拾参怪.命懸け接待
「うおおおおおおおおおおッ!!」
四ツ谷戒都、死ぬ気で全力疾走中。
何故こんな事になっているか。これは非常に簡単に説明が出来る。
爆発やら爆風やらをぶっ放しながらすっごいスピードで走ってくる女の子に追われているからである。何を言っているか分からないと思うが、僕も何を言っているのか良く分かっていない。もちろん現在もその状況は続いている。さっきから爆発音やらが背後から聞こえてきていて振り返るのが恐ろしい。
だけどまぁ、見るしかない訳で……。
僕は走りながら恐る恐る後ろを振り返ってみた。
「うわぁ……」
予想通りとんでもない事になっていた。
木がいくつも宙を舞っていたり、爆発が起きていたり。僕が走って来た後はもう森と呼んで良いのか分からない状態になっていた。これはもうただの平地なんじゃないか。
その中心となっているのが彼女。宵闇高校七不思議の七つ目『人気者のナツメさん』である。走っていると言うか地面を滑る様に僕を追ってくる彼女。ずっとクスクス笑いながら超スピードで追ってくるしどんどん森を破壊していくし、普通に怖い。ホラー的な意味じゃなくてヤバイみたいな意味で。
「クスクス。もっと楽しませてくれるんでしょ?」
『人気者のナツメさん』が黒色の髪をなびかせながらわざとらしく言ってくる。彼女は絶対僕が必死になっているのを知っていてこんな事を言ってきているに違いない。つくづく良い性格してやがる。
「やってやるよちくしょおおおおおおおおッ!!」
叫ばなきゃやっていられない。どうしてこう何度も死にかけなくちゃいけないんだ!
とりあえず僕は統括者の力を使って木を一本浮かせ、少しばかりの鬱憤晴らしと仕返しの念を込めてそれを『人気者のナツメさん』に向かって投げつけてみた。
「クスクス」
僕が放った木はいとも簡単に弾き飛ばされる。最初から期待はしていなかったからショックはない。
「それなら!」
僕は彼女の頭上数センチに大量の落ち葉を瞬間移動させた。流石の彼女も反応が間に合わず、頭から大量の落ち葉を食らった。すぐに風で吹き飛ばされてしまうだろうが、少しの間目隠しになればそれで良い。僕はその隙に隣の茂みにスライディングで逃げ込む。上手く行けば僕が力を使って何処かに逃げたと勘違いしここから離れてくれる筈だ。改めてこの力は便利だと感じた。
僕が茂みの中で息を潜めていると、落ち葉を吹き飛ばした『人気者のナツメさん』が近付いてくるのが分かった。足音なんて彼女は立てていないから気配と笑い声での判断だったが、それが強烈なので手に取る様に位置が分かる。どうやら彼女は僕が消えた事を不思議に思い、辺りを見回している様だ。……これは非常にまずい。
(頼む! 気付かないで何処かに行ってくれ!)
息を殺してその場に丸くなる僕。遂に僕の隠れる茂みの前に『人気者のナツメさん』がやって来た。彼女が僕の隠れる茂みを覗きこもうとする。万事休すか……!?
「に、にゃー」
………………咄嗟にやってしまったネコの鳴き真似。
馬鹿か僕はッ!!?
追いつめられていたとは言え、咄嗟に取った行動がネコの泣き真似――それもこんなド下手な物だなんて……! 自分で自分のアドリブ力の無さに自分でうんざりした。これに関しては弁解の余地もない。僕の逃走劇も此処でおしまいだ。
「なーんだ。ネコか」
そう言ってナツメさんは何処かに行ってしまった。
――――騙されんのかい!!!!
一方その頃、玉藻達はと言うと……。
「どうやら戒都はナツメの奴に襲われている様じゃの」
「みたいだねー」
「あそこで回答が間に合っておっても結局は襲われておったとは思うがの」
七不思議結界によって隔離された神社でのんびりとしていた。
「お二人ともこんにちは」
不意に何処からか声が聞こえた。玉藻も零奈も聞き覚えのあるその声は、零奈が持って来ていた手鏡の中から聞こえてきた。
「おっ、カガミンじゃん。どしたのこんなところで」
「僕の器がたまたま近くを通りがかったのですが、その時にこの空間に巻き込まれてしまった様でして」
それは先日の玉藻のテストでピンチに陥った戒都に手助けをした宵闇高校七不思議の六つ目『不幸を告げる鏡』だった。藍色の髪と瞳を持った、外見はもちろん性格までもが非の打ちどころのないほどのイケメン七不思議だ。その顔には鏡が割れた様なヒビが入っている。
「それは迷惑をかけたのう。彼奴に代わって儂が詫びよう」
玉藻が小さな体を折り曲げて頭を下げた。手鏡の中から『不幸を告げる鏡』がそれを微笑みながら制止する。
「僕も器も気にしていませんので、頭を上げてください」
輝くような――鏡だけに実際に輝いているかもしれない――笑顔を見せる『不幸を告げる鏡』。それだけで大半の女子は落ちてしまうだろうが、そんな強力な武器もこの二人には全く通用しない。
「戒都くんは大丈夫かなー?」
明らかに心配はしていないのは明白だと言うのに、零奈はわざとそんな事を言った。
「心配はないじゃろう。彼奴の実力は儂の折り紙つきじゃ」
「彼ならきっと、ナツメさんを楽しませてくれますよ」
玉藻と『不幸を告げる鏡』の言葉を聞いた零奈はさらっとこう言った。
「だよねー」
玉藻達は今頃何をしているのだろうか。無事、ではあると思うのだけど……。僕は茂みから僅かに顔を出して様子を窺いながらそんな事を考えていた。――案外僕の事なんか気にしてないで世間話にでも興じていそうだ。
そういえばこの森は元に戻るのだろうか。結界内での出来事なので恐らく現実世界への影響は出ていないとは思うのだが……。不安だ。
「さて、と。とりあえず安全、かな?」
何時までも隠れていてもいずれ見つかってしまうので、辺りの様子を確認する為に僕が茂みから足を踏み出した時。
「見―つけた」
ふと横合いから声が聞こえてきた。ぎしぎしと言う音が聞こえてきそうな程ゆっくりとそちらを振り返ってみると、そこには先ほど何処かへ行ってしまった『人気者のナツメさん』の姿があった。
「………………!!」
僕は無言でその場から走り去ろうと飛びだした。こいつ、何処かへ移動したと見せかけてずっと近くで張っていやがった。
「クスクス。もう観念しなよ」
彼女との距離を必死で離そうとする僕の背後から声が聞こえたかと思うと、すぐ近くで爆発が起き、挙句の果てには視界の隅に炎まで見えてきた。
「し、死ぬ!! 本当に死ぬって!!」
流石に泣きそうになりながらも必死で逃げる僕。とにかく無我夢中で走った。すると右足に何かが巻き付いた感触を覚えた。見ればそれは彼女が力で作りだしたロープだった。
ロープに気付いた時には時すでに遅し。勢いよく引かれたロープに足を取られ、僕は無様に地に転がり彼女の元へ引きずり寄せられてしまった。
「も、もう勘弁してください……」
ここまで心の底から出た嘘偽りのない言葉は、僕自身初めて口にした。すると彼女は相変わらずクスクスと笑いながら。
「楽しかったよ。また遊んでね」
そう言った。それと同時に七不思議結界も散り散りに消えていく。その光景を仰向けで倒れたまま見つめていた僕は思わずこんな事を口にした。
「もう二度とお前とは遊ばん……」
「おっ、戻って来たね!」
結界が完全に消えるとすぐに誰かの声が耳に入った。零奈さんの声だ。僕は仰向けの体制から立ち上がり、彼女の方へ顔を向ける。
「災難じゃったの戒都よ」
「お疲れ様戒都くん。怪我はないかい?」
「……お疲れ」
近くには玉藻の姿もあった。その隣には何やら見覚えのない男子と女子の姿が。――あれ? まだ結界の中にいるのかな。『不幸を告げる鏡』が今、目の前にいるんだけど。
「そういえば自己紹介がまだだったね。僕は『不幸を告げる鏡』の器の笹織悠一。こちらの女の子は『人気者のナツメさん』の器の柳鈴音ちゃん」
「よろしく」
そちらの女の子が『人気者のナツメさん』の器だとは思っていたが……。『不幸を告げる鏡』の器の笹織と言う少年。――『不幸を告げる鏡』と瓜二つじゃないか!! 違うところと言ったら顔に入ったヒビがあるかないかしかないぞこれ……。
「面白い偶然もある物だよね。僕も最初は驚いたよ」
どうやら僕が何を考えているのか読みとったらしい。こんな偶然が本当にあるのか。容姿だけじゃなく口調や性格までもが完璧に一致しているなんて……。しかも顔も性格もイケメン。なんて残酷な世界なんだ。
……こんな事で絶望していても仕方がない。僕は隣の少女、柳鈴音に目を向けた。あまり多くは言葉を発さない物静かな少女。綺麗な金髪を持ち顔立ちも何処か日本人離れした様な印象を受けた。恐らくハーフなのだろう。
「楽しかった。満足」
「……それなら良かったけどさ」
表情一つ動かさないで言われたところで嬉しくないと言うか、達成感が全く感じられないと言うか。
これでまだ見ぬ七不思議は残すところ二つ。『調理室の首なし男』と『封じられた隠し部屋』のみだ。ここ最近七不思議達と出会うといつも死にそうになっている気がして、僕は思わず今後が不安になった。全員と出会った後、僕は五体無事でいられるのだろうか。僕がそんな不安を抱いているのを知ってか知らずか、零奈さんと玉藻が労いの言葉をかけてくる。――流石に本当に危ない時はこの人たちが何とかしてくれると信じたい。本当に。
『人気者のナツメさん』の襲撃の翌日。
いつも通りの平和な一日を過ごしていた戒都だったが、突然謎の部屋に閉じ込められてしまった。
瞬時に七不思議の仕業と察した戒都は冷静に分析を始めるが、そんな彼を第二の怪奇が襲う。
次回『首無空間』