に零奈さんが連れてきた女子生徒が中に入ってきた。その瞬間、フーカが能力で扉を勢いよく閉じる。
「きゃあっ!! な、何!?」
突然閉まった扉と、その扉が鍵がかかった訳でもないのに開かなくなったことに彼女は動揺を隠せない様子だ。女子生徒は何度も何度も扉を揺らすが、扉は依然として固く閉ざされたままぴくりとも動かない。
「よ、黄泉さん!? 扉が開かないの!!」
扉の向こうにいるであろう零奈さんに向けて呼びかけているが、フーカの力で外にはその声も聞こえていないだろう。異空間にある密室空間に閉じ込める彼女本来の力は使えないが、密室を作り出す力はこの変化法でも失われていない。
「よし、いいぞフーカ」
「え、えへへ」
なるべく声を抑えて僕の隣に座るフーカに声をかけると、彼女は嬉しそうに頬を緩ませた。あまりに可愛かったので頭を撫で回したい衝動にも駆られたが、それをやると後で愛沙に戻った時に何をされるか分からないので自重する。
「そしたらクシナ、出番だ」
「あ、あぁ……。行ってくる」
クナシがその場から立ち上がると、女子生徒は悲鳴を上げた。閉じ込められた上にさっきまで何の反応もなかったのに突然物陰から人が出てきたのだから当然の反応だ。
「お、落ち着いてくれ。オレは用具を取りにここに来ていただけだ」
「そ、そうなの……? あなた見たことない顔だけど、一年生?」
クナシは女子生徒から怪訝な目で見られてはいるが、何とか学校の生徒に成りすますことは成功しているようだ。クナシは首がないこと以外は人間と何ら変わらないんだから、それはあまり心配していなかった。このまま会話を続けて僕達が気付かれないように気を引き続けて欲しいが……。
「……あなた何でマフラーなんかしているの?」
流石にそこはツッコまれるか……。多少寒くはなったとはいえ、この季節はまだまだマフラーが必要なじきではないし、そもそも体育祭にマフラー付けてくる奴なんか普通じゃあり得ないんだから当たり前だ。より強く七不思議の印象を植え付けるためにも、すぐに襲うんじゃなくある程度安心させてから襲ってほしいんだが、何とか誤魔化せるだろうか……。
「ひ、冷え性なんだ。き、気にしないでくれ」
「えぇ……?」
「オ、オレのことはいいだろ。それより今はここから出る方法を考えた方がいい」
「んー……、まぁいいか。あなたの言う通りね。まぁそんなに心配しなくても外の黄泉さんが誰かを呼びに行ってくれてるはずだから大丈夫よ」
最初こそ取り乱していた女子生徒だったが、今はかなり冷静みたいだ。ただ待ってもこの扉が開くことはない。零奈さんは今頃邪魔が入らないよう露払いでもやっているんじゃないかな。
ただ、普段と違って今回は現実空間で事を為そうとしているために時間は通常通りに経過していっている。長引かせると次に控える僕達が出場する競技に影響が出るし、いくら零奈さんと言えどもそう長くは露払いし続けられないだろう。機を見て早い内に仕掛けるよう、予めクナシには言ってある。クナシがマフラーの高さを口元まで上げた時が、その合図だ。
「……そう上手く行くかな」
「え?」
クナシがマフラーに手をかけた。それを確認したフーカは女子生徒の背後に瞬間移動した。フーカの能力圏内ならばこれ位のことは造作もない。
「なぁ……、アンタはこの学校の七不思議、封じられた隠し部屋って知ってるか?」
「まぁ……一応知ってるよ。でもそれがどうしたの……?」
クナシは抑揚のない語り口調で話す。女子生徒は先ほどまではオドオドしていたクナシが急にはっきりと話すようになり、怪しげな事を言い出したのに不信感を抱いているみたいだ。
「この状況、その七不思議の話によく似ていると思わないか?」
「まさかっ、あれはただの作り話――――」
クナシが女子生徒の後ろを指差す。そこには先ほど移動したフーカが俯きながら立っていた。それを見た女子生徒はいよいよもって悲鳴をあげてたじろぐ。
フーカには何もしなくていいから俯いたまま女子生徒の方を見続けてくれと指示をした。フーカの場合、クナシのように自分から人を怖がらせるようなことは性格上出来ないと思ったからだ。多分フーカに話させたらその時点で恐怖なんかよりも、フーカの可愛さとかそういうところが勝ってしまう。
「あれは七不思議。隠し部屋に閉じ込められて死んだ少女の怨霊だ」
クナシがゆっくりと女子生徒に近付くと、彼女は思わず後ずさりをした。なまじ七不思議について知識がある分、彼女の覚えた恐怖は大きなものだっただろう。背後にはフーカ。正面にはクナシ。逃げ場を失った女子生徒はその場に立ち尽くしていた。
「あ、あなた一体何なのよぉ!?」
女子生徒がクナシを突き飛ばした。特に抵抗もしなかったクナシは態勢を崩す。恐怖で呼吸を荒げていた女子生徒は俯きながら息を整え、顔を上げた瞬間。彼女の顔が一気に青ざめていった。
「――――危ないな」
突き飛ばされた衝撃でクナシの頭がぼとりと、と床に落ちた。生気の感じられない瞳がじっと女子生徒を見上げている。
「ひっ――――!!?」
目を見開き滝のように冷や汗を流し始めた女子生徒は、恐怖で腰を抜かしてその場に倒れる。床に突っ伏したその時、クナシの首と目があった。直後、クナシの頬が不気味に吊り上がる。喉を干上がらせ、声にならない悲鳴をあげた彼女は転がるように立ち上がり、後ろに立つフーカは気にも留めず扉に飛びついた。必死に扉を叩くもぴくりとも扉は動かない。それでもなお、彼女は嗚咽を漏らしながら扉を叩く。
懸命に脱出しようとする女子生徒の背後には、何もせずただ不気味に彼女の方を見ているフーカと、落ちた首を拾い上げて近付いてくるクナシがいる。肌に纏わりつくような異様な空気も彼女の恐怖心を煽っただろう。
クナシの手が女子生徒に迫る。その手があと少しで届くといったところで、先ほどまでは頑なに閉ざされていた扉が勢いよく開け放たれた。扉に手をかけていた彼女は突然扉が開いたのでそのまま外に転がった。
「おぉ? 急に飛び出してきてどうしたのさ。やー、突然扉が閉まって開かなくなったから何事かと思っちゃったよ」
扉の外から零奈さんの声が聞こえた。あっけらかんと笑っている。危険なことはしないとはいえ、進んで友人に恐怖体験させている辺り、中々悪女だと思う。……僕が言えたことじゃないか。
「よ、黄泉さん!? な、中に化け物が!!」
「んんー? 中には誰もいないみたいだよ?」
「えっ……?」
女子生徒が改めて体育倉庫の中に入ってくるが、既にクナシとフーカは人間状態に戻した上で僕と一緒に隠れている。彼女が周りを調べ出したらのでかなり焦ったが、それは零奈さんが上手くカバーしてくれたお蔭で助かった。
「ひょっとしたら七不思議に襲われたのかもねぇ」
「間違いないよ! 首のない男とか少女の怨霊とか、わたしが聞いた七不思議にもあったもの!」
まだ足の震えが収まらない様子の女子生徒を連れて零奈さんも外に出ていった。声が完全に聞こえなくなったところで僕達もようやく外に出る。
「ふぅー……。何とか成功ってところかな?」
ずっと気を張っていたので妙に疲れた。思わず安堵のため息だってついてしまう。
時間は大体十分程度ってところかな……。次の競技には普通に間に合いそうだ。
「二人ともありがとう。何とか上手くいったよ」
僕は今回手伝ってくれた鴇矢と愛沙にお礼を言った。鴇矢も僕と同じよう無事終わったことに安心しているようで、ほっとしたような顔をしていた。愛沙はようやく終わったと言いたげな表情をしている。
「あの先輩が結構簡単に怖がってくれたから助かったな……」
「本当よ。あんた仕掛けるの少し早すぎない?」
「ご、ごめん……。でもあれはオレっていうよりクナシが……」
「まあまあ……、上手く行ったんだし気にすることないって」
愛沙からのダメ出しを受け若干ブルーが入った鴇矢を慰めていると、ポケットに入れていたスマフォが何かしらの通知を告げた。取り出して見てみると、画面には零奈さんからのメッセージが表示されていた。
『お勤めご苦労様! 結果は上々って感じだよん。後は体育祭を楽しむべし! わたしの活躍を見逃したら駄目なんだからねぇ~!』
てっきりもう何回かやらされるのかと思ったけど、そんなことはないらしい。まぁ何度もチャンスを見つけてやるのは大変だし、対象が一人だけでも効果があるように人選していたのかもしれないな。
「そんな訳でここからは体育祭を頑張ろうか。やるなら優勝したいからね」
「やれるだけやってみるよ、うん。じ、自信はないけどな」
「負けるのは気に入らないからね」
次に参加する競技は今やっている競技の二つ後。僕達は自分の組である赤組待機場所に戻るのだった。
統括者としての業務を終え、後は体育祭を楽しむのみとなった戒都。
次の競技は借り物競争。
一見何事もなく終わるかと思われた競技だが、やはりそこには一波乱あって?
次回、『参拾弐怪.変わり物競争』




