弐拾怪.波打ち際の器達
海の風。海の日差し。海の香り……。どれも独特と言うか、特徴的だと思う。何故突然そんな話をしたかというと――。
――僕達は今、その海にやってきているからだ。
「夏だ! 海だ! 水着だ!」
茜と零奈さんが共にせわしなく騒いでいる。まだ海にやってきただけで着替えもなにもしていないのに。気が早いと思うが、舞い上がるその気持ちは分かる。
僕達七不思議のメンツに人に化けた玉藻を含めた総勢十人の大所帯で、僕達は海にやってきていた。かなり人数は多いが、なにやら手伝いに行く海の家の従業員が全員用事やら体調を崩したやらで不在らしく、人手はいくらあっても問題ないとか。そんな偶然もあるものなんだな。
晃一と啓人も誘ったのだが、残念な事に部活が忙しいらしく今回は見送りとなってしまった。また次の機会に誘ってやろう。
「賑わってますねー。まだどこも夏休み始まって間もないのに」
浜辺にも道路にも、多くの人が溢れている。これがみんな、この海水浴場に遊びに来ているんだから驚きだ。
「夏休みならいつでもこんな感じだよー。みんな考える事は同じって事さ」
キャップを被った零奈さんが荷物を引きずりながら言う。傍らには子どもっぽいワンピースを着た玉藻の姿もある。
「海なんぞ来るのは久々じゃのう」
姿は人間の子どもなのに、その口調は普段通りだ。
とはいえ、傍から見れば完全に人間だし、この口調も何かのアニメを真似していると思われるだろう。
「悠一くん。お手伝いに入る海の家というのはどちらでしょうか?」
儀人の問いかけに、悠一はこの暑さの中でも変わらぬ爽やかさで答えた。
「ほら、あそこだよ。結構大きい海の家だよね」
彼の指し示す方向を見ると、そこには良くある海の家が。だが確かに、普通よりはちょっと大きいかもしれない。それだけ繁盛しているという事だろう。
「それじゃあまずは挨拶しに行こうか」
僕はみんなを連れて、その海の家へと向かうのであった。
「今日はよろしくお願いします。こんな大人数で申し訳ないですが……」
「いやいや、むしろ助かるぐらいだよ。この忙しい時期に従業員が誰も入れなくてね。店を休む訳にもいかないし、本当にありがたい。一応午後からは来れる人も居るから、それまではお願いするよ」
悠一の親戚である人の良さそうな顔をした中年の男性はそう言って笑うと、早速僕達に仕事の説明を始める。慣れた調子で説明を続ける彼に従い、僕達は持ち場の分担にかかる。
必要なのは調理係と客席もあるので接客係。それと客引きと言ったところの様子。僕達は全員で十人。玉藻を数に入れるかは悩むところであったが、一人だけ放っておく事も出来ないので頭数に加えよう。
まず調理係。もちろん料理が出来る人が入るのが良いだろう。
続いて接客係。明るかったり人当たりが良い人が良いのだろうか。
最後に客引き。正直ここを任せる人はもう決まっている。
「よーし! それじゃ早速仕事に取りかかろう!」
僕の号令を合図に、それぞれが持ち場へ移動を始めた。
「焼きそば二人前完成―!」
ちょうど昼時。店は一番の繁盛時を迎えた。いつの間にか気の遠くなるような列が出来ていて目を回しそうな僕だが、ここで脱落する訳にはいかない。一人でも抜けたらこの列を消化しきれる保証がない。
僕は今、厨房で注文を受けた商品の調理を行っている。実はこう見えて、僕は料理がそれなりに得意なのだ。両親は家を開ける事が多いし、みんなはまだ会った事がないが、僕には妹が居るため家では主に僕が料理を担当している。少なくとも平均以上に上手く出来る自信はあるんだ。まぁ海の家で販売している商品に別段難しい物はないのだが。
だがそんな僕もこのメンバーの中では並みと言ったところなのが悔しいところである。
「はい、お待たせしました」
そう言って隣でカレーをよそい、接客にそれを渡した夏織なんか、びっくりするくらい料理が上手い。創意工夫も優れていて、なおかつ味も非常に良い物を作り上げてくる。是非とも今度料理を教わりたいくらいだ。
「んしょっ……と」
愛沙もこう見えて料理が上手い。なんというか、傍から見ればあまり女子っぽくないかもしれないが、実は誰よりも女の子なのが愛沙なんだろう。
今は注文を受けてかき氷を作っているのだが、氷の形を整えたり見栄え良くシロップをかけたりと、作業のスピードを落とす事なくこだわりを見せている。その事に触れると怒るから言わないけど。てれ隠しとはいえ殴るのは止めてほしい。
「こ、こうか? これで良いのか?」
意外だったのは鴇矢だ。何でもそつなくこなす奴だとは思っていたが、料理もここまでこなせるとは思わなかった。相変わらずネガティブな事を言っているが、愛沙が発破をかけているので問題なく調理を進めてくれている。
「接客担当の方はちゃんとやってるかな……?」
しっかり自分の仕事はこなしつつ、ちらりと横目でそちらの様子を窺ってみた。
「お待たせしました、お客様」
最初に目に入ったのは儀人だ。普段通りの丁寧さで次々と接客をこなしている。感じの良い笑顔も極まって、まるで執事のようだった。その姿に女性のお客さんは目を奪われているご様子。今思うと、儀人って容姿も執事みたいだよな。タキシード着させたら完璧だろう。
「はいはーい! 今行くよー!」
そんな儀人の後ろを走りまわって接客しているのが茜だ。正直注文された物を落としたりしないか心配で仕方がないんだが、あの元気さと明るさは接客向きだと思う。現にお客さんは茜を見て楽しそうにしてくれているし。というか、とてもじゃないが茜に料理なんて任せられなかったのが本音だ。危なっかしくて仕方ない。
「あ、あの……。ご、ご注文は、なん、です……?」
そんな茜より小さな体躯の玉藻が小さな歩幅で対応に向かっている。玉藻の奴、かなり猫を被っていて普段を知っている僕からすると気持ち悪い。おどおどとした、いかにも幼女って感じの素振りをしている。ロリコン大歓喜といった感じだ。まぁ可愛いし話題になるからそれを狙って接客に回したんだが。
「はーい、お次でお待ちの方―!」
意外だったのは零奈さんが真面目に働いている事だった。彼女がやりたいと言うので任せてみたのだが、心配は杞憂に終わったようだ。零奈さんらしさこそ発揮してはいるが、しっかりセーブを効かせているためそれが良い方向に作用している。つまり、気さくで明るく話しかけやすい美人と見られている事だろう。……この反動が後で返ってくるような気がして不安である。
四人の働きのおかげで、接客の方も問題なく進めていられるようだ。うちのみんなは容姿も優れているので、それ目当てでやってくる人も多いらしく、賑わいは留まる事を知らない。だがきっと、今の繁盛っぷりを形成しているのは客引きに行っているあの二人の影響だろう。
そんな事を考えていると、ちょうどその二人が帰ってきた。もれなく沢山のお客さんを連れて。
「はい、到着ですよ」
「お疲れ」
宣伝プレートを持ち、観光ツアーのガイドのような動きでお客さんを案内してきた悠一と鈴音。
この二人に客引きを任せた理由はずばり、その容姿だ。悠一はそのイケメンさを存分に発揮してもらい、女性を沢山連れてきている。鈴音もハーフ特有の可愛さや美しさがあるため、かなり目立つし沢山の人の心を掴むだろう。どうやらその予想はずばり的中したようだ。
時間はまだまだ昼時で店は賑わう。この時間を乗り切ればその後は自由時間をもらえるし、この場をなんとか乗り切ろう――。
「いやー、大繁盛だったじゃないか! お疲れさま!」
「流石に疲れました……。でもお役に立てたようで良かったです」
混み合う時間を過ぎ、客足も落ち着きを取り戻してきた。仕事を終えた僕達は休憩を取っている。この後はみんなで海を楽しむ予定だ。ちょうど午後からの従業員さんもやってきたので、僕達はその人達とバトンタッチを済ませた。
「今度お給料はちゃんと支払わせてもらうよ。今日は本当にありがとう! 後は自由に海を楽しんでね」
さて、まだまだ時間はたっぷり残っている。折角やってきた海を楽しまない手はない。僕達は早速準備にかかるのであった。……主に水着への着替えに。
「お、男子は全員終わったのか」
「女子のように着替えに時間はかかりませんからね」
男子なんて海パン履くくらいしかやる事ないからな。後はそれぞれ上に何か着るかどうかってところだろうし。
儀人は目立った柄はない黒色の海パンを履いている。彼らしい堅実な選び方だ。
鴇矢はバンダナと同じオレンジ色の海パン。腰に近付くにつれて黄色になって行くグラデーションのある柄だ。
悠一は水色チェック柄の海パン。海パンも爽やかな物を選んできている。それにしてもさっきから女性の視線が悠一に集中しているな……。まぁ仕方ないか。
ちなみに僕は特出するべき点はない紺色の普通の海パン。
……なんで僕は男子の海パン解説なんてしているんだ。しかも脳内で、一人で。
……とりあえず男子一同で女子の着替えが終わるのを待つ事にしよう。ただ待っているだけって言うのもどうかと思うので、シートとかパラソルとかの準備を先にこなしてしながら。
「お待たせしましたみなさん」
男子全員で諸々の準備を行い、あらかたそれも片付いた時、夏織が女子達を引き連れてやってきた。
「どうでしょうか?」
最初に尋ねて来たのは夏織だ。
彼女の水着は緑と白のストライプ地のビキニ。なかなか大胆と言うか何と言うか……。夏織はかなりスタイルが良いから、結構目のやり場に困ってしまう。けれど、水着の柄からは爽やかな印象を受けるし、夏織の清楚なところも良くアピールされている。大人しそうに見えて結構肉食系なタイプなのかな、夏織って。
「うん、良く似合ってるよ。……結構大胆なんだな、夏織」
「ふふっ。そうでしょう?」
完全に狙ってたんですねやっぱり。食えない奴だ本当……。
「わたしはどーお戒都ー!」
夏織の横に立っている茜の水着はセパレートタイプの水着だ。オレンジ色を基調とした暖色の水着は茜の元気さや活発さにぴったりの色だ。してこのセパレート水着。もちろん上と下で別々になっているのでへそ出しスタイルである。今まで見た事がなかったから気付かなかったけど、茜は腰とかへそが綺麗だなーと思った。チャームポイントの一つかもしれないなこれは。
「茜の水着も可愛いよ。茜らしさが良く出てる」
「さっすが良く見てるー! 特におへその辺りに目が行ってるねー」
「あっははははははははは」
全部見抜かれていた。笑って誤魔化す事にしよう。
「戒都! こっちにも目を向けんか!」
「同意」
茜から勢いよく視線を逸らし、今度は玉藻と鈴音の二人に目をやる。
「こ、これは……」
二人の水着は所謂スクール水着と言う奴だった。玉藻は白で、鈴音は紺色。しかも二人共名札付き(ひらがな)の上に水抜きが付いている旧型スク水と言うマニアっぷり。何だよこの徹底っぷりは……。
と言うかこれは色々不味い。場にそぐわない水着だとかそんな事は問題ではない。何がヤバいかって、鈴音の胸が大変な事になっている。鈴音は小柄な体格ながら、零奈さんや夏織に負けない巨乳の持ち主である。そんな鈴音がスク水なんて物を着てしまえば、水着がはちきれんばかりに膨れ上がってしまう。
「スクール水着。これもイギリスに居る頃には着る機会はなかった。素晴らしい。戒都もそう思うでしょ?」
「う、うん……」
「何じゃ? その反応は」
……まぁ仕方ないか。鈴音は楽しんでいるみたいだし。
「愛沙ちゃん! 何よその水着は!」
「う、うるさいな! 別に良いでしょ!」
遅れてやってきたのは愛沙と零奈さんの二人だった。
愛沙の水着は寒色が多く、肌の露出の少ないボトムス部分がスカートになっているAラインのワンピース水着。まぁ愛沙は肌を見せる事とか恥ずかしがるだろうし、露出の少ない物を選ぶだろうとは思っていた。けれどもそれが似合っているし、可愛いと思う。体のラインが分かりやすいので、彼女のスタイルの良さも際立っているし。
「って!? れ、零奈さん!?」
「およ?」
零奈さんが身に着けていた異常に布面積の少ないビキニ。俗に言うマイクロビキニ……。
「なんてモン着て着てるんですかああああああああ!!」
「気に入らなかったかい? 他にもスリングショットとかTバックもあるけど、そっちの方がお好みかな」
ポーズなんて決めちゃっている零奈さん。周囲の視線が零奈さんに一気に集まっている。
「そういう事じゃないですよ! 百歩譲って僕達しかこの場に居ないならまだしも、ここには大勢の人が居るんですからね!」
「見せてるのよん」
駄目だこの人。完全に楽しんでいる。鞄から他に持って来ていたらしいトンデモ水着を幾つも取りだしてひらひらと風になびかせているし。
「本当にそんなドギツイ水着しか用意していないんですか……?」
「あるにはあるけどね。面白くないじゃない」
「着替えて来てください!」
「でも――」
「いいから!!」
「うー……。分かったよー……」
拗ねたような顔をした零奈さんは鞄から赤色基調のビキニを取りだした。大胆なのには変わらないが、今までの物に比べれば一般的な物だ。
「よーし、行くよ愛沙ちゃん!」
「ちょ、何でわたしも!?」
「そんな面白くない水着を着ている事は許しませんよー!!」
大笑いしながら愛沙を連れ去って行ってしまった。最後に目に入った愛沙の助けを求める顔が忘れられない。
「ご愁傷さまに……」
今はただ、愛沙が無事に戻ってくる事を祈ろう。
――――それからまた少し経った。
新たに赤のビキニを身に付けた零奈さんが、愛沙を引きずって帰ってくる。
「もー、恥ずかしがっちゃって。さっきまでの水着との違いなんておへそが出てるかどうかくらいじゃない」
「それが恥ずかしいのよ……」
愛沙が着替えてきた水着はセパレートタイプの水着だった。色合いは水色がメイン。さっきのワンピースタイプも愛沙のスタイルに合っていてよかったが、今度の水着もよく似合っている。むしろへそ出しになった分、彼女のスタイルの良さが更に際立たされているのではないだろうか。少しでも露出を隠すためだろうか。上からパーカーを羽織っているのだが、それはそれで可愛い。
「じろじろ見るな……」
「ご、ごめん」
顔を赤くした愛沙に睨まれてしまったため、僕は慌てて目をそらす。
「みなさん良く似合っていますね。素晴らしいと思います」
「そうだね。みんな魅力的だ」
「ありがとう! キミ達男子諸君も似合ってるよ!」
「に、似合ってるって言っても海パンなんてどれもそんなに変わらないんじゃないか……? いや、オレはそんなの良く分からないんだけどさ」
「あ、パラソルの準備してくださったんですね? ありがとうございます」
「スイカ割りやろっ! スイカ割り!」
「スイカ割り!! 是非やりたい!」
「そういうと思ってスイカは準備済みだよ。棒はその辺で探すから後でな」
「うぅ……。着替えたい……」
恐らくこの海水浴場で一番、僕達が騒がしかっただろう。
「よっしゃー! 入水だよー!」
「茜! 足元に気をつけて。あと、準備運動してから泳ぐ事!」
一番槍と言わんばかりに海に走って行った茜の背中を、先ほどまで項垂れていた愛沙が即座に追って行った。なんという切り替えの早さ。もう心配はいらないかな。
「ひゃー! 冷たいよぉー!」
「ちょ、ちょっと茜! 水かけないで!」
「わたし達も行きましょうか」
「そうですね。おっと、眼鏡は外しておきましょう」
「う、海に入るのも久々だな……」
「早く行く」
「そんなに急がなくても海は逃げないよ鈴音ちゃん」
「さて……。海水浴客の目線を、この身体に釘づけにしてみせようぞ」
「何言っておるんじゃ零奈……」
楽しそうなその様子を見ていると思わず口元が緩む。楽しい一日になりそうだ。
「隅の方にはこんな岩場もあるんだな。ちょっと危ないけど、こういうところって魚とか居るんじゃないか」
「ほら、そこにイソギンチャクが居るよ」
今僕は、悠一と一緒に先ほどまで居た地点から少し離れた場所にある岩場に来ている。こっちの方には海水浴客はあまりやってこないみたいだが、一応海水浴場の敷地内。何かあるかもしれないと、悠一と僕の二人でやってきてみた。
「この辺りなら魚も釣れそうだなぁ。岩場近くは集まってくるし」
「流石に釣り道具なんて用意してないから、今回は見送りだね。残念だけど」
「そうだなー。それじゃそろそろ戻るか」
一通り辺りを見終わったし、一度パラソルの元まで戻ろう。スイカ割りの準備もしなくちゃいけないし。
そうして足を戻そうとした時。近くの岩場に人影が現れた。
偏光サングラスにサンバイザー、ロッドやフィッシンググローブ等々釣り師スタイルに身を固めた零奈さんだ。
「零奈さん……。何してるんですか?」
「愚問だねぇ。釣りに決まってるじゃないか」
そういう割にはクーラーボックスなどは見当たらないのだが……。それにしてもどこから釣り道具一式を用意してきたのか。荷物の中にはこんな物含まれていなかった筈……。
「よっしゃー釣るよー! せーの!」
「え?」
釣針が僕の海パンに引っ掛かっているんですが?
「ほいっ」
「うわぁっ!」
ロッドを捻って転ばされた。腰程度までの水かさしかないので左程危なくはないが、突然の事でかなり驚いた。
「もらった!!」
あまりにもスムーズな動きだった。
僕の海パンが零奈さんに釣り上げられるまでの流れが。
「れ、零奈さあああああああん!!??」
ぼ、僕の海パンが一本釣りされた!!
何考えてるんだあの人は!?
「それじゃあね戒都くん! 達者で!!」
「ちょおおおおおおおおっ!! マジで何しに来たんですか!!」
そのまま僕の海パンを手に一目散に逃げていった零奈さん。結局何が目的で僕の海パンを釣り上げていったんだ……!?
と、とりあえずこの場所が人目も少なく隠れる場所も多い岩場で助かった……。それに悠一も居る事だし、彼に頼んで零奈さんから取り返してもらおう。
「悠一……。悪いんだけどさ」
「分かっているよ。僕に任せて」
やっぱり悠一は頼もしいなぁ。
「さぁ、僕の海パンを受け取ってくれ!」
「何でそうなったあああああ!!」
躊躇いの欠片も一切なく。悠一は自身の履いていた海パンを脱ぐとそれを僕に投げてきた。
「何で脱いだんだ!? 僕は悠一に零奈さんを負ってもらおうと思っただけだぞ!」
「ふふっ……。そんな姿の戒都くんを、ここに一人にするなんて出来ないよ。その役目は僕が請け負おう」
「言ってる事はカッコいいけどさ!」
どうしよう。返してもまた渡されそうだし履くしかないのか……?
「さぁ、早く彼女を追うんだ。ここは僕に任せて」
水面に反射する太陽の輝きが上手い具合に悠一の下半身を隠している。イケメンの顔に泥を塗らせまいとする神の力か何かかこれは。
結果、どうしても引き下がりそうにないので、僕は悠一の海パンを履いて零奈さんを負ったのであった。
その後、逃げる零奈さんを必死に追いかけ捕まえる事に成功。零奈さんの犯行動機は単に面白そうだったからとか。迷惑過ぎる。
現在僕達は、みんなでパラソルの下小休止中。先ほど行ったスイカ割りで割ったスイカを食べながら、のんびりと海を眺める。
玉藻が降った棒がスイカごと砂浜を割ったり、茜が見事に割ったスイカを猟奇的な笑顔と共に何度も何度も叩き潰すという衝撃的な光景を目にしたり、張り切りすぎた鈴音の振った棒が僕の頭にクリーンヒットしたりと色々あった。元々人の注目を集めまくっていた僕達だけど、その騒ぎで余計注目を浴びてしまった。
「でも楽しいな。こんなに楽しかったのは久しぶりだよ」
本当に良い仲間達と出会えたと思う。晃一や啓人を連れて来れなかったのが残念だ。
「あれ? そういえば零奈さんは?」
さっきまで近くでスイカを大量に食べていたのに、気付けば綺麗に皮だけ残した残骸があるだけでその姿は消えていた。
「そういえば姿が見えないですね」
「あ、さっき釣り道具を持って何処かに行くのを見ましたよ」
「つ、釣り道具? あの人何でそんな物持ってきてるんだ?」
鴇矢の疑問はもっともだった。僕も良く分からん。
夏織の言っている事が確かなら、またあの姿で何かしでかしているかもしれないな……。流石に赤の他人に向かってあんな暴挙を働かないとは思うけど……。相手は零奈さんだし、不安だ。
「あっ、零奈先輩帰って来たよー!」
「何か手に持ってるね」
向こうの方から歩いてくる釣り師は間違いなく零奈さん。その手には確かに、何かが掴まれていた。
かなり大きい。下手したら人くらいの大きさがあるんじゃないか? 良くそんな物を片手で軽々と運べるな。
「……何よあれ。生き物じゃない?」
「緑色」
零奈さんが持っているのは緑色をした何か。確かになんか動いている気がする。それよりも、何で周りの人は零奈さんの持つそれに反応を示さないんだ? 人々が注目しているのは零奈さんのその格好だけだ。
「やー! めっずらしい物が釣れたよー!」
楽しそうに笑いながら帰って来た零奈さんの持つそれは、全身緑色で背中に大きな甲羅を背負っていた。頭には皿がある。
「何じゃ。河童ではないか。何故こんな妖怪が海で釣れたのじゃ」
「分かんないけどねー。気を失っているみたいだから持ってきちゃった」
周りの人達が注目しないのも当然だ。妖怪はみな等しく、必要な時以外はその姿を人間の目に映らなくする力を持っているのだから。僕達のみが気付いたのは、僕達が怪奇の力を持っている特殊な人間だったから。
そう、彼女の手には紛れもない妖怪、河童が掴まれていた。
零奈が釣り上げた河童から始まり、次々と妖怪が姿を現し始めた。
その騒ぎはどんどんヒートアップし、いよいよ一般人にも把握されるまでの動きを始める。
実害がないとはいえ、零奈と妖怪達の暴走に戒都は頭を抱えるのであった。
次回『弐拾怪.妖怪海水浴』