67 なんか、逃げます
「つまりだな、魔法ってのはなかなかに構造が複雑で、フゥ~、独自の魔法を作り上げるにはかなりの努力と天性の才能が、フゥ~、必要なわけだ」
所々で煙草を吸いながら魔術構造の授業をするのは担任でもある胡散臭さ満点の男性教師。
「ってか何で煙草吸いながら授業してんだよ」
俺が聞こえない程度にボソッと言う。この世界がどうなのか知らないが、少なくとも元の世界では煙草を吸いながら授業することは許されてない行為だからどうしても違和感を感じる。
「堅いこと言うなよジョン」
「誰がジョンだ。俺はジュンだっつぅの。生徒の独り言にいちいち反応しなくて良いから、授業を進めてくれよ」
普段目上の人にタメ口なんてしないんだが、なぜかこの人には敬語を使おうと思えない。
「しゃあねぇな、んじゃ続けるぞ…」
そう言って煙草の火を黒板で消し、教壇にポイ捨てした。
ホントに教師とは思えんな。
「そもそも魔法っつぅのは魔力で世界に干渉して疑似自然現象を起こすんだが、要は起こしたい自然現象をどれだけ鮮明にイメージ出来るかって事が重要な訳よ。あと魔法で重要なのは…イリーナとジュン、前出てこい」
クラストップのイリーナとクラスワーストの俺が呼び出される。
「このダメージ計に向けてファイアを放ってみ?」
担任が教卓に入学試験でも見たダメージ計を置いた。
「分かりました。聖なる業火で悪しき者を滅せよ、ファイア」
よくあんな厨二臭い詠唱を真面目に言えるよなと思いつつダメージ計を見る。
「418か…ま、上出来だな。次、ジョン」
担任がダメージ計に出ている数字を読み上げ、リセットボタンを押す。
「だからジュンだって。はぁ、ファイア」
溜め息混じりにファイアを発動させる。ダメージ計は…
「3761か…半詠唱でこれとは末恐ろしいな。よし、2人共席に戻って良いぞ」
教室中がザワザワしているが気にしない。
俺たちが席に着くと担任が咳払いをし、
「黙れお前ら。でだな、今みたいに同じ魔法でも威力が違う事がある。何でだと思う?レイシス」
担任が俺の前に座る貧乏貴族、レイシスを指名する。
「魔力が違うからですか?」
「つまらない答えだが正解だ。この場合の魔力は自然界中に存在するマジックエレメントじゃなくて個々の能力であるマジックパワーの方だ。・・・いい感じに混乱してるみたいだな。とにかく、魔術を発動したときに疑似自然現象を起こすのがエレメントの方の魔力で、その時の威力を決めるのをパワーの方の魔力だと思えばいい」
担任が黒板に絵を描いて説明してるが、言葉で表すのは面倒なのでどんな絵なのかは省略させてもらうぞ。
「他にも属性とか魔法陣の事とかあるが、面倒くさいから自分で勉強しとけ。・・・何だお前ら、不服そうだな。属性は滅茶苦茶簡単だから教科書見とけ。
しょうがないから魔法陣については教えてやるから。魔法陣っつぅのはそのまんま、魔法を発動させるときにだす模様みたいなもんだ。魔法陣の基本形は円形で中心に発動する魔法の属性の模様を書き、周囲に古代語でその属性の神の名前、詠唱を書いたものだ。これだけ聞くと難しそうだが、実際には無意識でやっている者が多いな。お前らも知ってるとおり魔法陣は書くのも書かないのも自由だが、特性位は知っておけよ?
魔法陣を書いた時は威力は増すが魔法を見破られる。書かなかった時は魔法を見破られることはないが威力は小さい。まあ、時と場合によって使い分けろってこったな」
長々とそう話し、新しく出した煙草に火をつける。
「フゥ~…残り10分か、俺は煙草でも吸ってるからお前らは適当に自習してろ」
そう言うと窓際に歩み寄り、窓のレールに手を掛けて煙草を吸い始めた。
ホント何でこんな人が教師になれたんだよ。
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「そういやジョン、コート着るほど教室寒いか?」
自習が始まって3分位が経った頃、不意に担任が俺に尋ねた。
そういえば学園長室からまっすぐ教室に来たからレンテを着っぱなしだった。
「えぇっと、どうも風邪気味で肌寒い」
適当に思いついた理由をそのまま言う。また名前を間違えたことについてはもう突っ込まんぞ。
「特務とやらはそんなに大変なのか?」
今までと何ら変わらない様子でそう言う。
「なっ!?あんたが何で知ってる?」
さも当たり前のように言ったのでつい流してしまいそうになるが、そうもいかない内容だしな。
「あぁ、一応秘密にしなきゃいけないんだっけか?こりゃ失敬失敬」
口にくわえていた煙草を手に持ち替え、俺の方を向く。
「素直に答えてくれ、何で知ってるんだ?あれは口外できないように…」
「世界からの追放」
俺の言葉を遮って担任がポツリとそう漏らす。
「なに?」
「俺の特別魔法だよ。発動中は誰も俺の存在を認識出来ないし、世界も俺の存在を無いものとするから魔法も効かない。まあ、俺から何かに干渉する事も出来ないから専ら潜入スキルってこったな」
どこか自嘲するような雰囲気で語る。
「それで盗み聞きってわけか。趣味悪いな」
「そう褒めるなって、照れるじゃねぇか。それより俺としてはジョンが何で特務について喋れるのか謎なんだけど?」
長い前髪の隙間から覗く半開きの双眸が俺の目を見定める。
「それは…俺の生まれ育った環境というか何というかで…」
「嘘だな。ジョン、ここで1つ課外授業をしてやろう。嘘ってのはな、自分を騙せないと相手も騙せないんだよ。自分が完全に信じ込む事でその嘘は一種の真実になる。よく真実の中に紛れ込ませた嘘はバレにくいって言うだろ?あれは真実の中に紛れ込ませる事で嘘を真実だと自分で錯覚させるんだ。覚えておけ?」
「あ、あぁ、覚えとく」
今、嘘がバレたという焦りと追及されなくて安心している俺がいる。
「しっかりしてくれよ?なんせお前はE組期待の星なんだから」
「期待に応えられるようにせいぜい頑張るよ」
とりあえず適当に返しておく。ってか期待の星って何の?俺は何を期待されてるの?
「よぉしお前ら、言質はとれたぞ。これからは俺たちの期待通り、ジョンがトイレ掃除を請け負ってくれるそうだ」
次の瞬間、教室内から一斉に歓声が上がる。そりゃもう飛行機のエンジンもビックリなうるささだ。机の上に上半身裸で立って脱いだシャツを振り回している男子や、嬉し泣きに泣いて抱き合っている女子たち…まさしくバカ騒ぎ。
ってか、
「期待ってそういう意味かぁぁぁ!!」
てっきりクラスのリーダーとしてとかそんな感じかと思ったわ!まさかトイレ掃除だとは…しかもあのタイミングで。
「いやぁ、大変だと思うが頑張れよ?」
前に座るレイシスがニヤニヤしながら肩を叩いてくる。
クソ、殴りてぇ。
「いいよ!やってやるよ!たかがこの階のトイレを掃除するだけだろ?」
半ばヤケクソにそう言い放つ。トイレ掃除なんて中学生時代にもやったからどうって事無いさ。
「おいおいジョン、冗談は顔だけにしてくれよ」
「そんな酷い顔してるか!?で、何が冗談だってんだよ?」
ったく、失礼極まりない教師だ。
「掃除がワンフロアで終わるわけ無いだろ?俺らE組の割り当ては学園中のトイレだぞ」
煙草を窓から投げ捨てつつサラッとそう言う。
・・・・・はい?今なんて?学園中のトイレ全部?
「いや、あんたこそ冗談は顔だけにしてくれよ…さすがに笑えないぞ?」
「誰が顔面灰皿だぁ!」
「言ってねぇよっ!?」
もうやだ、このオッサン。意味わかんねぇよ…
「とにかくだ、ジョン、お前には1年間毎日掃除する事が課せられたわけだ」
「せめてあと1人仲間を…」
俺1人で学園中のトイレを掃除してたら文字通り日が暮れちまう。
「しょうがねぇな…誰かジョンのトイレ掃除を手伝うとかいう愚か者はまさかいないよな?」
微妙に圧力を掛け、俺1人に掃除をさせようとするダメ教師。
助けを求めてハルや他の奴らを見るが、悉く気まずそうに目をそらされる。
「俺の事を顔面灰皿なんて呼んだ罰が当たったな。フハハハハ!気分も良いし授業終わるぞ」
それだけ言って担任はご機嫌で教室から出て行った。
「大変だろうがジュン、頑張れよ」
言葉とは裏腹にニヤニヤしながらレイシスが俺の背中を叩いて教室から出て行く。
クソ、俺が寮に戻ったら覚えてろよ。
「ジュン君、その…頑張ってください」
普段神の如き優しさを持つハルでさえ、申し訳無さそうな顔をして教室から出て行く。その後、他のE組の奴らも続々と教室から出て行った。
そういえば今日の授業はさっきの魔術構造で終わりだったっけ。
「ハルですら俺を見捨てるとは…神はいないのか」
((呼んだ~?))
((呼んでねぇよ。ってかお前は女神だろうが))
決闘の後、自分の居場所に戻ったらしいKY女神から不意に念話が繋がるが、面倒くさいので強制的に切る。
「孤立無援、か?日頃の行いが悪いのかね~」
誰もいなくなった教室で1人自嘲気味に笑う。あぁ、虚しい。
「魔王様にはボクがいるよぉ。それとも、ボクじゃ心細いのぉ?」
いつの間にか少女の姿になったレンテが俺の腕に抱きつく。
「そんな事ねぇよ。むしろ心強過ぎるくらいだ」
「へへっ、魔王様の為ならボク何でもしちゃうよぉ?でも・・・ごめんねぇ」
ニコニコとした顔が急に落ち込んだ顔に変化した。
「ん?どうした急に」
「ホントだったら魔王様に悪戯した学園長とか意地悪した担任とかクラスの人全員殺しちゃいたかったんだけど、昨日アースドラゴン召喚した時とアースゴーレム倒した時の魔力がまだ回復してなくてぇ…」
危うく大量虐殺事件が起こるとこだったのか…怖ぇよ。
「実行しなくてよかったよ。本当に俺の命が危険に晒された時だけはお前に任せるから。それ以外では人を殺しちゃダメだぞ?」
「そうやって魔王様はすぐにその他大勢に気を使うぅ…そうだぁ!」
今まで下を向いていたレンテが突然何かに気づいたように俺の方を向く。
「今度は何だ?」
「魔王様、契約しよ、契約ぅ。ボクが魔王様の命が危険に晒されない限り無闇に殺さないって契約ぅ」
「あ?まあ、俺にとっちゃ願ったり叶ったりだが、どうすればいいんだ?」
「そりゃもちろん…キスだよぉ」
俺を無理やり椅子に座らせ、限界までレンテは俺に顔を近づける。
「おまっ、それが目的か!?」
「ふふん、どうする魔王様ぁ?」
後ろは窓だし…前にはレンテ。左右は机が邪魔で逃げ場無しか。
「しょうがねぇ…目閉じてろ」
「分かったぁ!」
レンテが輝くような笑顔になり目を閉じる。
そして俺の唇とレンテの唇は近づいていき…
すり抜けた。
俺からの接触だったが、俺の秘技『なかったことに』はうまい具合に発動してくれ、レンテの身体をすり抜けることが出来た。
そのまま俺は鞄を持って教室の外に飛び出す。
「三十六計逃げるに如かずって奴だ!詰めが甘かったなレンテ」
「あぁ、待ってよぉ。魔王様ぁ!」
少し遅れてレンテが俺を追いかける。
だが既に結構な距離がある。今回は俺の勝ちだ。フハハハハッ!
次回予告
潤「逃げ足に定評のある俺が追い付かれるわけないさ。ハハハハハッ!あれ?でも何か忘れてるような…」