夕日にとける
終礼が終わり、途端に騒がしくなる教室。たわいもない話が飛び交っている……が、そんな話し声が全く聞こえないほどに俺は焦っていた。ない、ないのだ。大好きなアイドルグループ〈wind〉のライブへ初めて参戦した時に買った思い出のシャーペンが、どこを探しても見つからないのだ。焦りに駆られながら本日何度目かのペンケースの整頓を始めるために中身を机に出していると
「おい!」
という声と共に強く肩を叩かれる。驚いて後ろを振り返るとそこには友人の蒼真がどこか呆れたような、ムスッとした顔で立っていた。
「あ、あぁ、蒼真か。なんだよそんな顔して。」
「お前よりはマシだっつーの。この世の終わりみたいな顔してんぞ。写真撮っとく?」
そんなことを言いながら筆記用具が散らばった俺の机に目を向ける。
「何かなくしたのか?あ、もしかして朝に言ってたシャーペン?」
なんと鋭い奴だ。将来は占い師として食っていく予定なのだろうか。そんなことを思いながら俺は
「うん。」
と力なく答えることしかできなかった。
「ここに無いってんのなら移動教室の時に忘れたんじゃねぇの。」
「あ、確かに……。」
その後にあった体育が地獄すぎて移動教室があったことをすっかり忘れていた。確かにここにないとなると残る可能性はそこぐらいだ。
「ありがとう名探偵!行ってくるわ!」
「これで見つかったら今度何か奢れよなー。」
返事の代わりに親指を立てながら教室を後にする。移動教室の時、俺は寝こけていたせいで授業終了の号令に驚き慌てて立ち上がったのだ。ペンケースはファスナーを閉めずに机の中へ入れていたのでなんとも悲惨な状態だった。皆が着替えのため早々に退室する中、遅れまいと碌に机の中を確認せず回収して教室を後にしたので当然の報いではある。
名探偵兼占い師に何を奢るか考えていながら、ふと占いと言えばと今朝のテレビを思い出す。
『本日の一位は……かに座のアナタ!』
旧棟に足を踏み入れる。この時間にここへ来る人はほとんど居ないので俺の足音だけが廊下に響き渡る。
『運命の人と出会えるチャンス!自分の好きを伝えていこう。』
目当ての教室の前に着き、息も整えずドアを開ける。
『ラッキーアイテム:忘れ物』
思わず動きを止めてしまった。いないと思っていた所に人がいたからだろうか、
それともこの少女に心を奪われたのだろうか、バクバクと鳴っている心臓を何とか抑え込み目をやるとその手には俺のシャーペンが収められていた。
「あの……すみません。」
「……。」
返事がない。相当考え事に集中しているのだろうか、さっきの俺のように。ならば蒼真に倣って肩を叩くのが一番早いが初対面の野郎に肩を叩かれるのは嫌だろう、ということで彼女の目線に嫌でも入る場所に行きもう一度声をかける。
「そのシャーペン、俺ので……。」
目が、あった。確実に。ぱちぱちと瞬きをし、たっぷり5秒間の沈黙の後、彼女はガバリ
と立ち上がった。
「うえええ!?な、なんで……ってかごめん!シャーペン!」
「あ、えっと、ハイ……。」
あまりにも突然すぎて脳の処理が追い付かないままシャーペンを受け取る。一体なんなんだ。確かに放課後に旧棟へ来る人は滅多に居ないがそんなに驚かなくても。化け物に出会ったような反応に若干不満を抱きつつ渡されたシャーペンが俺のものか確認し、安堵の息をつく。彼女の邪魔になるだろうしさっさと退散しよう……と軽く礼を言いそそくさと引き返そうと体を動かす……が、
「ねぇ、それって〈wind〉のライブグッズ……だよね?」
そんな一言で俺の足が見事に止まる。
「そうですけど……もしかして、知ってるんですか?」
「やっぱりそうだよね!実は私もその時のグッズ持ってて。」
そういいながら取り出されたのは一つのハンカチ。よく見るとシャーペンと同じロゴがあしらわれていた。
「まさかこんなところで〈wind〉のファンに会えるなんて。」
超人気アイドルグループ〈wind〉。男性5人組のグループでライブがあろうものならばチケット倍率は10倍を超えてくる。まぁ、世代は少し前だし男性グループというのもあって詳しく知っている奴は俺の周りにはいなかったが。
「最新曲、聴きました?」
この場を離れようとしていた体をくるりと戻し、彼女の前の席へ腰かける。ようやく仲間が現れたのだ。この機会を逃すわけにはいかない。占いなんて微塵も信じていなかったがこれからは信じてみても良いのかもしれない。そう思いつつ彼女へ目線を向けると、予想外の返事が返ってきた。
「実はここ数年は追えてないんだ。ちょうどそのライブぐらいでぱったり。」
……そりゃそうだ。人の好みは常に変わり続ける。彼女にとって〈wind〉よりも大切な物ができ、離れただけ。頭ではわかっていても思わず悔しさが顔に溢れ出ていたのだろう、
「良ければ聴かせてくれない?新しく出た曲、凄く気になる。私スマホ持ってないからお願いする形になっちゃうんだけど。」
物凄く気を使わせてしまった。
「いや、流石にそこまで気を使っていただかなくても……。すみません、顔に出てましたよね。」
「ううん。私が聞きたいだけ。ちょっと色々あって離れざるを得なかったというか。
何もなければ今でも追っかけてたし。」
なるほど、これは少し複雑な事情がありそうだ。
「それなら良かった。」
なんていう当たり障りのない返事をしながらスマホで曲を流し始める。先ほど出会ったばかりの人と無言で曲を聴くだけの不思議な空間。それでも何故か居心地の良さを感じていた。そこからの時間の進みはとても早かった。曲を聴いては感想を言い合い、また一つ再生する。最終下校時刻になって初めて話し込んでいたことに気づいた。
「ごめんねぇ、こんな時間まで付き合わせちゃって。」
「いや、俺は全然大丈夫です。こちらこそすみません。……あの、良ければ明日も、ここで話しませんか?」
しまった。
「いや、予定もあるだろうにすみません。またいつか。」
思わず零れてしまった言葉に慌てて付け加える。テンションがあがってナンパ野郎みたいな、最低な奴になってしまった。一人反省会を始めているとクスッという笑い声と共に
「うん、また明日。」
なんて返事がくる。
「はい、また明日。」
その日の帰りは今まで見たことがないほど全てが輝いて見えた。
(……とは言ったものの。)
放課後、俺はまとめた荷物を中途半端に抱えつつなかなか一歩を踏み出せずにいた。昨日はあんな事を口にしたが正直言って彼女が今日も来てくれている自信がないのだ。今思えば話に熱が入りすぎたあまり、ドン引きされた気すらしてくる。この扉を開けて彼女がいなければ一か月は落ち込む、絶対に。そう思いつつ扉の前でうんうん唸っているとガラリ!という音と共に扉が勢いよく開いた。
「ちょっと!扉の前で何分悩んでるつもり!?」
……どうやら俺は必要のない心配をしていたらしい。
頬を膨らませながら昨日と同じ席へ戻る彼女の後ろを大人しくついていく。昨日は仲間に出会えた喜びで意識していなかったのだが改めて彼女を見ると端正な顔立ちだ。吸い込まれるような黒髪が肩まで伸びており、陶器のような白い肌がよく映えている。零れ落ちそうなくらい大きな目はこちらの考えを全て見通してきそうな、不思議な感覚がした。
「ぼーっとしてどうしたの?あ、まさか私に見惚れちゃってたり。」
当の本人はいたずらっ子のように笑いながら頬杖をつく。あながち間違いではないからかいに俺は苦笑いを返しながら向かいの席に座った。
「あ、そういえば。俺、遥斗って言います。」
「唐突だね、うん、めちゃくちゃ唐突。」
目をぱちくりしながら彼女は率直な感想を述べる。……確かに。少し唐突すぎた気がするがもう言ってしまったのだ、今更撤回のしようもない。今から入れる保険があるならば是非とも紹介してほしいものだが。
「お名前、聞いてもいいですか?」
「あぁ~、えっと。」
こうなれば強行突破、無理やり話題を続けると歯切れの悪い返事が返ってきた。
「その……、よければ先輩って呼んでくれない?私、自分の名前がそんなに好きじゃなくって。」
気まずい。昨日に引き続きまたもや会話をミスってしまった。昔から他人との交流が得意ではなかったがまさかここにきて発揮されてしまうとは。
「すみません。昨日といい今日といい、会話下手で。」
「なんでそんなに落ち込んでるの!?私がちょっと特殊なだけで遥斗くんの質問、全然普通だったよ。それよりさ、昨日教えてくれたあの曲めちゃくちゃいいね!感想言う前に帰らないといけなくなっちゃったけど。」
話題を変えようとしてくれたのか、楽しそうに話し出す先輩に感謝しつつ、つられて俺も相槌を返す。そこからの時間が何倍も速く感じたのは言うまでもない。
「なぁ遥斗、お前なんでいつも放課後に旧棟行ってんだ?彼女でもできたのか?」
先輩と出会って一か月。いつも通り蒼真と昼食を食べていると、とんでもない爆弾が投下された。蒼真は部活に入っており、俺が毎日旧棟に行っていることは知らないはずだ。内心焦りながらも冷静を装って問い返す。
「そんなんじゃねーよ。てかなんで知ってるんだ。」
「佐藤からのタレコミ。俺の交友関係舐めんなよ。」
いや、舐めているわけではないのだが……。いちいち否定するのも面倒なので心の中で留めておく。なにより一番心配なのは先輩と会えなくなることだ。以前先輩から
『私、極度の人見知りだからさ。ここら辺に誰かいるときはパスで!』
なんて言われたのだ。あの性格で人見知りとは意外なものである。ならば他の場所で……とも言ったのだが親が厳しいらしく、それも叶わなかった。
「……あのさ、なんかあれば言えよ。」
なんだよ改まって、お前らしくない。口からでかけた言葉がつっかえる。蒼真の目は本気だった。
蒼真から変な詮索をされて以降、先輩とは会えない日々が増えていった。やっと出会えた仲間を失いたくない思いからか、それとも何か別の、本能に近い何かの訴えなのか、焦りが自身を支配していった。
ガラガラガラ!八つ当たりするようにドアを開ける。前回先輩とあったのは三週間も前だ、毎日だったのが二日に一回、四日に、一週間に……と期間が空いていった。きっと先輩は忙しいのだ、優先すべき用事があるのだ、頭ではわかっていても体が、本能がいうことを聞かない。ギリ……と奥歯を噛みしめる、今日も先輩は……。
「やっほー、遥斗くん。」
柔らかく、あたたかな声が聞こえる。そよ風が頬を撫でるような、そんな心地よさに包まれる。あぁ、やっとあえた。
俺は夢中で話した。いつもはよく喋る先輩が今日はなぜか俺の話を聞いてばかりだった。違和感には気づかないふりをした。他のことはどうでもよかった。おれは、あなたさえいれば、
「遥斗、お前誰と話してるんだ。」
氷水をかけられたような、そんな気持ちになった。嫌な予感が全身を駆け巡る。考えたくない、そう思っても脳みそは蒼真の言葉を咀嚼し、せかせかと一つの結論を導き出そうとする。
先輩は浮世離れした肌を持っている、まるで血が通っていないのではと感じるほどには。
先輩は自分の名前が好きだ。推しているメンバーと同じ漢字が入っているから。俺には知られたくなかったのだ。
先輩は誰とでもすぐに友達になれる。ネットからリアルの友人まで、沢山の友人が居たことを教えてくれた。人見知りなんかじゃない、他人から見えないだけなのだ。
先輩は、世間知らずなんて言葉では済まされないほど何も知らなかった。ここ数年の情報を〈wind〉は疎か、首相が変わったことさえも知らなかった。
脳に酸素が足りなくて、肩で息をする。すべて俺の勘違いかもしれない、一抹の望みにかけ、ゆっくりと彼女の顔を見る。目が合って……彼女は微笑んだ。
「騙すようなことしちゃってごめんね。」
やめて、謝らないで。それ以上聞きたくないとかぶりを振るも彼女は淡々と話し続ける。
「本当はね、私、ずっと前に……死んでるの。あのライブの前夜に。」
どこか遠くを見ながら彼女はゆっくり話し始めた。
「私もね、行く予定だったんだあのライブ。けどさ、事故にあっちゃって……。所詮地縛霊ってやつになっちゃたの。」
ゆっくりと立ち上がり、カーテンを開ける。蒼真から
「遥斗を連れて行くな!クソ幽霊が!!」
なんていう見当違いな言葉が飛び出た。よく見ると手元には謎のお札、教室の四隅には塩が盛られていて、彼なりに俺を助けようとしてくれていた事に、そして事態の深刻さにようやく気が付いた。
「せんぱい、こんなとこに居たら」
彼女の姿を見て、そして理解する。あぁ、間に合わないのか。夕日を浴びた彼女の姿は既に透け始めていた。
「本当はあの時ね、消えかけてたの。地縛霊ってこの世に相当な執着がないと居続けれないみたいでさ。」
苦笑いを浮かべながら彼女は続ける。
「けどね、君が来てくれた。楽しかった、幸せだった。……君が居たから私はここで入れたんだ。でもね、」
彼女はそういうと苦しそうに顔を歪める。
「知らない間に、君を呪っていたみたいなの。このままずっと話していたい、一緒にいたいって思いが呪いになって君を蝕んだ。」
「違う、違います先輩。俺は俺の意思でここに。」
ごちゃごちゃした頭のまま反論する。なんとか繋ぎとめたくて必死に首を横に振る。
「俺の気持ちは本物です。呪いのせいなんかじゃない。」
「私に会えなくて、お友達に八つ当たりしてたのも、ずっと大切にしてたあのシャーペンをぞんざいに扱ったのも君の意思?」
なんの話だ、そう思った。記憶にないのだ。必死に思い返そうとするが八つ当たりの記憶やシャーペンの記憶どころかここ二週間ほどの記憶が全くなかった。
「大丈夫、わかってるよ。私も、君のお友達も、君の意思でしたことじゃないのは。」
「だから気づけた、対処ができた。こうすれば君は呪いから解放されるの。……私がこの世から完全にいなくなれば。」
夕日に照らされた体はまるで溶けていくかのように透けていき、残りの時間が少ないことを嫌でも感じさせた。秘密をすべて話したからだろうか、彼女はスッキリとした表情で息をつき、あのハンカチを取り出した。そして俺に向き直り、ぽつりとつぶやく。
「もう、行かなきゃ。」
「……いかないで。」
絞りだした声は自分でも驚くほど弱弱しかった。
彼女はクスッと笑いこちらに歩み寄る。両の腕を広げ、抱きしめようとしながら。
「じゃあね。君に出会えてよかった。」
「……おれも、俺もです。」
抱きしめようとした両手が虚しく空を掴む。気が付けば頬に涙が伝っていた。
「……遥斗、それ。」
俺が泣き止むまで待ってくれていたのだろうか、いつの間にか近くにいた蒼真にポケットを指さされる。促されるがままポケットを触ると、彼女が大切にしていたあのハンカチがあった。
何年ぶりの当選だろう、これも神の温情なのだろうかと思いながら彼女の忘れ物を取り出す。
「ようやく来れましたよ、先輩。」
暖かい風が、頬をなでた。




