61 なんか、長椅子が羨ましいです
「コイツと修羅場を乗り越えるだけの実力は持ってるつもりだぜ?」
ナルシストの必殺技を受け止めた俺は身体から黒い魔力が滲み出していた。
「受けて見ろよ…闇桜!」
黒い魔力に完全に覆われた時に技を発動する。
俺の声に呼応するように黒い魔力が細かく散り、無数の刃となって吹き荒れる。
咄嗟に分身だと思われる方がもう1人の前に移動し、身を挺して本体を守る。
「一撃で分身がやられるだと…!」
闇桜の効果が終わる頃、分身も許容ダメージ量を越えたらしく、霧散する。
「本体と同じHPを持つ分身が一撃とは…とんでもない威力の技じゃの。しかもあの剣はまさか…」
と、解説の学園長。つまりナルシストは一発でも俺の攻撃を受けたら終わりというわけか。
「さて、授業も始まっちまうし、そろそろ終わらせようぜ?」
オルギヌスに魔力を注ぎながらナルシストを挑発する。
「図に乗るなよドベが。ウィンドスタブ!」
モロに挑発に乗ったナルシストが風のような速さで突きを繰り出す。
俺はそれを軽くいなす。なぜなら、
「本命は背後からの攻撃、だろ?」
案の定俺の背後に高速で移動し、突きを繰り出そうとしていたナルシストを俺は振り返った勢いを利用し袈裟斬り。ナルシストの剣諸共斬りつける。
「なっ!」「ふむ」
ナルシストが驚嘆の声を上げたのと学園長が納得したような声を上げたのはほぼ同時。
ナルシストの剣がオルギヌスの一閃で斬れたのだ。魔力を溜めたオルギヌスは某何でも斬れる剣並みによく斬れる。
ちなみに、ナルシストのHPは残り3桁まで削れたものの、流石にただの斬撃では仕留められなかったらしい。
「君は、君は一体何者なんだ?」
ナルシストが折れた剣を呆然と見つめながら呟く。
「俺か?俺はただの・・・」
とどめを刺すために手元に黒い魔力を集めながらナルシストの問いに答える。
「ただの学年最下位さ」
言い終わるか否かというところで黒鴉を手から放つ。明らかにオーバーキルだが、オルギヌスから放つよりは威力が抑えられるは。
「グッ…」
最後に呻き声をもらしてナルシストはHP0になり気絶した。
『・・・・・』
観客は目の前で起きた事実が信じられないらしく、呆然としている。
「勝者、ジュン」
誰よりも早く我に返った学園長が冷静に告げる。
何百人という人がいるとは思えない程決闘場は静まり返っており、学園長の声はそれほど大きくなかったにもかかわらず全員の耳に入った。
・・・若干1名、決闘場の外から「ジュン君、おめでと~」というKY女神がKYな声をあげているが気にしない。ってかアイツ、学園の生徒でもないんだから騒ぐなよ!
「はぁ…学園長先生、決着はついたので寮に戻ってもいいですか?」
この超絶アウェーな空気の中に居続けられるほど俺のハートは強くないんでな。
「うむ、ハインウェル君の治療は儂らに任せてジュン君は部屋で休むと良い。休息後、儂の部屋に寄ってもらいたいんじゃが問題あるまいな?」
「はい、分かりました」
決闘後の手続きみたいなものがあるんだろうか?まあ、行けば分かるんだろう。そんな事より今は退散退散と。
「失礼します。1年E組のジュンです」
特に怪我をしてない俺は寮で20分程ぼ~っとした後、学園長室を訪ねた。
「ひょひょひょ、来たか。他の者は既に揃っておる、空いている所に座ると良い」
学園長室には学園長の席と思われる場所に向かい合うように長椅子が置かれ、そこには既に4人座っていた。
ってかこの長椅子4人用だから俺が座る所無いんだが…何これイジメ?
「全員揃ったの。では、諸君らを呼び出した理由を説明するかの」
学園長が話し始めてしまったので仕方無く長椅子の横の床で体育座りをする。グスン、教育委員会に言いつけてやる。
「諸君ら5人に共通する事は何かね?マワター君」
マワターと呼ばれた青髪の少女が立ち上がった。
「我々4人は入学試験の際にトップクラスの成績を修めたからだと思われますわ。そこの学年最下位は先の決闘で偶然にもハインウェル勝利したためでしょうか」
俺を見下すように一瞥し、学園長に向き直る。
まったく、成績至上主義は嫌だね。まあ、学校なんてそんなもんだろうけどさ。
「少し表現は良くないが概ね正解じゃ。では、そんな諸君をどうして呼び出したかは分かるかな?」
長く白い髭をいじりながら俺たち5人に聞いてくる。
てっきり決闘の後処理的な事だと思ってた俺には全然分からん。ってか学年トップが集まる中に俺が居るとか場違いもいいところだと思うんだが。
「ふむ、誰もおらぬか。まあよい、諸君らが呼び出された理由。それは64代目ミュート特別討伐任務隊を結成するためじゃ」
そして学園長渾身のドヤ顔。しかし俺たちの誰一人そのミュートなんちゃら隊ってのが分からないらしく、頭上にクエスチョンマークを浮かべている。
「その特別討伐任務隊ってのは何やねん?聞いたこと無いんやけど」
さっきマワターと呼ばれた少女の隣に座っていた緑髪の少年がそう尋ねた。
関西弁、だと。生の関西弁なんて元の世界を含めて初めて聞いた。・・・元の世界って久し振りに言ったな~。俺もすっかりこの世界に馴染んだってことだろうか
「聞いたことが無いのも当然じゃろう。ミュート特別討伐任務隊は当事者以外に知られることは絶対にない秘密部隊じゃからな。さて、特別討伐任務、通称特務の内容じゃが…」
「ちょ、ちょっと待ってください。俺はこの学園に授業を受けるために来たんですけど、そっちの方はどうなるんですか?」
俺は学園長の言葉を遮って疑問をぶつける。
「授業には基本的に出られなくなる。しかし諸君らは授業を必要としないほどの実力があるのじゃから問題はないじゃろう。単位については心配するでないぞ?卒業に必要な単位はこちらで保証するからの」
「いや、やっぱり俺普通に授業受けたいんで、申し訳ないですけど俺は辞退します」
そう言って立ち上がろうとしたとき、
「先程も言ったとおりミュート特別討伐任務隊は秘密部隊じゃ。今までは断る者がいなかったから言うことはなかったが、拒否は出来ぬ」
「それでもです。俺にあるのは2つに1つ、特務とやらを断って普通に授業を受けるか、この学園を辞めるか」
雰囲気からして恐らく特務ってのはギルドの依頼のようなものっぽいしな。特務を受けるくらいならそれこそギルドで依頼を受けてた方がましだ。そもそも戦闘についてこの学園で学ぶ事は少なそうだしな。
「その両方共認められないと言っておるじゃろう。お主以外は受け入れたみたいじゃぞ?」
他4人を見ると、学園長の話を妨げる俺を邪魔そうに見ていた。
「確かに討伐という位だから戦闘が主であろうが、戦闘の能力は上げられる上に単位まで貰える。ボクたちに不利益は無いじゃないか。真面目な生徒ぶるのは別に構わないが今は大人しく納得して座りたまえよ」
4人のうちの1人であるナルシストが俺を諭すように語り掛ける。
「お前らトップには不利益ないかもしんないけど俺にとっては不利益しかないんだって!戦闘の能力なんてギルドで上げればいいじゃねぇか」
「まあまあ、少し冷静に考えてみ?オレら学年トップでさえソロだとCランク、パーティーでやっとBランクの依頼がこなせる程度やで?とりあえず話を全部聞いてから判断すればいいやんか?な?」
関西弁の少年も宥めるような口調で言ってくる。
はあ、完全にアウェーだな。
「分かりましたよ。とりあえず最後まで聞きますから話を再開してください」
再びその場に体育座りをして話を促す。
「うむ、特務はここ60年以上続く学年トップに課せられる討伐任務じゃ。勿論任務達成の暁には報酬が出る。任務内容はその隊の身の丈にあったものを学園が選考されるから心配はいらん。そもそも特務は未来のトップギルダーを育てるための特別措置であり、現プロミネントギルダーのシリチナ様もこの特務経験者じゃ」
長椅子の4人は「おぉ~」とか「あのシリチナ様も…」とか興味を示している。
シリチナ…そういえばそんな人もいたな~。最近出てこないから忘れてたよ。
「さて、概要はこの位じゃな。では未来のプロミネントギルダー諸君、何か質問はあるかね?」
「あの~、やっぱり俺辞退します」
そこまで聞いて、俺はおずおずと手を挙げて意思を表す。
やっぱりただの依頼みたいなもんだったしな。
「ひょひょひょ、まだ言うか。あまり1年生が生意気言うもんじゃないぞ?」
学園長の細い目が俺を捉える。・・・嫌な予感がするな。
「とにかく、俺はこれで失礼します」
ここは逃げるが勝ち。ってわけで早々に出口に向かう、が、
「待ちなさい、35374」
学園長のその一言によって俺の足は俺の意思に反して止まった。
なんだこれ?足が動かねぇ。
「クッ、何をした?」
焦りから思わず敬語を失う。
俺の身体に対する魔力の干渉は感じられないから魔法じゃなさそうだが…
「できればこの手は使いたくなかったのじゃが、致し方あるまい。諸君も覚えておくと良い。先程も言ったように諸君に拒否権はない。儂が一種の呪いで自由を封じることが出来るからの。それとこの呪いは特務に限った事ではなく、この学園の生徒全員に対する拘束力でもある」
学園長がそう言うと長椅子4人衆は青くなった。
「そ、そんな!く、国はそれを認めてるんですか!?」
動揺しまくりのナルシストが言い返す。
「勿論認められてはおらぬ。確認されていないと言った方が正しいかの。唯一口止めの呪いは卒業生にも有効じゃからの」
そこまで言い終えて学園長は「さて、」と前置き、
「この場で言われたことについて今後一切の他言を禁じ、特務に励みなさい、35286、35298、35328、35396、そして35374」
「「「「「はい」」」」」
俺たち5人は己の意志とは正反対にそう返事をしてしまった。
次回予告
潤「やってくれたな学園長…この貸しは高くつくぜ。それはともかく、皆はもう気付いてるだろうか?長椅子に座っていたのは4人。しかし喋ってたのは3人だ。つまり・・・最後の1人は無口と見たっ!」