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今日からあなたが七不思議  作者: 蒼峰峻哉
最初の夏休み編
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弐拾弐怪.虫・蟲

 海へ行った日の翌日。突然晃一から電話がかかってきた。

『おい戒都!! 虫捕りに行くぞ!!』

 そして翌朝早く。晃一が家に押しかけてきて、そのまま強引に連れ出された僕は地元から少し離れた場所にある、同じ県内のとある山にやってきた。

「まさか電話の翌朝に来るなんて……。眠い……」

「思い立ったが吉日って言うだろ?」

 一応予告をしてくれていたのは幸いだった。なんとか準備を整える事は出来た。

 とりあえずかごとか虫捕り網とか用意してみたが、前もって仕掛けとかなしで虫が捕れるのだろうか。


「そもそも、なんでまた急に虫捕りなんて」

「……知ってるか。オオクワガタって高く売れるんだぜ」

 ……なるほどそういう事か。

 だけどそんな晃一に悲しいお知らせが一つある。

「国産オオクワガタの値段って、今は外国産の輸入解禁でかなり落ちてるんだぞ」

「んなっ……!? で、でも小遣い稼ぎくらいには」

 ここでもう一つ悲しいお知らせが。

「オオクワガタが捕れるなんて、この辺の山じゃ聞いた事ないぞ」

 晃一の動きが完全に固まった。

 思い立ったが吉日は否定しないが、前もって下調べをしないのは頂けないと僕は思う。

「ち、ちくしょう……。わざわざ寝ないでいたってのに……」

「まぁ折角だから虫捕りしていこう。オオクワガタはいなくても、他の虫はそれなりにいるだろうし」

 放心状態の晃一を引きずり、僕は山へと足を踏み入れる。わざわざ朝早くに起こされて此処までやってきたのだから、何もせずに帰る事は出来ない。

 僕の住む地域はそれなりに発展しているが、離れた場所にはまだまだ自然豊かな場所も残っている。この山もそんな中の一つだ。


「そういえば、僕も小さい頃ここに虫捕りに来たっけなぁ」

 思い返してみれば、幼稚園くらいの頃に父さんと一緒にこの山へ来た記憶がある。あの時はそれなりに虫が捕れたと思うが、今は一体どうなっているのだろうか。

 そんな少し懐かしい気分になりながら、僕達は広がる森の中を進む。

 すると早速、木の幹に止まるカブトムシを発見した。

「おっ、意外に早く見つかったな」

 それを捕まえる。なかなか大きなカブトムシだ。

「んお? コクワガタだな」

 晃一はコクワガタを発見したようだ。存外簡単に見つかるな。

 確かにこの山はあまり人が立ち入った形跡がないため、野生の生き物には良い環境だろう。たくさん見つかると、年甲斐もなくはしゃいでしまいそうだ。


「おっ、またカブトムシ」

 二匹目のカブトムシを捕まえようとした時、その前に誰かの手がそれを捕まえた。晃一にしては白く細く、そして綺麗な手だった。

「って、鈴音じゃないか! なんでこんなところに?」

「当然。虫捕り」

 カブトムシをこちらに向けて金髪碧眼の少女、鈴音が答えた。

 なるほど、確かに夏休みに虫捕りは日本っぽい気がする。海外での虫捕りと日本の虫捕りはなんかこう、言い表しにくいが汗臭さの差があるような……。

「つーかあれだな。鈴音嬢も準備万全って感じだな」

 麦わら帽子や虫捕りグッズ一式を装備した鈴音はカブトムシをかごに入れると、僕達の手を引いて先に進みだす。

「折角なら一緒に。向こうに仕掛けをしてる」

 そうして連れられた木の幹にはストッキングが吊るされている。中には焼酎に付けられたバナナが入っている。カブトムシなどを捕まえる際にこういった仕掛けをあらかじめ設置しておく事は有名な手段だ。

「おぉ! めっちゃ居るじゃねぇか!」

 晃一が歓声を上げる。

 その仕掛けにはカブトムシやノコギリクワガタ。他にもたくさんの虫が群がっている。カナブンや蛾なんかも止まっているが、スズメバチの姿が見えないのは幸いだ。

 鈴音はその虫達を数匹慣れた手つきでかごに収めると、残った虫をスマフォのカメラで写真に収めた。


「その虫は持って帰って飼うの?」

「これは近所の子どもにあげる。今日の狙いはオオクワガタ」

「まさか居るのか!?」

 晃一が僕を押しのけ鈴音に迫った。

 オオクワガタなんて捕れる訳ないと思っていたが、もしかして本当に捕れるのか?

「ここ数年。ごく稀に目撃されるとかされないとか」

 確実な話ではないようだが、可能性はあるって事か。

 その言葉にテンションを上げた晃一はオオクワガタ捕獲に乗り出すつもりのようだ。折角なら僕もそれに付き合うとするか。

「じゃあ三人で探すか。鈴音はそれでもいい?」

「別に構わない」

 そんな訳でオオクワガタを求め、僕達は山の散策を始める事になる。




「見つからねぇな……」

「そりゃ居るかも分からないんだからな」

「他の虫はたくさん」

 探索から三十分程度経っただろうか。

 依然オオクワガタの姿は見当たらず、その代わりにカブトムシやクワガタなど、他の虫は沢山見つかった。こちらもそれなりに珍しいヒラタクワガタなんかも見つかった事には驚いた。これはもしかするともしかするかもしれない。

「おっ、でっけぇ木があるぜ! ちょっと見てくるわ」

 そう言って晃一は一人でその木まで走っていった。そしてすぐに悲鳴を上げて戻ってくる。

「のわああああああああああああ!!」

「な、なんだよ晃一?」

「ひ、人! 人みてぇな虫が居たんだよ!!」

「……不思議」

 ……とりあえず行ってみるか。

 晃一に促されるままにその大木の近くまでやってきてみると、そこには数匹の虫が折り重なっている。

 その虫はただの蓑虫(みのむし)だった。特に変わった様子は見られない。

「普通だな」

「普通」

「あっれぇー? おっかしいな。ちょっと探してみるわ」

 腑に落ちないといった様子で大木を詳しく調べる晃一。彼はそのまま、別の木の下に近寄りその虫を探し出した。


 晃一がそのまま僕達の下から充分離れた事を確認すると、重なり合っている蓑虫を退け一番下に隠れていた生き物を引っ張り出す。

 姿を現した虫は、晃一が言ったように後ろ手を縛られた人間のような姿と|(ちょう)()のさなぎのような体を持った気味の悪い虫だった。確かにふいにこいつを見つけたり目の前に現れたりしたらかなり驚くだろう。逆に心構えさえしていればさほど驚きもしない。

常元虫(じょうげんちゅう)だったか……」

「妖怪?」

 鈴音が聞いてきた通り、こいつは虫でもなんでもなく妖怪の一種。こういった虫のような妖怪も実はたくさん存在している。山や森なんかは妖怪も多く暮らしているだろうから、どこかで出会うかもしれないと思っていたが、まさかこんな形で遭遇する事になるとは。


「戒都―。見つけたのかー?」

「いや、なにもいないよ」

 そういうと常元虫は僕の前から姿を消した。

 誰かが居ると思えばそこに現れ、居ないと思えばふらりとどこかに消えていく。妖怪なんてそういうものだ。これ以上騒ぎ立てて山の妖怪を変に刺激したくもない。

「ちっくしょー、なんだったんだよあいつ。ぜってぇ新種だぜ」

「もしもそんなのが本当に居るんだったらな。そんな事よりオオクワガタを探そう」

「でも、そろそろ住処に戻る頃」

 鈴音に言われて辺りがかなり明るくなっている事に気付いた。もう随分と長い事この山に居るみたいだ。鈴音の言う通り、そろそろ虫は捕れなくなってくるだろう。

「切り上げ時かな?」

「仕方がない」

「おいおいマジかよー! 折角ならオオクワガタを拝みたかったんだけどなー」

 実際はオオクワガタなんかよりももっと珍しい物を晃一は見ているんだが、きっとその事に気付く日は一生来ないんだろう。


「仕方ねぇ、帰るか!」

 切り替えが早いな。

「鈴音も帰るだろ? 一緒に帰ろうか」

「うん」

 そうして三人で来た道を戻ろうと振り返った時。僕達の前に、頭上の木の枝から大量の常元虫が落ちてきた。

 森の中に僕と晃一の絶叫が鳴り響いた事は想像に難くないだろう……。


四ツ谷戒都には一つ下の妹がいる。

彼女の名は四ツ谷姫乃。

受験を控えた彼女は兄に勉強を教わる事にする。


次回、『弐拾弐怪.兄妹の一日』

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