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今日からあなたが七不思議  作者: 蒼峰峻哉
七不思議遭遇編
15/36

拾肆怪.首無空間

 『人気者のナツメさん』の襲撃の翌日。僕は普段と変わらぬ一日を過ごしていた。何か特別な事を挙げるとすれば、朝たまたま会った『不幸を告げる鏡』の器である笹織悠一と『人気者のナツメさん』の器の柳鈴音に七不思議の愛称を考えてやった事くらいか。

 ニックネームなんだからあまり深く考える必要もないと気付いた僕は適当に考えてしまったのだが、気に入ってもらえたのだろうか。ちなみに『不幸を告げる鏡』にはカガト。『人気者のナツメさん』にはナツと言う名をつけた。言葉を濁らせてみたり略してみたりとかなり簡単にしてみた。実にニックネームらしくて良いと僕は思う。

 そして今は昼休み前の四時限目が終わったところだ。教室には晃一と啓人の二人が昼食を用意して待っている事だろう。僕も早くそちらに向かいたいのだが、そうはいかない状況に陥ってしまっている。見覚えのない部屋に閉じ込められてしまったからだ。

 移動教室の授業を終え、教室から最後に出た僕はそこで絶句した。扉を抜けた先は廊下ではなくて窓も何もない見知らぬ部屋だったからだ。おまけにひとりでに閉まった扉は鍵も掛かっていないのに、何故か開かなくなっていた。

 この現象を引き起こしている何かの正体はもう掴めている。宵闇高校七不思議の五つ目『封じられた隠し部屋』の仕業だろう。

 この七不思議も直接的に危害を加えてくるタイプの七不思議ではない。単に人間を密室に閉じ込めるだけの七不思議。しかしそれが厄介なのだ。

 宵闇高校には設計図の段階では確かに存在しているが、何故か校内に存在しない謎の部屋があるらしい。いつ、どんな風に入り込んだのかは分からないが、存在しない筈のその部屋に迷い込んでしまった一人の少女がいる。生徒ではなく、何かの都合で校内にやって来ていたとある小学生がその部屋に閉じ込められ、そのまま二度と戻ってくる事はなかったそうだ。それからその隠し部屋には住人が出来た。部屋の中心に取りつけられた、今にも消えてしまいそうな電球のみが僅かに空間を照らしている中に独り閉じ込められ、恐怖と絶望に飲み込まれて死んだ小学生の怨霊(おんりょう)だ。彼女は宵闇高校の至るところに隠し部屋への入口を発生させ、部屋の住人を増やしていっているらしい。

 つまりだ。掻い摘んで言うと、このままでは僕は死ぬまでこの部屋に居る事になる。もちろんそんなのは御免だ。何とかしてここから出る手段を見つけなければならない。

 僕はポケットからスマートフォンを取りだした。もちろん電波は繋がっていないし、時間も止まってしまっている。もはやお約束だ。

「困ったな……。今回ばかりはお手上げだぞ」

 彼等七不思議はあくまで僕への顔見せ、そして僕の実力を測るために襲ってきているのだから流石にこのまま放置される事はないと思うのだが……。

「仕方ないな。何か動きがあるまで待つしかないか」

 とりあえず冷たい床に座って待つ。それ以外の方法は考え付かなかった。




 もうどれほどの時間が経っただろうか。時間が止まっている空間でどれほど時が過ぎたのだろうかと考える事自体がおかしな話なのかもしれないが、そう思わずにはいられないほど何も進展がない。

「おーい! 聞こえているんだろう。そろそろ出してくれよー」

 誰もいない部屋に僕の声が響く。数秒後、何も動きがない事が分かり僕は思わずため息をついた。『封じられた隠し部屋』にも声は届いている筈。それなのに何も起きないと言う事はまだこれで終わりじゃないと言う事なのか?

 僕が壁に背をもたれかけて座ったままの状態で思案していると、そこで初めて動きがあった。電球がチカチカと明滅しだしたかと思えば、突如として部屋を照らしていた電気が消えたのだ。

「な、何だ!?」

 僕は壁に手を当てゆっくりと立ち上がる。事態を確認しようにも目が慣れていないため、部屋の様子は分からなかった。そのままの状態で暫く待つと、徐々に目が慣れてきたのか少しずつ部屋の様子が分かり始めてきた。特に変わった様子はない。僕がそう思い僅かに落胆した時だった。

「……何かある?」

 部屋の真ん中に何かが転がっているように見えた。何かのシルエットが浮かんでいるような気がする。もし本当に何かがあるのなら、それはさっきまでこの部屋にはなかった物だ。その手掛かりを逃さぬよう、僕は恐る恐るそれに近付く。

 三歩ほど進んだところで足を止める。謎のシルエットまでは後数歩。その距離まで近付いた時にいきなり電気が復活した。やっと闇に慣れた目に入ってきた光は、弱いながらも充分に眩しかった。少しの間目を伏せ、ある程度光に慣れてきたところで開いた瞳に映ったのは信じられない物だった。

 ――――人の首だ。

「うっ……!」

 まるで生気のない瞳が、何かを訴えるように僕を見つめている。そのあまりのリアルさに、初めてライに襲われた時と同じく吐き気を感じた。それを何とか抑えて、生首から離れようと後退した時、今度は何かにぶつかった。最初は壁かとも思ったが違う。僕はまだ一歩しか下がっていない。僕は壁から三歩ほどで、先ほどの位置まで近付いてきた筈だ。――では今僕がぶつかった物は一体何なのか。僕はゆっくりと後ろを振り返る。見えてきたのは。

 首から上のない人の体だった。

「うわああああああっ!!」

 久々の恐怖による絶叫。普通ならここで反対方向に走り出していたところだったが、振り返ればそこには例の生首がある。あれが何もしてこないなんて保証はどこにもない。第一今は『封じられた隠し部屋』の力で密室に閉じ込められているのだ。逃げ場なんてどこにもない。

 立ちすくむ僕に首のない人間が手を伸ばしてきた。その手が伸びる先にあるのは、僕の首。

「なっ……!?」

 伸ばされた手と手の間に何か光る物が見えた。糸のような、だが糸にしては不気味に輝くソレの正体に気付いた時、僕は思わず戦慄(せんりつ)した。その手にかかっていたのはピアノ線だったのだ。それなりの速度でぶつかれば人間の首だって切り落としてしまう、使い方を誤れば非常に危険な代物だ。もちろん人間がただ押し付けてきただけでは首が落ちてしまうような事にはならないだろうが、相手は得体のしれない怪奇だ。可能性は充分に――――。

 「ぐうッ!!」

 僕は思わず伸ばされてきた腕を抑えつけた。だがそう長くは持たなそうだ。異様に相手の力が強いのだ。それでも僕だって男だ。少しの間なら持ちこたえられるだろう。ならば僅かでも稼げたこの時間に打開策を練るしかない。

 まず間違いない。今この場には二つの七不思議が存在している。まず一つが僕をここに閉じ込めている『封じられた隠し部屋』だ。そしてもう一つ。今まさに僕に襲いかかっているコイツこそ残された最後の七不思議。宵闇高校七不思議の一つ目『調理室の首なし男』だ。

 宵闇高校の歴史の中のどこかで、調理室で男子生徒が自殺した事があったらしい。その生徒の死体は首と身体が分かれた状態だったそうだ。生徒が自ら命を絶つために用いた道具は、生徒の死体が握りしめていた、血に塗れたピアノ線。ぴんと張り詰めたピアノ線に自ら飛び込み、その首を落としたと言う事だ。だが彼が倒れていた付近には、ピアノ線を設置できるような物は何もない。誰かが死体を調理室へ持ち込んだ形跡もない。つまり、彼は間違いなくこの調理室で命を絶ったのだ。――――何かに括りつけるのではなく自らの手でピアノ線を握り、その小さなギロチンを、己の首に目掛けて振り落として。人間の力では到底、首など切り落とす事は叶わないのに。絶対にあり得ない事な筈なのに、残された惨状はそう告げていた。

 何故彼が死を選んだのか。そもそもこの不可解な死に方は何なのか。その全てが謎に包まれている。確かなのはそれ以降、調理室には首のない男が現れてそこにいる人間の首を落とそうと襲ってくる、と言う事だけだ。そしてその魔の手は今、僕へと向けられている。

「くそっ……! これ以上持たないっ……」

 考えがまとまるよりも早く、限界がやってきた。良く持った方だと自分で思う。もしかしたら無意識の内に統括者の力を使っていたのかもしれない。今まで拮抗(きっこう)していた力が緩んだ事により、徐々に首なし男の腕が僕の首に押し込まれてくる。僕も必死で抵抗するがもう押さえつける事は出来なかった。僕は思わず目を固く閉じる。

 首なし男の持つピアノ線が、僕の首に触れた――――。

「――――?」

 何も起きない事を不思議に思った僕が再び目を開けた時、そこにはもう首なし男の姿はなかった。足元に転がっていた首も跡形もなく消えており、この閉鎖空間に残されたのは僕のみだ。

「終わった、のか?」

 まだこの空間に閉じ込められている限り、油断は出来ないのだが、先ほどまでの出来事が嘘だったかのように部屋の中には静かな空気が流れていた。何かが起きる気配はない。…………どうしよう。僕が独り悩んでいると、制服の袖を何かに引っ張られた。

「ん? ……きみはどっち?」

「わ、わたしは、首なしさん、じゃあり、ません」

 袖を摘まんでいたのは、何やらビクビクと怯えているような話し方する小学校低学年くらいの容姿の、とても可愛らしい女の子だった。セミロングよりは少し短い髪の毛。目立っているのは頭頂部に生えているアホ毛か。衣服は小さい女の子が着ているようなワンピース。彼女の言葉から察するに、正体は『封じられた隠し部屋』だろう。

「そんなに怖がらなくても良いんだぞ? 大体本来はそっちが人を驚かせているんだからな」

「ご、ごめんなさい……」

「い、いや別に怒っている訳じゃないって」

 涙目で震えだしてしまった『封じられた隠し部屋』。子供の扱いは慣れていない僕。どうやら彼女を怖がらせてしまったらしい。尋常じゃない罪悪感を覚えた。何とかしようと思ってもなかなか良い案が浮かばない。

「ほらほら、泣かない泣かない。……オレも泣きそうになるからさ」

 突如、少女の背後に現れた男が少女の頭に手を置いて言った。赤みを帯びた髪と鋭い目つきが特徴的な男だ。首には、もう寒い時期でもないのにマフラーを巻いていた。

「お前は……。もしかしなくても『調理室の首なし男』だよな?」

「あぁ、そうだけど」

 マフラーの男は僕の予想通り『調理室の首なし男』だった。そんな彼の後ろに『封じられた隠し部屋』は隠れてしまい、何だか少しショックを受けた僕。と言う事は、この空間は調理室と繋がっているのだろうか。

「そうだな。何故か知らないけどこいつに懐かれたみたいで、良く調理室の近くで力を使うんだよ。だからオレも一緒に出て来れるんだが……。何でオレみたいなのに懐いてくれたんだか。裏があんのかな」

 何だか不安そうな顔でブツブツ言っている首なし男。何だかすごいマイナス思考なヤツだ。絶対彼の考え過ぎだと思うのだが。

「これで七不思議は全員と出会った事になるのか……。長かったな」

 振り返ってみると、僕が統括者に任命されてからまだ一週間ほどしか経っていない。どんだけ密度の濃い一週間だったんだって話だ。これから僕達はどんな日々を過ごしていく事になるのか。想像も付かないけれども、疲れと引き換えにきっと退屈はしないだろう。

「それじゃあオレ達は一旦引っ込むぞ。ニックネームとか色々あると思うけど、それは器に伝えておいてくれ。……変なニックネームを付けられそうだなぁ」

「また、ね。おにいちゃん」

 可愛い。

 脊髄反射レベルでそんなワードが浮かんだかと思えば、僕は調理室に佇んでいた。




 放課後。零奈さんから突然の呼び出しを食らった僕は、以前七不思議に関わる話を聞かされた屋上へとやって来ていた。僕が力を受け継いだのは校内の廊下だったが、ある意味ここから全てが始まったようなものだ。

「来たね、戒都くん」

 そこには零奈さんを中心に、今期の七不思議の器達が全員集まっていた。見覚えのない二人。一人は赤みを帯びた髪にバンダナを巻いた穏やかな目つきの少年。もう一人は長身のモデル体型を持った、何やら眠そうと言うか、目つきの悪い少女。セミロングの髪型から生えるアホ毛が特徴的だった。

 二人共先ほど出会った七不思議達と似ている要素があるので、男の方が『調理室の首なし男』女の方が『封じられた隠し部屋』で間違いないだろう。

「まずはこの二人の紹介からだね。ほら、二人共自己紹介」

 零奈さんが言うと、その二人が前へ出てきた。最初に口を開いたのは男の方だった。

「オレは須木塚鴇矢(すきづかときや)だ。『調理室の首なし男』の器をやってるんだけど、正直上手く出来ている気がしないんだよなぁ」

 マイナス思考とは違うが、性格も七不思議と似ているようだ。自分に自信を持てないタイプだ。続いて女の方が口を開く。

「わたしは『封じられた隠し部屋』の器、多々乃愛沙(たたのあいさ)。よろしく。……パッとしない顔してるね」

 七不思議の時とのギャップが凄まじい、毒舌家な少女だ。小学生の容姿になるとか何でもありかよと思った。

「これが今期の七不思議の器達。やっと全員集合出来たね」

 一列に並ぶ面々。この時初めて、僕は統括者としての自分の立場を自覚したのかもしれない。皆の期待の眼差し。それに応えなければと思った。

「後は二人にニックネームを付けてあげれば、今日集まってもらった要件はすべて終了になるかなー」

「分かりました」

 僕はあらかじめ考えておいた二人のニックネーム、『調理室の首なし男』にはクナシと言う名を。『封じられた隠し部屋』にはフーカと言う名を付けた。それぞれ名前を略しただけの簡単な物だったが、二人はそれを気に入ってくれたようだった。

 今はまだ小さな物だったとしても、彼等や七不思議達と過ごす日々の中で少しずつ絆を深めていけたら。その場に居た皆の笑顔を見た僕は、そう願ったのだった。




 僕はやっと物語のスタートに立ったに過ぎない。僕達の奇妙な日常は、これから始まるんだ――――。

「今日から本格的に動き出す」

先日、七不思議全員との邂逅を果たした戒都。

いよいよ彼は、統括者として七不思議達を動かそうとしていた。

「ターゲットは、あいつだ」

戒都、統括者としての初仕事が始まる。


次回、新章 統括者の仕事編『初仕事、始動』

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