55 なんか、空気が読めません
タイトルに深い意味なんてありませんとも、ええ
~sideメイドさん~
現在午前8時24分48秒36。わたくしは座標X:78 Y:56 Z:2の位置、つまり商業国家マナトのはずれにある小屋の中に来ております。
なぜわたくしが心の声を皆様にお聞かせしなければならないのか甚だ疑問ではありますが、これも運命と思い割り切ることと致します。この様な事をさせて頂くのは初めてですので、何かと至らない点があるとは思いますが、どうぞ宜しくお願い申し上げます。
「如何なさいましたかな?勇者殿」
長々と説明をしていたため目の前に座る白髪の老人、プロミネントギルダーの最聖賢アレス様に心配されてしまいました。
「別に何という事はございません。それと、勇者という呼び方はやめていただきたいと何度も言ったはずですが?」
何のことだか分からない人が大半だとは思いますが、今はそれで良いのです。時がくれば知ることもございましょう。
「気分を害したのなら謝罪いたそう。じゃが、どの文献にも名前らしい名前は載っていなかったのですわ」
「わたくしは現在ハリンテに仕える一メイドです。それ以上でもそれ以下でもありません。そのような事より、以前お願いしたことはどうなりましたか?」
これ以上皆様に分からない話をしていてもどうしようもありませんし、何よりわたくしの時間が惜しいので早速本題を切り出します。
「赤マントの男の目撃情報はここ1週間で7件、儂はまだ見たことはないが恐らく復活をしたのも直近2週間の間でしょうな」
アレス様は白く長い髭を触りつつそう仰いました。わたくしがわざわざ国境まで越えてアレス様に接触した理由、それは赤マントの男、武帝と呼ばれる人について聞くためです。
「もう1人の方、魔帝についてはまだ情報はありませんか?」
武帝や魔帝についても、後に話すことになると思いますので、今のところは謎のままにしておいてください。
「うむ、まだ魔帝については目撃情報どころか噂すらされておりませぬ故、復活はしてないと考えてもよいかと」
「最後になりますが、そのお2人の身体データはまだありませんか?」
「残念ながら、儂の能力については知っておりますじゃろう?直接会った事もない相手では無理じゃよ」
アレス様の能力は身体能力の数値化。条件として対象に触れなければならないという点はありますが、強さの指標を知る手段として貴重な能力です。身体能力の数値化とは、ゲームなどで言うところのステータスだとでも思っていただければ相違ありません。
「そうですか。本日は誠にありがとうございました。また機会がありましたら宜しくお願い致します」
そう言ってわたくしは席を立ちました。聞くべきことは全て聞きましたし、そろそろジュン様の方も片付いた頃合でしょう。
「何かあればいつでも。またお会い出来る日を楽しみにしておりますぞ」
わたくしは一礼し、出口へと向かいました。ああ、1つ言い忘れた事がございました。
「アレス様、小屋の外で武器を持ち息を潜めている2人はあなた様や貴国の者ではないと信じますが如何でしょう」
アレス様を振り返ることはせず、出口付近で立ち止まり尋ねる。恐らくはマナト国の差し金でしょうが、今国家間の争いは意味がないのでこの様に言った次第です。
「ッ!う、うむ、知らぬな。国からもそのような事は言われておらぬ」
やれやれ、最聖賢というのは名前だけなのでしょうか。この国も所詮は商人がつくった国。信用できるのは金だけ、ですか。
「猫の尾と思って油断しないことです。もしかするとその尾は虎の尾かもしれませんよ」
扉を開ける直前にそう呟き、小屋を後にしました。
今後のマナト国の出方を予想すると、こうして釘を刺しておくに越したことはありません。
小屋を出てすぐの場所に、案の定騎士の装いをした2人組みが立っていました。
わたくしを殺すか捕縛するつもりだったから騎士の装いなのでしょうが、せめて服装を変えるなど頭を使ってほしいものです。
「あなた方はわたくしに刃を向けるおつもりですか?」
「貴様に恨みはないが、これも仕事なんでな。死んでもらうぞ」
片方の男がそう仰いました。わたくしも人のことを言えた立場ではありませんが、国の狗というのは哀れですね。
「殺す覚悟があるならば御自分が死ぬ覚悟も持ち合わせているのでしょうか?」
そう言い終えた瞬間、わたくしは魔力を少しだけ開放しました。これで大抵の人間は微動だにできません。
「「なっ!」」
騎士は2人揃って驚きの声を漏らしているようです。
「わたくしは今、非常に機嫌が悪いので…申し訳ありませんが生きて返すことはできません。・・・紅華の舞」
空中に撒いたわたくしのナイフが乱舞し、騎士の血で場を染め上げました。
紅華の舞は最も威力の小さい特別魔法でございます。ですが騎士のお2人を絶命させるには十分だったようです。
「服が汚れることは防げましたね。要らぬ時間を過ごしてしまいました」
わたくしが転移するのと同時にわたくしの心の声が聞こえることはなくなるでしょう。
短いながらもお付き合いいただきありがとうございました。
~sideヴェル~
おにいさんが剣を突き出したのを見てあたしは言い付け通り記者の女と新聞社の裏に転移した。
「あれ?ここは?さっきまでデパートの前に」
記者は何が起きたのか分かっていないらしく、キョロキョロと辺りを見回しては喚いている。
「五月蝿い。それ以上騒がないで」
「あなたはプロミネントギルダーの…」
「騒がないでって言ったよね?おにいさんに言われてあたしがあんたをここまで転移しただけ。分かったら今日はサッサと帰ることだね」
それだけ言って私は踵を返す。これ以上話すこともないしね。
「待って!おにいさんってウェル君の事よね?彼は1人で大丈夫なの?」
「おにいさんはあんたに心配されるほど弱くない。それより、サッサと帰れって言ったよね?それ以上喋るといくらおにいさんの頼みで…」
「ふ~ん、冷たいのね…グッ!」
「あんたなんかに何が分かる!?あたしの事を知ったような口をきくな!人間なんかに、人間なんかに何が!」
その言葉に思わず頭に血が上って記者を殴り飛ばし、暴言を吐いてしまった。
あたしは…人間が嫌い。自分たちと姿形が違うからという理由だけで人狼族を迫害した人間が嫌い。仕方なく山で暮らし始めたあたし達を都市開発とかいうふざけた理由で追い出した人間が嫌い。住む場所も食べる物もなくなり、母さんを餓死に追いやった人間が嫌い。流石に堪えかねて街に食物の提供を交渉しに行った父さんを見せしめとして殺した人間が嫌い。ある日突然、不法占拠という理由で人狼族を虐殺した人間が嫌い。あたしを最後の人狼族とした人間が嫌い。嫌い。人間なんか大っ嫌い!
人間に復讐をする為だけにあたしは力を求めた。ギルドで腕を磨いている内にプロミネントギルダーにもなれた。プロミネントギルダーにはサナトスのおじさんみたいな人もいて、あたしが特別じゃないことが実感できて嬉しかった。でも人間への憎悪が消えないあたしは一番人の集まる所、首都ハリンガルに移動した。人間の中でも偉い人間、国王を殺せばあたしの気も少しは晴れると思い、3年に渡って城の内部外部を調べ尽くした。そしてあたしは絶望した。国王が同じプロミネントギルダーだったという事もそうだが、何よりその側近のメイドから感じられる強さに絶望した。あたしなんかの力では圧倒的に足りないと途方に暮れ、夜中に城の中庭で星空を見上げる事が日課となった。
そんなある日、いつものように夜に城を訪れると、そこには人間がいた。あぁ、またあたしは追い出されるんだと思いつつその場を後にしようとすると、その人間は「ほう、これはなかなか」って呟いた。同じ事を思う仲間がいるみたいで嬉しく、気付くとあたしから話しかけていた。話をしていき、あたしが人狼族だと分かってもその人間、おにいさんはあたしを拒絶しなかった。それどころかあたしの耳を可愛いとさえ言ってくれた。その瞬間、あたしの心は羽が生えたかのように軽くなった。
おにいさんと何度も会い、一緒にギルドで依頼を受けたりしていく内にあたしは彼に惹かれていった。彼に惹かれていくのと反比例するように、あたしの人間を憎む心は薄れていった、かのように思えた。
「やっぱり、そう簡単には克服できないか~」
記者と記者を殴った自分の手を交互に見てそう呟く。
まだおにいさん以外の人間とは仲良くなれそうにないな~。まあ、ゆっくりやっていけばいいよね?
「・・・うぅっ」
気絶していた記者が起きそう。また何か言われるのも嫌だから退散しよっかな。
そう考えあたしは記者を新聞社の中に転移させ、その場を後にした。
~side潤~
「あ、帰りに醤油買ってくるようにメイドさんに言われてたんだった」
ん?空気読めって?何のこと言ってんだか分からないが、空気なんかに構っている余裕はない。醤油を買い忘れたら俺の全身の血が代わりに使われそうだ…
俺は猛ダッシュでコンビニに駆け込んだ。
次回予告
潤「俺の出番あれだけ!?しかもダメな子じゃねぇか…もういいよ、サッサと次回予告して不貞寝してやる。次回は展開がガラッと変わるらしい。天地が入れ替わるくらいガラッと変わるらしい。はい、嘘です。まあ、展開が変わるのはホントっぽいから、気分一新して頑張っていきましょうかね」