弐拾捌怪.怪奇探求部
夏休みも終わった九月の初頭。休みボケも流石に抜け、僕もみんなもまたいつもの日常の中に戻っていた。九月とはいえまだ残暑も残る暑い時期ではあるが、多い時に比べれば格段に数の減った蝉の声の中、時々吹きつける冷たい風を肌に感じると秋が近付いている事を実感せざるを得ない。
「おーっす」
「おはよう戒都」
そんな事を考えながら登校していると、ふいに後ろから声をかけられた。振り返ってみればそこには晃一と啓人の姿が。啓人はともかく晃一はサッカー部の朝連があるので、僕が登校するくらいの時間に会うのは意外と珍しい事だった。
「い、いやー。今日はちっと寝坊しちまってよ」
「おいおい、そんなんで良いのかよ……」
晃一はこんなでも運動神経は抜群でサッカーもかなり上手い。まだ入学して半年とちょっとだというのに、もうレギュラーとして試合にまで出ているという話も耳にしたくらいだ。うちの学校は別段サッカーが強い訳ではないのだが、晃一の活躍と彼に刺激を受けたチームメイト達の努力の甲斐あって県大会で良い成績を残せたらしい。今後が期待される選手として注目を集めているとか何とか……。まるで主人公みたいな奴だ。そんな男が朝連に寝坊したりしてていいのか?
「ま、その分放課後の練習で搾られるんだろうし良いんじゃないか? サッカー部の顧問、そういう事には厳しいって聞くし」
「あぁ……、今考えるだけでも嫌な汗が止まらねぇ……」
「体育祭も近いっていうのに、運動部は大変だねぇ」
体育祭……。そうだ、もうすぐ体育祭だったか。中学の時のように授業時間を使って練習をしたりする事はないが、連携が重要な競技に関しては放課後などに練習している者達もいる。文化祭もそう遠くない内にやってくるし、秋になっても忙しいようだ。
その後も三人でそんな他愛もない話をしていると、気付けばもう学校だった。まだホームルームまでは少し時間がある。特にやる事もないし、今日の授業の予習でもしていようか。そう思っていた時、突然教室の戸が勢いよく開け放たれた。
「戒都くんいるかーい!」
ドアの先に立っていたのは零奈さんだった。もう少し落ち着いて登場出来ないのだろうか。
「いますよ、朝から何の用ですか?」
大体零奈さんが僕に用事があるって時は、厄介事だったり零奈さんの無茶ぶりだったりでロクな思い出がない。一体今回は何だと言うのか。
「今日のお昼、社会科学習室に集合ね!」
社会科学習室……。確かたまに授業で使う程度で滅多に使われていない教室だったか。そんなところに一体何の用が?
「分かりましたけど、何かあるんですか?」
「来れば分かるよ、それじゃ!」
そう言って彼女は走り去っていった。本当に落ち着きがないと言うか何と言うか……。
それにしてもわざわざ呼び出しなんて、どうしたんだろうか。何か人に話せない大事な話でもあるのかな。
「戒都ぉ……、てめぇはまた黄泉先輩とよろしくやろうってのか……」
「はぁ? 何言ってるんだよお前は」
零奈さんを見送り振り返ると、そこには恨めしそうに僕を睨む晃一が。前からだけど、こいつは僕と零奈さんの関係を何か勘違いしている気がする。
「おまけに杉原やら紫乃坂やら多々乃やら柳やらなんやらとイチャイチャしやがって……! 羨ましいぞコノヤロウ!! 大体お前は昔っから何かとモテやがって――――」
なんだかぎゃあぎゃあと騒ぎだした晃一。こんな事言ってるけど、晃一もモテている筈なんだけど。
「戒都が女子と特に何もないのは分かってるけど、校内ではかなり男子から羨ましがられてるぞ。何せ宵闇高校の中でも人気の高い女子と軒並み親しくしてるんだから、当然だなぁ」
「そんな事言われたってな……。たまたま知り合っただけでモテてるって訳では」
そう言うと啓人はため息を一つこぼしてあきれ顔を見せる。何だか釈然としない態度だ。
「――――おっ、チャイム鳴ったね」
「ほら晃一。いい加減落ち着いて席座れよ」
「うるせー! まだ話はって痛ぇッ!!?」
晃一の悲鳴が教室に響く。彼の脳天にはなかなかに硬そうな黒いプリント挟みが突き刺さっていた。それを振るったのは我らが担任の瀧江愛生先生だった。
「朝からうるさいぞ遠坂。さっさと席に付け」
「は、はいっす……」
流石の晃一も大人しく席に座る。一年四組の暴れ馬をこうも容易く沈めるとは、流石は瀧江先生と言ったところか。
「…………」
「……どうかしましたか?」
僕もそれに続いて席に戻ろうとしていると、瀧江先生が何故だか僕の事をじっと見つめている事に気がついた。僕は彼女に怒られるような事はしていない筈だ。ちなみに夏休み前の一件はバレていないのでカウントしない。
「……なんでもない」
僕が尋ねると瀧江先生はふいと顔を逸らし、教卓の方に向かっていった。あの反応、絶対何もないって事はないと思うんだけど……。考えたって仕方ないか。
僕が席に座ると、いつも通りのホームルームが始まるのであった。
時刻は流れて正午過ぎ。昼休みがやってきた。つっかかってきた晃一をかわして、僕は社会科学習室へと足を運んだ。中からは話声がする。どうやら僕以外にも誰かを呼んでいたらしい。ドアを開けてみるとそこには見知った顔がいくつもあった。
「おっ、来たね戒都くん。キミが一番最後だよ」
「全員呼んだんですか。一体どうしたって言うんです?」
そこにいたのは七不思議に関わるいつもの七人と零奈さんの計八人。このメンバーが集められたと言う事は、七不思議に関係する事か妖怪などの怪奇に関わる事のどちらかが話の内容という訳か。どうやらお昼を食べながら話をするらしく、各々弁当を食べたり買ってきたパンを食べたりしている。僕も同じように席に座って自分の弁当を広げた。
「いやーね、もうすぐ体育祭じゃない?」
「えぇ、確かにそうですね。わたしのクラスも張り切っています」
「体育祭の中にはさ、部活動のパフォーマンスリレーと真剣勝負のリレーがあるって知ってる?」
「あぁ……、そういえばそんな事言ってたわね」
「この中で部活に所属しているのは、弓道部の僕と料理研究部の夏織さん。それと日本文化部の鈴音さんにバスケットボール部の茜さんの四人ですね」
そうか、この四人は部活に入っていたんだっけ。四人とも付き合いがいいからたまにその事を忘れてしまう。という事は四人とも体育祭では部活の方で競技に参加するって事か。ガチ勝負の方は希望した部活だけみたいだけど。
「あははっ、今からもう楽しみだよー!」
茜が落ち着きなく身体を動かしながら言った。この中で一番体育祭を楽しみにしているのは、間違いなく茜だろうな……。
「それにしても、何故部活動リレーの事なんて話したんですか? 残念ですが四人以外には関係のないお話ですよね」
悠一が零奈さんに尋ねると、彼女はにやりと笑って目を光らせた。
「関係大ありだよん。何・故・な・ら……」
数秒のための後、零奈さんが声高々に宣言したのは、なんとも驚くべき事だった。
「この九人で新たな部活、『怪奇探求部』を発足したからでーす!!」
あまりにも突然すぎるその言葉に、僕含めその場にいた全員が目を丸くしていた。みんなが事態を飲み込むまで少々時間がかかり、かくいう僕もなかなかそれを飲み込めず。ようやく事態を理解した僕は思わず声を張り上げた。
「……な、何勝手に作ってるんですかあんたはああああああ!!? 」
「うわぁっ! そんな大きい声出さないでよ戒都くん。別に部活に入るの嫌じゃないでしょー?」
「そういう問題じゃなくてですね……! 僕達に断りもなくなんでそんな重大な事してるんですか!?」
「サプライズよサプライズ!」
駄目だ、この人全く悪いと思ってない……。こっちの都合とかを考えようとは思わないのかこの人は。別に部活に入る事自体が嫌な訳じゃないが、僕は家事とかで忙しいからあまり本格的には活動できないんだし、第一みんなは兼部になったりバイトをしている人もいるんだから、そう勝手に決められたら困るに決まってるじゃないか。
「だーいじょうぶだって、部活って言ったって大した事しないもの。ただ集まっておしゃべり出来る場所が欲しかっただけよ。ま、名目上は『世間に伝わる伝承や妖怪、都市伝説の調査とその真相解明』、つまりはオカルト研究部みたいな活動をするって事になってるんだけどね」
零奈さんはそんな説明をつらつらと始める。一応それらしい活動目的を作って部活として成立はさせているみたいだが、これって実状が生徒会とかにバレたら取り潰しになるんじゃ……。
「なるほど、そういう事でしたら僕は構いませんよ。兼部の負担も少なそうですからね」
すると儀人が特に迷う様子も見せずに入部に賛成した。その瞬間零奈さんが何やら怪しく頬をほころばせた。少し考えたらその答えはすぐに分かった。儀人は生徒会役員だ。彼を部員として味方につければ何かと融通も利くだろうし、部活の実態も隠せるという腹積もりなんだろう。
「わたしも賛成です。元々頻繁に活動する部活でもないので」
「全然平気だよー! 流石に毎日は来られないけどね!」
「良いと思う」
「僕も問題ないよ。こんな風にみんなと集まれる場所があるっていうの、何だか楽しそうだからね」
その後、なんと部活勢とバイト勢が全員即答で賛成の意を示した。というかみんな、最初に少し驚いた様子を見せただけで順応早すぎない? ……僕が遅いだけなのか?
「オ、オレはどうせ暇だし……」
「……まぁ退屈はしなさそうだし」
残りの二人も賛成らしい。
「ほら、みんな賛成だって。戒都くんも賛成でしょ?」
「…………はぁ。分かりましたよ。別に良いですよ」
「よっしゃ決まりー!」
僕が入部に賛成すると零奈さんは嬉しそうに両手を上げた。こんな態度を取っているけど、この人は僕が結局は賛成すると分かっていたに違いない。みんなが入ると言ったんだから、僕が断る訳にもいかないだろう……。はぁ、姫乃にはちゃんと説明しておかなくちゃな。
「それで、誰が顧問の先生なんですか? こんな時期に新しい部活を作るなんてかなりの無茶、よく了承してくれましたね」
「ま、そこはわたしが裏でちょいちょいっと……あ、これ内緒ね。顧問はキミのクラスの担任の瀧江先生だよ」
「何やったんですか……。それより、顧問が瀧江先生って本当ですか? それこそよくあの人がオッケーしてくれましたね」
何せあの瀧江先生だ。そもそもよく分からない部活な上に、あの人が苦手なオカルト関係の部活の顧問。普通に考えたら断られると思うんだが。
「ほら、前に送った写真あるじゃない?」
零奈さんが言っているのは夏休み中、彼女が偶然街で見かけた瀧江先生を収めたというオフショットの事だ。そこには学校での彼女からは想像もできないような姿が映し出されていた。……まさかとは思うが。
「うん、それをだしに使っちゃった」
「教師を脅さないでくださいよ……。何言われても知りませんよ……」
舌を出したお茶目を演じる顔とは裏腹にやっている事は真黒ですよ全く……。今朝先生が僕の事をじっと見ていたのはそういう理由からだったという訳か。ひょっとして関係ないところで僕の評価下がってないか?
「ところで、部長って誰になるのよ? わたしは嫌よ、面倒臭いし」
椅子に腰かけ頬杖を突いた愛沙がそう言って、僕もその事を思い出す。部活を作る以上、部長と副部長、それに会計職辺りが必要になる。それを早い内に決める必要がある。
「あぁ、それならもうわたしが決めちゃったよ。部長は戒都くんで副部長は夏織ちゃん、会計は鴇矢くんでよろしくー」
「わたしで宜しければ構いませんよ」
「え、えぇ!? な、なんでオレ!?」
「また相談もなしに……。まぁ零奈さんは三年生ですし、部長が僕になるんだろうなとはなんとなく分かってましたけどね……」
まぁそこまで仕事もなさそうだし、そもそもこの人の事だからもう書類は提出しているんだろう。今から反対しても仕方がない。それにしても、副部長と会計はどうしてこの二人にしたんだろうか。
「部長はやっぱり統括者のキミがやるべきだとして、他の役職はぶっちゃけ誰に任せても良かったんだよね。みんな優秀だし、ちゃんとキミの事を支えてくれると思うし。強いて言うなら夏織ちゃんはイメージかな。秘書みたいな感じ。儀人くんもよかったけどこれ以上負担増やしたくないからね。鴇矢くんはもっと自分に自信を持ってもらう為にも役職に就けようかなーって」
零奈さんはいつもとはまた違った真面目な顔で言った。彼女なりに僕達の事を考えて決めていたようだ。こんな風にただのトラブルメイカーじゃない辺りが更に厄介というか、魅力というか……。
「ま! わたしは入り浸る頼れる先輩枠ってことで一つよろしく! 後は任せた!」
「勝手に立ち上げて後はまるっと放り投げる人のどこに頼れる要素があるんですか……」
「まあまあ! ――――おっと、そろそろお昼も終わりだね」
零奈さんは時計を見て僕達に目配せした。そろそろ移動しないと授業が始まってしまう。話ももうないようなので、僕も席を立った。
「今日からもうこの教室は使えるから、放課後は好きに使ってくれていいよー。それじゃ!」
そう言い残して零奈さんは我先にと外へ駈け出して行った。それに続き、他のみんなも授業のある教室へと向かい始める。
「いやぁ……、また大変になりそうだなぁ」
体育祭まで後少し。零奈さんがわざわざこの時期に部活を立ち上げたのには理由があったのだが……。それを僕が知るのはもう少しだけ先の話だ。
零奈により発足した怪奇探求部の活動がいよいよ始まる。
……とはいえ、何か特別な事をする訳でもなく、零奈の望んだ通り七不思議メンバーの溜まり場として機能している部室。
いよいよ体育祭も目前と迫る中、そんな部室に今日もまた、いつも通り訪れる戒都。
扉を開けるとそこには、夏休み以来久しく姿を見る玉藻の姿があった。
次回、『弐拾漆怪.新たなステップ』




