70 なんか、泥仕合です
「う~ん・・・うぅ」
俺は今、保健室のベッドの上で唸り声を上げながら苦しんでいる。
「ぁ~・・・ぬぁぁ」
隣りのベッドではタレスがやはり唸り声を上げながら苦しんでいる。
何があったかって?今の俺にはそれを話せるほど余裕が無いから回想で我慢してくれ。
一言で表すなら、『最悪の試合』だった。
☆
「では、覚悟してくださいね?先輩」
俺はレンテ(コート)のポケットに手を入れ、ソレを握りしめる。
「何をしようとしてるのか分からないけど、やられる前にやってしまえば……ウグッ!!」
タレスが藁人形に釘を突き刺そうと左手を振り下ろす。
銀色の光沢を放つ釘はまっすぐ藁人形に向かったが………直前でタレスがうずくまり、釘が藁人形に刺さることはなかった。
「クッ、これはまさか…」
「大当たり~。まさか同じことされるとは思ってもみなかったでしょう?」
ポケットからさっき握りしめたソレである藁人形を取り出す。そりゃもうドヤ顔でな。
「まったくだ。呪法なんて滅多に扱える人がいないから完全に油断してたよ。ちなみに、今回君が僕を対象として認識させるために用意したものは何だい?」
痛みが引いてきたらしく、立ち上がったタレスがそう尋ねてくる。
「これまた偶然、同じ物を選んだみたいで先輩の写真と指紋を頂きました。先輩は有名人ですから写真はすぐに見つかりましたよ。指紋は試合前に握手したあの時にとらせてもらいました」
グレストに用意してもらった4枚の紙。あれは2年生で特務隊の可能性のある人たち、具体的には2年A組の名前と顔写真をリストアップしてもらったものだ。これで誰が2年特務隊でも後は試合前に握手でもすれば呪いが掛けられるってな。
「やたらと高いステータスといい、センスが要求される上級呪法をサラッと出来ることといい、ジュン君ってば反則的だなぁ」
「本気を出してない先輩に言われても嬉しくないですよ」
俺は藁人形をペン回しの要領で回しながら言う。事実、魔科学の魔の字も出てないしな。むしろ呪いなんて科学の正反対だ。
「い、いやいや、今僕が出せる全力で試合には臨ませてもらってるよ。さっきも言ったとおり、魔科学の力は準備不足で見せられないからね。それはともかく、その動き、止めてくれないかい?」
顔を蒼くさせながらタレスが言っている。その動きとはペン回し藁人形verの事だろう。
「フッフッフ、さっき俺も似たようなことされましたからね。そのおかえしですよ。降参してくれればやめますけど?」
今俺の顔は仕返しが出来たという歪んだ嬉しさで嫌な笑みを浮かべているだろう。だが構わない。周囲にそびえ立つ岩壁のおかげで観客にその様を見られ非難されることはない。
「降参なんてしてたまらないよ。君がその気…なら、僕…だって…」
感覚がリンクしている藁人形が回っていて平衡感覚が狂っているのか、岩壁に寄っ掛かりながら左手に藁人形を持つタレス。
「ま、まさか…」
俺がそう声を漏らすと、タレスはフッ、と邪悪な笑みを浮かべ、ゆっくりと藁人形(俺)を持つ手を縦に円を描くように振り回し始めた。
先ほどとはまた違う浮遊感が俺を襲い始める。なんていうか、地面に足が着いてるのに遠心力で吹っ飛ばされそうというか、視界は正常なのに脳では回転してるような感じっていうか、つまりはとても気持ち悪いです。
「グッ、まだまだぁ!」
俺は中指と薬指に挟んだ藁人形を中指を軸に回転させる『ソニック藁人形ver』で対抗する。細長く胴長な藁人形だからこそ出来る芸当だ。
「ウグッ、こっちだって!」
負けじとタレスは藁人形(俺)にランダムな動きを加える事でより一層俺の吐き気を誘う。
泥仕合。それが一番この闘いに合っているだろう。もし観客が見ていたなら真面目にやれと怒るかもしれない。だが、これでいいんだ。命が掛かっていない戦闘ならこんな事があっても良いじゃないか。負けたら死ぬような本物の戦闘では無いんだから。
・
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「うおぉぉらぁ!」
第一次藁人形大戦が始まってから5分後、俺は決着をつけるべく勝負に出る。その名も『スピン0』だ。これはこの世界で身体能力がアップしたから可能になった技で、藁人形が回ってないように見えるくらい超高速でペン回し藁人形verをし続けるという技だ。
正直なところ、これ以上は俺の体も限界だ。今だって岩壁に背を預けた状態だしな。
「ぬぉぉぉお!」
タレスはタレスでしゃがみ込みながらも頭上で目にも留まらぬ速度で藁人形(俺)を振り回す。
「「これで終わりだ!!」」
互いにそう叫ぶと、手にある藁人形を力の限り岩壁に叩きつけた。
その瞬間、途轍もない痛みが全身を襲い俺は意識を手放した。だが俺はしっかり見ていたぞ?タレスが俺と同時に倒れ込むのを。
そうして第一次藁人形大戦は引き分けという形で幕を下ろした。
☆
そして意識を失った俺たちは保健室に運ばれ、冒頭に至るというわけだ。
そうそう、試合自体の結果だが、あの後ナルシストたちは残りの2年生2人に勝って1年生特務隊の勝利という当初誰もが考えなかったであろう結果になった。
学園長も俺を除く4人の実力が見れたはずだから今回の特務は成功なはずだ。
「なあ、ジュン君。学園長は僕たちに何をさせる気だと思う?」
体調が良くなってきたのかタレスがベッドから起き上がり、俺にそう尋ねた。
「いきなりどうしたんです?先輩もアレなんですからその手の話は…」
アレというのは勿論特務隊の事だ。タレスは学園期待の星だし、俺も学園長の特別魔法が効かない。恐らくこの会話は聞かれているだろう。
「光の屈折を変えて口元は見えないようにしてるし音の伝播速度を500倍にしてあるから学園長にはバレないよ。それで?学園長は何がしたいんだろうか?」
光を扱うのは光と闇魔法の合成、音を扱うのは上位の風魔法だ。本来ならどちらも展開するだけで魔力が尽きるような大技だが、タレスは涼しい顔で再び俺にそう問いかけた。
「学園長ですか…特務隊を結成することでプロミネントギルダーの育成をするってのは本当の事だと思いますけど、まだ何かありそうです。具体的にはよく分かりませんけど、何かひっかかるんですよね」
学園長の言葉に違和感を感じたのはいつのことだったかな…思い出せん。
「うん、さすがジュン君だ。君の言う違和感ってのは特務の後に何か道具について問い詰められた事じゃない?」
タレスが爽やかな笑みを浮かべながら満足げにそう言ってきた。
「それです!以前黒龍の討伐をさせられた時に三宝について聞かれました」
今思えば、あの時の学園長は任務の成功失敗よりもレンテの方に興味を示していたように思える。
「ふむ、やはりか。いや、僕も似たような事を聞かれたことがあってね。どこかの洞窟に潜らされてはオルギヌスやレンテについて言われたんだ」
俺の方をジッと見ながら言う。俺がオルギヌスとレンテを持ってることがバレてるのか?
「へ、へぇ~。学園長はそんな品集めて何をするつもりなんですかね~」
俺目泳ぎまくり。俺誤魔化すの超下手。これじゃあ完璧に俺が三宝に関わってますって言ってるようなものじゃん…
「ははっ、ジュン君は分かりやすいなぁ。まあいいや、学園長が何をしようとしてるかはまだ分からない。いや、まだ証拠がないといった方が正確かな?」
タレスは苦笑いしながらそう言いつつも、それ以上追及するような事はせず、俺の話題に乗ってくれた。いや、そんな事より、
「証拠がない?つまり何らかの推測は立ってるんですね?」
俺としてはこっちの方が気になる。良い予感はしないって事だけは分かるが。
「うん、でもまだ確かじゃないから教えられないんだけどね。そこでジュン君、頼みがあるんだ」
タレスは真剣な顔になり俺に詰め寄る。その距離およそ3センチ。俺の視界はタレスで一杯になっている。
え?何これ。この小説のキーワードにBLなんて書いてあったっけ?超絶見つめられてるんですけど。ってかよく見たらタレスって割とイケメン。顔のパーツは整ってるし肌も女子みたいにきめ細やかだ。・・・って、何言ってんだ俺は。
「いや、その、お気持ちは嬉しいんですけど俺ってノーマルですし…」
しまったァァァッ!テンパって意味分からないこと口走っちまったよ!どう見ても変な人じゃん。今の俺どう見ても危ない人だよ。
「え、えっと、うん、その頼みだけど、」
スルーされた!いやまあ、全然構いませんけどね。とにかくその気まずそうな顔はやめてほしい。こっちまで気まずくなる。
「今後、ジュン君が必要になる事があるかもしれない。その時は力を貸してくれないか?」
そう言いながらタレスが手を差し出してきた。
なるほど、頼みってのはこれか。
「はい、先輩が困るような事が起きることはないと思いますが、その時は力を貸しますよ」
俺も手を出してタレスの手を握る。
恐らく頼みは学園長がらみになるだろう。学園長は俺も嫌いだから利害が一致するわけだ。
「ありがとう。目的も果たしたし、僕はそろそろ行こうかな。じゃあねジュン君」
そう告げるとタレスの姿が徐々に薄くなっていき、最後には消えた。
転移魔法って感じじゃなかったな…何らかの特別魔法か?とりあえず、俺も気分は良くなったし教室に戻るか。後で学園長から特務についてまた呼び出されるんだろうけどな。
「んじゃ、行こうかね~」
俺はベッドから立ち上がり、効果のなくなったタレスの藁人形をゴミ箱に投げ捨てて保健室をあとにした。
次回予告
潤「一連の特務のくだりは一段落だな。次回は…う~ん、良い予感がしないな。嫌だなぁ…」