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30 交戦 J

 彼女に目を向ける。愛しき、近衛真妃。自分は、主である彼女の忠実な下僕。意のままに動く道具、武器である。

 以前、霞がかった喪失感が幾度も駆け抜けていたが、なにも思い出せず、いまとなっては追求するだけ無駄なことだと理解した。

 標的に視線を戻す。片手で胸ぐらを掴み、吊し上げ、顔面への連続殴打にて、息も絶え絶えの半殺し状態にしてある。

 現在の遂行すべし使命は、最上級アンノウンである奴の能力を封じ、無力化すること。

 完勝は目前だった。上之煌希。いま殺してやる。

 ところが、ジョウは目を疑った。血塗られ、崩壊した上之の顔面が、みるみるうちに再生され、忌々しくも美しい元の顔へ戻っていくのだった。

 どうなっているのだこれは。瞬間移動に次ぐ、新たな能力の発現か。現に上之の破壊された両肩は、すでに完治しているようだった。吊し上げているジョウの左手を振りほどこうと、両手で掴みかかり、もがいている。

 自己再生能力。ジョウの脳裏に能力名がよぎる。超回復、と呼ぶべきか。

 許さない、と上之が地の底から響くような声で連呼する。

 左腕から全身へ、強烈な脱力感が襲いかかった。一瞬バランスを失いかけ、ジョウは驚愕した。掴まれた左手首が千切れんばかりに締めつけられている。

 奴にこんな力があるとは信じられん。超回復だけでなく、他の能力も同時発現しているというのか。

 そのとき、左手首付近に埋め込まれた生体機器が軋み、悲鳴のような高周波音を響かせた。このまま破壊に追い込まれては、左腕のブーストに支障を来してしまう。ジョウは辛抱堪らず、上之を掴む手を放してしまった。解放された上之が、どさりと床へ落ちる。

 なんという怪力。まさか、この超人である私が窮地に立たされてしまうとは。

 上之がゆらりと立ちあがる。全身が倍以上の大きさに見える幻覚さえ生じる。纏うオーラ、迫る形相が、煉獄を闊歩する鬼を想起させた。瞳の虹彩が真っ赤に燃え盛っている。

 上之が跳躍し、両手を広げ、掴みかかってきた。ジョウはそれを受けた。互いの手のひらが噛み合う。掴み合いの様相になった。

 奴に触れて、能力が明確になる。超怪力。いま名付けた。相手にとって不足なし。全身全霊で打ち勝ってみせる。

 全身の生体加速機器に超高圧な意識を巡らせ、捨て身の指令を下す。オーバーヒート上等。後先のことなど考えない。高周波音が鳴きに鳴き、周辺一帯へと喚き散らす。幻肢である生殖器の高鳴りさえも、もはや収まりがつかない。

 まず、上之の掴み合う右手の骨を全壊させた。もちろん、左手も同様に。そこから伝わる手首から上腕へと粉砕の連鎖は続く。肩の複雑骨折も免れまい。

 一瞬、怯んだ表情を見せた。しかし、超回復が即効性に進化したのだろうか、瞬時に憤怒の顔へと豹変し、いともたやすく押し返される。

 ジョウは雄叫びをあげた。上之も同時に咆哮を轟かせる。フルブーストと超怪力がぶつかり合う。

 なにかが割れる音が響いた。ジョウは両手首をへし折られていた。埋め込まれた生体加速機器が次々に破壊へと追い込まれていく。両手首から伝わる上腕から両肩へと、粉砕骨折の連鎖が一瞬にて襲いかかる。ただ圧倒され、戦意喪失の底へと叩き落とされていた。

 次の瞬間、上之がジョウの身体を高々と持ち上げた。そして、凄まじい勢いでコンクリートへと叩きつけた。轟音を響かせ、土埃の煙が舞う。コンクリートが大破し、全身がめり込む。身体がぴくりとも動かない。すべての生体加速機器がなんの反応も示さなくなっていた。

 アンノウン。正体不明の特殊能力者。そんな生易しいものではない。

 邪悪なる存在。最初から触れてはならぬ、畏怖すべき怪物だったのだ。

 慈悲など通用しない。上之は止まらなかった。ジョウは両腕を掴まれた。とてつもない勢いで肩から引き抜かれる。両脚も掴まれた。筋繊維がぶちぶちと裂かれる痛覚が襲う。股関節から先が分裂するのがわかった。

 かつてないほどの激痛に、ジョウは悲鳴をあげた。無四肢の身体で転げ回り、のたうち回った。

 どうして自分がこんな酷い目に遭わなければならないのか。真妃に呼び出されたあのときから、すべての悪夢は始まった。迂闊だった。相手の思惑を見抜き、いつも通り注意深く行動していれば、警戒さえ怠らなければ、こんなことにはならなかったのに。

 四肢の切断面から電撃の苦痛が流れ込む。己の叫び声が轟音と化し、内面を埋め尽くす。

 ジョウは思わず目を見開いた。痛みに苦悶するのとは、別の感情に突き動かされていた。清々しいとさえ感じる。脳内を支配していた霧が晴れた。喪失感と違和感の消滅。自分を取り戻した、と実感するのも束の間、顔の横に怪物が立ち、こちらを見下ろしていた。

 昏倒させられ、記憶を奪われ、全身に異物を埋め込まれた。皮肉にも、男性器を切除され、サイボーグという人外に改造されてしまった。こんなことなら、存分に真妃を辱め、犯しておくべきだった。

 後悔先に立たずか。城本一閃はそう思った。

 視界が漆黒に染まる。ぶつん、と暴力的に途絶えた。

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