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今日からあなたが七不思議  作者: 蒼峰峻哉
七不思議遭遇編
3/36

弍怪.黒猫の狂気

 翌日の朝。僕は早めに学校に来た。現在の時刻は午前七時。ホームルームまではまだ一時間以上もある。

 こんなに早く学校に来た理由は簡単だ。七不思議に会うためである。

 結局昨日は何事もなく学校が終わり、特に問題もなく家に帰る事になってしまった。僕としては、昨日の時点で七不思議の内の一つくらいは会ってみたかったのだが……。

 正直、一日間が空いたせいで決心が弱まってきている。会いたいという気持ち自体に変化はないが、忘れかけていた恐怖心がどんどん返ってくる。けれど、せっかく早くに学校に来たんだ。腹を決めようじゃないか四ツ谷戒都。

 ――――しかし、こういう時に限って何も起きないものだ。

「……何も出てこない」

 やっぱりあれか。油断している時に不意を突いて驚かせなきゃ意味がないとか思っているのかもしれない。止めてくれよ、そんな風に驚かされたら僕が死んじまうぞ。とはいえ、今来られてもヤバイのには変わりないが。

「はぁ……。というか、生徒が七不思議になったんだから、こんな早い時間に学校に来ても会う訳ないじゃないか。少し考えれば分かっただろ」

 僕は自分の愚かさに頭を抱えた。いくら七不思議に選ばれたとはいっても、元はただの高校生だ。特別な用でもない限り、こんな時間に学校には来ないだろう。仕方がない。教室で寝て時間を潰そう。

 普段よりも早起きをして学校に来た僕は、まだ少し眠かったのでホームルームが始まるまで仮眠を取る事にした。




 今僕が居るのは三階の西棟。僕の教室があるのは二階の東棟だ。教室まで行くには渡り廊下を通っていかなければならない。僕は階段を下りて二階に行く前に、渡り廊下へと足を向けた。

 ――――その時に僕は気が抜けていた事と、それにより襲ってきた眠気のせいで完全に油断していた。それこそ、七不思議の事なんて頭の片隅に追いやってしまうくらいに。 

 突然の事だった。渡り廊下の真ん中に、黒猫が座っていた。一体どこから入ってきたんだろうか? さっきまでは確かにいなかった筈なのだが。

 黒猫は僕の方をじっと見つめている。そんな黒猫を見ていると、なぜだか自然と足が動いてしまっていた。僕が黒猫へ向けて歩いていくと、黒猫は立ち上がり逆方向へと歩きはじめた。

 ――――一体どこに向かっているのだろうか。というか、なぜ僕はあの黒猫に付いていってしまうんだ?

 その時、僕の頭にある七不思議が浮かんできた。この状況と渡り廊下、そして黒猫。恐らく間違いないだろう。


 これは宵闇高校七不思議の三つ目、『渡り廊下の黒猫』だ。


 渡り廊下の黒猫、簡単に言うとこの七不思議は神隠しだ。

 宵闇高校には西棟と東棟があり、それを結ぶ渡り廊下が三階にあるのだが、以前ここから飛び降り自殺を行った生徒がいたらしい。あくまで『らしい』程度で、実際に合ったのかは分からないのだが、どうやら理由はいじめだったそうだ。自殺を行ったその生徒は猫好きで有名な生徒だった。その生徒は学校に住みついていた野良猫の面倒を、皆に黙って行っていたそうだ。猫の世話をしていた場所というのが、渡り廊下ある場所の下にある植え込みの中だったらしい。その時の野良猫は、その生徒の死を悔やみ、生徒の無念を晴らすために生徒が身投げをした渡り廊下で、この学校の生徒を消していっている。

 これが渡り廊下の黒猫という七不思議だ。

 恐らく、僕はこのままだとこの黒猫に何処かに連れて行かれるのだろう。きっと一生戻ってこれないような場所に。

 そう思うと、一気に恐怖が込み上げてきた。体中から嫌な汗が滲みだす。だが、僕は七不思議の統括者だ。殺されるなんて事はないと思いたいが……。断言は出来ない。相手は七不思議なんだ。何が起こるかなんて分かる訳ない。

 逃げようにも、体は勝手に黒猫に付いていってしまい、自由には動かせない。となると、話しかけてみるしかないか? 零奈さんの言う通りなら、こいつだってこの学校の一年生が化けている、もしくは起こしている現象なんだ。話は通じる筈だ。

 僕は意を決して、目の前を歩く黒猫に声を掛けた。

「おい、止まれ!」

 僕が黒猫に向かってそう叫ぶと、黒猫はその場に足を止めた。それと同時に、僕の足もそこで急ブレーキを掛けたかのように止まる。やはり言葉が通じているようだ。

「僕をどこに連れて行こうとしているんだ?」

 黒猫はこちらを見たまま動こうとはしない。さっきの様子から察するに、言葉は通じて居る筈だ。話す事は出来ないのか?

 それから数秒の間が空いた。すると、目の前の猫が口を開けた。

「ご主人は苦しがっていた」

 感情の籠っていない声で、黒猫はそう言った。ご主人とは飛び降り自殺をした生徒の事だろう。黒猫が喋った事には今更驚きもしない。

「ご主人はいつも泣いていた。あいつらが憎いって言っていた」

 黒猫は淡々と続ける。言い知れぬ不気味な雰囲気が辺りを覆い始めた。体は相変わらず凍ったように動かない。

 更に、僕が瞬きをした瞬間、黒猫の座っている位置が先ほどよりも僕に近付いていた。さっきから動いていない筈なのに、こちらに近付いてきているのだ。


挿絵(By みてみん)


「ご主人は死んじゃった。ご主人を苦しめた人達は、皆連れていく」

 黒猫と僕の距離が、また縮まる。その距離は残す所一メートルほどになっていた。僕の中の恐怖感が更に大きくなっていく。だが、対策を考える間もなく黒猫は近付いてくる。

 そして、僕と黒猫との距離がゼロになった時、目の前から黒猫の姿がいきなり消えた。

「なっ! どこに行った!?」

 僕から視認出来る範囲には黒猫の姿は見えなかった。だが、辺りを探そうにも僕の体は全く動かない。恐怖と焦りだけが、どんどん強まっていく。その時、僕は後ろに何かの気配を感じた。それと同時に僕に掛けられていた金縛りが突如として解ける。僕はよろけた拍子につい、勢いよく後ろに振り返ってしまった。

 そこに見えたのは――――。


「一緒に逝きましょう」


 そこに立っていたのは宵闇高校の制服を着た女の子だった。それだけならば僕にも見慣れたものだ。しかし、その少女には決定的に異常な点がある。

 彼女の体には何かで引っ掻いたような傷が大量に刻まれ、その首はあり得ない方向に折れ曲がっている。更に頭からは大量の血を流し、髪の間から見える虚ろな目は、僕を見つめている。僕へ向けたその顔には狂気じみた笑みが張り付いていた。

「うわああああああああっ!!?」

 僕はあまりに異常なその姿と肌に纏わりつく狂気的な空気に当てられ腰を抜かしてしまった。立ち上がる事もままならない僕に、彼女はゆっくりと近づいてくる。彼女は僕の目の前でしゃがみ、僕と目を合わせた。

 あぁ、終わったな……。

「にゃー、本当に良い驚きっぷりだにゃ。七不思議冥利に尽きるにゃ」

 僕の目の前で彼女はそう言うと、屈託のない笑顔で笑った。そんな彼女の変化と同じくして、この場を支配していた異常な空気も穏やかなものへと変わっているような気がした。時計が止まっているのでまだ七不思議の能力下にはあるようだが。それによく見ると、その姿も先ほどまでとは大きく変わっている。

 着ている服が黒のキャミソールとスカートになり、体中の傷や折れた首、大量の流血などといったものは影も形もなく消えている。代わりに頭には猫耳。お尻からは尻尾が生えていて、目の色は薄いパープルになっていた。さっきまで妙にうす暗くなっていた辺りも明るさを取り戻しているおかげで、その姿を良く見る事が出来た。

 髪はショートカットで髪色は先ほどの黒猫と同じような黒色だった。細くスタイルの良い体つきからは、スレンダーな美しさを感じられる。どうやら、七不思議の影響を受けて猫の特徴が表れているところがあるようだった。正直かなり可愛いと思う。七不思議が解けた時にどんな姿になるのかは分からないが、元が良くなければこうはならないんじゃないだろうか。

 というか、あれ? もしかして助かった? 

 完全に放心している僕は彼女を見つめたまま動けないでいた。彼女も僕の状況を察したのか、ばつが悪いといった様子で苦笑いを浮かべている。

「にゃにゃー。ちょっとやり過ぎちゃったみたいだにゃ。まさかここまで驚いてくれるとは思っていにゃかったから」

 彼女は申し訳なさそうに言った。僕としてもここまでビビってしまうとは思っていなかった。情けないな……。

 いつまでも座っている訳にはいかないので、僕はその場から立ち上がり目の前の女の子に視線を向ける。吸い込まれそうなほど大きなその瞳は、真っ直ぐ僕を捉えていた。

「気を使わせちゃって悪いな。それでキミは、渡り廊下の黒猫で間違いないかな?」

 まだ少し足に力が入らないが、少しでも気丈に振舞おうと僕は平静を装ってみた。だが、それを見ている渡り廊下の黒猫は何やら愛想笑いをしている。止めてくれ、余計に惨めになる。

「にゃー。その通りですにゃ。わたしが七不思議、『渡り廊下の黒猫』に選ばれた一年二組の杉原(すぎはら)夏織(かおり)ですにゃ」


挿絵(By みてみん)


 夏織と名乗った猫耳少女は顔の横に右手を上げた後に胸の位置に左手を持ってきて、良くある猫のポーズを取ってそう言った。零奈さんといい彼女といいなんかあざといな。

「それにしても凄かったな。かなり怖かったよ」

 『渡り廊下の黒猫』は話を聞いている限りはそれほど恐怖を覚えなかったのだが、いざ自信が体験してみるとその恐ろしさは相当なものだった。僕がビビリだというのも原因なのだろうが、それを差し引いてもかなり怖かったと思う。あの何とも言えない不気味な雰囲気と、勝手に動いてしまう体。何より最後に出てきた血塗れの少女は、かなり堪えた。こんなのが残り六回。

 …………僕死ぬんじゃないか?

「にゃははー。気持ち良いくらいの驚きっぷりでしたからにゃー。あれだけ驚いてくれた人は久しぶりですにゃ。十年ぶりくらいかにゃ?」

 渡り廊下の黒猫も心底気分が良かったのだろう。とても満足そうな顔をして笑っている。喜んでもらえたのは良いのだが、僕としてはなんとも複雑な心境だ。

 それにしても十年ぶりか。夏織は僕と同じ高校一年生だ。もちろん十年前に七不思議と関わりなんてない。恐らく七不思議の継承を行った時に、七不思議達の意識と一緒に記憶も受け継いでいるのだろう。……いや、そもそも今は七不思議の状態なんだから、夏織自身に記憶が受け継がれているかどうかの証明にはならないか。

「にゃにゃ! 今日はわたしの器が日直の日でしたにゃ! という訳でわたしはもう教室に戻るのにゃー」

 『渡り廊下の黒猫』は猫耳と尻尾を忙しなく動かしながら言った。なるほど、だからこんな時間に学校に来ていたのか。それにしても早過ぎる気はするが、恐らく僕が今日早くに学校に来るというのを予測していたのだろう。

 彼女は失礼するにゃと一言言うと、猫のように四足歩行で走り去っていった。まぁ、猫なのだが。というか、四足歩行で走り去っていったせいでパンツが丸見えだったぞ。結構派手だった。

「………………僕は何を考えているんだ」

 とてつもない罪悪感に苛まれた。後で謝っておこう。

 僕はまだ疲れの残る体を引きずり、教室に戻った。

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