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25 克服

 翌日、煌希は所有しているスマホを解約、そして処分した。生活必需品ともいえる文明の利器を手放すのは惜しかったが、行動筒抜けのハッキングされた代物など携帯できるはずもなかった。

 通信可能な機器を所有すれば、またハッキングされるに違いない。空で唯一の相棒である、腕時計Qショックが心配だった。高機能ではあるが、通信機能は搭載されていないため、処分は見送ったのだ。Qショックだけはハッキングしないでくれ。心からそう祈った。

 自宅アパートの和室に鎮座する重量百キロのバーベル。その真上の宙にいる煌希は、あぐらをかき、腕組みをして思案中だった。強化訓練をするつもりだったが、気が散ってそれどころではなかったのだ。

 心の整理をするとは言ったものの、どうすべきなのか決断できずにいた。

 マキの言い分は、たぶん正論なのだろう。目的は様々だが、空中飛行する人間の利用価値は無限大だ。そんなものを世界中の科学者が放っておくはずがない。どこへ逃げたとしても、捕まるのはもはや時間の問題であり、全世界からの追っ手を完全に振り切るのは到底不可能だろう。

 煌希は延々と自問自答を繰り返した。自由へ繋がる答えには辿りつけない。自らの存在が疑問である以上、そこから先へは行けなかった。

 いくら人権を主張したとしても、正統な人間としては扱われないだろう。空中飛行する人間なんてものは、異常であり怪物なのだ。

 マキの姿が脳裏に浮かぶ。白く美しい肌。薔薇のように赤く、瑞々しい唇。心を見透かしてくるまなざし。

 解決への近道。生きることを前提とした、最善の選択。

 どのみちどこかの組織に捕らえられるのであれば、潔くマキのところへ行こう。

 煌希はあぐらを崩すと、仰向けになって宙に身を任せた。

 悩みすぎて脳が熱暴走を起こしそうだった。視界のなかの天井がぐるぐると回りだす。

 眠っているのか、覚醒しているのか、判然としなかった。

 子供のころの夢はなんだったのだろう。ふと、そんなことを思う。最近は夢なんて考えたこともなかった。

 亡き母の姿がおぼろげに浮かびあがる。なぜ思い出したのかわからない。次第に姿が明瞭としてきた。顔をこちらに向けて話しかけている。自分も母を見つめている。向かい合って話をしているようだ。

 回顧を懐かしむ気分とは裏腹に、突如として、一番の疑問が湧きあがる。同時に怒りも込みあげる。ひたすら問い詰めたかった。この悲惨な顛末を予知していたのかと。

 煌希は大きくなったらなにになるの? 二十歳の息子が目の前にいることを知らない、柔らかく優しい表情の母が訊いた。

 なんと答えていたのか覚えていない。泣きたくなるような、強い悲哀感が胸いっぱいに広がる。

 成長するにつれ、現実が大きく立ちはだかり、夢が小さくなって消えていく。生きるだけで精一杯。人生は辛いだけだ。

 母がそっと煌希の手を握った。すべてを許す、あの温かいまなざしが見つめる。

 自然と煌希は答えた。僕は、妖怪・浮かびあがりのようになるんだ。空飛ぶトレジャーハンターになって、世界中を冒険して財宝を集めるんだ。目を輝かせながら、そう語る幼少の自分がいる。

 びくっと、驚きの衝撃が全身に走り、はっと我に返る。

 完全に忘れていた。実際にその頃から、浮かびあがりになることを夢見ていたのか。

 目を大きく見開き、上半身を起こす。激しい覚醒が脳天を貫く。

 いまになって、ようやく理解する。

 生まれ落ちた瞬間から、人生はすべて自己責任だ。母のせいではない。浮きあがりになると決めた。己が、自らが、選んだ道なのだ。

 母の声がいまでも耳に残る。

 ――いってらっしゃい。

 すでに道は開かれていた。この言葉が解答だったのだ。

 捕獲されれば、血を抜き取られ、身体を解剖され、死ぬまで地下に隔離される。

 僕は、研究材料になるために生まれてきたわけじゃない。

 煌希は窓から空を見上げた。心の底から熱い情動が込みあげてくる。

 ――なにがあっても捕まってはならない。夢を叶えるため、逃げ切るのだ。

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