68 なんか、パシャリと
「誰だよ三十六計逃げるに如かずとかほざいた奴」
あの後、事務員みたいな人に廊下は走るなと2人揃って正座で説教をくらい、今はトイレ掃除中だ。
「魔王様が言ったんだよぉ。ボクまで怒られちゃったじゃん」
俺の背中にくっ付きながらそう言う。重さは感じないが、何となく邪魔だ。
「ったく、お前がムキになって追っかけて来るから」
「だって魔王様が必死に逃げるからぁ……でも、楽しかったよぉ?」
俺の肩に顔を乗っける。
「そうだな…ってか近いっ!そして何でお前が男子トイレにいるんだよ!?」
先ほども言ったとおり今はトイレ掃除中。そんでもってこの時間だとまだ生徒がトイレを使うから女子トイレは後回しだ。
「だって魔王様がここにいるんだもん」
渋々と俺から離れて後ろに立つ。
「理由になってねぇよ…ホラ、お前がここにいると男子共が入れないじゃねぇか」
今も1人の男子がトイレに入ってきたが、レンテを見るなり顔を赤くして逃走。トイレ掃除を始めてまだ10分位しか経ってないのに同じような奴らが10人以上いた。
まあ、確かに見た目だけ見ればレンテもかなりの美少女だからな。
「その他大勢なんて関係ないってばぁ。ボクは魔王様と一緒ならそれだけでいいのぉ。それとも、ボクよりもあんなその他大勢の方がいいのぉ?」
おっと、なんかレンテからヤンデレのかほりが…自分の装備品に殺されるなんていう無様なバッドエンドはご遠慮願いたい。
「そ、そんな事ないぜよ?俺はレンテさえいれば良かとね」
なんか焦ってあっちこっちの方言が混ざってしまった。
「・・・魔王様、嘘つくの下手すぎぃ。でもいいもん、今にボクなしじゃいられないくらい魔王様をメロメロにしてあげるんだからぁ」
ウインクをして再び俺に抱きつく。
嘘はバレたみたいだが…一応ヤンデレルートは回避したのか?
「そうですかい。楽しみにしない程度に楽しみにしとくよ。それはそうと……手伝ってくんない?」
こうして話し相手になってくれてるだけでも気が紛れるから嬉しいのだが、出来れば直接的に役に立ってほしい。
抱きつかれたままってのも周りの目が気になるしな。
「魔王様の役に立てるなら何でもするよぉ…なにすればいいのぉ?」
「俺1人じゃ恐らく丸1日掛かっちまう。ってなわけでお前には女子トイレを掃除してもらいたいんだ」
我ながら都合のいい話だなと辟易しつつ、そう頼む。
「別にいいけど、魔法使っちゃってもいいよねぇ?」
「魔法?そんな便利な魔法があるのか?」
「無いなら作るまでだよぉ。微弱な闇系重力魔術を基にして無系消滅魔術を組み込んで、緩衝魔力として土属性魔力を入れれば大丈夫でしょぉ」
うむ、何を言ってるのかサッパリだ。これがあの担任が言ってた独自の魔法を作り上げるって事なのか?
「流石だな。魔法を作るなんてそう簡単に出来るもんじゃないんだろ?」
「まあねぇ。でも人形態のボクの知恵はどんな魔術師よりも優れてるからねぇ。朝飯前ってやつだよぉ・・・それぇ」
レンテが手を前にかざして作った魔法を試し打ちする。
すると、レンテの手から黒い塊が飛び出し、縦横無尽にトイレの床を這い回った。黒い塊に埃や汚れ、蛇口周りの雫などを吸い寄せ、あっという間に床を綺麗にしてしまった。
「おぉ…床掃除の手間が省けるな。サンキュー」
「本当なら3次元の動きをさせて全部この魔法にやってもらいたかったんだけど、今のボクの魔力じゃ2次元の動きが限界だったよぉ」
よく分からんが、複雑な動きをさせようとするとその分消費魔力が大きくなるらしい。
「いやいや、床掃除が省けるだけで大分違うから。ホントありがとうな」
レンテの頭を撫でながらそう言う。まあ、最低限の報酬ってやつだな。
「ふふん、いいってことよぉ。じゃ、ドンドンやっちゃおうねぇ」
「おう!」
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「ふぅ~、終わったぁ!」
最後のトイレを掃除し終え、レンテが伸びをする。
「"・・・"って便利だよな~」
実際には4時間位掛かったんだぞ?せっかくの午前授業だったってのに既に日が大分西に傾いている。
「ん?何の話ぃ?」
「気にすんな。こっちの話だ」
俺は手を洗いながらそう答える。あ、ハンカチ忘れた。
「ふぅん、そういえば魔王様ぁ、この後何するのぉ?」
「寮でのんびり、といきたいところだが、そろそろ明日の作戦会議の時間だ。A組に行かないとな」
手を振って水をある程度飛ばす。あとは自然乾燥だ。
「ボクはどうしてればいいのぉ?」
「部屋で待ってても一緒に来てもどっちでもいいぞ」
どっちにしろコートの姿になる必要はあるがな、と付け足しレンテに向き直る。
「ボクが魔王様から離れるわけないじゃん!」
俺の返事がお気に召さなかったらしく、レンテに頬を膨らませて怒られた。
ホントこいつは扱いやすいんだか扱いにくいんだか分からねぇな。
「はいはい、すまなかったな。んじゃ、行こうぜ」
適当にあしらいつつレンテに向かって手を差し出す。
「うん、行こう行こぉ」
笑顔に戻ったレンテが俺の手を握る。・・・・・ん?この手はコートになって引っかかれって意味で出したんだが。
「何でコートの姿になんないんだ?」
「掃除するのに魔力使いすぎて変身するだけの魔力が残ってないんだよねぇ」
テへ、と舌を出して微笑む。
「ったく、手伝ってもらった手前文句も言えねぇ…見られるのはあんまり都合良くないんだが…しょうがない、そのまま行くか」
そう言ってトイレから出ると…
「おい、出てきたぞ」「クソ、日が出てる内からトイレでイチャつきやがって」「あの男、この前A組のトップと決闘した奴だろ?」「スクープだスクープだ」
いつの間にかトイレの外には人だかりができていて俺に向かって好き勝手言ってやがる。中には写真を撮ってる奴までいる始末だ。
「やあ、君が今この学園を賑わしてるジュン君で間違いないかい?」
集団から抜け出して俺の前に立った銀髪の男子生徒が尋ねる。
「学園を賑わしてるつもりはありませんが、俺がジュンです」
無視しようかと思ったがここは2年生のフロアだから恐らく先輩だろう。無視はできない。
「あぁ、申し遅れたね。僕は新聞部のタレス、よろしく」
そう言ってタレスと名乗った男子生徒が握手をしようと手を差し出してきたのでとりあえず応じる。
「新聞部、ですか。今ちょっと忙しいんで、俺に用があるなら後でにしてくれます?」
「ん~、一瞬で終わるから。はい、チーズ!はい、どうも」
パシャリとカメラのシャッターを切ったかと思うやいなやタレスは人混みに消えた。
「何だったんだ一体……ってか、あなた達もいつまで群がってるんですか!?いくぞレンテ」
レンテを抱き寄せて転移魔法を発動させる。
レンテを抱き寄せた事で周囲は更にざわついたが、それは誤解だ。ここは地面から離れているだろ?転移魔法は正確な座標指定が必要な為、高さも考慮するような地形ではより複雑な計算をしなければならない。そんな中2人分の計算を同時にするなんてこと俺には無理だからレンテを抱き寄せて1人分にした次第なんだよ。・・・・・俺は誰に言い訳してるんだ?
「登場早々、見せつけてくれるじゃないか」
夕日が差し込む教室にはグレスト、ナルシスト、マワター、ラステルの4人が揃っている事から転移魔法は成功したみたいだ。
「俺の力じゃこうでもしないと複数を転移出来ないからな」
「転移魔法なんて上級魔法を扱えるってだけでえらいことなんやけどな。それはいいとしてジュン、隣の娘は誰や?」
グレストが物珍しそうにレンテを見ながら尋ねてくる。まあ俺と同じように、この世界じゃ珍しい黒髪黒目だからな。
「あぁ、コイツは…アーテル。・・・俺の妹だ?」
仮にも三宝とか呼ばれる名前を出すのはまずそうだしな。俺と同じ黒髪黒目だから位置付けは妹が妥当だろう。
「何故疑問型ですの?まあいいですわ。アーテルさんはどうしてここに?」
マワターに変なところを突っ込まれたが、嘘はばれてないらしい。
「ボクはまお「コイツがどうしても今日学園を見学したいって言うもんでな。1人でほっとくわけにもいかないから連れてきたわけであります」
レンテの口を塞いで早口にそう言う。
レンテの奴、設定無視して俺の事魔王様って言おうとしやがって。
「そういうことならいいんじゃないか?ジュンの妹って点で身元は分かってるわけだし」
ナイスアシストだナルシスト。これ以上レンテの話をするとボロがでそうだからな。
「って事で今回はアーテルの同席を許してくれ。んでグレスト、頼んどいたやつ出来た?」
「おう!バッチリやで。これでええか?」
グレストが4枚の紙を俺に手渡す。
「・・・何の紙?」
珍しくラステルに質問をされる。そもそも今回の話の中で初めて声出したしね。
「この紙はだな、俺達を勝利に導いてくれるとっておきの紙だよ。さて、今から言うことをよく聞いてくれ」
次回予告
潤「明日の試合は学園長に俺たちの力を見定めさせるのが目的だから勝つ必要はないが…せっかくならやっぱり勝ちたいよなぁ。・・・えっ?次回予告はどうしたかって?細かい事は気にしない気にしない」