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38話 与える者と、凍える者

今後の更新は、週2から3投稿となります。



大きな薪に火打石。

何度打ちつけても、火はつかなかった。

あたりは真っ暗だ。

静まり返った広い部屋で、ノアは布団にくるまり、寒さに震えていた。

 

  「……どうしてよ……こんなの……

   あり得ない……っ……酷い……」

 

ベッドの上で干し肉を噛みしめ、怒りに悶える。

部屋に閉じこもり、やり過ごしていたのがいけなかった。

完全に見放され、屋敷に取り残されてしまったのだ。

 

  「マイリー家は、領地に残って

   領民と冬を過ごすんじゃ

   なかったの……」

 

ノアはおもむろに、自分の手を見つめた。

邪術の反動を受けた左手。

赤黒いあざは、今や首元や胸元にまで広がっている。

 

  「ダニエルがどうやって邪術を

   祓ったかはわからないけど……

   媒体になるものを壊しさえ

   すれば……」

 

 ヒュー……

 

荒ぶ風の音。

びっしりと閉めたはずの屋敷のどこかから、冷気が忍び込んでくる。

ノアは渋々立ち上がり、その風を塞ごうと歩き出した。

 

  「……凍るように寒いわ……」

 

屋内とは思えないほどの冷え込み。

石の壁に、ノアの足音が不気味に響く。

蝋燭の灯りさえ点けられず、窓から差す月明かりだけを頼りに進んだ。

 

  「あっ……あそこ、開いてる……

   ふざけんじゃないわよ……

   出ていくなら、ちゃんと施錠

   しなさいよ!」

 

怒りが込み上げる。

だが、それをぶつける相手は、もういない。

ノアは窓に手を伸ばした。

 

  「……雪……どうりで寒いわけだわ」

 

大きな雪が、音もなく降り注いでいた。

満月の夜。屋敷は幻想のように美しい。

だが、その美しさの中に、ノアの安らぎはなかった。

ここから始まる残酷な日々を、彼女はまだ知らない。



――


一方ここは、学術通り。

イネスの住む屋敷。

子供たちの寝顔を眺め、イネスはようやく落ち着きを取り戻す。

胸に溜まっていたものを吐き出すように、大きく息をついた。

窓辺に立ち、外の雪に目をやる。

高地のメッカよりも、積雪は少ないはずだ。

それでも――

朝、無事にカイロへ仕事に出向けるだろうか。

イネスの胸には、拭い切れない不安が残っていた。


  「………」

 

後ろからダニエルの気配。

話しかけるのをためらっているようだ。


  「……もう部屋に戻るわ……

   子供達のことお願いね」


イネスがツンとした態度で去ろうとすると、ダニエルはイネスの腕を掴んだ。


  「昼に、俺たちの会話を

   聞いていたんだろう……?」

  「あれは本意じゃない……」


イネスはダニエルの腕を振り払うと、こめかみを抑えた。


  「……今日は、すごく疲れているの

   もう休みたいわ……」


これは本心。

ずっと働きづくしで休憩さえとっていなかった。

用意した昼食も、マルセルからもらったチキンも口にさえしていない。


  「………そんなに疲れているなら

   辞めればいい……」


言い合いなんてしたくない。

イネスは無視をして行こうとする。


  「仕事なんて、辞めろと

   言っているんだ!」


  「……子供達が起きるわ

   お願い……

   今は言い合う気分じゃないの」


このイネスの冷たさが、ダニエルの心に火を点ける。

階段を降り、二階へ向かうイネスを追う。


  「……なぜ、君はそう頑固なんだ……」


  「………」


ドアノブを回すイネスの手が、一瞬止まる。


  「……疲れてるの……明日にして……」


イネスはこの時、怒りも悲しみも湧かなかった。

ただ横になり、休みたかった。


引き留めるダニエルを鋭く睨み付け、鍵を掛ける。冷え込むであろう夜の寒さに耐えるために、無感情のまま薪を足す。

そしてイネスは、着替えもせずにベッドへ横になった。

幸い、ダニエルは部屋まで追ってはこなかった。


――そしてこの日、イネスは昔の夢をみた。

幼い日の記憶。

 

  「おかあしゃま、このチョウチョの

   サナギはあかいのに、どうして

   ハネはくろいのしゅか?」

 

寝そべり、図鑑を開くイネス。

虫が大好きな彼女のために、母が与えてくれた大きな虫の絵図鑑だった。

 

  「レッド・ニヴァレス……?

   蝶のことは、詳しくは

   わからないわ……」

 

母は困ったように微笑み、ページに指を滑らせる。

 

  「でも、ニヴァレス・ウッドの

   ことなら、お母様は詳しい

   わよ?

   樹液が赤いの。

   蛹が赤くなるのは、そのせい

   かもしれないわ」

 

  「にばれす……うっど?」

 

拙い言葉で、母と交わす読書の時間。

少女の瞳は、好奇心にきらめきと輝いていた。

 

  「樹液はね、傷薬にも、飲み薬

   にもなるの」

  「それに――羊の糸を、まるで

   絹のように輝かせることも

   できるのよ?」

 

  「へー……よくわからないけど

   すごいでしゅね!」

 

  「我が家に伝わる秘伝よ。

   いつか、あなたにも

   その本を見せてあげるわ」

 

金色の、ゆるやかな髪。

赤く染まった唇。

その面影は、今のイネスと瓜二つだった。

 

――朝。

目を覚ましたイネスは、頬を濡らすものに気づき、そっと指で拭った。

いつの間にか、涙が耳元まで伝わっていた。

 

  「……お母様……」

 

声に出した瞬間、胸の奥が、きしりと痛んだ。

幼い頃に母を亡くしたイネス。

母の夢を見るのは、久しぶりだった。


  

――


イネスは、昨日の昼に用意していたパンを火で温め、口に頬張った。

マルセルからもらったチキンはパンに挟み、今日の昼食にするつもりだ。

縫製盤の細部の掃除は、稼働していない早朝のうちに済ませたい。

そして暗くなる前に帰宅するため、昨日よりも早い時間に出勤しようと、イネスは支度を急いだ。

 

――すると、外から騒がしいブラットの声が聞こえた。

怒りを孕んだ叫びに、イネスは慌てて階段を駆け降りる。

 

  「僕の友達だ……

   パンくらいいいじゃないか!」

 

袋に詰められたくさんのパンを片手に、ブラットは声を張り上げていた。

 

 「施しをするような相手を、

  友達とは呼ばない。」

 

ダニエルは、ヘレンに大量のパンを作らせた理由を訝しみ、朝からブラットを見張っていた。

ダニエルの背後には、四人の子供たち。

僅かに積もった雪の上に、薄着のまま立たされている。

イネスは、その光景を一目見て、息を呑んだ。

 

  「……部屋の中に入れて!

   子供たちが凍えてしまうわ」



 

 ――次話予告

友達とは何を指す?

優しさと――現実。

ウズラの有精卵を買った。

孵化器で可愛い雛誕生。

かわいくて、毎日の癒し

囲う網を設置して、ウズラの散歩

気付くと羽ばたいて空の彼方。


「…………」


聞いてない。

ウズラが渡り鳥なんて……


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