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31 攻戦 VS.M

 ジョウの亡骸が足もとに転がる。怒りで我を忘れていたが、両腕両脚をもぎ取り、頭部を踏み潰したことは自覚していた。罪悪感はないと言えば嘘になる。サイボーグを倒したという事実が、殺人なのか、器物破損なのか、そのどちらもが混ざり合う複雑な心境が、内面に渦巻いていた。

 身に余るほどの怪力が鎮静化いくのを、ただじっと見守る。怒気形態を解かれた煌希は、ふう、と吐息をついた。

「素晴らしい」とマキが煌希に拍手を送った。ゆっくりと歩み寄り、煌希と対峙する。

「私の作品がどの程度のものか、最上級アンノウンと対決させたかった。充分堪能させてもらった」続くマキの言葉が、冷酷な響きに変わる。「もう遊びは終わりよ」

 マキの背後の上空から、複数の影が一斉に降下してきた。彼女が使役する、五機の軍用ドローンだった。マキを中心として扇状に陣形を構え、煌希と向き合う。

 こうして近距離になると、先ほど見落としていたものがよくわかった。彼らの無機質な一つ目が狙いを定めている。背筋が凍りつくほどの戦慄が走った。

 ドローンの先端に取り付けられた重火器の銃口が、煌希に向けられていた。小型マシンガン。間違いない。しかも、銃声を軽減させる黒い筒状のサイレンサー付きのようだった。

 もう脅しはなしか。煌希はマキを睨みつけた。今度は本気で撃ち殺すつもりらしい。

 さあ、どうする。急所さえ外れれば、再生能力全開で生き延びることは可能だろう。もし、脳か心臓を貫かれたら、きっと一巻の終わりだ。

 瞬速の連発。対抗手段はそれしか思いつかなかった。一機ならまだしも、五機を相手にどこまで通用するのかは、神のみぞ知るところ。賭けてみるしかない。

 煌希の心を読み取っているかのように、マキが答えた。「無駄。ドローンのAIが瞬間移動の範囲を学習している。連携した五機の射程圏からは逃げられない」

 驚きはしなかった。そうだろうと思っていた。ジョウに敗北した瞬速が、いまさら通用するとも思えない。

 では、どうするのか。わからないまま、空を見上げた。緊迫した静寂が漂うなか、煌希の決断が迫る。

 冷笑を浮かべたマキが、スマートグラスのブリッジを軽く押し上げた。すべての流れが止まり、空間が凝固する。彼女と視線が合う。沈黙は、いま破られた。

 ドローン軍による一斉掃射が行われた。消音されていても連続する射撃音は凄まじい。煙と火を吹き、爆音を撒き散らす掃射に、煌希の足もとが次々と撃たれ、アスファルトの砂や破片が激しく舞い上がる。

 頭隠して尻も隠したい局面だった。即座に身をかがめて、頭を両腕で抱える。やめろ、撃つな、と絶叫した。

 やがて、射撃音が止んだ。破壊されたアスファルトの砂塵はいまだ舞い続けている。痛みはなかった。足もとすれすれを連射されたが、弾丸は煌希の肉体を貫いてはいなかった。

 威嚇射撃というやつか。煌希は思った。まだ脅すつもりはあるらしい。

 五機のドローンのマシンガン内部から、弾倉に再装填するような機械音が聞こえた。一瞬ひやりとするも、反射的に身構える。次は威嚇か命中か。掃射の第二弾が来る。

「殺しはしない。ただし、大人しくなってもらう」マキは言った。禍々しいスマートグラスが太陽光を受けて、ぎらりと光る。「実弾から麻酔弾へ、いま切り替えた」

 煌希は返す言葉もなかった。やはりマキはマキのままだった。解剖したいだけの、欲望まみれの科学者。水と油のように、相容れない関係。奪われたものを取り戻すために、倒さなければならない天敵。

 実弾だろうが麻酔弾だろうが、絶体絶命は相も変わらずだ。

 では、いま必要なのはなにか。煌希は自身に問いかけた。

 もうひとりの煌希、碧眼の男が振り返る。母、由佳も振り返った。二人が穏やかに微笑む。

 答えはすでに出ていた。至極単純なことだが、以前とは少しだけ意味合いが違っていた。

 それを乗り越える、真の覚悟である。

 プロペラの回転音までもが連携し、すべてが同調する。ターゲットの照準が再設定されたようだ。麻酔弾を武器にするドローン軍が、煌希に改めて向き直った。

 平穏を放棄する。煌希は本能を完全に受け入れた。浮力を解き放つ。投げやりではなく、それは確固たる喜び。爪先が地を離れ、宙に浮きあがった。

 右手の人差し指を力強く差し向ける。ドローンの目であるカメラに向けて、配信先である世界の敵に向けて、あえて宣戦布告をする。

 煌希は腹から声をあげ、覚悟を告げた。「お前たちにこの僕は捕まえられない! 立ち塞がる者は必ず返り討ちにしてやる!」

 胸のつかえが取れる思いだった。もう本当の自分を隠す必要はない。誰にも縛られない、夢見る日々から渇望した、非日常を手に入れた瞬間だった。

 すべての音が止む。もうなにも怖くはなかった。歓喜する浮力が心を満たし、輝きを増す。また新たにみなぎりつつあった。幼少のころに感じていた不思議なチカラが溢れ出してくる。思いのままに創造できる、あのチカラが。

 さらばだ、平穏な日常。静かにうなずき、そっと目を閉じた。

 上之煌希。その正体は、妖怪の浮かびあがり。

 そう、僕は、アンノウンだ。

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